第76話 新入生を迎える者
新入生の名簿が、窓から入る風に持ち上がった。
ダンブルドアは銀の文鎮を置き直し、その隣にある二人分の書類を揃えた。長い白髭の先が机の縁へ触れる。昨日、ロンドンで使っていた姿は、もう解いてあった。
城には、子供たちを迎える音が戻りつつある。廊下では足音が行き交い、窓の下を、何か運ぶように呼び合う声が通った。
汽車は、まだこちらへ向かっている。
扉が叩かれた。
「どうぞ」
ミネルバ・マクゴナガルが入り、その後ろにセブルス・スネイプが続いた。ミネルバの手には今夜の予定がある。セブルスは机へ目をやり、二人分に分けた書類を見た。
「新入生についてのお話と伺いましたが」
「うむ。先に、君たちへ伝えておくことがある」
ダンブルドアは椅子を勧めた。
ミネルバが座り、予定の紙を膝へ置く。セブルスはその隣へ腰を下ろしたが、椅子の背には身体を預けなかった。
ダンブルドアは、上に置いた書類を取った。
「まず、キーノ・ファスリス・インベルンさんじゃ。彼女は、人間と吸血鬼の混血での」
ミネルバの指が、紙の上で止まった。
セブルスも顔を上げた。
「吸血鬼の血を?」
「本人から聞いた。ポピーにも診てもらい、説明をしたうえで、正式な入学を認めておる」
「杖を使えるのですね」
ミネルバが尋ねた。
「本人の杖で、明かりを出すところも消すところも確かめた。覚えた呪文は、まだ少ない。今から教わる生徒じゃ」
ダンブルドアは、診察の途中でキーノが手を止めさせたときのことを思い出した。
何をされるか聞き、自分で確かめようとしていた。安心させるために先へ進めばよい相手ではなかった。
「診察では、授業を受ける妨げになる所見はなかった。ただし、学校での生活すべてに問題が起きないと、保証されたわけではない」
セブルスが口を開いた。
「食事と健康管理は、通常の生徒と同じでよいのですか」
「必要なことは、ポピーが本人と確かめていく。その際、君の知識を借りたいこともあるじゃろう」
「薬を、という意味ですか」
「必要と分かればの。今のうちから、何かを毎日飲ませると決める話ではない」
セブルスは差し出された書類へ目を落とした。
「そのときは診察の記録を。何を変えるための薬なのか、先に確認します」
「もちろんじゃ」
ミネルバが校長を見た。
「私たちが事情を知ることは、本人も承知していますか」
「医療と学校生活のため、誰とどのように共有するかは説明した。本人も、書面を読んで署名しておる。血筋だけを理由に在籍を取り消さないことも、そこに入れてある」
「ほかの教職員には?」
「まず君たち二人とポピーじゃ。興味本位で話を広げることも、生徒へ知らせることも、せんでほしい」
ミネルバは書類の名前を見た。
「分かりました。本人が困ったときに、相談する相手がいると分かるようにします」
「身体のことであれば、私に話すよりポンフリーへ行かせる方が早いでしょう」
セブルスが言った。
「ええ。けれど、寮の中で起きたことを、どこへ話せばよいか迷うかもしれません」
ミネルバは答え、校長へ顔を戻した。
「彼女自身に聞きます。こちらで困り事まで決めてしまわないように」
「その方がよい。あの子は、代わりに返事をされることを好まん」
ダンブルドアは小さく笑った。
セブルスの視線は、もう一つの書類へ移っていた。
「もう一人は」
「墓場鬼太郎じゃ」
ダンブルドアはキーノの書類を脇へ置き、次の名を二人へ向けた。
「父親が、わしの遠縁に当たるスクイブでの。母親は日本人じゃ。両親は、すでに亡くなっておる」
ミネルバは黙って続きを待った。
「彼については、直接会う前から調べておった。噂だけを集めた部分と、確かめたことは分けて話そう」
「なぜ、そのような調査が必要だったのです」
セブルスの声には、先ほどよりも注意があった。
「彼は幼い頃から、人を殺してきた。今も、必要と判断した相手を殺すことを、手段から外してはおらん」
窓際の器具が、細い蒸気を吐いた。
ミネルバは、膝の紙を押さえたまま動かなかった。
「事故の話ですか」
「それだけではない」
ダンブルドアは答えた。
「英国では、殺しを伴う仕事を引き受けていた。今はブルガリアの森に拠点を持ち、密猟者へ対処する代わりに、そこに暮らす者たちと取引しておる。本人も、手を下した相手がいると認めた」
「子供が、そのような仕事を?」
ミネルバが言った。
問いは、名前の書かれた少年よりも、その周りにいた大人たちへ向いていた。
ダンブルドアは、確かめた経歴を話した。偽名を使っていたこと、銃を扱うこと、魔法使いとも戦ってきたこと。個々の噂のすべてを裏づけられたわけではないと断り、自分が実際に見た森の暮らしへ話を移す。
ミネルバは途中で予定の紙を机へ置いた。
「保護者は、いるのですか」
「共に仕事をする大人はおる。だが、本人も相手も、親代わりとして暮らしておるわけではない。彼へ何かを命じれば、それで全部止まるという関係ではないのじゃ」
「周りの大人は、その子が何をしているか知りながら」
「知っておる」
ダンブルドアは、そこを曖昧にはしなかった。
セブルスが書類から顔を上げた。
「使う力は、何です」
◆
セブルスは校長の手を見た。
名簿の横へ置かれたまま、指は動いていない。扱いに困る話を、笑って軽く済ませるつもりはないらしかった。
「杖を得る前から、炎を出しておった。わしと向かい合ったときには、冷気、雷、風も使った。相手の判断を乱す働きもある」
「無杖魔法ということですか」
「同じものと呼んでよいか、まだ分からん。本人の使い分けはある。だが、わしらの呪文と同じ仕組みだと確認したわけではない」
「説明を拒んだ?」
「話したことも、話さなかったこともある。聞いた説明だけで、すべて分かったと思う気にはなれん」
答えは、セブルスが欲しいものから遠かった。
杖を持つ前の子供が、制御できずに魔法を起こす。それだけなら珍しくない。だが、力を選び、仕事として使い、今も相手を殺す判断をするという。
「あなたは、なぜその少年と向かい合ったのです」
「使える手段と実力を確かめるためじゃ。止めたときに、止まれるかもな」
「本人は?」
「強い相手と戦いたかった。わしに勝てるとは思っていなくても、試したかったのじゃろう」
「結果は」
「わしが勝った。終えると告げた後は、追ってはこなかった」
セブルスは椅子の肘掛けへ指を置いた。
「負けた後の様子は」
校長は、ほんの少し間を置いた。
「喜んでおった」
ミネルバがそちらを向く。
「喜んだ、と?」
「まだ届かない相手がいて、教わることがある。彼には、それが嬉しかったようじゃ」
セブルスは机の名を見直した。
恐怖で魔法を暴発させたのではない。自分から相手を選び、使えるものを持って挑み、負けた後も学びたがる。
それを、よい兆しとしてだけ聞くことはできなかった。
「入学には反対です」
ミネルバの顔がこちらへ向いた。
「セブルス」
「何を危険とするかも、まだ分からない。杖を取り上げれば済む相手でもない。その少年を、ほかの生徒と同じ部屋へ入れるおつもりですか」
「彼も、教わる必要のある子供です」
「年齢を聞き落としたわけではありません」
セブルスは声を強めずに答えた。
魔法薬の教室へ来る新入生なら、起こす失敗の見当はつく。鍋の火を強くしすぎ、材料の順を間違え、注意する間にも隣へ話しかける。
無論、危険はある。そのために、手順を示し、手元を見て、止める。
今聞いた少年については、その前提が足りなかった。
「あなたが勝てたことと、隣へ座る生徒が安全なことは別です」
校長を見た。
「自分には不要だと判断した忠告にも、従うのですか」
「従わなかったこともある」
ダンブルドアはすぐに答えた。
セブルスの目が細くなる。
「わしの助言より先に、森の強い相手へ挑んで負傷した。戻ってから、退く時期を誤ったことを話しておる」
「次に誤る場所が、教室では困ります」
「その懸念は、もっともじゃ」
同意されても、セブルスは身体の力を抜かなかった。
分かったと言うだけなら、校長は今もその少年を迎えられる。教室で隣へ立つのは、自分たちだった。
「同じことを二度はしない、という保証もないのでしょう」
「ない」
短い返事だった。
ミネルバが机へ手を置いた。
「ならば、その先も外へ置いておけばよいのですか」
◆
ミネルバは、机にある二人分の書類を見た。
どちらも、今夜ここへ来る子供のものだった。
先ほどまでは、キーノが学校で困ったとき、誰へ話せるかを考えていた。その後に聞いた少年の話は、迎える前から重い。
人を殺した。その事実を、子供だからと消すことはできない。
しかし、その子供へ仕事を持ち込み、武器を扱わせてきた者がいる。学校へ来なければ、明日もその続きになるのだろうか。
「ここへ入れないとして、どこへ帰すのです」
「そのために、他の生徒へ危険を引き受けさせるのですか」
セブルスが尋ねた。
「危険がないと言っているのではありません。何を教えられるかも考えるべきだと言っています」
ミネルバは校長へ向き直った。
「本人は、学校へ来たいと?」
「うむ。昨日も、教師たちはもう城におるのかと聞かれた」
「何をするために」
「挨拶をしたいそうじゃ。質問は、明日まで待たせたがの」
わずかに苦笑する声だった。
ミネルバは、窓の外へ一度目を向けた。汽車が見える場所ではない。それでも、今どこかの客車に、その少年が座っている。
「学ぶのを楽しみにしているのですね」
「強くなるために、でしょう」
セブルスが言った。
ミネルバは彼へ目を戻した。
「その理由を聞いたうえで、教えることはできます。何かを覚えたら、すぐ相手へ使ってよいのか。意見が違うときに、どう話すのか。教える内容は、呪文だけではありません」
「本人が、それを求めていますか」
「私の授業で、本人が欲しいものだけ教えたことはありません」
セブルスの指が、肘掛けから少し離れた。
ミネルバは続けた。
「してきたことを褒めるつもりはありません。ほかの子が怖がっても、我慢しろとは言いません。それでも、今までそうだったから、これからも同じようにしか生きられないと決めるべきではないでしょう」
校長は、二人の話を聞いたまま黙っていた。
ミネルバはそこで、ひとつ気づいた。
自分とセブルスが、何を気にするか。この老人は、呼ぶ前から考えていたはずだった。
「校長。私たちに何を決めさせたいのです」
ダンブルドアが顔を上げる。
「入学の可否なら、すでにお決めになったのでしょう」
「そうじゃ。入学の決定は変えん」
答えには、迷いがなかった。
「君たちには、事情を知ったうえで迎えてもらう。わしが黙っておれば、今夜は礼儀正しい新入生が一人増えるだけかもしれん。だが、それでは、問題が起きたときに君たちが判断する材料まで奪う」
「反対は、聞いておくだけですか」
セブルスの声が低くなった。
「聞いて、何を備えるべきか考える。入学を決めたからと、君の懸念まで間違いになったわけではない」
ダンブルドアは鬼太郎の書類を、自分の前へ戻した。
「彼は、わしの言うことを何でも聞く子供ではない。森で襲ってくる者を、今後すべて生かして帰すとも答えておらん。その部分を隠して、君たちに安心してほしいとは言えん」
ミネルバは紙の名前を見た。
耳当たりのよいところだけを選んだ話ではない。だが、すべてを聞いたとも思えなかった。
「校内で、同じやり方を認めるおつもりはありませんね」
「ない。学びたいからと、好きな相手へ力を試してよい場所にはせん。授業では、君たちが教師じゃ」
「その指導に従わなければ」
セブルスが言った。
「何が起き、何をしたかを確かめる。必要なら、わしが止める。君たちだけに引き受けさせることはせん」
「あなたが来るまで、何もできないという話では困ります」
「その場で止めるべきことは止めてくれ。ほかの生徒を離す必要があれば、そうする。本人が不満を言ったからと、授業の判断を曲げることはない」
ダンブルドアはセブルスを見た。
「一方で、まだ起きておらんことを理由に罰するのは避けてほしい。危険を見過ごすことと、始めから罪を決めてかかることは違う」
「その区別は、承知しています」
セブルスは硬く答えた。
ミネルバは、ここで彼に安心したと言わせるのは無理だと思った。自分も、会ったことのない少年について、教えれば大丈夫だと言い切るつもりはなかった。
「まずは、授業で会います」
彼女は言った。
「本人の話を聞き、手元を見ます。必要なら、ほかの生徒と同じように叱ります。それでよろしいですね」
「もちろんじゃ」
ダンブルドアは頷いた。
セブルスが立ち上がった。
「私の懸念は、お伝えしました」
「聞いた」
「今夜、その少年が礼儀正しく挨拶をしても、それで忘れることはありません」
校長は答えを急がず、もう一度頷いた。
ミネルバも予定の紙を取り上げた。二人の新入生の名を確かめてから、先にキーノの書類へ目を落とす。
「彼女の入学は、もう一人とは別に認めたものなのですね」
「うむ。本人も、その点をはっきりさせた」
「では、彼女に彼を見張る役はさせません。二人で来たからといって、世話をする責任まで負わせるのは違います」
ダンブルドアの口元へ、小さな笑みが戻った。
「本人も、勝手に役を決められれば言い返すじゃろう。じゃが、君からもそう扱ってもらえるのは、よいことじゃ」
セブルスは扉の前で待っていた。
ミネルバがそちらへ向かい、二人は部屋を出た。
◆
扉が閉じると、ダンブルドアは椅子へ深く腰を下ろした。
机の上には、二人が返した書類がある。
ミネルバは、教えられることを探す。セブルスは、見過ごせない動きを探す。片方だけに任せれば、違うものを見落とすだろう。
そこまで考えて、今日この部屋へ呼んだ。
ダンブルドアは新入生の名簿を開いた。
ハリー・ポッターの名がある。
そして、墓場鬼太郎。
自分が彼を探し始めた理由は、二人へ話さなかった。鬼太郎本人にも知らせていない。予言のことを伝えれば、今夜、教師が新入生を見る目まで変わる。
それを今、渡す必要はないと判断した。
鬼太郎の力についても、分からないことは残っている。別の身体で異形と戦ったという断片を聞き、杖が見せた奇妙な影を目撃した。だが、それを繋いで、ひとつの正体に仕立てることはできない。
本人が話さなかった先を、知ったつもりで教師へ語るわけにもいかなかった。
学校へ迎えれば、話す機会を持てる。彼が欲しがる知識も、教える者も、ここにある。
その価値を知れば、授業を失うような真似は避けるかもしれない。教師や生徒との関係が増えれば、今までとは違う選択も生まれるだろう。
無論、そうならない可能性もある。
それでも外から断片を集め続けるより、近くへ迎え、本人の判断を見る。ダンブルドアは、その方を選んだ。
ミネルバの言葉は、その判断を支えていた。
同時に、彼女は見抜いてもいた。可否を決める場ではなかった。すでに決めたことを、彼女とセブルスに引き受けてもらうための話だった。
「やれやれ。挨拶だけで済む年には、なりそうにないのう」
ひとり呟き、眼鏡を外す。
昨日、学校の方を見た鬼太郎の顔が浮かんだ。教師へ尋ねたいことがある。その先で、自分の知らない使い方を覚えたい。
あの期待は、こちらが作ってやったふりではなかった。
そこへ何を渡すかは、これから自分たちが選ぶことになる。
ダンブルドアは眼鏡を掛け直し、二人の書類をそれぞれの場所へ収めた。名簿は今夜使うものの上へ置く。
窓から、また風が入った。
今度は紙が持ち上がらないよう、自分の手で押さえてから文鎮を載せた。