神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

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手に馴染む銃

第七話 

 

 墓場鬼太郎が中へ一歩踏み込むと、背後で鉄の扉が閉じた。

 

 鍵の回る音が、二度続く。

 

 外の路地にあった冷気と夜の静けさは、それだけで切り離された。

 

 作業場には、金属と油の臭いが満ちている。

 

 壁際には大小の工具が並び、中央には厚い作業台が置かれていた。天井から下がった灯りが、その一角だけを白く照らしている。

 

 奥に立っていた人影が、明るい場所へ出てきた。

 

 男は、鬼太郎ではなく、まだ扉の近くにいる買い手を見た。

 

「本気か」

 

 ペタル・ヴァルチェフが言った。

 

「何がだ」

 

「六歳の手で撃てる銃が欲しいと聞こえた」

 

「聞き間違いではない」

 

 ペタルの視線が、ようやく鬼太郎へ下りる。

 

 頬の細い傷。

 

 煤で汚れた服。

 

 髪に残る煙の臭い。

 

 背負った鞄。

 

 ペタルは一つずつ確かめるように見てから、買い手へ視線を戻した。

 

「子供用の玩具なら、ほかを当たれ」

 

「玩具を欲しがっているわけではない」

 

「お前に聞いていない」

 

 ペタルが鬼太郎を見る。

 

「何を撃つ」

 

「必要であれば、人を」

 

 鬼太郎は答えた。

 

 ペタルの表情は変わらない。

 

 驚きもしなければ、咎めもしなかった。

 

「こいつは今夜、銃を持った三人から私の帳簿を取り戻した」

 

 買い手が言う。

 

「一人はこいつの炎を直接受けた。残り二人は生きている」

 

「炎?」

 

「私は見た。説明はそれで十分だ」

 

 ペタルは答えず、もう一度鬼太郎を見た。

 

 買い手は扉へ手をかける。

 

「私が払う対価は、ここへ連れてくるところまでだ」

 

「承知しています」

 

「銃を作るかどうかはペタルが決める。作るなら、代金を払うのはお前だ」

 

「ええ」

 

「話がまとまらなければ、倉庫まで歩いて戻れ」

 

「分かりました」

 

 買い手は鍵を開け、外へ出た。

 

 扉が閉じる。

 

 今度は、ペタルが内側から鍵をかけた。

 

     ◆

 

「そこへ鞄を置け」

 

 ペタルが作業台の脇を示した。

 

 鬼太郎は鞄を下ろした。

 

 それでも、身体は軽くならなかった。

 

 一日に何度もアギを使った。

 

 家を出たのは朝だったが、もう日付が変わろうとしている。

 

 腕も脚も重い。

 

 ペタルは作業台の向こうへ回った。

 

「銃を撃ったことは」

 

「ありません」

 

「触ったことは」

 

「先ほど、初めて触れました」

 

「それで、自分に合う銃を作れと言ったのか」

 

「はい」

 

「なぜ欲しい」

 

「必要だからです」

 

「それでは答えにならん」

 

 鬼太郎は右の頬へ指を触れた。

 

 傷は浅い。

 

 血も、もう止まっている。

 

「今夜、初めて銃口を向けられました」

 

「撃たれたのか」

 

「撃たれました。弾は外れましたが、近くの木片が頬へ当たりました」

 

「撃った男は」

 

「燃えました」

 

 ペタルの目が、わずかに細くなった。

 

「先ほどの炎か」

 

「ええ」

 

「なら、それを使えばいい」

 

「銃声を聞いてからでは、弾丸を避けられません」

 

 鬼太郎は、工場での一瞬を思い返した。

 

 向けられた黒い穴。

 

 引き金へかかった指。

 

 閃光。

 

 破裂するような音。

 

 自分も、ほとんど同時にアギを放った。

 

 相手は燃えた。

 

 しかし、放たれた弾丸は消えなかった。

 

 狙いが少し違っていれば、頬の傷だけでは済まなかった。

 

「今の僕が炎だけに頼れば、いずれ撃たれます」

 

 鬼太郎は言った。

 

「でしたら、相手と同じ速さで殺せるものを持つべきでしょう?」

 

 ペタルはしばらく黙っていた。

 

 やがて、壁際の戸棚へ向かう。

 

 鍵を外し、中から一挺の拳銃を取り出した。

 

 弾倉を抜く。

 

 上部を引き、薬室を確かめる。

 

 何も入っていないことを目で確認してから、鬼太郎へ渡した。

 

「持て」

 

 鬼太郎は右手で受け取った。

 

 買い手の事務所で触れたものよりは小さい。

 

 それでも、握把は鬼太郎の掌には太かった。

 

 中指、薬指、小指を回しても、しっかりとは握れない。

 

 引き金へ人差し指を届かせようとすると、掌の片側が握把から浮く。

 

 片手では銃口が下がった。

 

 左手を添える。

 

 持ち上げることはできる。

 

 だが、構えたまま保つと、すぐに腕が震え始めた。

 

 冷たい金属に触れていると、遠い場所で似たものを握った感覚だけが浮かぶ。

 

 その先は、何も見えない。

 

 立ち方も、腕の角度も、どこへ力を入れるのかも分からなかった。

 

「下ろせ」

 

 ペタルが言った。

 

 鬼太郎は拳銃を作業台へ置いた。

 

「これでも小さい方だ。だがお前の手には大きい。指が届かない。手首も腕も、撃ったときの力を受け止められん」

 

「もっと小さくすればよいのでは?」

 

「ただ小さくすればいいというものではない」

 

 ペタルは拳銃を持ち上げた。

 

「短くする。薄くする。軽くする。そうすれば、お前にも持てるかもしれん。代わりに、撃ったときの力を銃の重さで受けられなくなる。小さな部品へ負担が集まる。動かなくなる銃なら簡単に作れる」

 

「動くものを作るのが難しいのですね」

 

「撃ちたいときに撃てて、次の弾も撃てるものを作るのが難しい」

 

 ペタルは拳銃を戸棚へ戻した。

 

「それに、今のお前へ合わせても、身体はすぐに大きくなる」

 

「そのときは、また作ってください」

 

 戸棚を閉じかけていたペタルの手が止まる。

 

「簡単に言う」

 

「一挺で生涯を済ませる必要はないでしょう。手が変われば、その手に合うものへ替えればよいのです」

 

「金がかかるぞ」

 

「稼ぎます」

 

「死ねば払えん」

 

「死なないために必要なのですよ」

 

 ペタルは戸棚へ鍵をかけた。

 

「手を出せ」

 

     ◆

 

 ペタルは紙を一枚、作業台へ広げた。

 

 鬼太郎の右手を、その上へ置かせる。

 

 鉛筆が指の周囲をなぞった。

 

 掌の幅。

 

 指の長さ。

 

 親指と人差し指の間。

 

 手首の太さ。

 

 一つずつ数字が書き込まれる。

 

「利き手は」

 

「右だと思います」

 

「思う?」

 

「左より使いやすいため、今は右を使っています」

 

 ペタルは返事をせず、左手も測った。

 

 次に、棚から木と金属で作られた模型をいくつか持ってくる。

 

 形も重さも違う。

 

 最初の模型は軽かった。

 

「持ち上げろ」

 

 鬼太郎は両手で構えた。

 

「肘を伸ばしきるな。足を揃えるな」

 

 言われたとおりに直す。

 

 その姿勢に、馴染みはない。

 

 次の模型は、少し重い。

 

 さらに次は、重心が前へ寄っていた。

 

 ペタルは鬼太郎の指の位置と、銃口が下がり始めるまでの時間を見ている。

 

 何度も持ち替えさせた。

 

「片目を閉じろ」

 

 壁に打たれた小さな釘を見る。

 

 右目を閉じる。

 

 次は左目。

 

 顔の向きと模型のずれを、ペタルが確かめた。

 

「腕を伸ばせ」

 

 鬼太郎は、最も軽い模型を持ち上げた。

 

 すでに腕は疲れている。

 

 時間が経つにつれて、模型の先端が揺れ始めた。

 

 肩が重い。

 

 手首が下がろうとする。

 

 それでも下ろさなかった。

 

「もういい」

 

 ペタルが言う。

 

 鬼太郎は構えたまま、釘を見ていた。

 

「下ろせ」

 

 二度目に言われ、ようやく腕を下げる。

 

「痛いか」

 

「疲れています」

 

「今日、何度炎を使った」

 

 鬼太郎は朝からの回数を思い返した。

 

 正確に数えてはいなかった。

 

「何度か」

 

「朝から休んでいないな」

 

「ええ」

 

「なぜ黙っていた」

 

「銃を作れるかどうかとは、別の話でしょう?」

 

 ペタルは鬼太郎から模型を取り上げた。

 

「今日は、もう持たせん」

 

「作っていただけますか?」

 

「まだ決めていない」

 

 そう答えながら、ペタルは手の輪郭を描いた紙を捨てなかった。

 

     ◆

 

 鬼太郎は、作業場の壁際に置かれた椅子で夜明けまで眠った。

 

 ペタルが休めと言ったためだ。

 

 鍵のかかった場所で眠ることに抵抗はなかった。

 

 殺すつもりなら、眠る前にもできる。

 

 目を覚ましたとき、作業台の上には昨夜の紙が残っていた。

 

 その隣に、別の紙が何枚も増えている。

 

 細い線と数字。

 

 部品をさまざまな方向から見た図。

 

 ペタルは椅子に座り、鉛筆を動かしていた。

 

「起きたか」

 

「おはようございます」

 

「水はそこだ。顔を洗え」

 

 鬼太郎は頬の煤と、傷の周りに固まった血を落とした。

 

 戻ると、ペタルが紙の束を揃えている。

 

「作る」

 

「ありがとうございます」

 

「礼は金を払ってから言え」

 

 作業台へ、金額の書かれた紙が置かれた。

 

 鬼太郎は数字を見た。

 

 両親の家から持ち出した現金だけでは足りない。

 

「先に、ここまでだ」

 

 ペタルが金額の一部を指す。

 

「残りは渡す日までに払え」

 

「完成まで、どの程度かかりますか?」

 

「急がせるなら作らん」

 

「急かしてはいません。稼ぐ時間を知りたいのです」

 

 ペタルは鬼太郎を見る。

 

「数週間だ。途中で何度か来い。手と腕をもう一度見る」

 

 鬼太郎は鞄から現金を取り出した。

 

 すべては置かない。

 

 食料と移動に必要な分を除き、前金として差し出す。

 

 ペタルは数えてから、紙へ受け取った額を書き込んだ。

 

「残りは、仕事をして払います」

 

「買い手のところでか」

 

「英国へ行くにも、あの方の持つ道が必要です」

 

「あれを信用するな」

 

「していませんよ」

 

 鬼太郎は微笑んだ。

 

「ですが、約束した対価を払う方だとは分かりました」

 

「それだけ覚えておけ。余計なものまで信じるな」

 

「ええ」

 

 ペタルは前金を引き出しへ入れた。

 

「完成まで死ぬな。死体の手に合わせて作り直すつもりはない」

 

「努力します」

 

     ◆

 

 それから、鬼太郎は大きな街に留まった。

 

 買い手は、鬼太郎が戻ってきたことにも、ペタルが注文を受けたことにも驚かなかった。

 

 次の仕事を求めると、一冊の帳面を開いた。

 

 仕事の内容。

 

 終えた場合の報酬。

 

 寝床と食事にかかる金額。

 

 数字は一つずつ記録された。

 

 鬼太郎は、その数字を毎回自分でも確かめた。

 

 買い手の倉庫から荷物を運ぶ。

 

 指定された場所を見張る。

 

 人目を避けなければならない品を、子供の身体が通れる隙間から回収する。

 

 鬼太郎が六歳であることは、不利なだけではなかった。

 

 大人は、子供を見ても警戒しない。

 

 狭い場所へ入れる。

 

 そして、必要であれば炎を使える。

 

 鬼太郎は仕事を終えるたび、報酬の一部を手元へ残し、残りをペタルへ支払うために分けた。

 

 その間にも、何度か作業場へ呼ばれた。

 

 手を測られる。

 

 削り出された握把の形を確かめる。

 

 まだ銃にはなっていない金属の塊を握らされる。

 

「太いです」

 

「どこがだ」

 

「親指の付け根が押されています」

 

 ペタルは印をつけ、その部分を削った。

 

 別の日には、引き金だけを取りつけた枠へ指をかけた。

 

「遠いです」

 

「これ以上近づければ、ほかへ当たる」

 

「握る角度を変えれば届きます」

 

「撃つたびに握りがずれる」

 

 ペタルは枠を取り上げ、翌日には別の形に作り直していた。

 

 既にある拳銃を切り縮めているのではない。

 

 鬼太郎の手を基準に、部品の位置が決められていく。

 

 掌の幅。

 

 指の長さ。

 

 今の腕で支えられる重さ。

 

 撃った力を受け止めるため、残さなければならない重さ。

 

 一つを軽くすれば、別の場所へ負担が移る。

 

 ペタルは何度も線を引き直し、削った部品を捨て、また新しいものを作った。

 

 鬼太郎は口を挟まなかった。

 

 自分の手に触れる部分だけ、感じたことを正確に伝えた。

 

     ◆

 

 注文から数週間後。

 

 鬼太郎は、残っていた代金を作業台へ置いた。

 

 ペタルは金を数えた。

 

 一枚ずつ重ね、最初に受け取った額と合わせる。

 

「足りている」

 

「では、見せていただけますか?」

 

 ペタルは答えなかった。

 

 作業台の下から、細長い箱を取り出す。

 

 留め具を外した。

 

 中には、一挺の拳銃が収められている。

 

 買い手の事務所で見たものより、短い。

 

 握把は細く、鬼太郎の短い指でも回せる形になっていた。

 

 ただ小さいだけではない。

 

 必要な場所には金属の厚みと重さが残されている。

 

 黒い表面には飾りがなかった。

 

 子供の目を喜ばせる色も、玩具に見せるための形もない。

 

 人を殺すために作られた道具だった。

 

「弾は入っていない」

 

 ペタルが言う。

 

「右手で持て」

 

 鬼太郎は箱へ手を伸ばした。

 

 指が、握把へ触れる。

 

 冷たい。

 

 その感触は、以前に触れた拳銃と変わらない。

 

 右手で握る。

 

 中指、薬指、小指が、無理なく握把へ回った。

 

 親指の付け根にも当たらない。

 

 人差し指を伸ばせば、引き金の脇へ自然に置ける。

 

 重い。

 

 けれど、その重さがどこか一か所へ偏らず、掌から手首、腕へと続いていた。

 

 買い手の事務所で触れた拳銃は、借り物の靴へ足を押し込んだようだった。

 

 これは違う。

 

 初めて握ったはずなのに、初めから自分の手の中にあったように馴染んだ。

 

「構えてみろ」

 

 ペタルの声が聞こえた。

 

 鬼太郎は拳銃を持ち上げた。

 

 その瞬間。

 

 霧の向こうで、銃声がした。

 

     ◆

 

 崩れた建物。

 

 ひび割れた道路。

 

 硝煙と、血と、焼けた何かの臭い。

 

 飛んでくる弾丸が壁を砕く。

 

 身体を沈める。

 

 遮蔽物の端から銃口だけを出さない。

 

 目で確かめる。

 

 相手の位置。

 

 数。

 

 次に動く場所。

 

 引き金を絞る。

 

 跳ね上がる銃口を手首と腕で受け、次の狙いへ戻す。

 

 撃つ。

 

 移動する。

 

 残りの弾数を数える。

 

 空になりきる前に弾倉を替える。

 

 近づいた影へ銃口を向ける。

 

 遠すぎるものには、別の力を使う。

 

 銃声の間へ、炎が混じる。

 

 銃を右手に。

 

 魔法を左手に。

 

 何度も繰り返した。

 

 何人を撃ったのか。

 

 何を撃ったのか。

 

 一緒に戦っていた者がいたのか。

 

 名前は出てこない。

 

 顔も見えない。

 

 だが、戦い方だけは、霧の中から鮮明に浮かび上がった。

 

 立ち方。

 

 視線。

 

 呼吸。

 

 引き金へ触れる指の場所。

 

 撃った直後に、次の弾をどこへ送るか。

 

 銃を使い、人と、人ではないものを殺してきた記憶。

 

 それは知識として思い出したのではない。

 

 身体の奥から、戻ってきた。

 

     ◆

 

 鬼太郎は目を開いた。

 

 閉じたつもりはなかった。

 

 銃口は作業場の壁へ向いている。

 

 人差し指は引き金へ置かず、枠の外へ伸びていた。

 

 足は前後に開かれている。

 

 肘は伸ばしきっていない。

 

 視線は照準の先にありながら、その周囲も捉えていた。

 

 数週間前、ペタルに一つずつ直された姿勢ではない。

 

 考えるより先に、そう構えていた。

 

「誰に習った」

 

 ペタルが尋ねた。

 

「思い出しました」

 

「何をだ」

 

「以前、銃で戦っていたことを」

 

 ペタルは、鬼太郎の手から銃を取り上げようとはしなかった。

 

「撃ったことはないと言ったな」

 

「今の身体では、ありません」

 

「前の身体があったような言い方だ」

 

「そのようですね」

 

 鬼太郎は銃を下ろした。

 

「どういう意味だ」

 

「僕にも、まだすべては分かりません」

 

 嘘ではない。

 

 終末世界の断片はある。

 

 銃撃戦の記憶も戻った。

 

 だが、そこにいた者たちの名も、戦いの始まりも終わりも、霧の中に残されている。

 

 ペタルは問いを重ねなかった。

 

「来い」

 

「どちらへ?」

 

「銃は、握るために作ったんじゃない」

 

     ◆

 

 作業場の奥に、もう一枚の厚い扉があった。

 

 その先には、細長い空間が続いている。

 

 壁には音を抑えるための材が重ねられ、突き当たりには紙の標的が吊られていた。

 

 ペタルは卓上へ弾薬を置いた。

 

 鬼太郎は、その形を見た。

 

 初めて見る。

 

 同時に、何をすればよいか知っている。

 

 ペタルが弾倉へ弾を込める。

 

 銃へ入れる。

 

 上部を引き、最初の弾を送った。

 

 鬼太郎へ渡す。

 

「一発だけ撃て」

 

「分かりました」

 

「分かったつもりになるな。記憶が何であれ、お前の腕は六歳だ」

 

「ええ」

 

 鬼太郎は銃を両手で握った。

 

 先ほど戻った姿勢を取る。

 

 前世の身体なら、この程度の重さを意識することはなかった。

 

 今は違う。

 

 腕は短い。

 

 肩も手首も弱い。

 

 それでも、照準を標的へ合わせる。

 

 呼吸を整える。

 

 人差し指を引き金へ置いた。

 

 絞る。

 

 乾いた銃声が、細長い部屋へ響いた。

 

 銃口が跳ね上がる。

 

 前世の感覚で待っていたよりも、大きく。

 

 弾は標的の中心から外れ、上へ穴を開けた。

 

 鬼太郎は銃を下ろさず、照準を戻した。

 

「一発と言った」

 

「撃ちませんよ」

 

 指を引き金の外へ戻す。

 

 ペタルへ銃を向けないまま、差し出した。

 

「どうだった」

 

「軽いです」

 

「お前には重い」

 

「銃ではなく、今の僕が軽すぎます」

 

 記憶の中の身体と、今の身体。

 

 知っている動きと、実際にできる動き。

 

 差がある。

 

 銃の扱いを思い出したからといって、六歳の筋力まで変わるわけではない。

 

 ペタルは銃を受け取り、弾倉を抜いた。

 

「もう一度だ」

 

 薬室に残った弾を抜き、新たに二発だけ弾倉へ入れる。

 

「今度は二発。急ぐな」

 

 鬼太郎は銃を受け取った。

 

 先ほどより足を広げる。

 

 上半身をわずかに前へ置く。

 

 腕だけで反動を受けようとせず、身体全体へ逃がす。

 

 前世と同じ動きではない。

 

 今の身体で、同じ結果へ近づくための動き。

 

 一発目。

 

 銃口が跳ねる。

 

 先ほどより小さい。

 

 標的に穴が開く。

 

 中心から、わずかに上。

 

 照準を戻す。

 

 二発目。

 

 新しい穴は、一発目のすぐ近くに開いた。

 

 鬼太郎は銃を下ろした。

 

 手首に痛みがある。

 

 腕も重い。

 

 それでも、口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

「楽しいか」

 

 ペタルが尋ねた。

 

「ええ」

 

 鬼太郎は素直に答えた。

 

「ようやく、自分の手が少し戻ってきました」

 

     ◆

 

 作業場へ戻ると、ペタルは銃を分解した。

 

 一つずつ部品を確認し、布で拭く。

 

 鬼太郎は、その手順を見ていた。

 

 見れば分かる。

 

 どの部品が、どの順に外れるのか。

 

 どこに汚れが溜まり、何を確かめなければならないのか。

 

 この銃そのものは初めて見る。

 

 だが、銃器を扱った経験が、構造を追う手助けをしていた。

 

 ペタルは組み直した銃を箱へ戻さず、作業台へ置いた。

 

「名前がいる」

 

「銃にですか?」

 

「俺が作ったものを、いつまでも『銃』と呼ばせるつもりはない」

 

 ペタルは銃の側面へ指を当てた。

 

「小さい。だが、自分より大きな獲物も殺す」

 

 指が、黒い金属の上を滑る。

 

「殺した獲物を、枝や棘へ突き刺す鳥がいる」

 

「随分と物騒な鳥ですね」

 

「お前に合っている」

 

 ペタルは鬼太郎を見た。

 

「シュライクだ」

 

「シュライク」

 

 鬼太郎は、その名を繰り返した。

 

「この銃の名前ですか?」

 

「そうだ」

 

 ペタルが銃を差し出す。

 

「〈シュライク〉。今のお前の手のために作った」

 

 鬼太郎は右手で受け取った。

 

 掌へ収まる。

 

 人差し指は引き金の外へ伸ばしたまま、重さを確かめる。

 

「よい名前ですね」

 

「身体が大きくなれば、これは合わなくなる」

 

「分かっています」

 

「無理に使えば、今度は銃がお前の邪魔をする」

 

「そのときは、次をお願いします」

 

 ペタルは答えなかった。

 

 拒絶もしなかった。

 

 鬼太郎は〈シュライク〉を右手で構えた。

 

 前世で何度も行った動きが、今の小さな身体の中へ戻っている。

 

 完全ではない。

 

 知識と経験に、筋力が追いついていない。

 

 撃ち続ければ腕はぶれる。

 

 走りながら狙うには、足も体幹も弱い。

 

 鍛えなければならない。

 

 覚え直さなければならない。

 

 それでも、炎だけだった昨日までとは違う。

 

 鬼太郎は左手を開いた。

 

 掌の上へ、赤い火が灯る。

 

 右手には〈シュライク〉。

 

 左手にはアギの炎。

 

 銃弾は、炎より速い。

 

 ならば、その両方を使えばよい。

 

 小さな炎が、黒い銃の表面を赤く照らした。

 

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