神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

84 / 193
帽子に断ったこと

第83話 帽子に断ったこと

 

 廊下の角に、片腕を上げた甲冑があった。

 

 鬼太郎が足元の台を見ていると、キーノもそちらへ顔を向けた。

 

「覚えておくのか」

 

「帰るときの目印になるかと」

 

「その腕、下りていたらどうする」

 

「台まで歩かなければ、助かりますね」

 

 ハリーが少し歩く速さを上げた。甲冑の指が動くか、確かめるつもりはないらしい。

 

 次の教室は、上級生に教わったところで見つかった。

 

 中では、小柄な教師が本を整えていた。生徒たちが席へ着くのを待ち、机の後ろに積んだ本へ上がる。

 

「おはよう、皆さん。フリットウィックです。これから、よろしくお願いしますね」

 

 声が、よく届いた。

 

 鬼太郎も挨拶を返し、教科書を置いた。キーノは先ほどの変身術で書いた紙をしまい、新しい羊皮紙を広げる。

 

 出席を確かめる声が続いた。

 

 ハリーの名を読んだところで、フリットウィックは急に顔を上げた。

 

「ああ、ポッター!」

 

 身を乗り出した身体が揺れた。

 

 ハリーが腰を浮かせる。先生は机の縁へ手をつき、積まれた本の上で姿勢を戻した。

 

「大丈夫、大丈夫。あなたが来てくれて嬉しいよ」

 

 ハリーは少し赤くなって座った。

 

 キーノの長い名が呼ばれ、彼女が返事をする。鬼太郎も応じた。先生はそれぞれの顔を確かめてから、名簿を閉じた。

 

「今日は、杖を使う前に覚えてほしいことから始めます。筆記用品を出してください」

 

 鬼太郎は鞄へ伸ばしかけた手を戻した。

 

 今度も、すぐ試すわけではない。

 

 フリットウィックは教科書を開かせ、変身術との違いから説明した。先ほど見た針を思い出しながら聞くと、読んだときには曖昧だった言葉が、少し分かる。

 

 書き終えたところで、黒板へ線が引かれた。

 

 キーノはそれを写し、本の図と比べていた。途中でペンを止め、手を上げる。

 

「先生。この印は、杖を止めるところなのか」

 

 フリットウィックが、示されたところを見た。

 

「そこまでの動きが、一まとまりになっています。その先の線とは分けて見てごらん」

 

 先生は同じところを黒板へ大きく描いた。

 

 キーノは目を上げ、また本へ戻す。

 

「全部、続けて動かすのかと思っていた」

 

「図を見ただけでは、そう思うこともありますね。だから、授業で一緒に確かめるのです」

 

 ハーマイオニーも、自分の本へ何か書き込んでいた。

 

 鬼太郎は羽根ペンを止めた。

 

 ルーモスとレパロでは、自分でも動きを変え、働き方を確かめてきた。うまくいった形は覚えているつもりだったが、途中の手の位置まで残していただろうか。

 

 手を上げると、先生がこちらを向いた。

 

「同じ呪文で結果が揃わないときは、声と杖の動きを、別々に確かめた方がよろしいでしょうか」

 

「ええ。一度に何もかも変えると、どこがよくなったかも分からなくなるでしょう。ただし、原因がその二つだけとは限りませんよ」

 

「うまくいったときも、残しておくのですね」

 

「もちろん。よかったところまで直してしまっては、困るからね」

 

 鬼太郎は、今朝の針について書いた紙を思い出した。

 

 変わらなかったところを、詳しく描いた。

 

 最初に針へ変えたときの動きは、それほど細かく残していない。

 

 次に開いたとき、そちらも書き足しておこう。

 

 隣では、ロンが指のインクを擦っていた。ハーマイオニーから声を掛けられ、慌てて黒板へ目を戻す。

 

 授業が終わるまで、杖を出すようには言われなかった。

 

 それでも、鬼太郎の紙は、空白のままではなかった。

 

     ◆

 

 昼食の席で、ロンは自分の指を見せた。

 

「こんなに書くと思わなかったよ」

 

「先生の説明、速かった?」

 

 ハリーが尋ねる。

 

「速いんじゃなくて、多いんだ。書き終わったと思ったら、次がある」

 

「最初に分からないまま試すより、いいでしょう」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

 キーノはパンを取ってから、彼女へ顔を向けた。

 

「お前も、あの印を書き直してたな」

 

「続けて読むものだと思っていたの。聞いてくれて、助かったわ」

 

「僕も」

 

 ロンがすぐに言った。

 

 キーノは彼を見た。

 

「そうか」

 

「先生が大きく描いてくれたから、分かった」

 

 ロンは答え、皿へ料理を取った。

 

 キーノも食べ始めた。少しして、鬼太郎へ顔を向ける。

 

「お前に聞いても、あれは分からなかったか」

 

「ええ。僕も教わりました」

 

「じゃあ、手を上げてよかったな」

 

 鬼太郎は頷いた。

 

 料理の皿を渡していると、マクゴナガルが食卓の脇へ来た。

 

「墓場。今日の夕食後、校長先生がお話ししたいそうです」

 

 キーノが食べる手を止めた。

 

 鬼太郎は教師へ顔を向けた。

 

「昨夜のことですね」

 

「ええ。食事を終えたら、私に声を掛けなさい。場所は案内します」

 

「分かりました」

 

 マクゴナガルは頷き、別の生徒へ時間割について答えながら、食卓を離れた。

 

 ロンが鬼太郎を見る。

 

「帽子のこと?」

 

「まだ、お話ししていませんので」

 

「何を見たか、教えてもらえるのかな」

 

 ハリーが言った。

 

 鬼太郎は教師の席へ目を向けた。

 

「まずは、僕の方で何があったか、お伝えしたいですね」

 

 ダンブルドアは別の教師と話していた。こちらへ顔を向けることはなく、鬼太郎も食事へ戻った。

 

 キーノは少し待ってから、午後の時間割を広げた。

 

「今度は、魔法史だ」

 

 皆が紙へ顔を寄せる。

 

 午前に通った廊下を思い出す声が、卓の上で重なった。

 

     ◆

 

 ビンズは、壁を通って入ってきた。

 

 鬼太郎は手を止め、その半透明の身体を見た。ニックと同じ幽霊だった。

 

 だが、教師は生徒の驚きに応じなかった。教える箇所を告げ、声の調子をほとんど変えずに話し始める。

 

 名前と年が続いた。

 

 鬼太郎は綴りを確かめるため、教科書へ目を落とした。顔を上げたときには、次の名へ進んでいる。

 

 聞き慣れないものは、音だけを短く残した。

 

 後で本と比べればよい。

 

 講義には、魔法使いとゴブリンの争いも出てきた。鬼太郎はその前後へ印をつけた。

 

 銀行で金を数えていた者。森で錠前の材料を確かめていたボグダン。

 

 同じ名で呼ばれる種族にも、自分の知らない過去がある。

 

 ただ、その年に戦ったと聞くだけでは、なぜそこまで争ったのか分からなかった。

 

 先生は先へ進む。

 

 鬼太郎は読みかけのところへ小さく印を残し、講義の続きを追った。

 

 隣で、椅子が動いた。

 

 ロンが頬杖をつき、何度も瞬きをしている。少し先ではハリーも姿勢を変えていた。キーノは自分の頬を指で押し、それからペンを持ち直す。

 

 窓から差す日が暖かかった。

 

 ビンズは、誰かが眠そうでも話し方を変えなかった。

 

 終わりを告げられると、ロンは真っ先に身体を伸ばした。

 

「危なかった。眠るところだった」

 

「少し寝てただろ」

 

 キーノが言う。

 

「目を閉じただけだよ」

 

「長かったぞ」

 

 ハリーが笑った。

 

 鬼太郎は紙を揃え、鞄へ入れた。ロンがその束を見て、眉を上げる。

 

「君、面白かった?」

 

「争いが始まったところを、もう少し読んでみたいですね。名前は、確かめ直さないと間違えそうですが」

 

「まだ読むのか」

 

「聞いている間は、先の説明まで追えませんでしたから」

 

 ロンはハーマイオニーへ目を向けた。彼女は既に、自分が確かめたい頁を開いている。

 

 何か言いかけ、結局、教科書を鞄へしまった。

 

 談話室へ戻ると、鬼太郎は窓辺の卓を選んだ。

 

 キーノが向かいへ座り、紺色の帳面を開く。朝の変身術で直されたことと、呪文学の図について、別々の行へ書き足していた。

 

 ハーマイオニーは隣で、魔法史の本を開いた。

 

 鬼太郎が読んでいた一文を示すと、彼女は少し前の頁を探した。

 

「その言葉の説明なら、こっちにあったわ」

 

「ありがとうございます」

 

 戻って読むと、講義で並んでいた名前がつながった。

 

 それでも、争った両方が何を求めていたかまでは、同じ詳しさでは書かれていない。

 

 鬼太郎はそこへ印を残した。

 

 キーノがペンを置いた。

 

「聞いても、まだ分からないことが増えるな」

 

「ええ。ただ、何を聞けばよいかは、前より分かりますね」

 

 彼女は自分の帳面を見て、もう一行足した。

 

     ◆

 

 夕食後、マクゴナガルが案内したのは、廊下の先の空いた教室だった。

 

 机が壁へ寄せられ、中央には椅子が二つある。窓の近くにダンブルドアが立っていた。

 

「ありがとう、ミネルバ」

 

「長くなりすぎないように。明日も授業があります」

 

「分かっておる」

 

 彼女は鬼太郎へも目を向け、扉を閉めた。

 

 ダンブルドアが椅子を示す。

 

「最初の一日は、どうじゃった」

 

「針を作りました。その先を変えようとすると、動きませんでしたけれど」

 

「ミネルバから聞いた。最初から、細かいところが気になったそうじゃな」

 

「見ていないところを整えようとしていたようです。手本を借りて、比べてみました」

 

 鬼太郎は鞄を椅子の横へ置いた。

 

 ダンブルドアも腰を下ろす。

 

「ほかの授業でも、尋ねられたかの」

 

「ええ。キーノさんも、ご自分で先生に聞いていました」

 

「それは、よかった」

 

 校長は笑みを浮かべたが、すぐに手を膝へ戻した。

 

「今夜は、昨夜の帽子について聞きたい。あのとき、何を言われ、どう感じたか。話せるところを、聞かせてくれるかね」

 

 鬼太郎は帽子を被ったときの匂いを思い出した。

 

 目の前へ古い布が落ち、大広間が隠れた。

 

「初めは、普通にお話をしていました。寮の違いについて伺った後、内側を見せてほしいと言われました」

 

「それで、断った」

 

「はい。怖がる必要はない、ほかの子供も同じように受けていると。そのようなことを言われましたが、見せるとは答えていません」

 

 ダンブルドアは口を挟まなかった。

 

 鬼太郎は続けた。

 

「すぐ終わると言われた、その途中でしたね。自分が考えているところへ、別のものが入ってきました」

 

「痛みは?」

 

「ありません。ただ、気持ちのよいものではありませんでした」

 

 昨夜、寝台で思い返したときと同じだった。

 

 何が見えるか確かめる前に、見ることを拒んだ。

 

 それでも、入ってきた。

 

「お主は、そのとき、何かを使ったか」

 

「いいえ。杖にも触っていません。僕が何かをする前に、あちらが叫びました」

 

「何が見えたか、自分でも分かったかね」

 

「分かりません。あの帽子が見たのでしょう」

 

 鬼太郎は校長の顔を見た。

 

「僕に尋ねても、代わりのお返事はできませんよ」

 

「うむ。そこは、分けて聞いておる」

 

 ダンブルドアは少し顎を引いた。

 

「わしは、帽子にも、断られたらやめるよう伝えておった。あれが、お主の拒否を越えたことは分かっておる」

 

「では、組分けに必要だったので、仕方がないというお話ではないのですね」

 

「そういう話にはせん。わしが止めきれなかったことも、謝らねばならぬ」

 

 校長は、鬼太郎をまっすぐ見た。

 

「すまなかった」

 

 鬼太郎は返事を急がなかった。

 

 あの帽子の声も、最初は穏やかだった。

 

 目の前の老人の言葉を聞くことと、その先を全て任せることは、同じではない。

 

「帽子にも、お伝えください。僕は、嫌だと申し上げました」

 

「伝える。どうしてやめなかったかは、帽子にも聞く」

 

「もう一度被れば分かる、と言われても、お断りしますよ」

 

「被せるつもりはない」

 

 すぐに返ってきた。

 

 鬼太郎は、椅子の背へ少し身体を戻した。

 

「それなら、お話はできますね」

 

     ◆

 

 ダンブルドアは、少年の手を見た。

 

 鞄へも、杖へも伸びていない。

 

 ただ、拒んだことを、拒んだままにしている。

 

 帽子が煙を出した理由を確かめたければ、少年の内へもう一度触れるのが早いと考える者もいるだろう。だが、それをすれば、今ここで詫びた言葉から先に壊れる。

 

 この子は、授業で見つけた失敗を教師へ持っていく。

 

 知らないものを見ても、まず尋ねることができる。

 

 その相手から自分を守るために、口を閉ざす方を選ばせたくはなかった。

 

 学校に留まり、こちらと話す理由は、まだ幾つもある。キーノだけへ、その全てを負わせる必要もない。

 

 ダンブルドアが顔を上げると、鬼太郎は次の問いを用意していた。

 

「あのように入ってくるものを、防ぐ方法はあるんですか」

 

「ある。じゃが、入り込まれた感覚を知っただけで、すぐ押し返せるようにはならぬ」

 

「昨夜、少し考えました。どこへ力を向ければよいかも、分かりませんでしたね」

 

「今ここで、試しに触れてみようということはせんよ」

 

 鬼太郎の目が、ダンブルドアへ留まった。

 

「お願いする前に、言っていただけるのは助かります」

 

「お主なら、言わねば先に試せと返しかねんのでな」

 

「相手を選べるのでしたら、確かめたいことではあります」

 

 ダンブルドアは小さく息を吐いた。

 

「今夜は、起きたことを聞く日じゃ。練習を始める日ではない」

 

「はい」

 

 鬼太郎は素直に答えた。

 

 不快だったことと、知らない術へ興味を持つことが、この子の中では並んでいた。

 

「防ぎ方を知りたいという話は、覚えておく。ただし、相手が何をするかも、どんな負担があるかも分からぬまま、試す必要はない」

 

「では、お話を伺ってから考えます」

 

 その返事を聞き、ダンブルドアは頷いた。

 

「昨夜の後、覚えていることが急に増えたり、いつもと違う感覚が残ったりはしておらぬか」

 

「ありません。嫌な入り方だったことは、覚えていますが」

 

「眠れたかね」

 

「ええ。今日は、授業にも困りませんでした」

 

「そうか。何か変われば、ミネルバか、わしへ知らせなさい」

 

 鬼太郎は少し考え、それから口元を緩めた。

 

「針の穴が気になるようになったことは、帽子とは関係なさそうですね」

 

「それは、授業の方じゃろうな」

 

 ダンブルドアも笑った。

 

 鬼太郎が鞄を取るまで、帽子の見たものを答えるようには、もう求めなかった。

 

     ◆

 

 談話室へ戻ると、窓辺の卓にはまだ本が広がっていた。

 

 キーノが顔を上げる。

 

「どうだった」

 

「断ったのに入ってきたことを、お伝えしました。帽子にも、聞いてくださるそうです」

 

「また被れとは?」

 

「言われませんでした」

 

「なら、よかった」

 

 キーノは椅子の上の本を退けた。鬼太郎はそこへ座り、鞄を足元へ置く。

 

 ハリーが少し身を寄せた。

 

「何を見たかは、まだ分からないんだね」

 

「ええ。僕が何かをしたわけではないことは、お話しできました」

 

 ロンは頷き、自分の開いた本へ戻った。

 

 ハーマイオニーが、キーノの帳面を指した。

 

「さっきの言葉だけど、ここの説明と一緒に読めば分かると思うの」

 

「待て。こっちの頁を開く」

 

 キーノは自分で本を寄せた。

 

 鬼太郎は二人の間へ口を挟まず、変身術で書いた紙を取り出した。

 

 最初の針へ変わったとき、杖をどこから動かしたか。朝の手を思い出し、図の横へ線を一本足す。

 

「まだ、針か?」

 

 ロンに言われ、鬼太郎は顔を上げた。

 

「今度は、うまくいった方です。こちらも残しておいた方がよいと、教わりましたので」

 

「それなら、僕の紙にも書いとこうかな」

 

 ロンは呪文学の紙を探した。インクのついた指が、鞄の留め具を開く。

 

 向かいでは、キーノが分かったと言い、ハーマイオニーへ本を返していた。

 

 鬼太郎は図を描き終えた。

 

 帽子が何を見たかは、まだ分からない。防ぎ方も、今夜使えるようになったわけではなかった。

 

 だが、自分が何を断ったかは、相手へ伝えた。

 

 そのために、内側を見せ直す必要はなかった。

 

 紙を揃えると、キーノが帳面を閉じた。

 

「明日も、朝はここだな」

 

「ええ」

 

 ハリーとロンも顔を上げた。

 

 今朝は、教室へ行く道も知らなかった。

 

 明日は、今日通った角から選べる。間違えたところも、尋ねた相手も覚えている。

 

 鬼太郎は鞄へ紙を収めた。

 

「では、おやすみなさい」

 

 返事が重なった。

 

 キーノがハーマイオニーと階段へ向かう。鬼太郎も立ち上がり、ハリーたちと寝室へ歩いた。

 

 次に本を開くとき、確かめたい場所には、既に印がついていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。