第八話
「火を消せ」
ペタル・ヴァルチェフが言った。
墓場鬼太郎は、左の掌に灯した炎を消した。
作業場を赤く染めていた光が消え、天井から下がる灯りだけが残る。
「ここを燃やす気か」
「そのつもりはありませんよ」
「燃やすつもりのない人間が、銃と一緒に火を出すな」
「気をつけます」
鬼太郎は右手の〈シュライク〉を見た。
黒い金属は、もう冷えている。
初めて実弾を撃ったときの熱と反動だけが、掌と手首に残っていた。
ペタルは作業台の下から、革で作られたものを取り出した。
「腕を上げろ」
鬼太郎は両腕を上げた。
ペタルが細い帯を腰へ回す。
子供の身体へ合わせた帯だった。
右腰の少し前に、〈シュライク〉が収まる革の入れ物がついている。
銃を差し込み、留め具をかける。
鬼太郎が上着を下ろすと、外からは見えなくなった。
「歩け」
作業場の中を歩く。
銃は脚へ当たらない。
重みで帯が下がることもなかった。
「走ってみろ」
鬼太郎は作業台を回るように走った。
留め具が銃を押さえている。
落ちない。
「右手で抜け」
立ち止まり、上着の裾を払う。
留め具を外す。
握把を掴んで引き抜いた。
前世の身体で使っていたものより、位置が低い。
腕も短い。
抜いた直後、銃口が一度、床の近くへ向いた。
「遅いな」
「身体が違いますから」
「撃つ相手は待ってくれん」
「繰り返します」
鬼太郎は〈シュライク〉を戻した。
もう一度、留め具を外すところから始める。
抜く。
戻す。
上着を下ろす。
再び抜く。
動きを急がない。
今の腕の長さで引っかからない道を確かめる。
数度目には、銃口が床をさまようことはなくなった。
ペタルは止めずに見ていた。
やがて棚から、小さな箱を持ってくる。
蓋を開くと、弾薬が並んでいた。
「これは銃の代金に入っていない」
「おいくらですか?」
ペタルが金額を告げた。
鬼太郎は財布を開く。
〈シュライク〉の代金を払い終えたばかりで、残っている現金は多くない。
それでも、銃は弾がなければ重い金属でしかなかった。
必要な数を買う。
「すべて撃つな」
「訓練で、ですか?」
「実戦に持っていく分を残せ」
「ええ」
ペタルは箱を渡した。
「撃つ必要のないときまで撃つな。弾は金だ。音は人を呼ぶ」
「人を呼びたいときには便利ですね」
「そういう使い方をするなら、呼んだ人数まで数えておけ」
鬼太郎は箱を鞄へ入れた。
◆
最初に繰り返したのは、撃つことではなかった。
上着の下から〈シュライク〉を抜く。
銃口を、撃つものへ向ける。
撃たないと決めたら、指を引き金の外へ戻す。
周囲を確かめる。
銃を収める。
弾を使わず、同じ動作を繰り返した。
記憶の中にある動きは、大人の身体を基準にしている。
腰の高さも、腕の長さも違う。
以前と同じ速さだけを求めれば、上着へ引っかける。
握りが浅くなる。
今の身体には、今の抜き方が必要だった。
実弾を使う訓練は、ペタルの試射場で行った。
静止した標的へ、一発ずつ撃つ。
最初の日より、反動への備えはできている。
照準を合わせる。
引き金を絞る。
銃声。
跳ねた銃口を戻す。
標的に新しい穴が開く。
急がなければ、弾は狙った場所の近くへ集まった。
だが、回数を重ねると、右腕が重くなる。
手首に痛みが残る。
握る力が弱まり、反動のたびに銃口の戻る位置がずれていく。
「終わりだ」
ペタルが言う。
「まだ撃てます」
「撃てることと、当てられることは違う」
標的の穴が、少しずつ右上へ離れていた。
鬼太郎は〈シュライク〉を下ろした。
「何発目からずれた」
「腕が重くなった後です」
「答えになっていない」
鬼太郎は標的を見直した。
穴の位置。
撃った順番。
手首に最初の痛みが走ったとき。
「ここからです」
一つの穴を指した。
「なら、その前にやめろ」
「実戦の途中でもですか?」
「当たらない弾を撃って、相手に自分の場所を教えたいなら続けろ」
「それは困りますね」
「銃を下ろせ。腕を休ませろ。隠れろ。それができないなら、戦う場所を間違えている」
鬼太郎は頷いた。
◆
別の日には、走った後に撃った。
短い距離を何度か往復する。
足が重くなる。
呼吸が速くなる。
そのまま〈シュライク〉を抜く。
照準が上下へ揺れた。
息を止めても、身体の内側で心臓が動いている。
引き金を絞る。
弾は標的へ当たったが、狙った場所から外れた。
前世の身体なら、走りながらでも撃てた。
今は、立ち止まっても揺れる。
鬼太郎は、記憶の中の自分を追うのをやめた。
今の身体で、何ができるかを測る。
走る。
遮蔽物へ入る。
腕を下ろして休める。
呼吸が整う前に、壁の端から相手の位置を確かめる。
撃つ直前にだけ〈シュライク〉を構える。
一発。
再び隠れる。
弾をばら撒くことはできない。
長く構えることもできない。
ならば、相手が撃てる時間を与えなければよい。
◆
右手に〈シュライク〉を持つ。
左手を開く。
「アギ」
赤い火球が放たれた。
炎は、試射場の奥へ置かれた古い木片へ当たる。
同時に〈シュライク〉を構えようとした。
右の銃口が大きく逸れた。
アギを放つとき、左肩と上半身が動いている。
その動きに右腕まで引かれた。
鬼太郎は姿勢を戻す。
もう一度、試す。
今度は〈シュライク〉を先に構えた。
標的へ照準を合わせたまま、左手へ意識を向ける。
「アギ」
火球が放たれる。
右手の照準が落ちた。
前世では自然にできていた。
右手で銃を撃つ。
左手で魔法を放つ。
二つの異なる攻撃を、同時に扱っていた。
方法は覚えている。
だが、現在の身体は、その方法に耐えられない。
「同時にする必要はありませんね」
鬼太郎は〈シュライク〉を下ろした。
古い木片が燃えている。
炎から逃げる者がいれば、動く方向は限られる。
燃えている間に銃を構えればよい。
右手で相手を遮蔽物へ押し込む。
その間に、左手で逃げ道へアギを放つこともできる。
二つを同時に放つのではない。
一方で相手を動かし、もう一方で待つ。
鬼太郎は燃える木片を見ながら、順番を組み直した。
◆
買い手から呼ばれたのは、その数日後だった。
事務所へ入ると、机の上に二枚の写真が置かれている。
鬼太郎は写真を見た。
写っているのは男が二人。
修理工場の外へ飛び出してきた者たちだった。
「覚えているか」
買い手が尋ねた。
「ええ。帳簿を持っていた方々の、残りのお二人ですね」
「あれから、私の倉庫と部下について嗅ぎ回っている」
「帳簿を取り返したいのでしょうか?」
「帳簿だけではない。仲間を一人焼かれ、隠れ場所を潰された」
「僕が燃やしたのは、木箱と布だけですよ」
「火事になった場所を、隠れ場所には使えん」
「それもそうですね」
買い手は写真の横へ紙を置いた。
街外れの貨物集積所。
使われなくなった倉庫と古い貨車が残っている。
二人はそこで、武器と協力者を集めている。
「あのときの依頼は帳簿の回収だった」
買い手が言った。
「お前は、頼まれた仕事を正確に終えた。だから今度は、別の仕事としてあの二人を消せ」
「お二人だけですか?」
「二人の死を確認できれば、仕事は終わりだ」
「ほかの方々は?」
「邪魔なら好きにしろ。逃げた者を追う必要はない」
「分かりました」
鬼太郎は紙に書かれた報酬を確認した。
弾薬を買い、食事を取り、しばらく寝床を確保しても残る。
「お受けします」
「銃を手に入れたからか?」
「報酬が必要だからです」
鬼太郎は写真を鞄へ入れた。
「銃は、そのために使える道具が増えただけですよ」
◆
貨物集積所には、使われなくなった線路が何本も並んでいた。
草が枕木の隙間から伸びている。
古い貨車が、黒い塊になって夜の中へ連なっていた。
遠くに一つだけ灯りがある。
窓の割れた倉庫。
中から声が聞こえた。
鬼太郎は、貨車の陰を進んだ。
上着の下には〈シュライク〉がある。
弾倉には弾が入り、引き金を引けばすぐに撃てる状態になっている。
右手を伸ばせば抜ける。
倉庫の正面には、男が一人立っていた。
煙草の赤い火が、暗闇の中で上下している。
見張り。
鬼太郎は貨車の下から、倉庫の反対側を確認した。
裏口がある。
扉の前に人はいない。
窓から、倉庫の中を覗く。
男は五人いた。
写真の二人。
知らない男が三人。
机の上に銃と弾薬が並べられている。
正面の見張りを含めて六人。
写真の二人が何かを話している。
「倉庫を見つければ、帳簿も見つかる」
「あのガキはどうする」
「見つけたら殺す。火を出す前に撃て」
鬼太郎は窓の下へ身体を戻した。
自分を殺す相談をしている。
それ自体に、怒りはなかった。
相手も、自分が生きるために邪魔なものを消そうとしている。
鬼太郎と同じだった。
違うのは、どちらが先に相手を見つけたかだけだ。
裏口から入れば、写真の二人へ近づける。
だが、正面の見張りが残る。
銃声を聞けば、背後から入ってくる可能性がある。
先に見張りを避けるか。
殺すか。
鬼太郎が貨車の陰から動こうとしたとき、靴の下で小石が鳴った。
「誰だ」
見張りの声。
煙草の火が落ちる。
足音が近づいた。
鬼太郎は貨車の端で待った。
男が角を曲がる。
最初に視線が下へ動いた。
「子供?」
男が足を止めた。
修理工場から逃げてきた二人は、手から火を出す子供に襲われたと何度も話していた。
男は、本気にしていなかった。
火事と銃声の中で怯え、見てもいないものを見たのだろうと思っていた。
子供が手から火を出す。
そんな話を信じる方がおかしい。
だが、夜の貨物集積所で、六歳ほどの子供が一人きりで貨車の陰に立っている。
泣いていない。
逃げようともしない。
見つかったことに驚いた様子さえなかった。
男の眉間に皺が寄る。
「お前……あいつらが言ってた、火を出すガキか」
「おそらく、僕のことでしょうね」
鬼太郎は答えた。
男の顔から、笑いかけた気配が消えた。
目の前にいるのは、どう見ても子供だった。
小さな手が動くより、自分が銃を抜く方が速い。
そう判断したため、男はすぐには撃たなかった。
「動くな」
男の右手が、上着の内側へ入った。
冗談だったと笑うために、火を出すかどうかを確かめるつもりはない。
鬼太郎は上着の裾を払った。
留め具を外す。
〈シュライク〉を抜く。
男の手が銃を掴む。
鬼太郎は腕を上げた。
引き金を絞る。
夜の貨物集積所に、銃声が響いた。
男の身体が後ろへ揺れる。
上着の中で掴んだ銃を抜く前に、線路脇へ倒れた。
鬼太郎は照準を外さない。
男の手が動かないことを確かめる。
紙の標的とは違う。
弾丸が肉へ入り、その先にあるものを壊した。
手に伝わった反動。
倒れるまでの時間。
見たことがある。
何度も。
罪悪感はなかった。
失っていた行為が、今の身体でも可能だと分かっただけだった。
「外だ!」
倉庫の中から声が上がる。
鬼太郎は貨車の陰へ下がった。
◆
倉庫の正面と裏から、男たちが出てくる。
一人ではない。
鬼太郎は貨車の車輪の陰へ身体を低くした。
銃声。
貨車の側面へ弾が当たる。
金属の音が続いた。
相手には、鬼太郎がいる場所が分かっている。
鬼太郎からは、足元しか見えない。
二人。
一人は倉庫の正面から。
もう一人は、反対側へ回ろうとしている。
鬼太郎は走った。
貨車の連結部分を抜け、隣の線路へ移る。
背後で弾丸が地面を叩いた。
枕木の陰へ滑り込む。
右腕を上げる。
貨車の間から男の上半身が見えた。
一発。
男が身を引く。
当たっていない。
男の撃った弾が、鬼太郎の頭上を通った。
鬼太郎はすぐに隠れる。
もう一人が近づいている。
足音が砂利を踏む。
鬼太郎は〈シュライク〉を下げた。
構え続けない。
腕を休ませる。
足音が近づく。
貨車の端から銃口が出た。
続いて、男の顔。
鬼太郎は〈シュライク〉を上げる。
相手も鬼太郎を見つけた。
二つの銃口が向き合う。
鬼太郎が先に撃った。
男の肩が跳ねる。
男の弾は貨車の上部へ飛んだ。
鬼太郎は二発目を撃つ。
男が倒れた。
右手首に痛みが走る。
腕が、もう重くなり始めている。
倉庫の中に、まだ四人。
依頼の対象二人も残っている。
ここで撃ち続ければ、照準はずれる。
鬼太郎は〈シュライク〉を腰の位置まで下ろした。
倉庫の方から男の声がする。
「撃たなくなったぞ!」
「弾切れか!」
「回り込め!」
足音が二つ、近づいてくる。
鬼太郎は左手を開いた。
倉庫脇には、壊れた木製の荷台が積まれている。
その先は、男たちが鬼太郎へ近づくための通り道だった。
「アギ」
赤い火球が闇を走る。
木製の荷台へ当たり、乾いた板を砕いた。
炎が広がる。
「火だ!」
男たちの足が止まった。
一人が炎から離れ、貨車の間へ飛び込んでくる。
進む方向は一つしかない。
鬼太郎は左手を下げた。
休ませていた右腕を上げる。
男が現れる。
〈シュライク〉の照準は、初めからその場所を向いていた。
銃声。
男の胸へ弾が当たる。
男は二歩進み、貨車へ身体をぶつけて倒れた。
アギで動かし、銃で待つ。
記憶の中にあった戦い方が、現在の身体でも形になった。
◆
燃える荷台の向こうで、誰かが走る。
写真の二人ではない。
残っていた協力者の一人だった。
鬼太郎とは反対の線路へ飛び出し、そのまま暗闇へ逃げていく。
追わない。
買い手から頼まれたのは、写真の二人だけだった。
逃げる男へ背を向け、倉庫を見る。
二人は中にいる。
鬼太郎は正面から入らなかった。
燃える荷台の光を避け、裏口へ回る。
扉は開いていた。
中から荒い呼吸が聞こえる。
鬼太郎は扉の脇へ立った。
「聞こえますか?」
返事はない。
「お二人に、お仕事があります」
「その声……」
倉庫の奥から声がした。
「工場にいたガキか」
「ええ。先日はお世話になりました」
「ふざけるな!」
銃声。
弾丸が扉を貫いた。
鬼太郎は壁へ身体を寄せている。
撃ち返さない。
相手が続けて二発撃つ。
扉に穴が増える。
「今回は銃まで持ってやがるのか」
もう一人の声がした。
「買い手に雇われたのか!」
「はい」
「いくらだ。俺たちが倍払う」
「信用できませんね」
「金ならある!」
「それに、先にお受けした依頼がありますので」
鬼太郎は、扉の下に伸びる影を見た。
一人が、壁沿いに近づいている。
「あのときは、俺たちを殺さなかっただろ!」
「あのときは、あなた方を殺すよう頼まれていませんでした」
鬼太郎は〈シュライク〉を構えた。
影が大きくなる。
「今回は頼まれています。違いはそれだけですよ」
男が扉から飛び出した。
鬼太郎は引き金を絞る。
一発目が胸へ当たる。
男は銃を鬼太郎へ向けようとした。
二発目。
男の身体が後ろへ倒れた。
右腕が震えている。
鬼太郎は〈シュライク〉を下ろした。
「来るな!」
最後の一人が、倉庫の奥から叫んだ。
写真に写っていた、もう一人。
依頼の対象。
鬼太郎は倉庫へ入った。
男は裏の窓へ向かって走る。
途中で振り返り、銃を向けた。
鬼太郎の右腕は、すぐには上がらない。
代わりに左手を向ける。
「アギ」
火球が男の身体へ当たった。
悲鳴が上がる。
男の銃が床へ落ちた。
衣服へ燃え移った火を消そうと、床を転がる。
鬼太郎は近づかなかった。
炎が弱まってから、男の呼吸を確かめる。
止まっている。
入口の男も、動かない。
写真を取り出す。
二人の顔を、一人ずつ確認する。
依頼は終わった。
◆
鬼太郎は、死体から金を取らなかった。
机の上に並んでいた銃や弾薬にも触れない。
何に使われ、誰が持ち主なのか分からないものを持ち帰れば、余計な問題まで背負うことになる。
倉庫を出る。
炎は木製の荷台を燃やしているが、貨車へは届いていない。
夜が明ければ、煙を見た誰かが来る。
その前に、買い手の部下が確認へ来ることになっていた。
鬼太郎は〈シュライク〉を腰へ戻した。
留め具をかける。
右手首が痛む。
指を開き、閉じる。
動かせる。
だが、すぐに次の戦いが始まれば、同じ精度では撃てない。
記憶は戻った。
銃も手に入った。
それでも、身体は一日で強くならない。
鬼太郎は貨物集積所を離れた。
◆
夜明け前。
一人の男が、街の酒場へ駆け込んだ。
まだ店を閉めていなかった者たちが、一斉に振り返る。
男の服には煤がつき、顔は汗で濡れていた。
「何があった」
尋ねられても、すぐには答えられない。
酒を求め、注がれたものを一息に飲む。
「ガキだ」
ようやく男が言った。
「何?」
「ガキが、あいつらを殺した」
周囲の者が笑った。
「酒を飲む前から酔ってるのか」
「本当だ。小さな銃を持ってた。撃てなくなったと思ったら、今度は火を出した」
笑い声が少し小さくなる。
「火?」
「手からだ。あのガキが手を向けたら、荷台が燃えた。人も……」
男は両手で杯を握った。
震えが止まらない。
「俺は逃げた。追ってこなかった。あいつは、最初から二人だけを殺しに来たんだ」
その場にいた者の一人が、話を聞いていた。
翌日には、別の酒場で話した。
話を聞いた者は、さらに別の場所で話した。
炎を使う子供。
子供の手に合う、小さな黒い銃。
丁寧に話しながら、人を殺す。
まだ、その子供を呼ぶ決まった名はなかった。
◆
買い手の事務所へ戻ると、鬼太郎はすぐには中へ通されなかった。
入口の男から水を受け取り、椅子で待つ。
買い手の部下が、貨物集積所へ確認に向かっている。
鬼太郎の報告だけでは、依頼の完了にならない。
やがて、事務所の扉が開いた。
「入れ」
机の向こうに買い手がいる。
確認へ向かった部下も戻っていた。
「二人とも死んでいた」
買い手が言う。
「一人は銃。もう一人は火だ」
「ええ」
「ほかに三人死んでいる」
「僕へ銃を向けた方々です」
「一人は逃げた」
「依頼の対象ではありませんでしたので」
買い手は鬼太郎を見た。
「私のことを話すかもしれん」
「あの方が知っているのは、僕が二人を殺したことだけです。あなたの倉庫の場所も、名前も聞かせていません」
「噂は残る」
「僕が仕事をしたという噂なら、次のお仕事につながるかもしれませんね」
買い手の口元がわずかに動いた。
「銃はどうだった」
「よく当たります」
「不満はないか」
「銃にはありません」
鬼太郎は右手を開いた。
まだ、わずかに震えている。
「僕の身体が弱すぎます。何発か撃てば、腕が照準を支えられません」
「それで、火を使ったのか」
「ええ。銃を休ませている間に、相手を動かすために使いました」
「道具を増やせば、できる仕事も増える」
「そのために作っていただきましたから」
買い手は引き出しから現金を出した。
机の上へ置く。
鬼太郎は金額を数えた。
紙に記されていた報酬と同じだった。
「仕事は終わりだ」
「ありがとうございます」
「次も受けるか」
「内容と報酬を聞いてから決めます」
「そう言うと思った」
◆
その日のうちに、鬼太郎はペタルの作業場へ向かった。
鉄の扉を、決められた順番で叩く。
内側で鍵が動いた。
ペタルが扉を開ける。
「撃ったな」
「分かりますか?」
「銃を持って帰った人間が、次の日に来た」
鬼太郎は作業場へ入った。
〈シュライク〉を抜く。
銃口をペタルへ向けないよう、握把を差し出す。
ペタルは受け取ると弾倉を抜き、銃の内部に弾が残っていないことを確かめた。
「何発だ」
鬼太郎は撃った数を答えた。
「当たったのは」
命中した数を答える。
「外したのは」
それも答える。
ペタルは〈シュライク〉を分解した。
鬼太郎も手元を見る。
汚れのついた場所。
熱と反動を受けた部品。
自分で整備できなければ、いつか必要なときに動かなくなる。
「手を出せ」
鬼太郎は右手を出した。
ペタルが手首を持ち、ゆっくりと動かす。
痛む角度がある。
「しばらく撃つな」
「次のお仕事が入れば、そうもいきません」
「なら、次は左手だけで火を出せ」
「銃を持っているのにですか?」
「壊れた手では、銃を持っていないのと同じだ」
鬼太郎は右手首を見た。
記憶の中では、もっと長く撃ち続けられた。
今の身体では、短い戦いだけで痛みが残る。
弱い。
だが、弱いことが分かった。
分かったのなら、変えればよい。
「食事を増やしたいのですが、何を食べれば身体が大きくなりますか?」
ペタルが顔を上げた。
「俺は銃職人だ」
「ご存じないのですか?」
「少なくとも、お前よりは知っている」
「では、教えてください」
ペタルはしばらく鬼太郎を見ていた。
それから、分解した〈シュライク〉の部品を一つ、鬼太郎の前へ置いた。
「まず、これを磨け。話はそれからだ」
「はい」
鬼太郎は布を受け取った。
右手には、まだ小さな痛みが残っている。
左手で部品を押さえ、右手でゆっくりと汚れを拭う。
急ぐ必要はない。
身体が弱いのなら、鍛える。
銃が汚れたのなら、整える。
足りないものは、これから手に入れればよい。
作業場の灯りの下で、小さな黒い銃が一つずつ組み直されていった。