第91話 秋を待つ帳面
翌朝、ハリーの前へ長い包みが下りてきた。
何羽ものフクロウが、端と端を分けて持っている。ロンが慌てて皿を寄せ、キーノもカップを持ち上げた。
食卓へ置かれた形を見て、鬼太郎は中身の見当をつけた。
ハリーは、添えられた手紙から先に開いた。
「マクゴナガル先生だ。今夜、ウッドとの練習に持ってくるようにって」
「やっぱり箒か! 何の?」
ロンが覗き込む。
「ニンバス2000」
その名を聞くと、近くの席からも顔が向いた。
キーノは包みの細い方を見た。
「横丁に飾ってあった、あれか」
「そう。ここでは開けないようにって書いてある」
ハリーは紐へ伸ばしかけた手を止め、手紙を畳んだ。
朝食の残りを急いで食べる。その後、ロンが包みの片側を持ち、二人で食卓を離れた。
鬼太郎とキーノも、食べ終えてから続いた。
大広間を出たところで、マルフォイが足を止めた。
長い包みを見て、こちらへ近づく。
「箒か? 一年生は、自分のものを持てないはずだろ」
「先生が送ってくれたんだ」
ハリーは抱え直した。
「有名だと、規則まで変わるんだね」
ロンが口を開きかけたとき、廊下をフリットウィックが歩いてきた。
マルフォイは、すぐに呼び止めた。
「先生。ポッターが箒を持っています」
教師は包みを見て、ハリーへ笑いかける。
「ああ、届いたんだね。マクゴナガル先生から聞いているよ。練習が楽しみだね、ポッター」
「はい、先生」
マルフォイの顔が止まった。
教師が通り過ぎると、ロンの肩が揺れる。
「箒の上でなら、勝てるつもりか」
マルフォイが低く言った。
ハリーは相手を見た。
「これから、練習するんだよ」
マルフォイは鼻を鳴らし、クラッブたちの方へ戻った。
ハリーは包みを握り直す。
寮へ運び、紙を外すと、磨かれた柄が現れた。小枝の先まで揃っていて、訓練で使った箒とは、置いてある姿から違っていた。
キーノが許可を得て持ち、重さを確かめてから返す。鬼太郎も受け取ったが、飛ばそうとはしなかった。
「使い心地は、今夜分かりそうですね」
ハリーが頷く。
まだ、授業へ出る時刻だった。
◆
呪文学の机へ、折れた木片が配られた。
キーノは二つを並べ、割れた端を見比べた。片方に出た細いささくれと、もう片方の欠けたところが合いそうだった。
フリットウィックが、修復の練習を説明する。
「戻したい形を、先に確かめてください。つながった後も見るんだよ。くっついたように見えて、縁がずれていることもあるからね」
鬼太郎が使っていた呪文だ。
キーノは松の杖を出し、教師に示された動きを確かめた。
「レパロ」
木片が寄った。
断面が触れ、一つになる。
思わず身を乗り出しかけ、止まった。片側の縁だけが、少し出っ張っていた。
「変な形になった」
隣から鬼太郎も見た。
「木の線が、途中でずれていますね」
「もう一度か」
「先に、先生に確かめていただきましょう」
彼は自分の杖を差し出さなかった。
キーノは手を上げ、来てくれたフリットウィックへ、気になるところを指した。
「寄せたんですが、ここが揃いません」
教師は木片を取り、裏も見た。
「二つを近づけるところまでは、できたね。では、元の一本では、この線はどこへ続いていたかな」
机へ戻された木片を、キーノは見た。
先ほどは、離れたもの同士をつなげようと思っていた。端が触れれば、それで戻るような気がしていた。
木目を目で辿る。
ずれた分だけ、反対側にも段差がある。
一本だったときの向きを考え、もう一度、唱えた。
接ぎ目が小さく動く。
キーノは顔を近づけすぎないようにして見た。教師が頷いたのを待ち、指で持ち上げる。
離れなかった。
裏へ返しても、縁は揃っている。
「できた」
思ったより声が出た。
鬼太郎が、こちらを見る。
「今度は、線も続いていますね」
キーノは頷き、机へ戻した。
教師が次へ進んでから、帳面へ二つの図を描く。先にできた出っ張りと、直った後の形。その間に、自分が何を見直したかを書き足した。
鬼太郎の木片は、もう戻っていた。
彼は手の位置を書いていたが、フリットウィックに接ぎ目も見るよう言われ、いったんペンを置いた。
終わったものを持ち上げ、裏返す。
それから、紙へもう一つ印を足した。
◆
夕方、ハリーはニンバス2000を持って競技場へ行った。
観客席の柱の間を抜けると、高い輪が空へ突き出していた。
足元へ箒を置く。
ウッドは、まだ来ていない。
少しだけ試そうと思って跨がり、地面を蹴った。
箒はすぐに上がった。
身体を向けると、それまで使ったものより少ない動きで曲がる。思ったより速く観客席の柱が流れ、ハリーは少し速度を落とした。
使いやすい。
だが、前と同じつもりで動けば、曲がりすぎそうでもあった。
ウッドが箱を抱えて現れたのを見つけ、近くへ下りる。
「もう試したのか」
「少しだけ」
彼は箒を見て、満足そうに頷いた。
箱には、違う大きさのボールが収められていた。ウッドは輪を指し、得点する役と、それを防ぐ役の説明を確かめていく。
黒いブラッジャーは、留めた金具の内側でも動こうとしていた。
ほかの選手だけでなく、ボールまでこちらを追ってくるらしい。
最後に示されたのは、小さな金色の球だった。
銀色の羽が、細かく震えている。
「これを見つけて、相手のシーカーより先に捕まえる。君の仕事だ」
思い出し玉より、小さかった。
しかも、自分で動く。
ハリーが見つめていると、ウッドは箱へ戻した。
「今日は飛ばさない。暗くなると見失うから、まずは、こっちで試そう」
取り出した袋から、白い球が見えた。
「ゴルフボール?」
「ああ。追って、捕まえてもらう」
最初の球は、右へ投げられた。
ハリーは箒を向け、片手を伸ばした。指先の下を、白い点が抜けていく。
まだ、遠かった。
追って拾い、次は近づくまで柄を握った。掴むときにだけ、片手を離す。
取れた。
身体を戻すと、箒も向きを戻した。
「よし。次だ」
ウッドは高さと方向を変えた。
球を見つけ、箒を向ける。腕を出すのが早ければ届かず、遅ければ追い越してしまう。
落としたときは拾い、次の球へ向かった。
真夜中の床では、分かっていた呪文さえ出なかった。
ここでは、見えたものへ身体を向ければ近づける。失敗した後も、何を変えたいかが分かった。
ハリーは掴んだ球を持ち上げた。
ウッドが、次の方向を指した。
◆
談話室へ帰ったハリーは、冷えた手を暖炉へ向けた。
ロンがすぐに練習のことを尋ね、キーノも帳面から顔を上げる。
「何度か落としたけど、取れたよ。先に手を出すと、届かなくて」
ハリーは指を開き、前へ伸ばした。
鬼太郎は本の間に紙を挟んだ。
「手を出すと、箒の向きも変わりますか」
「変わる。身体も傾くから。でも、両手で握ってたら取れないし」
「近づく方と、掴む方を揃えるのですね」
「そう。うまくいくと、すごく気持ちいいよ」
ハリーは笑い、鞄から紙を出したところで、その顔を止めた。
「宿題、まだだった」
「僕も」
ロンが自分の羊皮紙を寄せる。
「飛んできても、こっちは減らないんだな」
キーノが言うと、ハリーは肩を落とした。
「減ってたらよかったのに」
鬼太郎は卓の本を寄せ、二人の紙を置く場所を空けた。
それから、ハリーの夕方には、箒を持って出ていく日が加わった。
帰るとロンへ練習を話し、空白の残る宿題へ気づく。何度か繰り返すうちに、昼のうちから、翌日までに済ませるものを確かめるようになった。
鬼太郎も、自分の紙につける印を増やしていた。
宿題と、教師へ尋ねたいもの。同じ頁にあっても、次の授業までに何をするかは違っていた。
変身術の後、彼は一本の針を机へ置き、ミネルバを呼び止めた。
「最初に変えたものを、後から整える場合も、同じように考えてよろしいのでしょうか」
針と、以前描いた図を示す。
「穴を少し広くしたくて、もう一度唱えたのですが、変わりませんでした」
「そのとき、何を見ていましたか」
「針の穴です。ここを、もう少し広げた形を考えていました」
「対象は、今ここにある針全体です。呪文を重ねれば、そこだけが変わるわけではありません」
ミネルバは机に残ったマッチ棒を指した。
「今の課題は、こちらを針へ変えることです。仕上がりを変えたいなら、最初に作ろうとする形から、確かめなさい」
鬼太郎は新しい一本を置いた。
穴だけではなく、長さと太さ、先端まで考える。
「アクフォルマ」
木の軸が細くなり、銀色へ変わった。
二本を並べると、今度の穴は少し大きかった。ただ、縁の厚さは左右で違っている。
鬼太郎は針の向きを変えた。
「細かいところまでは、揃えられていませんね」
「課題の変身は、できています。次に見るところも分かりましたね。一度に何もかも変えようとしないことです」
礼を言い、紙へ結果を描く。
既に作った針の穴を、自由に広げられたわけではない。新しいマッチ棒から、少し違う針を作った。その違いも残した。
キーノの前では、まだ木の色が一部に残っていた。
「私は、先に全部を変えないとな」
「前より、金属になったところは増えていますね」
「先が木のままじゃ、縫えないぞ」
彼女も自分の結果を描いてから、杖を収めた。
◆
九月が終わる頃には、呪文学で配られた錠の前で、鬼太郎が何度も唱え直すことはなくなっていた。
最初は、言葉を終えても音がしなかった。
杖を動かしたつもりでも、教師に見てもらうと、途中から向きが違った。同じ説明を聞いても、その場で思い描いた動きと、自分の手の動きはずれる。
成功したときだけを残しても、その違いは比べられない。
失敗も書き、直して試した。
「アロホモラ」
錠の中で、小さな音がした。
鬼太郎は留め金が動くのを確かめ、机へ戻した。
フリットウィックが別の一つを置く。
「こちらでも、やってごらん」
向きを確かめて唱える。
二つ目も開いた。
以前から使っていた明かりや修復とは別に、授業で教わったものが手元へ残っていく。
リクタスセンプラも、教師の指示の下、止まっている相手へ向ける練習では、唱え直さず届くようになっていた。
相手が動くところで、いつ使うかは、また別だった。
決闘の二人が、外れた後で止まっていた時間を思い出す。使えるものが増えれば、その場でどれを選ぶかにも時間を取られるだろう。
鬼太郎は、その問いを紙の端へ残した。
隣で、金具が鳴った。
キーノが、自分の錠を開けている。
「今のは、一度でできましたね」
「見てたのか」
「音がしましたので」
彼女は開いたものを持ち上げ、留め金を指で動かした。
「閉まってるものを、自分で開けられるのはいいな」
銀の留め金がついた、自分の帳面にも目を向ける。
鬼太郎は、彼女が錠を机へ戻すのを待った。
「使う場面も、多そうですね」
「だからって、ほかの奴の荷物を開けるなよ」
「先生の用意してくださる分で、不自由していませんよ」
鬼太郎が二つの錠を示すと、キーノは鼻を鳴らした。
それから、まだ開けていない方を自分へ寄せた。
◆
十月に入ると、朝の廊下が冷えた。
キーノは朝食を終えた後、女子寝室へ戻った。持っていく帳面を、別のものと取り違えていた。
ラベンダーが鞄を閉じ、パーバティは寝台の横へ屈んでいる。
「何か落としたのか」
「羽根ペン。さっきまで持ってたのに」
キーノは寝台の脚の向こうを見た。
「そこだ」
指すと、パーバティが手を伸ばした。
「ありがとう。踏むところだった」
キーノも自分の帳面を取る。
ラベンダーが紺色の表紙へ目を向けた。
「それ、いつも使ってるのね」
「ああ。分からなかったことを書いてる」
「宿題とは別に?」
「後で聞こうと思っても、忘れることがあるから」
開いた頁には、前に描いた木片の図も残っていた。
ハーマイオニーに見てもらい、教科書のどこに説明があるか教わった言葉もある。鬼太郎へ聞くだけだった頃より、返事を書き足す相手が増えていた。
キーノが留め金を閉じると、ラベンダーが尋ねた。
「ハロウィーンのごちそうって、何が出ると思う?」
「普段と違うのか」
「上級生が、すごいって言ってたわ。大広間の飾りも変わるんだって」
パーバティが羽根ペンを収める。
「どんな飾りになるのか、見たいな」
キーノは二人を見た。
まだ誰も、今年の飾りを見てはいない。皿に何が載るかも知らない。
それなのに、話しているだけで楽しそうだった。
「お菓子も出るのか」
「きっとね。今からお腹を空かせておく?」
ラベンダーが笑った。
「まだ先だろう」
キーノが答えると、パーバティも笑った。
三人で下りると、ハーマイオニーが階段の下で本を閉じた。
「次の教室へ行くなら、もう出た方がいいわ」
「分かってる。帳面を取りに戻ったんだ」
キーノは鞄を少し持ち上げた。
四人で肖像画へ向かう。
これまで、帳面に残したのは、すでに見たものや、聞いて分からなかったことが多かった。
今の話は違った。
これから来る日を、待つための話だった。
◆
その日の放課後、キーノは廊下で、聞いてきたことを鬼太郎へ話した。
ハリーとロンも少し前を歩いている。
「では、あの広間も賑やかになりそうですね」
「お前は知ってたのか」
「学校でどう過ごすかは、知りませんよ」
「なら、見てみないとな」
ロンが振り向いた。
「ホグワーツのごちそうなら、期待していいよ。フレッドとジョージも、去年いっぱい食べたって」
「あの二人なら、いつでもいっぱい食べそうだけど」
ハリーが言うと、ロンは笑った。
鬼太郎は窓の外へ目を向けた。
落ちた葉が、風で石段の端へ集まっている。
向こうの森でも、季節は進んでいるだろう。
ここで使えるようになった呪文を、必要なときに使える形へ、もっと揃えていきたい。錠が開くまで、杖を持ち直した分だけ遅れたこともある。
針の形も、まだ思うとおりには揃わない。
尋ねたいことは、覚えた分だけ増えていた。
「鬼太郎」
呼ばれて、キーノへ目を戻す。
「今日も復習か」
「ええ。短くまとめてから、次を読もうと思っています」
「私は薬草学の言葉を先に見る。ハーマイオニーに、見るところを聞いておいたから」
「では、その後で今日の記録を比べましょうか」
彼女は頷いた。
ロンがハリーへ練習の時間を尋ねている。図書館へ寄ったハーマイオニーも、後で寮へ戻るだろう。
夕方の行き先が違っても、それを話しながら歩く道は、しばらく一緒だった。
談話室へ着くと、キーノは帳面を卓へ置いた。
銀の留め金を外し、空いている端へ、小さく文字を書く。
ハロウィーン。
鬼太郎が向かいへ座るまで、彼女はその一行を見ていた。
どんな食事で、どんな飾りか。
答えを今、誰かに聞いて埋めなくてもよかった。
キーノは文字の横へ余白を残し、薬草学の頁へ戻った。
その日に何があったかは、終わってから書けばよかった。