神殺し、墓場より還りしもの   作:ちじさん

97 / 194
皿に戻した菓子

第97話 皿に戻した菓子

 

 ダンブルドアは、椅子へ座る鬼太郎の左腕を見た。

 

 袖は替わっていた。

 

 鞄を下ろすのも、椅子を引くのも右手だった。左手は膝へ置き、指を強く曲げようとはしない。

 

「ポンフリー夫人の言うことは、聞いておったか」

 

「ええ。今日は、寝台にいました。こちらのお話も、短く済ませるようにと言われています」

 

「では、わしも叱られぬうちに済ませよう」

 

 菓子の皿を寄せると、少年は右手で一つ取った。

 

 それをすぐには食べず、机の端へ置く。

 

「昨日のことですね」

 

「うむ。まず、あの力を使ったこと自体を、咎めるつもりはない」

 

 鬼太郎の目が上がった。

 

「学校では、むやみに使わないようにというお話でしたね」

 

「使えるものを使わず、噛まれたり叩かれたりしておれ、という意味ではないよ」

 

 鬼太郎は頷いた。

 

 安堵した様子はなかった。そのために呼ばれたとばかり思っていたわけではないのだろう。

 

「最初は、教わった呪文で止めようとしたのじゃな」

 

「はい。効かなかったものと、使うのが間に合わなかったものがありました」

 

「その後、キーノさんが傷ついた」

 

「ええ」

 

 短く答えた。

 

 ダンブルドアは、声よりも目を見た。

 

 その名前が出たとき、少年は相手の返事を待つ顔ではなくなった。昨日の場面を、自分の側から見直している。

 

 彼女を生徒として迎えることは、鬼太郎を学校へ連れてくる条件の一つだった。

 

 今は、入学の許可があるだけではない。

 

 キーノには授業があり、隣へ座る友人がいる。ここに戻り、続きを過ごしたいと思う理由が増えていた。

 

 それは、鬼太郎を学校へつなぐ枷にもなる。

 

 本人を押さえつけるより、その方がよく働く。

 

 だが、枷である彼女を傷つければ、こちらへも牙が向くだろう。昨日の死体は、少年が誰かの制止を待たなくなるところを示していた。

 

「じゃが、命を奪うところまで、行かずには済まなかったかの」

 

 ダンブルドアは尋ねた。

 

 鬼太郎は机へ置いた菓子へ目を落とす。

 

「気絶したところで、止められたかもしれませんね」

 

「そうじゃ」

 

「ただ、あのときは、そうなるまで少しずつ試すつもりはありませんでした。腕も、まだ噛まれていましたので」

 

 少年は左手へ視線を移し、戻した。

 

「動かなくなったと、確かめられるところまで続けました」

 

「その確かめる先を、死にだけ置いてほしくはない」

 

 鬼太郎は、黙って老人を見た。

 

 話が通じないのではなかった。通じた上で、同じ結論には向いていない。

 

「あなたでしたら、もっと前に止められたのでしょうね」

 

 穏やかな声だった。

 

「あの部屋へ入るより、前に」

 

 ダンブルドアは眉を上げた。

 

「わしが、城へ入れたと言いたいのかね」

 

「いいえ。ですが、あなたのいらっしゃる学校で、あれほど大きなものが何体も歩いていたのは、不思議でした」

 

 鬼太郎は菓子を取った。

 

「学校の側にも、何かご都合があるのかと思いまして」

 

 それから、一口かじる。

 

 証拠を出されたわけではない。

 

 少年はダンブルドアが何をしたか、見てはいなかった。ただ、力を知っている相手へ、知らずに通したのかと尋ねている。

 

 ハリーの名前は出さなかった。

 

 彼へ何を経験させるつもりだったかも、知らない。

 

 トロールが城へ入る動きには、ダンブルドアも気づいていた。

 

 その場で止めれば、生徒たちは宴席を終え、何も知らず眠っただろう。

 

 しかし、ハリーには、友のために自分から動き、その先で知恵と力を使う機会が要る。教師が課題として渡すだけでは、得られないものがあった。

 

 見過ごした箇所は、確かにある。

 

 避難経路へ教師の手を回し、危険を止める余地を残す。それを理由に、自分の選択を支えてもいた。

 

 鬼太郎があの結末を選んだことまで、望んでいたわけではない。

 

 だが、それで自分の選択が消えることもなかった。

 

「学校側で、確かめねばならぬこともある」

 

 ダンブルドアは答えた。

 

「それと、お主がどう相手を止めるかは、両方考えねばならん」

 

「ええ。使える方法は、増やしたいですね」

 

 殺したことを悔いる返事ではなかった。

 

 別の方法を覚えることには、関心がある。

 

 そこを同じものとして受け取れば、次の話を誤る。

 

「大広間を出る前に、教師へ知らせることもできたはずじゃ」

 

「はい。それは、ミネルバ先生にも言われました」

 

「次に、誰かが知らせを聞いておらぬと気づいたら、そばの教師へ伝えてほしい」

 

「お伝えします。二人がどこにいるか、知っていただいた方がよいですから」

 

 そこには、すぐに返事が来た。

 

 ダンブルドアは頷き、話を移す。

 

「キーノさんは、学校を続けたいと思っておるようじゃな」

 

「ええ。今日もグレンジャーさんと、よくお話ししていました」

 

「ここで過ごしたい理由が、増えておる」

 

「ですから、安心して過ごせる場所であってほしいですね」

 

 少年の目が、まっすぐに来た。

 

「それを守るためにも、教師を頼ってほしいのじゃよ」

 

「頼りにしていますよ。間に合うところに、いてくださるのでしたら」

 

 ダンブルドアは、皿へ伸ばしかけた手を止めた。

 

「……今日は、随分と刺してくるのう」

 

「昨日は、僕も噛まれましたので」

 

 鬼太郎が左腕を少し示す。

 

 老人は息を吐いた。

 

「教師の側で直すこともある。軽く済んだ話にするつもりはないよ」

 

 少年は、そこで続きを重ねなかった。

 

 残った菓子を食べ終え、右手を膝へ戻す。

 

 ダンブルドアも皿から一つ取った。

 

「こちらからも、伺いたいことがあります」

 

 鬼太郎が言った。

 

「昨日、トロールに出会う前に、通路で二匹、別のものに襲われました」

 

 菓子を持つ手が止まる。

 

「別のもの?」

 

「毛に覆われていて、二本の脚で歩きます。刃物を持って、言葉も話しました。コボルトという、悪魔です」

 

「その名を、知っておったのか」

 

「思い出したのは、倒した後です。僕の知っているものが、なぜ学校にいるのか、分かりません」

 

 ダンブルドアは、菓子を皿へ戻した。

 

 鬼太郎は話を続けた。

 

 向こうへ行きたいので、道を空けてほしいと頼んだこと。

 

 相手が刃を上げ、風で一匹を壁へ押したこと。

 

 そこで、話が違うと叫んだこと。

 

 ダンブルドアは机の端へ紙を寄せた。

 

「その言葉を、覚えておるか」

 

「魔法を使うじゃないか、話が違う、と。僕の左手を見ていました」

 

「杖ではない方を、じゃな」

 

「ええ。その後は二匹とも向かってきましたので、銃と魔法で倒しました」

 

 尋ねるたび、見たことが返ってきた。

 

 倒れた身体が粒へほどけ、武器まで消えたという話には、書く手を止めた。

 

「何も、残らなかったのか」

 

「身体も、刃物も。最後の一匹が消えるところは、ハリーさんとロンさんも見ています」

 

「二人が来たのは、そのときじゃったか」

 

「はい。ですから、戦っているところまでは、見ていないと思います」

 

 鬼太郎は、一度、老人の顔を確かめた。

 

「こちらは、ご存じなかったのですね」

 

 ダンブルドアは、紙から目を上げた。

 

「知らなかった」

 

 飾る言葉はつけなかった。

 

 トロールを通した先へ、自分の知らないものが置かれていた。

 

 少年の言う悪魔を、この城に入る闇の生物の一つとして扱ってよいかも、まだ分からない。

 

 鬼太郎の炎や風は、普通の杖魔法と異なる。ならば、こちらがいつもの方法で確かめている範囲から、外れていた可能性はある。

 

 それは、理由の候補にすぎなかった。

 

 気づかなかったことの埋め合わせにはならない。

 

「その二匹は、お主の名を呼んだかね」

 

「いいえ。小さい人間だと、言っていました」

 

「お主を狙っていたか、通った者を襲ったかまでは、分からぬな」

 

「僕にも、そこまでは。誰から、どんな話を聞いていたのか、尋ねられればよかったのですが」

 

 少年は少しだけ、悔しそうな顔をした。

 

 死んだ相手が残っていれば、調べられるものもある。だが、今聞いた話では、その身体すらなかった。

 

 呼び出されたのか、連れ込まれたのか。

 

 そのどちらかだと決めるだけのものも、今はない。

 

「場所を、教えてくれるか」

 

「はい」

 

 鬼太郎は通った角と階段の位置を説明した。

 

 ダンブルドアはそれを紙へ記す。

 

 目撃した二人にも、別に確かめねばならなかった。

 

「それから、杖が」

 

 鬼太郎の右手が、黒檀を抜いた。

 

 机へ横たえる。

 

「消えた二匹から出た力を、取り込みました。僕は、何も命じていません」

 

「お主の使う力と、似たものじゃったのか」

 

「ええ。触れた感触で、分かりました。自分から杖へ送ったわけではないのに、向こうから入ってきたんです」

 

 長い黒檀は、机の上で動かなかった。

 

 傷もない。

 

 正体の分からぬ羽根を芯とし、オリバンダーの店で少年を選んだ杖だった。

 

「確かめても、よいかね」

 

「お願いします。僕にも、何をしたのか分かりませんので」

 

 ダンブルドアは杖を手に取った。

 

 硬く、重い。

 

 向きを変え、杖の内側へ慎重に意識を向ける。

 

 初めて少年の手で働いたときから、普通の杖とは違うものがあった。その反応を思い出し、今のものと比べる。

 

 同じではなかった。

 

「一度だけ、いつもの明るさで灯してみなさい。強い光にする必要はない」

 

 黒檀を返す。

 

 鬼太郎は右手で受け取り、先を人のいない方へ向けた。

 

「ルーモス」

 

 白い光が灯った。

 

 ダンブルドアは、光だけでなく、それを生む杖の反応を見ていた。

 

 消してよいと告げると、少年はノックスを唱えた。

 

 もう一度、差し出された黒檀を受け取る。

 

「僅かじゃが、力が増しておる」

 

 鬼太郎の目が上がった。

 

「杖の方が、ですか」

 

「うむ。以前の反応を知らねば、見過ごす程度の違いじゃ」

 

 少年は杖を見た。

 

「取り込んだものを、使える力にしたのでしょうか」

 

「その可能性はある。じゃが、どこで何が変わったのかまでは、まだ分からん」

 

 ダンブルドアは机へ杖を置き、指を離した。

 

「吸い込んだものが残って働いておるのかもしれん。同じことがまた起きるか、取り込めばそのたびに強くなるかも、今は答えられぬ」

 

「僕の方は、力を使った後の重さが残っていました。杖へ入った分が、そのまま戻った感じはありませんでしたね」

 

「お主自身が回復したという話とは、分けておこう」

 

 鬼太郎は頷き、黒檀を右手で取った。

 

 指先で向きを少し変え、芯のある内側へ目を落とす。

 

 少年を選んだ理由と、つながっているのかもしれない。

 

 だが、ダンブルドアにも、今その芯の正体を言い当てることはできなかった。

 

「また悪魔が現れたら、わしにも知らせてほしい」

 

 鬼太郎が顔を上げた。

 

「城の調べ方も、見直さねばならん。今回のように気づかぬものを、そのままにしてはおけぬ」

 

「分かりました。そちらで分かったことも、教えていただけますか」

 

「全てをそのまま、とは約束できん」

 

「では、出会ったときに必要なところを。何も知らないまま、また通路を塞がれるのは困りますので」

 

 ダンブルドアは少年を見た。

 

「お主に、対処を任せると言ったわけではないぞ」

 

「僕も、引き受けたとは言っていませんよ」

 

 返事は柔らかかった。

 

 探して歩くと約束したのではない。しかし、目の前へ来たとき、自分で判断するところまでは手放していない。

 

 そこで言い合いを長くすれば、ポンフリーに叱られるだろう。

 

「危険から離れるために必要なことは、伝えよう。お主も、見たことは聞かせてほしい」

 

「ええ。調べてくださる方が増えるのは、助かります」

 

 鬼太郎は杖を収めた。

 

 鞄を右手で持ち直し、椅子から立つ。

 

 ダンブルドアは、菓子皿の横にある紙へ目を落とした。

 

 トロールについての軽口には、返す言葉を選べた。

 

 だが、その向こうにいた二匹については、まず、こちらが知らなければならなかった。

 

     ◆

 

 談話室へ戻ると、キーノは窓辺にいた。

 

 鬼太郎を見ると、閉じていた帳面を鞄へ入れる。

 

「長かったな」

 

「いくつか、確かめていただきましたので」

 

 向かいの椅子へ座り、鞄を右側へ置いた。

 

 キーノの目が、左腕へ来る。

 

「痛みは?」

 

「強く握らなければ、それほどではありません」

 

「なら、握るな」

 

「今日は、もう休むように言われました」

 

「その言葉は、覚えてきたんだな」

 

 鬼太郎は声を落とし、面談のことを伝えた。

 

 使った力よりも、止め方について話したこと。

 

 通路の悪魔を報告すると、校長も知らなかったこと。

 

 黒檀を確かめてもらい、僅かに力が増していると分かったこと。

 

 キーノは鞄へ目を向けた。

 

「吸い込んだ分か」

 

「かもしれません。ただ、どう働いたかは、まだ分かりませんね」

 

「あいつらが来た理由も?」

 

「そちらも、これからです」

 

 暖炉のそばで、ハリーが顔を上げた。

 

 ロンと一緒に、こちらを見ている。

 

 キーノの話が終わるのを待ち、ハリーが近づいてきた。

 

「少しだけ、聞いてもいい?」

 

 鬼太郎は頷いた。

 

「あの通路にいたのって、何だったの?」

 

「コボルト、と呼ばれているものです」

 

「ゴブリンとは、違うのか」

 

 ロンが尋ねた。

 

「ええ。別のものですね」

 

「倒れると、消えるんだ」

 

 ハリーが言った。

 

「あの二匹は、消えましたね」

 

「杖にも、何か入っていったよね」

 

「何かを取り込んだようです。校長先生にも、お伝えしてきました」

 

 ハリーは、次の言葉を待っていた。

 

 鬼太郎は続けなかった。

 

 こちらにも分からないことが多い。その中のどこまでを話すか、今夜、全部決めるつもりもなかった。

 

「それと、持ってたのは銃だよね」

 

「はい」

 

 ロンが顔を向けた。

 

「銃って、マグルの使う鉄の棒だろ?」

 

「棒っていうか、武器だよ」

 

 ハリーが言うと、ロンは鬼太郎を見た。

 

「あの音も、それか」

 

「ええ。撃った音です」

 

「どうして、持ってるの?」

 

 ハリーの問いには、少し間を置いた。

 

 鬼太郎は、自分の右腰へ手をやらなかった。

 

「必要になることがあるので、持っています」

 

 ハリーは口を閉じた。

 

 昨日、実際に必要になったところを見ていた。それでも、その前から持っている理由までは、今の返事から分からないだろう。

 

 キーノが、鬼太郎の鞄を指した。

 

「続きは、またにしろ。今日は、休むように言われてる」

 

「うん。ごめん」

 

 ハリーが椅子の前を空けた。

 

 鬼太郎は右手で鞄を持ち、立ち上がった。

 

 階段へ向かう前に、キーノが隣へ来る。

 

「今夜、その杖を調べるなよ」

 

「ええ。灯してみるのも、一度で終わりにしましたから」

 

「一度は、やったのか」

 

「確かめていただくためですよ」

 

 彼女は鼻を鳴らした。

 

 鬼太郎は、鞄の口へ目を落とす。

 

 あの店で自分を選び、今度は、自分の知らないことをした杖が入っている。

 

 確かめたいことはあった。

 

 それでも右手を紐から離さず、今夜は、そのまま寝室へ向かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。