社会制度というものは、例え昔から存在しているものであっても、恩恵に預かることも関わり合いにもならなければ、まるで降って湧いたSFのような存在……この場合であれば"社会のふしぎ"と表現すべきなのだろうか?……に感じるのだなあ、と俺は他人事のように思った。
『ねえ、聞いてるかい?』
「聞いてる聞いてる、時間を経費で落とすだって?俺はいつから世界線を移動したんだ?」
『いやまあ、僕だって初めて聞いた時は驚いたけどね?れっきとした制度の1つだよ?』
質の良いリモート通話から聞こえる、クラスメイト時代からは随分と声変わりした友人の声に応えると、そんな返事が返ってきた。
よく言うぜ、確定申告でこの世の終わりのような顔で泣きついてきたくせに。あれは突如、理不尽に死の宣告を受けた悲劇のヒロインみたいで傑作だったな。まあ手伝わされたんだけど。
「しかし想像がつかねえな。初めて聞いたぞそんな話、新手のSFショートショートか?」
『まあ、申請するには実績の審査があるみたいだし。君が今まで縁が無くても不思議ではないかな』
「おっ売れっ子作家マウントか?河川敷にて受けて立つぞ?」
『えっいやっそんなつもりはなくて!……だったら君だってさっさと売れっ子になれば良いだろ!?もう!』
ちょっとつつくとこれだよ。とはいえ、これが冗談で流せる程度にはコイツと友人であると俺は認識している。主人公のような度量で受け流してやろう。
「で、実績が必要な制度でなんで俺に話を振るんだ?手元でちょいと調べたがマジで俺関係ないじゃねえか」
『いや……君も巻き込めないかな……と思ってぇ』
「巻き込むな巻き込むな、制度の悪用じゃないのかそれは?」
『そう受け取られる可能性は0とは言えないけどぉ』
「編集さんに電話させてもらうね」
『わーーーーっ待って待って待って!僕の話を!僕の話を聞いてくれないか友よ!』
「言ってみろよ」
『実は前にもこの制度を使ったことがあるんだよ』
「ほうほう」
『もう最悪の体験でさ、この世の全てが僕を閉じ込めるカンヅメ部屋になったみたいで……』
「ほう!このご時世に蘇ったカンヅメ部屋!へーえ!」
『なんで食いつき良くなるのさ!もう!……で、最初は自由だー!って景気よく遊んだり本読んだりゴロゴロしてたんだけどさ』
「いや経費なんだから仕事しろよ」
『そのうち全部飽きちゃってぇ……1人じゃつまんなくってぇ……持ち込んだカップ麺も飽きちゃってぇ』
「どこぞの怠惰な森の妖精になるな」
『孤独を強く感じはじめて……この世の終わりを感じて……気が狂いそうになって……』
「はじめて精神と時の部屋を経験した主人公みたいになってんな」
『で、経費の時間にあの展開とエピソードが生まれたってわけ』
「はー、道理で。お前の作風から外れてるのに解像度高いと思ったわ。現在進行系の実体験と絶望感を注ぎ込んでたわけね」
ちなみに例のエピソードは既存の読者からも高く評価され、新たなファン層の開拓にも成功している。凄いなコイツ。
『二度とやりたくないけどね。僕はちやほやされながら楽しく生きたいだけなんだから』
「うーんこのカス発言。まぁ良いスタンスだろ、うんと長生きして読者を楽しませていけ」
『……で、経費の申請をしたい状況に再びなっちゃったんだけど、1人はもう嫌だから……今度は君も誘おうと思ったわけ』
「気持ちは分かった。でもそれはお前の担当の編集さんに声をかけるべきじゃないのか?」
『虚無のカンヅメ部屋を地獄のカンヅメ部屋に変えて何の意味があるって言うんだ』
「編集さんに電話させてもらうね」
『やめろぉー!死にたくなーい!』
「はぁぁあああ〜〜……。お前売れっ子作家になれてなかったらゴミみたいに死んでるぞ、きっと」
『自覚はあるよ。だからこうやって君や色んな人に頼りながら結果を出してるんじゃないか』
「いくら結果出そうと限度はあるからな?愛想つかされないようにしろよ?」
『そうなったら僕の事匿ってくれる?』
通話越しの友人は急に甘えを滲ませながら、縋るようにそんな事を言ってきた。流石、身体と人生を張ってヒロインを研究している作家だ、と言わざるをえない"心を動かす力"がそこにあった。
が、それとコレは別である。俺の人生はそんな安くも軽くもない。まあ仮にそうなった時に早まられても、俺は嫌な気分にはなる筈なので……妥協点は出しておくべきか。
「せっまい部屋としょっぱいパソコン貸して、web小説でインセンティブ稼がせるぐらいの手伝いはしてやるよ」
『本当ぉ!?やった、嬉しいなーえへへ』
コイツは俺の事を何だと思っているのか。俺は内心でイラッとした。
「言っとくが、仮にそんな事になったら俺は矯正施設の職員になったつもりでお前に接するからな?そのままの人格で居られると思うなよ?」
『ぅ゙ぇ゙っ、それは……ちょっと嫌だなぁ』
「ちょっとを付けるな、普通に嫌って言え。お前がそんな事にならない様に過ごしてくれるのが、俺にとって一番マシなんだからな」
『うん……そうだね、そうだよね。僕、真っ当に生きられるように頑張るよ』
「おう。じゃあ経費申請に俺を巻き込むの止めてくれ」
『それとコレとは話が別なのでぇ……』
「カスがよ……」
友人の決意は固く、否定の言質も取れそうにない。ここは妥協……と見せかけて正論を装った無理難題を突きつけて躱す!コレが俺の灰色の脳細胞が導き出した解答である!
「じゃあ、"俺がお前の家に長期の泊まり込みをする"前提でお前が編集さんに許可をとれ。んでもって俺の分の申請もお前がどうにか通せ。それが出来たらお前の経費に俺も付き合ってやる」
『え、良いの?』
「手続きだの何だのは一切手伝わねえからな?こっちは仕事取るために必死なんだからよ」
『OKオッケー!大丈夫、我に秘策あり!大船に乗った気で居てよ!』
「あ、大船と言えば……お前の都合に合わせるつもりだが、期間は長く取らないほうが良いぞ。カンヅメ部屋って表現をするぐらい何だから、第三者が介入できない空間の可能性もある。万が一トラブルになった時に助かるためのリスクケアとして考えてくれ」
『はい……編集さんとちゃんと相談して決めます……』
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数日後、友人はドヤドヤとした喜色満面の笑顔で賃貸の俺の部屋に現れた。
「通ったよ!2人分の経費の申請と君のお泊りの許可!」
「社会が俺の友人にゲロ甘な件について」
「ふふふ……僕の実力と言ってもらおうか」
「はいはい、凄いなお前。一体全体どうやったんだ?」
「経費の申請は『新作として共同制作を考えていて、その打ち合わせの時間を作りたい』で一発で通ったよ!」
「それ、実態からかけ離れた建前すぎないか?俺の実績はどうして考慮されなかったんだ?」
「『僕が認めた人物です』って言ったら『あ……あんた程の実力者が言うのなら』って感じで通ったよ」
「良かったな、と言いたいが内心ですげームカついてきてるぞ俺は」
「ふっふっふっ、ならこの経費の時間で皆をあっと言わせる新作を考えれば良いじゃんねぇ?」
「む、確かに」
友人は生意気にも真理をついてきた。その通り、不満は作品で晴らすべきなのだ。それが作家の流儀ぃぃぃいい!
「それじゃあ早速準備を……」
「の前に。一応お前の編集さんに確認をとるからな」
「ねえ、泊まり込みで付き合ってくれるならこれぐらい信用してくれても良くない?」
「好感度と信用度は別のパラメーターだろうがよ」
「むう……」
解せぬ、と言いたげな友人を置いといて俺は友人の編集さんに電話をかけた。
……結果、確かにコイツは編集と話し合っていたようで、編集さんは俺に『彼女の面倒をよろしくお願いします』とまで言ってきた。編集さんは俺を何だと思ってるんだ。友人を介した縁とはいえれっきとした部外者だぞ。信用し過ぎだろ。流石コイツが所属できてる会社だと言わざるを得ない。
「好感度と信用度は別パラメーターだもんね?」
通話を切ると友人はそんな事を言ってきやがった。
「心を読むな心を!はあ、俺が言ったことがそのまま返ってきちまった。わーったよ、準備しようぜ。経費で過ごす時間の準備をな」
「よーし!まずは遊ぶゲームを決め」
「最初に経費期間を過ごす間の食料を買います」
「はい……」
「次に寝る場所決めて安い寝具も買ってだな」
「ママ……」
「俺はあなたのママじゃありません」
「じゃあ妥協してダーリン……」
「妥協でそんな重い提案を出してくるな!」
これが冗談で通る程度には友人なのだが、それにかこつけて甘えてきがちなのはコイツの良くないところだと思う。結婚できんのかコイツ?
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どうにか賑やかし1名を連れながら買い物を終わらせ、友人の家に乗り込んで掃除を終わらせ、成人済み欠食児童1名に晩飯を作ってやり、後は寝て起きたら経費期間に突入する所までやって来た。
そしたら友人が布団並べて一緒の部屋で寝たい!などと、学生気分な事を言い出してきたのである。実年齢を考えろ、見た目年齢中高生。
「えー、それではガキ1名のワガママを聞いて急遽寝室に布団を二つ並べましたので、消灯して就寝とします」
「はんたーい、家主としてはこのまま夜更かししながらゲームとお喋りをすべきだと思います!」
「俺の貧乏生活をなめるなよ、電気代節約のために早寝早起きが染み付いてんだよこっちは。良いから寝かせろ」
「じゃあこんな時ぐらい贅沢して良くない?」
「お前の編集さんによろしく頼まれてるし、買い物掃除料理の3コンボで疲れてんだよ。良いから寝かせろ」
「おかーさんいつもありがとう」
「俺はお前のおかーさんじゃありません……じゃあ電気消すぞー」
「はーい」
大人しく布団に入る友人を尻目に俺は電気を消し、自分の布団に潜り込んだ。
そして爆速で寝た。隣がモゾモゾしてるが付き合ってられん。
目が覚めれば翌朝である。
日が昇り始める何時もの時間帯に目が覚めたので、さっさと布団を出て朝食の準備を始めることにした。
経費の時間とはどんなものか、俺は想像がついていなかったが。成る程確かにこれはカンヅメ部屋と言えるのかも知れない。
ライフラインは生きているが、居間のテレビはどのチャンネルも砂嵐。手元の携帯端末でネットに繋ぐと、各種ページにアクセスはできるがライブ配信は一切無し。この現象の全体像を把握なんぞできるわけが無いが、俺と友人だけが世界に取り残された……と例えても良さそうだ。外から鳥の鳴き声も聞こえないし。
こういう時間の概念を元にした創作や理屈には詳しくないが……経費の時間とは申請した人間を"無人の別時間軸"に送り込んで、事前に定めた期間が経過すると送り込んだ瞬間の時間軸に合流する、という感じではなかろうか?
今まで活用した痕跡が全く無いので、自分で占拠した(家主の許可付き)システムキッチンを我が物顔で使っていく。
友人との間に横たわる経済格差に憤り、自分で活用できない物に何故こんなに金をかけたのか呆れ、でも俺が使いやすいから別に良いか、と気分を持ち直しながら朝食を作っていく。
ソーセージと目玉焼きで朝食を作ったので、まだ起きてこない友人を起こしに行く。
寝室の扉を開けると、友人は布団に包まって丸くなっていた。
「おーい、朝だぞ。飯できたから起きろ」
「んー……あと5分……」
「5分経ったら冷めるぞ。ほら、起きろ」
布団を軽く揺すると、友人はようやく目を開けた。寝ぼけた顔でこちらを見上げてくる。
「……おはよう」
「おう、おはよう。顔洗って来い」
「はーい……」
のそのそと布団から這い出した友人は、ふらふらと洗面所に向かっていった。相変わらず朝に弱いな、こいつ。
数分後、多少シャキッとした顔で戻ってきた友人と一緒に、ダイニングテーブルに着いた。
「いただきまーす」
「いただきます」
友人は嬉しそうに目玉焼きを頬張る。俺の料理を褒めるのは昔からだが、本当に美味そうに食うから作り甲斐があるというか……まあ、悪い気はしない。
「ねえ、外の様子見た?」
「ああ。お前が言ってた通りだな。完全に隔離された空間だ」
「でしょ?最初びっくりするよね」
友人はあっけらかんとそう言った。慣れたものである。
「……で、これから何日間この状態なんだ?」
「えーっとね、1週間!」
「1週間……」
友人1人だと発狂するわけだ。確かにこの静寂と隔絶感の中、1人で過ごすのは相当キツい。