朝食を食い終わるとゴロゴロし始めた友人を尻目に、俺は食器を下げて外に出る身支度を始める。
「あれ、どうしたの急に」
腹を晒すだらしない姿で寝転ぶ友人が口を開いた。
「次にこんな状況が訪れる保証は無いからな。ちょっと街の様子を見て覚えておきたい」
「え!?外に行くの、1人で!僕を置いて!?」
「別にそこでゴロゴロしてて良いぞ、昼前には帰ってくるから」
「1人で家に居るのやだよ、すぐに着替えてくるからちょっと待ってて!」
友人はそう言うとバタバタと2階に駆け込む。
俺は玄関で靴を履きながら待っていると、3分もしないうちに友人が降りてきた。Tシャツにジーンズという簡素な格好だが、髪だけはちゃんと整えている。そういうところは抜かりないんだな。
「お待たせ!行こう!」
「早っ。もうちょっと身なり整えなくて良いのか?」
「だって1人は嫌だもん」
さらっと言いやがった。まあ、前回1人で経費期間を過ごした時のトラウマが相当深いんだろう。
玄関を出ると、予想通り街は静まり返っていた。
車も人も、何もいない。風だけが吹いている。街灯は点いているが、信号機は消えたまま動かない。コンビニの看板も、自動販売機の明かりも、全て消えている。
「……気味悪いな」
「でしょ?最初に見た時、世界が終わったのかと思ったよ」
友人が俺の袖を軽く掴んだ。無意識なのか、それとも本当に怖いのか。
「とりあえず、駅の方まで行ってみるか」
「うん」
2人で誰もいない街を歩き始めた。
駅前の交差点。目立つように設置されている大型ビジョンは何も映さず、人は自分達を除けば1人も居ない。
何時ぞやの不要不急の外出が叫ばれた時も似たような光景ではあったが、眼の前のこれはそれとも違う。人間どころか羽虫の音も無く、文明の音もない。耳が痛くなるような静寂。雪原でそれを感じた事はあったが、街中で感じる無音はまた違った感慨を俺にもたらした。
「これは……確かにお前が無理ってなるのも分かる気がするなあ!」
「ワクワクし過ぎじゃない?……ねえ、もう帰ろーよー」
「ワクワクするだろ!ポストアポカリプス感とか感じてさ!」
「台風にはしゃぐガキじゃん……」
「お泊りにはしゃぐガキがなんか言ってらあ」
「むぅ……」
友人は頬を膨らませたが、俺の袖を掴む手は離さない。
「まあでも、この感覚は創作に使えそうだな。人類が消えた世界、みたいな」
「あー、そういう発想になるんだ。僕は怖くて怖くて、そんな余裕なかったよ」
「お前1人だったからな。2人だとまた違うだろ?」
「……うん、全然違う」
友人は小さく笑った。
俺は交差点の真ん中に立って、ゆっくりと周囲を見渡した。普段なら車が行き交い、人がひしめき合う場所。それが今は完全に静止している。時間が止まった世界に、俺たちだけが取り残されている。
「なあ、ここで叫んでみても良いか?」
「え?」
「誰もいないんだし、試してみたい」
「……好きにすれば?」
俺は深呼吸をして、思いっきり叫んだ。
「おおおおおおおいいいいい!!」
声は虚しく空に吸い込まれていった。反響も、返事も、何もない。
「……やっぱ、誰もいねえな」
「当たり前でしょ」
友人は呆れた顔をしていたが、どこか安心したような表情も浮かべていた。
「よし、帰るか」
俺は踵を返して友人の家に戻ることにした。
「あれ、もう良いの?あんなにワクワクだったのに」
「自分で時間の経費申請できるようになったら本格的に予定組んで探検しに来る」
「……君らしいっちゃらしいけど、それって許可降りるかなあ」
「新作の構想を練るため、で通るんじゃねえか?」
「うーん、どうだろ。僕ぐらい売れたら通るかもね」
「今に見てろよ……作家としてマウント取れなくしてやるからな……!」
「僕は一生君に頭上がらないつもりでいるよ?」
堂々とした依存と搾取の宣言に俺は表向き苛立つような返しをする。
「ちったあ自立しなさい!成人済みのガキがよ……女の自覚はあるのか?」
「有るよ!オシャレだって一杯覚えたし!服だって色々買ってるし!」
「でも昔の趣味捨ててないよな、美プラとか」
「それはそれ。今でも好きだからね。新作も買って組んでるんだよ?素組みと軽い処理だけど」
「はぁ〜〜……、クラスメイトだった時と変わんねえよなーお前」
「クラスメイトの時と変わらず接してくれるのも君ぐらいだけどね」
来た道を戻る最中に、友人がそんなことをぽつりと言った。
俺は少し意外に思って友人の方を見る。いつもの軽い調子ではなく、どこか寂しげな響きがあった。
「……他の奴らはどうなんだ?」
「みんな距離を取るようになったよ。売れてからは特に。『先生』って呼ばれたり、妙に気を遣われたり」
「まあ、そりゃそうなるだろ。お前有名人だし」
「分かってるよ。仕方ないって。でもね……」
友人は俺の袖を掴んだまま、少し力を込めた。
「君だけは昔のままで、平気で『カス』とか言ってくれるから。それが嬉しいんだ」
「……はあ」
俺は軽くため息をついた。この友人は、本当に面倒くさい。
「だからって甘えすぎるなよ?俺だって限度はあるからな」
「うん、分かってる。でも、限度ギリギリまでは甘えるね」
「ギリギリ攻めてくるな」
「だって君、ギリギリまで許してくれるでしょ?」
図星を突かれて、俺は何も言い返せなかった。
無人の街を2人で歩く。静寂の中、俺たちの足音だけが響いている。この奇妙な時間の中で、こいつと過ごす1週間。悪くはない、のかもしれない。
「……ま、1週間ぐらいなら付き合ってやるよ」
「やった!じゃあ帰ったらゲームしよ!」
「飯作ってからな」
「はーい」
結局、俺はこいつに甘いんだろうな、と自覚しながら歩き続けた。
友人宅に戻り、当たり前のように俺が昼飯を作り、当たり前のようにカスはゲームの準備を始め、2人で飯を食い、俺が皿洗いをしている間にカスはゲームを1人で始めていた。ガキが……舐めていると健康的な生活を送らせるぞ……。
「オラァ!皿洗い終わり!ぶちのめしてやるぞカス!」
「おいおい家主に向かって口の聞き方がなってないんじゃないの?キッチンもご飯代も僕持ちなんだよ?」
カスの友人が挑発的な笑みで振り返る。
「じゃあ1人で飯食いなさい、お母さん余所で飯食べてくるから」
「ごめんなさい。……じゃなくて!学生時代から僕がどれだけ成長したか教えてあげるよ!ゲームで!」
「俺が学生卒業してから全然ゲームしてないのを知ってて言ってるよな?」
「うん」
「へっ、経費時間に1人で寝るのが怖い分際でほざきよるわ」
俺がそう言って挑発し返すと、表情をコロコロ変えながら慌てだした。
「そ、そんな事ないけど!?家に招いてお泊り会しないのは勿体ないと思ったからだし!?」
「じゃあお前の寝室に俺が布団持ち込んで終わりで良かったろ。ベッドから寝具外してまで俺の隣で寝たがったのは何なんだよ。寝る直前に言い出すからすげ〜大変だったぞ〜〜?」
「ぐうぅ」
「あっさりぐぅの音を出したな」
「ふん!じゃあゲームでぐぅの音も出ないくらい叩きのめしてやるもんね!」
友人は話を逸らすようにコントローラーを俺に投げてよこした。俺はそれを受け取り、友人の隣に腰を下ろす。
画面には格闘ゲームのキャラクター選択画面が表示されている。友人は既に自分のキャラクターを決めたらしく、俺の選択を待っている。
「で、どのぐらい練習したんだ?」
「えっとねー、作業の合間に毎日2時間ぐらいかな」
「毎日2時間……それ仕事しろよ」
「息抜きは大事だもん」
「まあ、そりゃそうだが」
俺は適当にキャラクターを選んで決定ボタンを押した。
「じゃあ、行くぞ」
「望むところだよ!」
対戦が始まる。友人のキャラクターが素早く動き、コンボを繋げてくる。確かに、学生時代よりは上手くなっている。
だが。
「っと、甘いな」
俺は友人の攻撃を読んで回避し、カウンターを叩き込む。友人の体力ゲージがごっそり減った。
「え、ちょ、待って!?」
「待つかよ」
更に追撃を重ねて、あっという間に1ラウンド目を取った。
「う、嘘でしょ!?全然ゲームしてないって言ったのに!」
「してないよ。でもな、お前の動きの癖は学生時代から変わってねえんだよ」
「ぐぬぬ……!」
友人は悔しそうに唸った。その顔が、昔と全く変わらなくて、俺は少しだけ笑ってしまった。
それから、ゲームを変え機種を変えジャンルを変えながら、俺は久しぶりの友人とのゲームを楽しんだ。
「ねえ、落ち物パズル系の君強すぎない?」
「だってルールやシステム追加みたいな変更が無いんだぜ?将棋とかチェスみたいな存在なんだから、定石さえ更新しとけば昔の携帯ゲームでも反復練習は出来らあ」
「謎の放浪中に練習してた……って事!?ズルじゃん!」
「いや放浪ってなんだよ。作家になるための下準備だよあれは。だいたいお前もスゴイうまくなってるだろ。打ち合いと駆け引きがちゃんと成立するようになったんだから」
「そうだけど!頑張って作った火力を当たり前のように後出しで返すなー!」
「精進したまへ。はい追撃発火!」
「ぎゃーーー!」
対戦要素のあるゲームは全体で見れば8割勝って2割負けた、といった感じだろうか。俺の知らないコイツは相当努力したらしい。ある種の感慨深さと、俺が作家として必死こいてる間にコイツはゲーム頑張る時間の余裕を作れていたのか……!という嫉妬が湧き上がってくる。コイツなりのインプットやインスピレーションになっているのだろうが……。
「はあ……負けた……」
友人は画面を見つめたままコントローラーを置いた。悔しそうではあるが、どこか満足げでもある。
「まあ、良い勝負だっただろ」
「うん。楽しかった」
友人は素直にそう言った。俺も、正直に言えば楽しかった。こんな風に友人とゲームをするなんて、いつぶりだろう。
「……なあ」
友人が急に真面目な声を出した。
「何だよ」
「やっぱり君と一緒だと楽しいや。1人でゲームしてても、こんな風には思えない」
「……そりゃ、対戦ゲームは相手がいないと成立しないからな」
「そういう意味じゃなくて」
友人は俺の方を向いた。
「君と一緒だから、楽しいんだよ」
その言葉に、俺は何も返せなかった。友人はいつもこうだ。真っ直ぐで、素直で、俺にはない何かを持っている。
「……バカ言ってないで、次何するか決めろよ」
「えー、照れてる?」
「照れてねえよ」
「照れてるー」
「うるせえ。飯作るからな」
「わー待って待って!もうちょっとだけ遊ぼうよ!」
友人が俺の袖を掴む。仕方ねえな、と思いながら、俺はもう一度コントローラーを手に取った。
今度は俺が必死こいてる間に発売されたアクションRPGをプレイさせられる。昔もこういう事があったのだ。クリア出来ないから代わりにプレイしてくれ、と友人が泣きついてくる事が。
今回の違いは友人があらかじめクリア済みという事か。
「知らないゲーム遊ばせてくれるのはありがたいけどさ、お前は見てるだけだろ?つまらなくないのか?」
「全然。君が遊ぶのを後ろから見るのは、僕にとって立派な娯楽だよ?」
「まあ、実況プレイの動画や配信をどいつもこいつもやってるもんな……。そういうもんか」
「僕にとっては君のプレイが一番面白いけどねー」
「はいはい。期待に応えてやるつもりは無いからな?」
「それが良いんだよ」
コイツは俺の事を何だと思ってるのか。期待は一旦無視して、俺は最新のアクションRPGの世界に飛び込んだ。
友人曰く、俺のプレイは「映像つきの冒険小説を読んでる気分」になるらしい。急に売れっ子作家らしい事を言うな。
だが、冒険小説は言い得て妙な気がする。知らない世界を画面越しに体験したいから俺はゲームを遊ぶのだ。
「あ、そっち行くんだ」
「気になるだろ、この洞窟」
「でもメインストーリー進めないと先行けないよ?」
「マジか。じゃあ覚えといて後で来る」
「几帳面だなあ」
友人は楽しそうに笑う。俺は画面に集中しながら、キャラクターを操作する。
戦闘が始まると、友人が小さく声を上げた。
「お、そのボス強いよ」
「見りゃ分かる」
敵の攻撃パターンを観察しながら、俺は慎重に立ち回る。何度か攻撃を受けながらも、徐々に敵の動きを読めるようになってきた。
「あ、危ない!」
「分かってる」
回避してカウンター。敵の体力が半分を切った。
「すごい、初見でそこまで削るんだ」
「お前はどうだったんだよ」
「僕?10回ぐらい死んだよ」
「マジか」
「マジだよ。君、本当にゲーム上手いよね」
そう言いながら、友人は俺の肩越しに画面を覗き込んでいる。妙に近いな、と思ったが、まあいいか。
結局、そのボスは3回目の挑戦で倒せた。
「やったー!」
友人が俺の背中を叩く。
「お前が倒したわけじゃないだろ」
「でも嬉しいもん。君がクリアするの見るの、昔から好きだったから」
また素直な事を言いやがる。俺は照れ隠しに軽く友人の頭を小突いた。
「調子乗んな」
「痛っ」
友人は笑いながら頭を押さえた。