神集めの魔術師~人間観察が趣味の上位存在を困惑させる~ 作:下位存在
「はぁ……、はぁ……、やばいのぉ……、抑えなきゃ……、興奮……」
とある一柱の女神が口元から滴り落ちそうになる涎を必死に抑えていた。
彼女の視線の先には——。
「そ、そんなぁ! 皆ぁ、置いてかないでぇ……」
魔術師風の青年が地面に這いつくばりながら、情けなく懇願していた。
少し前のこと。
とある孤島のダンジョンの深層に四人組のパーティが足を踏み入れていた。
そこは強者揃いの冒険者でさえ生還が難しいとされる死地。
「レクトくん、荷物重くない? 無理しないでね?」
「あ、ありがとうございます、マリアさん! これくらい全然平気です!」
薄暗いダンジョンの深層。
聖母のように微笑む回復術師の女性マリアに気遣われ、魔術師のレクトは顔を綻ばせた。
「がははっ! 無理すんなよ、レクト! いざって時はこの大盾で俺が守ってやるからな!」
「ああ。俺たちパーティはお前を含めて四人で一つだ。頼りにしてるぜ、レクト」
豪快に笑う重戦士の男と爽やかに肩を叩いてくるリーダーの剣士。
「ありがとうございます! ランク違いの自分をこんなところまで連れてきていただき、本当に感謝しかありません!」
レクトは目頭に涙を浮かべながら、そんなことを言う。
だが、その直後だった。
通路の先、やや開けた空間の奥にそいつはいた。
「なっ……! なんでこんなところに……ベヒーモス!?」
それは巨山のような体躯を持つ伝説の魔獣ベヒーモスであった。
圧倒的な威圧感が空間を支配する。
レクトは顔を歪めながらも、仲間を守るかのように必死に杖を構えた。
「み、みんな! ここは俺が牽制するから早く逃げ……」
だが、レクトの言葉は途切れた。
振り返った先で、頼りにしていたはずの仲間たち三人が、誰一人として武器を抜いていなかったからだ。
恐怖で動けていないのならまだよかった。
しかし、彼らは微笑んでいた。
それは先ほどまでの温かな笑顔ではなく、下卑たものであった。
「に、逃げて? いいのかい? ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」
リーダーの剣士が嘲笑交じりに口を開く。
「なぁ、レクト、知ってるか? この階層の攻略方法?」
「……攻略方法?」
「知らねえよなぁ。一部の冒険者の間で密かに共有されてる情報だからなぁ。この階層の攻略方法。それは階層主であるベヒーモスに『生贄』を捧げて、食欲を満たしている隙を突いて先に進む。そういうものだ」
「え……?」
「冷静に考えればわかるだろうよ!? 俺たちみたいな上級冒険者がお前みたいな低ランク魔術師を、わざわざ深層まで連れてくるには、それなりの理由があるってわけだ」
「くすくす……。道中ずっと勘違いしてて……流石に面白かったよ!」
回復術師のマリアは満面の笑みである。
「がははっ! 荷物持ち、ありがとう! 最後に一仕事頼むぜ、お荷物くん!」
重戦士の蹴りがレクトの背中を容赦なく打ち抜いた。
「ぐあっ……!」
鈍い音が鳴り、レクトは地面へ倒れ伏した。
「それじゃあな、レクト。お前の尊い犠牲は忘れるまで忘れないよ!」
三人は下劣な笑い声を上げながら、ベヒーモスの意識がレクトに向いている隙を突き、奥へと続く通路へ駆け出していった。
「そ、そんなぁ! 皆ぁ、置いてかないでぇ……」
地面に這いつくばりながら、情けなく声を上げるレクトに、ベヒーモスがじわりと迫る。
(うんうん! いいよぉ! いいよぉー!)
そんな様子を見て、鼻息を荒くしている女性がいた。
(あの人、かわいそー! パーティメンバー、なかなか下衆でよきです!)
彼女は神であった。
この世界には神が存在する。
神達は好みの違いはあれど、人間を観察するのが大好き。
えげつない裏切りや死の淵の絶望なんかは大好物である。
彼女が興奮している間にも、さらにベヒーモスがレクトへと迫る。
「や、やめてくれぇええ!! 俺は……俺はこんなところで死ぬわけには、うわっ、うわぁあああああ!」
(わー! 来た来た来た来たぁあ! はぁ……はぁ……はぁ……)
興奮の頂点に達したのか彼女は至近距離で、その様子を観察する。
恍惚の表情を浮かべながら、宙に浮いた足をばたばたさせる。
だが、ふと我に返ったように、突如、真顔になる。
「……うーん、しかし、なんか物足りないなぁ」
物足りなかった。
大好物のはずなのに。
絶頂が遠のいていく。そんな感覚であった。
その原因を彼女は空中であぐらになり、目をつむって考える。
(……ひょっとしてこれは『飽き』という奴か? このシチュエーションは過去にも何回も観測したしなー。うーむ……)
そんなことを考えながら、彼女が首を傾げた、その時であった。
むんず、と彼女が前のめりになった。
(……な、なに!? 何が起きた!?)
一瞬、彼女は何が起きたのか本当にわからなかった。
しかし、一旦、ありのままの状況を把握する。
彼女は、首根っこを掴まれていたのだ。
「ようやく尻尾を出したか」
「ふぇ……?」
彼女はあまりの衝撃に腑抜けた声を上げる。
彼女の首根っこを掴んでいたのは、先ほどまで情けない声をあげながら、ベヒーモスにやられる一歩手前でひれ伏していた魔術師の青年レクトであった。
(な、何がどうなって!? あ……! あたし、興奮して、実体化しちゃってたのか!? しかも、そのまま油断して……! いや、ってか、この人間、雰囲気変わりすぎ、ってか……、いやいやそうじゃなくて、早く亜空間に……!)
彼女は急いで、人間が干渉できない亜空間に逃げ込んだ。
「…………ふぅ」
亜空間に逃げ込んだ彼女は、一息をつく。
(いやー、びっくりしたなぁ。油断禁物だなぁ、気を付けなきゃ……)
そんなことを思いながら、閉じていた目を開ける。
「よぉ!」
目の前には笑顔の
「にゃぁああああ!?」
彼女は悲鳴をあげ、後ずさる。
(な、なんで!? この人間、亜空間に!? あ、そうか……! 触れているものを亜空間に運べるのは仕様でござった! てへ!)
「何だお前、見た目、ギャルみたいだけど、本当に神か? あ、でも獣耳と尻尾が生えてるな……」
彼女は、頭には獣の耳、お尻からは尻尾が生えていた。
白銀の長い髪は、毛先だけ金色に染まっていた。猫のような大きな目にはサファイアのような瞳が光っていた。
通常の衣服らしきものは着ておらず、液体のようなふわふわがその身をまとっているが、かなり露出度が高い。
(ギャル……? ってか、あたしのことを神と知っている? こ、この人間……)
「あ、あなた、あたしがあなたたち人間の上位存在であると知って、こんなことを!?」
「ん……? そうだけど? お前らが裏切りや絶望といった人間の負の感情が好物なのは知っている。だから、わざわざ変な攻略情報の噂を流して、ああいうパーティに入って、こういうシチュエーションを作ったってわけよ」
(……! こうなるように周到に準備していた? ま、まさか、このあたしが……『釣られた』っていうの!?)
「……なんでこんなことを?」
「あー、それなんだがな……、俺はもう転生したくねえんだよ」
「……は?」
(……転生って、あの蘇り的な?)
「最初、転生した時はよ、悪くないと思ったものだが、まさかこうも何度も転生することになろうとは……。冷静に考えると、魂が死ねないって普通に怖くねえか?」
「……そういうものですかねぇ」
「死の概念がないお前には分からんかもな。それでだ俺は考えた。転生の原因は二つあるんじゃないかという仮説を立てた。一つ目、お前ら、神のせい」
(……!)
「君の知り合いに生命とかを司ってたりする、ずぼらな神っていない? 俺の転生フラグ、折るの忘れてませんかね? 二回目以降の転生、ずっとこの世界なんだが!」
「……あ、えーと……あたしは分かりかねます」
「そうですか。知らないなら仕方ないですね。それじゃあ、もう一つの方。こっちの方が本命なんだが、転生の根本的な原因。それは『死ぬときに後悔していること』にあるんじゃないかってな」
「……後悔?」
「あぁ、俺はこれまで死ぬとき、やり残したことがあるって後悔してたんだ」
「一体、なにを?」
「……えー、自分語りで恐縮だが、これを見て欲しい」
(ん……?)
レクトは手の平を上に向けて、やや分厚い本のようなものを具象化する。
「これは『アルバム』だ」
「あ、アルバム?」
「あぁ、この世界に初めて転生した時に俺に与えられた唯一のスキル「アルバム」だ。このスキルは出会ったことのあるモブを自動で収録することができるんだ」
「へー……」
「おぉおおお、ちゃんと君のページが更新されてるぞ! やっぱりここの空きページはこいつらだったんだ!」
(……なんか嬉しそうだな)
「君たちのような神の存在は伝承やなんかでちゃんと伝わっている」
(そうでしょうね)
「要するにな、
(……! そ、それってつまり……この人間にとって、あたし達上位存在が一般モブと同じ扱いってこと!?)
「…………」
騙されていたこと。上位存在である自分をモブ扱いであること。なんとなく敗北感を感じること。
屈辱的ともいえる状況において、彼女の思考機構にこれまでなかった何かが急激に湧き起こっていた。
(…………なんなのこいつ。頭おかしい。どういう思考機序なの? …………面白いっ! やばい面白いっ! めちゃくちゃ面白いっっ!)
「なぁ、ところで、君ってどの神様なの?」
「へっ!? あ、えーと、あたしは第十三柱のネフェシルだよ」
「ん? 十三柱? ちょっと待て、この世界の神は十二柱だったはずだが……」
「…………うん」
(そうだよ、あたしだけ……仲間外れにされた……。この世界の十二の大陸のどこも与えられることなく、ただ一つのダンジョンの支配権だけを許された中途半端な存在……)
「おいおい、最初からすげぇな! めっちゃ特別な存在ってわけかよ!」
(……! 特別……?)
「いやー、最初から運がよかったなぁ。ありがとうな。ネフェシル!」
(っ……!)
「お、これは出口かね?」
レクトは亜空間内の歪みを発見する。
「んじゃ、邪魔したな」
そうして上機嫌なレクトは背中を向け、亜空間から去ろうとする。
「ちょっと……待って」
「……はい?」
ネフェシルの制止にレクトは足を止め、振り返る。
「あ、あの…………」
「……ん?」
「アルバムに収めるだけで……いいの?」
「え……? あ、うん。そうだが……」
(この人、本当にそれだけのために神にまで辿り着いたんだ……。やっぱり人間って面白……、いや……)
「ねぇ、レクト……」
(人間の名前を覚えるのなんて初めてだ)
「あたしは……それだけじゃ足りないみたい……」