クールな美少女に脅されて秘密の恋人になりました。 作:めろんちゃん
春の風が、校門から校舎へと続く道を吹き抜けていく。
「ひなた、おはよー!」
「おはよう!」
声をかけられた私は、笑顔で手を振り返した。
今日もいつも通りの朝。
私立桜ヶ丘学園、高校一年生。
入学してまだそれほど経っていないけれど、私はすっかりクラスに馴染んでいた。
「昨日のテレビ見た?」
「見た見た! あれ面白かったよね!」
「このコスメ最近お気に入りなんだー」
「あ、それ私も使ってるー!」
友達と話しながら教室へ向かう。
こういう何気ない毎日が、私は結構好きだった。
勉強が特別得意なわけでもない。
運動だって、普通より少しできるくらい。
それでも、友達と笑って、くだらない話をして。
そんな高校生活を私は楽しんでいた。
「……橘さんって、本当に元気だよね」
「え?」
ふと、後ろからそんな声が聞こえた。
振り返ると、クラスメイトの女の子が笑っている。
「なんか、見てるとこっちまで元気になるっていうか」
「そうかな?」
「うん。それに……可愛いし」
「えっ、急に何!?」
思わず顔が熱くなる。
「あはは、照れてる」
「もう! からかわないでよ!」
笑い声が広がる。
私は頬を膨らませながら席へ向かった。
……まあ、こういうのも悪くない。
少しモテる。
友達も多い。
家に帰れば両親と妹のユナがいる。
特に困っていることなんて何もない。
そんな普通の高校一年生。
それが、私――橘ひなた。
◇
放課後。
「じゃあ、ひなた。また明日ね!」
「うん、また明日!」
友達と別れ、私は一人で駅へ向かっていた。
今日は特に予定もない。
家に帰ってもいいけれど、せっかくだし少し寄り道でもしようかな。
そんなことを考えながら歩いていると、一軒の本屋が目に入った。
「あ、ここ新しくできたところだ」
以前から気になっていた本屋だった。
私はそのまま店内へ入る。
「いらっしゃいませ」
店員さんの声が聞こえる。
店内には静かな音楽が流れていて、たくさんの本が並んでいる。
「うわぁ……結構広い」
私は適当に棚を見て回る。
漫画。
小説。
雑誌。
参考書。
いろいろな本を眺めていると、ふと見慣れないコーナーが目に入った。
「……百合?」
思わず足を止める。
女の子同士の恋愛を題材にした作品が並んでいる。
「へぇ……こんなのもあるんだ」
私は女の子同士の恋愛に、特別な抵抗はなかった。
好きになった相手が女の子でも、別におかしくないと思う。
ただ、自分がそういう恋をするとは考えたことすらない。
「……ちょっとだけ」
誰に言うでもなく呟き、私は一冊の本を手に取った。
表紙を眺める。
可愛らしい女の子が二人描かれている。
「……なんか、恥ずかしいな」
そう言いながらも、ページを開いてしまう。
最初は少しだけ。
ほんの少しだけ見るつもりだった。
なのに――。
「…………」
気づけば、私はかなり真剣に読んでいた。
ページをめくる。
また一枚。
「……えっ」
思わず小さく声が漏れる。
顔が熱くなる。
「……これ、結構すごい……」
周囲を確認する。
幸い、近くには誰もいない。
私は少し安心して、再び本に目を落とした。
◇
翌朝。
「……ん?」
教室に入った私は、少しだけ違和感を覚えた。
いつもと何かが違う。
その理由はすぐに分かった。
教室の後ろ。
窓際の席に座っている玲奈が、こちらを見ていた。
「……月城さん?」
目が合う。
玲奈は何も言わない。
ただ、静かに私を見つめている。
「……?」
私は首を傾げた。
すると玲奈が立ち上がった。
そのままこちらへ歩いてくる。
「橘さん」
「え? なに?」
「放課後、少し時間ある?」
「うん。特に予定はないけど……」
「じゃあ、校舎裏に来て」
「校舎裏?」
「そう」
それだけ言うと、玲奈は自分の席へ戻っていった。
「……なんだろう?」
私は首を傾げる。
玲奈とは、今までほとんど話したことがない。
クラスでも一目置かれている美少女。
成績もよくて、いつも落ち着いている。
正直、少し話しかけづらい。
そんな玲奈が、どうして私を呼び出すんだろう。
私はそんな疑問を抱えたまま、一日を過ごした。
◇
放課後。
私は言われた通り、校舎裏へ向かった。
「月城さん?」
そこには玲奈が一人で立っていた。
夕方の風が、彼女の黒髪を静かに揺らしている。
「来たんだ」
「そりゃ呼ばれたからね」
「……そう」
玲奈はこちらへ歩いてくる。
「えっと……何か用?」
「これ」
玲奈がスマートフォンを差し出した。
「?」
画面を見る。
「…………え?」
そこに映っていたのは――昨日の私。
本屋で。
百合コーナーの本を手にしている私だった。
「な、ななな……っ!?」
一気に顔が熱くなる。
「ちょっと待って! これ……!」
「昨日撮った」
「撮ったって……いつ!?」
「昨日」
「いや、それは分かるけど!」
私は慌てて玲奈を見る。
「なんでこんな写真撮ってるの!?」
「たまたま見かけたから」
「たまたまで撮る!?」
「……そういう本を読んでいたから」
「それだけで!?」
「それだけで十分」
玲奈は淡々と答えた。
「……可愛かったから」
「え?」
玲奈が平然と言った。
「本を読んでいる橘さん、可愛かった」
「…………」
一瞬、言葉が出なくなる。
けれど私は、すぐに別の意味に受け取った。
百合小説を読んでいる女の子として、珍しかったのだろう。
「じゃ、じゃあ……この写真、消してよ!」
「嫌」
「なんで!?」
「理由はある」
玲奈はスマートフォンを胸元へ引き寄せた。
「橘さん」
「な、なに?」
玲奈が一歩近づく。
私は思わず一歩下がる。
「……これをクラスのみんなに見られたくない?」
「当たり前でしょ!」
昨日の自分を思い出す。
興味本位で百合漫画を読んでいた。
別に悪いことをしたわけじゃない。
女の子同士の恋愛が好きだからって、恥ずかしいことでもない。
それでも――。
クラスのみんなに知られるのは嫌だった。
「だったら……」
玲奈が静かに言う。
「私と付き合って」
「…………え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「……付き合うって?」
「恋人」
「…………」
頭が真っ白になる。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌てて両手を振った。
「なんで!? どうして私なの!?」
玲奈は答えなかった。
ただ、静かに私を見つめている。
その沈黙が、かえって不安を煽った。
「もしかして……昨日の本を読んでたから?」
玲奈は何も言わなかった。
「玲奈も、女の子同士の恋愛に興味があるの?」
「……」
「それで、たまたま私が本を読んでたから……?」
玲奈は否定しなかった。
だから私は、やっぱりそうなのだと思った。
私が特別だからではない。
昨日、本屋で百合漫画を読んでいたから。
ただ、それだけ。
「……そういうことなら、なおさら無理だよ!」
私は一歩下がった。
「私、玲奈のことほとんど知らないし、いきなり恋人なんて無理!」
「でも、写真をばらされたくはない」
「それは……そうだけど!」
玲奈が静かにスマートフォンを見せる。
「これをばらされたくなかったら――」
そして、もう一度はっきりと言った。
「私と付き合って」
夕暮れの校舎裏に、私の心臓の音だけがやけに大きく響いていた。