クールな美少女に脅されて秘密の恋人になりました。 作:めろんちゃん
朝。
私はベッドの上で目を覚ました。
「…………」
天井を見る。
「…………昨日のことは」
思い出したくない。
いや、思い出してはいけない。
きっとあれは夢だ。
そう、夢。
昨日、私は本屋に行った。
そこで百合漫画を読んでいるところを月城さんに見られて。
写真を撮られて。
放課後、校舎裏に呼び出されて。
『これをばらされたくなかったら――私と付き合って』
「…………」
私は布団を頭までかぶった。
「夢だった」
声に出してみる。
「昨日のことは、全部夢だった……」
もう一度。
「夢だった……」
さらにもう一度。
「夢、夢、夢……」
「お姉ちゃん、朝から何してるの?」
「うわぁっ!?」
突然、部屋のドアが開いた。
「ユ、ユナ!?」
「朝ご飯できてるよ」
制服姿の妹――ユナが、呆れた顔でこちらを見ている。
「……お姉ちゃん、寝ぼけてる?」
「ち、違うよ! ちょっと考え事してただけ!」
「ふーん」
ユナはじっと私を見る。
「なんか顔赤いけど」
「えっ!?」
私は慌てて頬を両手で隠した。
「き、気のせい!」
「……怪しい」
「ほ、本当に何でもないから!」
そう言って私は勢いよくベッドから飛び起きた。
昨日のことは夢。
そう。
夢だったことにする。
だって、そうじゃないと困る。
私があの月城さんと付き合うなんて――。
「……ありえないよ」
小さく呟く。
私は急いで制服に着替え、家を出た。
◇
「……夢だった」
通学路を歩きながら、私は何度目か分からない言葉を呟いていた。
「昨日のことは夢」
春の朝。
通学する生徒たち。
いつもと変わらない景色。
だからきっと、昨日の出来事だけが夢だったんだ。
「うん。そうに決まってる」
私は自分に言い聞かせる。
「本屋に行ったのも夢」
……いや、本屋には本当に行った。
「百合コーナーを見つけたのも夢」
それも本当。
「そこで本を読んだのも……」
…………。
「……これは忘れよう」
顔が熱くなる。
そして。
「月城さんに写真を撮られたのも夢」
これは――。
「……夢」
昨日の玲奈の顔が頭に浮かぶ。
冷静な声。
黒く長い髪。
真っ直ぐに向けられた瞳。
そして。
『私と付き合って』
「…………」
足が止まる。
「……夢じゃない」
認めたくない。
でも、スマートフォンに残っている玲奈からのメッセージが、それを否定していた。
『放課後、話をする』
「…………」
私はスマートフォンを握りしめた。
「どうしよう……」
昨日の時点では、まだ返事をしていない。
というより、頭が混乱しすぎて答えられなかった。
でも玲奈は、今日から付き合うつもりなのだろうか。
「……私、どうすればいいの?」
その答えを知っている人なんて――。
「ひなた!」
「え?」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
「おーい!」
手を振りながら走ってくる女の子。
肩まで伸びた髪を揺らし、スポーツバッグを持っている。
「美咲!」
彼女の名前は――相沢美咲。
私の親友で、同じクラス。
そしてバスケットボール部に所属している。
運動神経がよくて、困っている人がいたら自然に助けてくれる。
私にとって、とても頼りになる友達だ。
「朝から何してんの? ぼーっとして」
「え?」
「さっきからずっと一人でぶつぶつ言ってたでしょ」
「聞いてたの!?」
「少しだけね」
「うぅ……」
恥ずかしい。
私は顔を逸らした。
「なんか悩み事?」
「…………」
どうしよう。
美咲には相談したい。
昨日のことを全部話してしまえば、きっと何かいい方法を考えてくれる。
でも――。
百合コーナーで本を読んでいたこと。
その写真を玲奈に撮られたこと。
それを利用して脅されたこと。
これは……。
「……言えない」
「ん?」
「いや、何でもない!」
「そう?」
美咲は少し首を傾げた。
けれど、それ以上は聞いてこなかった。
そういうところも、美咲の優しいところだ。
◇
学校に着く。
教室へ向かう途中も、美咲と話していた。
「そういえば、ひなた」
「なに?」
「今日、なんか変じゃない?」
「えっ」
「昨日まで普通だったのに、今日は妙にそわそわしてる」
「そ、そうかな?」
「うん」
美咲が私の顔を覗き込む。
「何かあった?」
「…………」
心臓が跳ねた。
「……実は」
「うん」
「…………」
言ってしまっていいのだろうか。
百合漫画のことは言えない。
絶対に言えない。
でも、玲奈との関係については――。
「……付き合うことになった人がいる」
「…………え?」
美咲の足が止まった。
「付き合うことになった?」
「う、うん」
「誰と?」
「…………」
私は少しだけ迷った。
そして。
「月城さん」
「…………月城?」
「うん」
「月城玲奈?」
「……うん」
美咲が目を丸くする。
「えええええっ!?」
「声大きい!」
「だって、あの月城さん!?」
「しーっ!」
私は慌てて美咲の口を塞ぐ。
「ちょっと、静かにして!」
「だって……!」
美咲は驚いた顔で私を見る。
「いつの間に?」
「昨日……」
「昨日!?」
「うん……」
「どうやって!?」
「それは……」
言えない。
百合本のことだけは。
私は目を逸らした。
「……いろいろあって」
「いろいろって何よ」
「本当にいろいろ……」
美咲はしばらく私を見つめる。
やがて、小さくため息をついた。
「まあ、ひなたが決めたなら応援するけど」
「……美咲」
「でも、一つだけ」
「なに?」
「無理してない?」
「…………」
胸が少し痛くなった。
私は玲奈に脅されている。
だから、正確には「自分から好きで付き合う」と決めたわけじゃない。
でも――。
「……大丈夫」
私は笑った。
「ちゃんと考えてるから」
「そっか」
美咲も笑う。
「なら、応援する」
「ありがとう」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなった。
……でも。
私はまだ知らなかった。
教室の窓際。
こちらを静かに見つめている少女がいることを。
月城玲奈は、私と美咲の会話を遠くから見ていた。
そして、私と目が合う。
「…………」
玲奈は何も言わない。
ただ、ほんの少しだけ目を細めた。
私はなぜか、その視線にドキッとしてしまった。
「……ひなた?」
「えっ?」
「どうしたの?」
「な、何でもない!」
慌てて玲奈から目を逸らす。
そして私は思った。
――やっぱり、昨日のことは夢じゃなかった。
どうやら私の秘密の恋人生活は、本当に始まってしまったらしい。