クールな美少女に脅されて秘密の恋人になりました。 作:めろんちゃん
昨日、私は月城玲奈と恋人になった。
……正確には、なったことにされた。
きっかけは、私が本屋で百合漫画を読んでいたところを見られたこと。
そして、その写真を使って脅された。
だから、本当ならもっと嫌な気持ちになってもおかしくない。
なのに――。
「…………」
私は授業中、ちらりと前の席を見ていた。
黒く長い髪。
背筋を伸ばして、静かに教科書を読んでいる姿。
月城玲奈。
「…………」
また見てしまった。
「橘さん」
「ひゃいっ!?」
突然、先生に呼ばれて変な声が出た。
教室中からクスクスと笑い声が聞こえる。
「……大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!」
「なら、この問題を解いてみろ」
「えっと……」
黒板を見る。
「…………」
分からない。
さっきまでちゃんと授業を聞いていたはずなのに、頭の中には玲奈のことばかり浮かんでいた。
昨日のこと。
校舎裏で言われたこと。
『私と付き合って』
「…………っ」
また顔が熱くなる。
「橘さん?」
「はい!?」
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!」
私は慌てて答えた。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
私は席に座り直した。
そして、もう一度だけ玲奈を見る。
玲奈は相変わらず授業に集中していた。
……すごい。
私なら、昨日あんなことがあったら絶対に落ち着いて授業なんて受けられない。
なのに玲奈はいつも通り。
やっぱりクールだなぁ。
そう思っていると――。
玲奈がふとこちらを振り返った。
「………」
目が合った。
「……!」
私は慌てて視線を逸らす。
心臓が大きく跳ねた。
……なんで?
昨日までは、ただのクラスメイトだったのに。
今は――。
私の恋人。
そう考えただけで、また胸がドキドキしてしまう。
「……もう」
私は小さく呟いた。
今日の授業、ちゃんと受けられるのかな。
◇
昼休み。
「ひなた」
「なに?」
美咲が私の机にやってきた。
「朝からずっと変じゃない?」
「えっ?」
「授業中もぼーっとしてたし」
「そ、それは……」
「月城さんのこと考えてた?」
「…………」
図星だった。
「やっぱり」
「うぅ……」
美咲が苦笑する。
「昨日から付き合い始めたんだもんね」
「……うん」
「嬉しい?」
「…………分かんない」
私は玲奈を見る。
玲奈は一人でお昼ご飯を食べていた。
「最初は怖かったんだけど」
「うん」
「でも……」
私は少しだけ笑った。
「今日、月城さんを見つけた時、ちょっと嬉しかった」
「……ふふっ」
「な、何?」
「いや、ひなたもちゃんと恋するんだなって」
「まだ恋じゃないよ!」
「そう?」
「そう!」
私は慌てて否定した。
けれど。
自分でも分からない。
玲奈のことを考えると胸が騒ぐ。
声をかけられると嬉しい。
目が合うだけでドキドキする。
これって――。
……いや。
まだ分からない。
◇
放課後。
帰りのホームルームが終わり、教室から生徒たちが次々と出ていく。
私も鞄を持って立ち上がった。
そのとき。
「橘さん」
「……!」
後ろから声がした。
振り返る。
玲奈だった。
「少し話せる?」
「う、うん」
私は周囲を確認する。
幸い、まだ誰もこちらを気にしていない。
二人で教室を出て、昨日と同じ校舎裏へ向かった。
「…………」
昨日もここに来た。
そして、ここで玲奈から告白された。
……いや。
告白というより、脅迫だった。
「橘さん」
「なに?」
玲奈が私を見つめる。
「昨日から、私のこと見てるでしょ?」
「えっ!?」
「授業中も」
「…………」
バレてた。
「そ、それは……」
「気になる?」
「…………」
私は答えに困った。
「……うん」
正直に答える。
「昨日まで普通のクラスメイトだったのに、急に恋人になったから」
「そう」
「どう接したらいいのか分からないし……」
「私も分からない」
「え?」
玲奈が少しだけ視線を落とす。
「こんなふうに誰かと付き合うのは、初めてだから」
「……月城さんも?」
「うん」
意外だった。
玲奈ほど綺麗なら、今まで何人も告白されてきたと思っていた。
「でも……」
玲奈がこちらを見る。
「橘さんとなら、付き合いたいと思った」
「…………」
また胸が跳ねる。
「どうして?」
「……秘密」
「えー?」
「そのうち教える」
玲奈がほんの少し笑う。
「……ねえ、橘さん」
「うん?」
玲奈が少しだけ首を傾ける。
「いつまで私のこと、名字で呼ぶつもりなの?」
「え?」
「私たちは恋人でしょう?」
「そ、それはそうだけど……」
急に言われると、やっぱり恥ずかしい。
「でも、いきなり名前で呼ぶのは……」
「嫌?」
「嫌じゃないよ。ただ、慣れてないだけで……」
「なら、慣れて」
玲奈は真剣な顔で私を見つめた。
「私のこと、玲奈って呼んで」
「…………」
名前で呼ぶ。
たったそれだけのことなのに、胸がどきどきする。
「……玲奈」
小さな声で呼んでみる。
「もう一度」
「えっ?」
「聞こえなかった」
絶対に聞こえていたはずなのに。
「……玲奈」
今度は少しだけ大きな声で呼んだ。
「うん」
玲奈は満足そうに頷いた。
「これからは、二人きりのときは名前で呼んで」
「……分かった」
「約束」
「うん、約束」
玲奈がほんの少し笑う。
その笑顔は、教室で見せるものよりずっと柔らかかった。
「……玲奈って、笑うんだ」
「笑うよ」
「なんか意外」
「ひどい」
「ご、ごめん!」
玲奈が小さく笑った。
その表情を見ていると、不思議な気持ちになる。
学校では、みんなが憧れるクールな美少女。
でも今、私の目の前にいる玲奈は――。
少しだけ寂しそうで。
少しだけ優しくて。
そして、私にだけ見せてくれる顔がある。
「……ねえ、ひなた」
「うん?」
今度は玲奈が、私の名前を呼んだ。
「今日、一緒に帰らない?」
「え?」
「恋人なんだから」
「…………」
また顔が熱くなる。
「……うん」
私は小さく頷いた。
玲奈が私の隣に並ぶ。
そして、少しだけ手を伸ばしてきた。
「…………」
「…………」
玲奈の手が、私の手に触れる。
「……手、繋いでもいい?」
昨日までなら、絶対に驚いていたと思う。
でも今日は。
「……うん」
玲奈の手が、私の手をそっと握る。
「…………」
胸がまたドキドキする。
だけど今度は、嫌じゃなかった。
「じゃあ、帰ろう。ひなた」
「……うん」
二人並んで歩き出す。
まだ、この関係をどう受け止めればいいのか分からない。
それでも。
昨日よりほんの少しだけ。
玲奈と一緒にいることが、嫌じゃなくなっていた。