クールな美少女に脅されて秘密の恋人になりました。 作:めろんちゃん
その日の夜。
「ただいまー!」
玄関の扉を開ける。
「おかえり、お姉ちゃん!」
すぐに妹のユナが顔を出した。
私は靴を脱ぎながら、いつも通りに返事をする。
……いつも通り。
そう。
今日は普通の日だった。
普通の日……のはずだった。
でも。
頭の中には、今日の出来事が次々と浮かんでくる。
玲奈と電車に乗ったこと。
二人でショッピングモールを歩いたこと。
クレーンゲームでぬいぐるみを取ってもらったこと。
写真を撮られたこと。
一緒にカフェで話したこと。
本屋にも行った。
そして――帰り道には手を繋いで歩いた。
「……」
思い出した瞬間、顔が熱くなった。
「……お姉ちゃん?」
「えっ!?」
ユナが不思議そうに私を見る。
「どうしたの? ぼーっとしてたよ?」
「な、なんでもないよ!」
「ほんとにー?」
ユナは疑うように、私の顔を覗き込んだ。
危ない。
顔に出ていた。
私は慌ててリビングへ向かう。
「お姉ちゃん、今日帰ってくるの遅かったね」
「え?」
「いつもより遅かったでしょ?」
「あー……」
ユナがじっと私を見る。
「どこか寄ってたの?」
「……!」
心臓が跳ねた。
「そ、それは……」
「どこに行ってたの?」
「えっと……」
玲奈とデートしてました。
なんて言えるわけがない。
そもそも、玲奈と付き合っていることだって家族には秘密だ。
「……友達とちょっと遊んでたの」
「友達?」
「う、うん!」
「誰と遊んでたの?」
「そ、それは……」
美咲。
そう答えればいい。
でも今日は美咲とは遊んでいない。
「……お姉ちゃん?」
「な、何?」
「顔、赤いよ?」
「暑いだけ!」
「えー? 今日はそんなに暑くないよ?」
「……!」
鋭い。
妹なのに鋭すぎる。
「それに……」
ユナが私の鞄を見る。
「お姉ちゃん、その鞄に何か入ってる?」
「え?」
鞄から少しだけ、今日玲奈に取ってもらったぬいぐるみが見えていた。
「あっ!」
私は慌てて鞄を抱きしめる。
「こ、これは!」
「なになに? 見せてー!」
「だ、だめ!」
「えー、なんでー?」
「これは、その……」
「買ったの?」
「う、うん!」
「誰と買ったの?」
「……」
答えられない。
「……一人で」
「えー? 一人でゲームセンター行ったの?」
「そ、そう!」
「ほんとー?」
「ほ、本当!」
ユナはしばらく私を見つめていた。
「……怪しい」
「怪しくないよ!」
「絶対怪しいよー」
「怪しくないってば!」
「お姉ちゃん、今日ずっとにこにこしてるし」
「えっ!?」
「なんかいいことあったんでしょ?」
「な、何もないよ!」
「ふーん……」
ユナは納得していない様子で、私の顔をじっと見ている。
「じゃあ、誰と遊んでたの?」
「だ、だから友達だってば!」
「その友達って、女の子?」
「……!」
「男の子?」
「ち、違う!」
「じゃあ女の子なんだー?」
「そ、そうだけど!」
「名前は?」
「そ、それは……」
私は言葉に詰まる。
玲奈の名前を出したら、余計に怪しまれそうだった。
「……ひみつ」
「えー! お姉ちゃんのくせに、妹にひみつにするのー?」
「妹だからって、何でも話すわけじゃないの!」
「むー……」
ユナは頬を膨らませた。
「お姉ちゃん、ずるい」
「ずるくないよ!」
「じゃあ、ぬいぐるみだけ見せて」
「それは……」
「お願い、お姉ちゃん!」
上目遣いで見つめられる。
「……ちょっとだけだよ」
私は鞄からぬいぐるみを取り出した。
「わあ、かわいい!」
ユナの目が輝く。
「これ、お姉ちゃんが取ったの?」
「えっと……」
「お姉ちゃん?」
「……そう!」
「ほんとー?」
「ほ、本当だよ!」
「ふーん」
ユナはぬいぐるみを見つめたあと、にやっと笑った。
「でも、お姉ちゃんが自分で取ったなら、そんなに顔赤くならないよね?」
「……!」
「やっぱり誰かに取ってもらったんだー!」
「ち、違うってば!」
「誰? 誰に取ってもらったの?」
「もう、ユナ!」
私はぬいぐるみを取り返し、逃げるように自分の部屋へ向かった。
「お姉ちゃん!」
「な、何?」
「……楽しそうだね」
「……え?」
振り返る。
ユナは少しだけ笑っていた。
「今日、ずっと嬉しそうだから」
「……!」
私は思わず頬を押さえる。
「そ、そんなことないよ!」
「ふーん」
「じゃあ、おやすみ!」
「えー、まだ寝る時間じゃないよー」
「おやすみ!」
「逃げたー!」
私はそのまま部屋へ逃げ込んだ。
ドアを閉める。
「……はぁ」
ベッドに座り、今日もらったぬいぐるみを見る。
「……可愛い」
そして。
思い出してしまう。
『また……こういうのしたい』
自分から言った。
また玲奈とデートしたいって。
「……私、どうしちゃったんだろ」
最初は、脅されて仕方なく付き合っていたはずなのに。
今は――。
「……次のデート、楽しみかも」
そう思ってしまった自分に気づいて、また顔が熱くなった。
私はぬいぐるみを抱きしめる。
「……まだ、恋じゃないから」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
でも。
その言葉を、自分自身が信じられなくなり始めていた。
* * *
翌朝。
「おはよう、ひなた」
「おはよう!」
教室に入ると、美咲がいつものように声をかけてきた。
「昨日、どうだった?」
「……え?」
「月城さんとのデート」
「っ!?」
私は思わず固まった。
「な、なんで知ってるの!?」
「昨日、自分で話してたじゃん」
「あ……」
そうだった。
美咲には玲奈と付き合っていることを話している。
「で、どうだった?」
「……楽しかった」
気づけば、素直に答えていた。
「へえ」
「な、何?」
「いや。ひなたがそんな顔するんだなって」
「どんな顔!?」
「嬉しそうな顔」
「……!」
私は慌てて顔を隠した。
「普通だよ!」
「はいはい」
美咲が笑う。
そのとき。
「おはよう、ひなた」
「……っ」
玲奈が教室に入ってきた。
「お、おはよう!」
昨日のことを思い出して、なんだか玲奈の顔をまともに見られない。
「……どうしたの?」
「な、なんでもない!」
「そう」
玲奈は不思議そうに首を傾げた。
でも、すれ違う瞬間。
「昨日、楽しかった?」
小さな声でそう聞かれた。
「……うん」
私も小さな声で答える。
「私も」
それだけ言って、玲奈は自分の席へ戻っていった。
……なんだろう。
昨日よりも、玲奈が近くに感じる。
そんなことを考えているうちに、授業が始まった。
* * *
そして、四時間目。
「今日は体育です!」
先生の声とともに、みんなで体育館へ向かう。
今日の授業はバスケットボールだった。
「よし!」
私は張り切ってボールを受け取る。
「ひなた、無理しないでね」
「大丈夫!」
美咲が心配そうに言う。
「私、こう見えて運動得意だから!」
「それ、昨日も言ってたような……」
「昨日は言ってないよ!」
そんなことを話しながら、授業が始まった。
走って。
ボールを追いかけて。
夢中になっているうちに――。
「ひなた!」
「え?」
ボールを取ろうとした瞬間。
足が床に引っかかった。
「わっ!」
そのままバランスを崩して、膝を床にぶつける。
「いたっ……」
「ひなた、大丈夫!?」
「う、うん……」
立ち上がろうとする。
でも、膝に少し痛みがあった。
「ちょっと擦りむいてるよ」
「ほんと?」
見ると、膝に小さな擦り傷ができていた。
「保健室行ってきたほうがいいんじゃない?」
「これくらいなら平気――」
「ダメ」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
玲奈だった。
「玲奈?」
「血が出ているでしょう」
「でも、ほんのちょっとだよ?」
「それでも治療したほうがいいわ」
「……うん」
玲奈は先生に事情を説明すると、私の腕を軽く支えた。
「歩ける?」
「歩けるよ」
「なら、保健室まで行きましょう」
「……ありがとう」
二人で体育館を出る。
廊下を歩いている間、玲奈は何度も私の膝を気にしていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「心配するわよ」
「……そっか」
少し嬉しかった。
* * *
保健室に着く。
「失礼します」
玲奈が扉を開けた。
でも――。
「……誰もいない?」
保健室の先生の姿がなかった。
「先生、いないみたい」
「どうしよう?」
「少し待ちましょうか」
「うん」
椅子に座って待つ。
けれど、しばらくしても先生は戻ってこない。
「……まだ来ないね」
「そうね」
玲奈は少し考えたあと、棚を開けた。
「玲奈?」
「消毒液と絆創膏があるわ」
「え?」
「私が手当てする」
「玲奈が?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
「なら、任せて」
玲奈は消毒液とガーゼを持ってきた。
「少し染みるかもしれない」
「うん」
玲奈が膝の傷を丁寧に消毒する。
「……痛っ」
「ごめん。もう少しだけ我慢して」
「うん」
玲奈の手は驚くほど優しかった。
普段はクールで、何を考えているのか分からないのに。
今は私の膝を見ながら、真剣な顔をしている。
「……玲奈」
「何?」
「優しいね」
「普通よ」
「でも、ありがとう」
「どういたしまして」
玲奈は傷に絆創膏を貼る。
「これで大丈夫」
「ありがとう」
「無理して走らないこと」
「分かってるよ」
「本当に?」
「本当!」
「ならいいわ」
玲奈が立ち上がる。
そのとき、私はふと気づいた。
「……玲奈」
「何?」
「昨日のデートでも思ったけど」
「ええ」
「玲奈って、私が思ってたよりずっと優しいよね」
玲奈は少しだけ目を見開いた。
「……そう?」
「うん」
「ひなたにだけかもしれないわね」
「……え?」
玲奈はそれ以上何も言わず、保健室の窓へ視線を向けた。
私はその横顔を見つめる。
胸の奥が、また少しだけ温かくなる。
「……なんか、嬉しい」
「何が?」
「ううん。なんでもない」
玲奈がこちらを見る。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「なら、戻りましょう」
「うん!」
保健室を出る。
昨日のデート。
今日の学校。
そして、玲奈の優しさ。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
私は玲奈のことを知っていっている気がした。
そして――。
玲奈と一緒にいることが、どんどん嫌じゃなくなっている。
むしろ。
「……もっと一緒にいたいかも」
小さく呟いた言葉は、隣を歩く玲奈には届かなかった。