クールな美少女に脅されて秘密の恋人になりました。 作:めろんちゃん
放課後。
私と玲奈は、並んで学校を出た。
今日はいつもの帰り道とは少し違う。
向かっているのは――玲奈の家だった。
「……なんか、緊張する」
思わず口にすると、隣を歩いていた玲奈がこちらを見る。
「どうして?」
「だって……玲奈の家に行くの、初めてだし」
「そうね」
玲奈は小さく頷いた。
「私も、家に人を呼ぶのは初めてよ」
「……そう言われると、余計に緊張するんだけど」
「ふふ」
「笑わないでよ!」
玲奈は楽しそうに笑った。
学校ではいつもクールで、あまり表情を変えない玲奈。
でも最近は、私と二人でいるときだけ、こうやって笑ってくれることが増えた気がする。
それが少し嬉しかった。
* * *
しばらく歩いていると、目の前に大きなマンションが見えてきた。
「……え?」
私は思わず足を止めた。
高い。
ものすごく高い。
しかも、入口からして明らかに普通のマンションとは違う。
広いエントランス。
綺麗に整えられた植木。
大きなガラス張りの扉。
そして中には、ホテルみたいなロビーまである。
「ここ……?」
「ええ。ここが私の家」
「…………」
私はマンションを見上げた。
「玲奈って……もしかして、お金持ち?」
「そういうわけじゃないわ」
「いやいやいや!」
どう見ても普通じゃない。
「こんなところ、初めて入るんだけど……」
「大丈夫よ。私がいるから」
玲奈はそう言って、私の手を軽く握った。
「……うん」
その一言だけで、不思議と緊張が少しだけ和らいだ。
エントランスを抜け、エレベーターに乗る。
玲奈が押したのは、一番上の階だった。
「最上階……?」
「そうよ」
「……すご」
エレベーターが静かに上がっていく。
やがて到着すると、扉が開いた。
そこに広がっていたのは、学校とはまったく違う静かな空間だった。
廊下も広く、窓からは街並みが一望できる。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
「景色、すごいね」
「慣れると普通よ」
「私は絶対慣れないと思う……」
玲奈は少しだけ笑った。
そして一つの部屋の前で立ち止まり、鍵を開ける。
「ただいま」
玲奈が小さく声をかける。
当然、返事はない。
「……お父さん、今日も仕事?」
「ええ。今日も遅くなると思うわ」
「そっか……」
私は少しだけ寂しくなった。
前に玲奈から、家では一人で過ごすことが多いと聞いたことがある。
こんなに大きな家なのに、玲奈はいつも一人で過ごしているんだ。
そう考えると、さっきまでの「すごい家」という感想が、少し違って見えた。
「入って」
「お、お邪魔します……」
靴を脱いで中へ入る。
広い。
とにかく広い。
リビングだけでも、私の家よりずっと広そうだった。
「玲奈、ここでお父さんと二人で住んでるんだよね?」
「ええ。父と二人よ」
玲奈は少し間を置いてから続ける。
「……今日は私一人だけど」
「……そっか」
玲奈は少しだけ視線を落とした。
私はなんとなく、その表情が気になった。
「……玲奈」
「何?」
「今日は私がいるから」
「……え?」
「だから、その……一人じゃないよ」
自分で言っておきながら恥ずかしくなった。
でも玲奈は、少し驚いたような顔をしたあと――。
「……そうね」
優しく笑った。
「今日は、ひなたがいるものね」
「うん」
なんだか胸の奥が温かくなった。
「じゃあ、私の部屋に行きましょう」
「玲奈の部屋……!」
「そんなに驚くこと?」
「だって、初めて見るんだよ!?」
「ふふ。そうね」
玲奈に案内されて、廊下を歩く。
そして、一番奥にある部屋の前で玲奈が立ち止まった。
「ここよ」
扉が開く。
「……わぁ」
玲奈の部屋は、想像していた通り、落ち着いた雰囲気だった。
大きな窓。
綺麗に整理された机。
本棚にはたくさんの本が並んでいる。
ベッドもきちんと整えられていて、余計なものはほとんど置かれていない。
ただ、ベッドの隣には小さな棚があり、その上にはいくつかのぬいぐるみが並べられていた。
「……あれ?」
私は思わずそちらを見る。
「ぬいぐるみ、置いてあるんだ」
「……昔から持っているものよ」
玲奈は少しだけ視線を逸らした。
「意外?」
「ううん。なんか、かわいいなって思って」
「そう」
玲奈は平静を装っているけれど、耳が少し赤くなっている気がした。
「なんか……玲奈らしい」
「そう?」
「うん。綺麗で、静かで……でも、ぬいぐるみが少し置いてあって」
「褒めているのかしら?」
「もちろん褒めてるよ!」
私は笑いながら、部屋の中を見渡した。
「本、いっぱいあるね」
「本が好きだから」
「私も本は嫌いじゃないけど……こんなにたくさん読んでるの?」
「一人の時間が多いから」
「……」
その言葉に、私は少しだけ黙った。
玲奈はいつも一人で、家でも一人。
だから本を読む時間が多かったのかもしれない。
「……そっか」
私はそれ以上、何も言えなかった。
すると玲奈が、ベッドの近くを指差した。
「そこ、座って」
「うん」
私はベッドの下に置いてあるクッションに腰を下ろした。
ふわり、と柔らかな感触が伝わってくる。
部屋の中には、ほのかにいい匂いがした。
「……いい匂い」
思わず呟く。
「何か言った?」
「えっ!? う、ううん、何でもない!」
玲奈は不思議そうに私を見る。
私は慌てて視線を逸らした。
……なんだろう。
玲奈の部屋にいるだけなのに、妙にドキドキする。
ここは玲奈が普段過ごしている場所。
玲奈が本を読んだり、眠ったりしている場所。
そう考えると、なんだか少しだけ特別な場所に思えてきた。
「……私、変なのかな」
小さく呟く。
玲奈には聞こえていないようだった。
玲奈はそのまま部屋を見渡してから、私を見る。
「何か飲む?」
「あ、うん。お願いしていい?」
「もちろん」
玲奈は部屋の扉へ向かう。
そして出ていく直前、こちらを振り返った。
「すぐ戻るから、待っていて」
「うん」
「勝手に何か触ったりしないでね」
「触らないよ!」
思わず声が大きくなる。
玲奈が少しだけ目を細めた。
「……何か触りたいものでもあるの?」
「な、ないよ!」
「ふふ。冗談よ」
玲奈は小さく笑って、部屋を出ていった。
扉が静かに閉まる。
「…………」
私は一人になった。
「……静かだ」
さっきまで玲奈がいたからか、急に部屋が広く感じる。
私は改めて周囲を見渡した。
ここが玲奈の部屋。
玲奈が普段、一人で過ごしている場所。
机の上には読みかけの本。
本棚にはたくさんの本。
そして、ベッドの隣には昔から大切にしているぬいぐるみ。
学校では、いつもクールで落ち着いていて、誰にも隙を見せない。
でも、この部屋では一人で本を読んでいる。
そんな玲奈を想像すると――。
「……寂しかったりするのかな」
ふと、そんなことを思った。
そのとき。
廊下から足音が聞こえてきた。
私は慌ててクッションに座り直す。
そして扉が開いた。
「お待たせ、ひなた」
「おかえり」
玲奈は両手に飲み物を持っていた。
「はい。ひなたの分」
「ありがとう」
受け取った飲み物を見ながら、私は笑う。
「……こうして玲奈の部屋で二人きりでいると、なんだか変な感じ」
「そうね。私も少し不思議な感じがするわ」
「玲奈でもそう思うんだ?」
「ええ。ひなたがここにいるのが、まだ少し新鮮な感じがするわ」
「……そっか」
玲奈が隣に座る。
肩が少しだけ触れた。
私はそれだけで、また胸がどきっとした。
学校とは違う場所。
誰もいない玲奈の家。
そして、今は二人きり。
私はまだ、この状況に慣れていない。
でも――。
不思議と嫌ではなかった。
むしろ。
「……今日は、もう少しここにいたいかも」
小さく呟いた言葉は、玲奈には聞こえなかった。
玲奈はただ、嬉しそうに微笑んでいた。