最近は雨が降ることが多かった。やはり、六月だからだろうかと一は考えていた。ジメジメした空気が重い。
とりあえず、このまま帰ってはずぶ濡れになってしまうので持ってきて傘を差すことにした。
そして、一人で帰ろうとしていたところで亮の姿を見つけた。
「あっ……」
一は亮に声を掛けようか迷っていた。というのも、亮が傘を持っているか、分からなかったためである。
もし、持っていなかったら雨に濡れてしまうと思った一は亮に話しかけた。
「亮……君」
まだ名前で呼ぶことに若干抵抗がある一は、ちょこっと声がどもってしまう。
だが、そんな一の声は雨の音にかき消された。仕方なく一はもう一度声をかける。
「亮君…!」
「なんだ……一か……」
「あのさ……傘持ってる?」
「持ってない」
「あっ! それなら傘! 一緒に入……る?」
「いらね。自転車だし、合羽だし」
「あっ……」
一は亮が自転車通学だった事を思い出した。そして、声なんて掛けないほうが良かったかなとも思った。
「えっと……じゃあ僕帰るね……」
自転車置き場まで歩いていた亮は、一を全く気にする様子もなく合羽を確認した。
その合羽は何故かピンクのフリフリが見える。思考が一旦停止した亮は、合羽を確認することにした。
それは見間違いでも何でもなかった。ピンクのフリフリした小さくて可愛らしい合羽だった。
亮のサイズには明らかに合っていないし、もし仮にサイズが合っていたとしても絶対に着たくない。
「なぁ……やっぱ傘入れてくんね?」
「え?」
「合羽……妹のと間違えた。こんなん着て帰るくらいだったら濡れて帰る」
「え!? あっ! 傘だよね! いいよ!」
一はすぐに傘を亮に差し出す。
帰り道、亮も一も、お互い話す話題も無く無言だった。だが、一にはこの無言が重圧になってしまっていた。
なんとか会話しようと一は亮に話しかける。
「あ……えと……亮君、今日は雨で残念だったね……」
「ああ」
しかし、何気ない会話もすぐに打ち切られてしまい、更に気まずさが加速する。それは一が一方的に気にしているだけなのだが。
それでも、無言に耐えきれない一は頑張って亮に話し続けた。
「え~っと……いつも自転車なの?」
「そりゃ、自転車通学だから当たり前だろ」
「あっ……そうだよね……ごめんね……」
「………」
「………」
雨は一層強くなり、傘を強く打ちつける。一は亮が濡れないように傘を亮側に寄せた。そして、とにかく次の話題を考えないといけないと必死に話題を探した。
「えっと……」「あ、そうだ」
タイミングが重なってしまい一は焦ってしまった。それと同時に話す内容も吹っ飛んでいった。
「なんだよ」
「えっ! いや、亮君からどうぞ……」
「いいから先話せ」
「ううん別に大したことじゃないし……亮君の話のほうが大事だよ! 絶対! うん!」
「あー……まぁいいけど……。今度どっか遊びに行かね?」
「うん! ……えっ? あっ! うん……」
いきなり亮から遊びに誘われて、一は戸惑ってしまった。少しして落ち着いた一は、亮にもう一度聞いてみた。
「遊びに……行くの?」
「そ」
「何人で? 時間は? いつ?」
「とりあえず二人で行くとして……後は適当に決めればよくね?」
「あっ……分かった! じゃあ今週の土曜日、十時半にショッピングセンターで待ち合わせしよう……か?」
「じゃあそれで」
話しているうちに亮の家に到着した。亮はガレージの横に入り、自転車を止める。
一も帰ろうとしたその時、亮から声をかけられた。
「一旦家上がってけ」
「えっ……そんな悪いよ……」
「いいから」
一は結局断れずに、雨が小降りになるまで亮の家にお邪魔することになった。
亮と一緒に家に入ると、奥から小さな女の子が玄関まで走ってくる。
「………お邪魔します」
「お兄ちゃーん! おかえりー!」
「ん、ただいま」
少女はどうやら亮の妹らしい。少女は目一杯に亮の足にしがみついた。そして、一と目が合うと、亮の足にしがみついたまま、数秒その場でフリーズして、奥の部屋へと走っていった。
「ママー! 知らない人ー!」
少女がそう叫ぶと、奥から亮の母親が顔を覗かせた。優しそうな見た目の人だった。
「えっと……亮のお友達かしら……?」
「そ」
「あ……その……お邪魔してます……」
「ううん、いいの。それよりもこういうお菓子好きかしら?」
差し出されたのは小さなチョコ菓子だ。そのお菓子を一はおずおずと受け取った。
「これからも亮と仲良くしてくれると嬉しいわ」
「あ……はい!」
亮の母親もそう言って奥の部屋に戻っていった。一は玄関先に座り、先ほど貰ったお菓子を食べることにした。
亮と話そうにもいい話題が思いつかなかったからだ。とにかく、雨が小降りになるのを待った。
目を閉じ、耳を澄ますと雨の音が家の中まで響いてくる。その音を聞きながら十分、二十分とその場で待ち続けた。
次第に雨の音は止み、その数分後にはさっぱり聞こえなくなった。
一は傘を持って立ち上がる。亮も目線だけこっちを見た。
「帰んの?」
「うん、もう雨止んだから」
「そっか」
そう言って、亮は自分の部屋に戻っていった。一は帰ろうとドアに手をかけた瞬間、亮から声をかけられた。
「あ、次の休み遊ぶの忘れんなよ」
「うん……忘れてないよ」
「じゃ、またな」
亮と別れた一は、帰り道をリズムよく歩いて帰った。あくまで他の人にバレないようにこっそりと。
一は次に亮と遊ぶことが楽しみになっていた。頭のなかではどこに行くかの目星を、家に帰ってつけようと思った。
あんなにジメジメしていた空気も、今は晴れてさっぱりとしていた。