月夜に謡うトラツグミ   作:宵煌夜

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超かぐや姫!に脳を焼かれて、初めて小説を書き始めてしまいました。
一緒に楽しんでいただければ幸いです。


鵺の鳴く夜は恐ろしい

「第一話 鵺の鳴く夜は恐ろしい」

 

 

 

 

 生活費と学費を自分で賄うことを条件に上京した華の女子高生、酒寄彩葉は、今週も勉強にバイトに推し活にと全力で挑み、ようやく明日から3連休。

 目の下のクマはメイクでも隠しきれなくなってきており、最近は口内炎も増えている。

 そんな超無理限界ギリの彼女は、現在絶賛混乱の極致にいた。

 

「おーい、すみません! お忘れ物ですよ!?」

 

 突如自宅の前に現れた七色に輝くゲーミング電柱は、謎の赤子を彩葉に託すと「じゃ、後はよろしく」とでも言うように、急激に元の無機質なコンクリートに戻ってしまった。

 無慈悲な電柱に向けて大声で呼び掛ける彩葉の努力も虚しく、電柱は電柱らしく鎮座するのみ。暑さとは違う理由で、彩葉の頬を汗が伝う。

 

「この状況じゃ私が攫ったみたいでは!?」

 

 無理無理無理と頭を振って不安を振り払おうと試みる。

 容疑者として連行なんてされてしまえば、3連休に勉強漬けどころか、安眠すらできなくなってしまう。

 

「人攫い?」

「うひぃっ、ち、違っ、断じて私はそんなことは! これには海より深い事情がありまして――」

 

 ふいにアパートの方向からかけられた声。

 反射的に自身への嫌疑を否定しかけたところで、声の主の姿が目に入る。そこには、自分と同じ都立武蔵川高校の制服を着た女子生徒が立っていた。

 身長は彩葉より頭一つ分ほど低く、人形のように整った、どこか無機質な印象を与える顔。亜麻色の髪を後ろでゆるく束ねた少女であった。

 

「あなた、酒寄彩葉」

「え、なんで私の名前……」

「才色兼備、文武両道、完璧超人。学校の有名人」

 

 どうやら、彩葉の日々の努力の賜物か、一方的にこちらの存在を知られているようだ。

 実際、成績優秀で品行方正を絵にかいたような彩葉は、学年を問わず声をかけられる程度には有名だ。

 しかし、彩葉としてはそういう彼女の正体に心当たりがない。流石に同級生の顔を忘れることはないので後輩だろうか。

 なぜこの時間にボロアパートにいるのか、なぜこのタイミングで声をかけてきたのか。

 

「ふえええーーーん!」

 

 一瞬、現実を忘れてそんなことを考えていた彩葉であったが、抱えた赤ん坊の泣き声で我に返る。こんな場所で大泣きされては、近所迷惑で通報されかねない。

 

「ご、ごめんなさい! 今どうしても忙しくて、失礼します!」

 

 謎の少女に一言断わり、彩葉は慌てて自室のある2階に駆け上がった。

 

 

 

 

 

 結局、その後も彩葉にとっては試練の連続であった。

 赤ん坊の鳴りやまない泣き声に、隣人からの初めての壁ドンを受け。

 そんな隣人のクレームにショックを受けつつも、なんとか推しの歌を子守歌にして寝かしつけ。

 限界に達した体は疲れのままに寝落ち、そのまま久々に6時間の睡眠をとることに成功した。

 ……起きた後、疲労は全く取れていなかったが。

 

「あ、濡れてる! マジか……」

 

 赤ん坊のおねしょをなんとか処理し、子育ての味方西竹屋で想像以上に高いベビー用品を涙とともに購入。

 痛すぎる出費と、どうして私がこんなことをという虚無感に襲われながら、買い出しの帰り道をとぼとぼと歩く。

 

「あれ」

 

 アパートへ帰還したタイミングで、アパートの1階の一室の前に、昨日の少女が佇んでいることに気づいた。

 休日にもかかわらず制服に身を包んでいるが、部活動か何かで学校に用事があったのだろうか。

 そこまで考えて、そういえば赤ん坊を拾った際はろくに相手できなかったなと思い至る。

 

「昨日はバタバタしていてごめんなさい。えっと……」

「おはよう、酒寄彩葉。私、神出鵺(かみで ぬえ)。武蔵川高校の1年生」

 

 謎の少女あらため鵺は、抑揚の乏しい声で自己紹介をしてきた。

 じりじりと熱気を帯びるアスファルト、騒がしい蝉の声が響く夏の日に、こちらを見つめる瞳だけが、周囲の温度を吸い込んでしまっているかのように暗く冷たい色をしていた。

 

「あ、どうも。知っているようだけど、酒寄彩葉です、よろしく」

 

 これはあまり関わらない方がいいタイプかと思い、適当に話を切り上げようと考える。

 しかし、小柄な少女とはいえ、自分のアパートの前に突っ立っていられるのも不気味である。

 

「貴女、昨日からそこで何してるの?」

「鍵、カバンごと学校に忘れたから。どうしようか考えてる」

 

 返ってきた予想外の返答に、赤ん坊以外のことに構っていられない限界彩葉も流石に驚愕した。

 よく見ると、平気そうに見えて顔は少し青く、わずかに震えているし、ぐーという腹の虫の鳴き声が聞こえてくる。

 

「嘘でしょ、それじゃ昨日からずっとそこに立ってたわけ!? というか、なんでそんな冷静なの!?」

「うん、学校も閉まってる時間だったし……冷静さは私の長所」

 

 何故か無表情なドヤ顔でピースサインまで披露してくるが、現在気温は30度をゆうに超えている。

 目の前の少女は不思議と汗一つかいていないが、夜でも蒸し暑い今の時期、飲まず食わずで立ち尽くすのは、どう考えても健康に悪い。

 ついでに、このまま倒れられたら寝覚めも悪い。

 

「しかも今日から三連休じゃない! うち2階だから、付いてきて!」

 

 ただでさえ謎の赤ん坊の世話をしなければならないのに、ドジな後輩という面倒ごとを抱え込むことになってしまった。

 その事実に心中嘆きつつ、しかし哀れな少女を放っておくことなど、お人好しの彩葉にはできない。

 筋力不足の腕に鞭打って買い込んだベビー用品を片手で持ち、空いた手で幽霊のように白く細い鵺の腕を掴むと、2階にある自分の部屋へと向かった。

 

 ボロアパートにふさわしい軋むドアを開け、自室に入る。推しであるAIライバー月見ヤチヨのアクリルスタンドを物珍しそうに眺める鵺をちゃぶ台の前に座らせ、冷蔵庫にある食べ物と水を差しだした。

 

「ひと心地ついた。ありがとう、酒寄彩葉」

「どういたしまして。というか、なんでフルネーム? 一応私先輩なんですけど……」

 

 バイト先のBAMBOOcafeで貰ってきた賄いという、貧乏彩葉にとっての貴重な食糧を食平らげ、水道水をごくごくと飲み干した鵺。

 しかしこの後輩、先輩を敬うという概念が欠落しているらしい。

 

「それで、この連休どうやって過ごすのつもりなの?」

「大丈夫。人間、案外死なないもの。昨日は動けなくなっちゃったけど、公園の草や虫を定期的に摂取すれば、3日くらいは――」

「いや、そこまでやらんでええわ!」

 

 赤ん坊のおむつを替えながらも、器用にツッコミを入れる。この後輩の相手をしているとどうにも頭痛がしてくる気がしていた。

 昨夜から部屋の前に突っ立っていたことといい、こいつなら本当にやりかねない。

 そして、お腹を壊すか倒れるかすれば、見捨てた彩葉の沽券にも関わる。

 

「しょうがないか。連休の間だけこの部屋に泊まっていいから。着替えは私のを使ってもらうとして、歯ブラシとか買いに行かないと……。あ、もちろん連休明けに生活費はキッチリ払ってもらいますから!」

「え。でも、サバイバル生活も捨てがたい……」

「なんで名残惜しそうなのよ」

 

 新品のおむつに替えてもらった喜びか、二人の掛け合いを面白がってか、きゃっきゃと赤ん坊が笑う。

 天使のような笑顔に、疲れ切った彩葉の心身も、少しだけ報われたような気がする。

 

「ところで、あなたが攫ったその子、早く親に返した方がいいと思う」

「いや、だからこの子は違くて!」

 

 せっかく少し和んだところに、そんなことお構いなしな後輩の指摘が突き刺さる。

 状況的にどう見ても怪しいのは自分であるため、怒るに怒れないのが余計に腹立たしい。

 彩葉はゲーミング電柱から現れた赤ん坊のことについて、いやゲーミング電柱ってなんだよと改めて疑問に思いながら、この赤ん坊を拾った経緯を説明した。

 

「そうだったんだ。それなら、泊めてもらうお礼に、その子のお世話、手伝う」

「それは助かるけど……私が言えたことじゃないけど、赤ん坊の世話なんてできるの?」

「大丈夫。私、生物部だから。電柱から出てきたとはいえ、生き物である以上なんとかなる」

「どうしよう、色々心配になってきた……」

 

 初めは不気味にすら映った後輩の暗い瞳に、少しだけ温度が宿ったように感じられた。

 

 

 

 そこからは、短くも怒涛の共同生活が始まった。

 

「天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊……」

「何してるの?」

「英才教育。初めて喋る言葉をお釈迦様と同じにすれば、現代の仏陀が生まれるかもしれない」

「やめなさい」

 

 抱きかかえた赤ん坊を覗き込みながら、変なことを吹き込もうとする鵺を窘めたり――

 

 

 

「そっちは危ない……。あ、そろそろおむつ替える」

 

 彩葉が目を離した隙に、畳んだ布団の上から落ちそうになった赤ん坊を受け止め、そのままおむつ交換までこなすなど、意外にも面倒見の良い後輩に感心したり――

 

 

 

「うきゃきゃ」

「やっぱり大きくなってる……?」

「最近の子は成長が早いらしい。それに、例えばハツカネズミなんて、1か月程度で子どもを生めるくらい大きくなる」

「いや、人間の赤ちゃんの話なんですけど」

 

 どう見ても生まれたてだった赤ん坊が、3日も経たずに明らかに大きくなっていることを訝しんだり――

 

 

 

 そうこうしているうちに、あっという間に3連休最後の夜を迎えていた。

 東大合格を目指す身として、この3連休を勉強漬けにする予定だったが、謎の赤ん坊(と変な後輩)の面倒を見ていたら、どんなゲームで遊ぶよりも早く時間が溶けていった。

 

(その変な後輩のおかげで少しは勉強時間も確保できたし、悪いことばっかりじゃないんだけどね)

 

 変ではあるが、面倒見もよく、意外と気が利く少女を見る。

 この3日間で、人形のような冷たい表情の中にも、よく見れば楽しそう、疲れている、などの微妙な変化を識別できるようになってきた。

 それに手は焼かされるが、それ以上に笑った顔をもっと見たいと思わせてくる赤ん坊にも、すっかり絆されつつあった。

 

(大変ではあるけど、こんな生活も悪くは……っていかんいかん、なに考えてんだ私!)

 

 連休が明ければ、後輩は1階の自分の部屋に帰る。そうしたら、赤ん坊も警察に届けよう。

 彩葉はそう心に強く誓い、床に就いた。

 

 深夜0時。育ての親たちが眠りについた暗闇で、赤ん坊がモニターのスイッチを入れる。

 映画、ヤチヨのライブ、街頭インタビュー等を楽しそうに眺める赤ん坊。

 しかし、モニターの光と音を鬱陶しがった彩葉がスイッチを切り、赤ん坊を抱いて再び眠り始める。

 そこへ月明かりが差し込むと、赤ん坊の体は急速に成長し始め、彩葉の腕から零れ落ちる。やがて――

 

「ねー、ねー。お腹空いた」

 

 この3日で、まるで本当に喋っているように、意思を理解できるようになった赤ん坊の声に、夢うつつの彩葉が起きだす。

 

「……承知ですぅ」

「ミルク―」

「少々お待ちくださいませぇ」

 

 そこで、赤ん坊の意思を理解した脳が翻訳しているのではなく、はっきりと子どもの言葉が耳に届いていることに気づく。

 

「うわぁっ!」

「うおぉっ! ビビったぁ……」

 

 大声とともに振り返ると、赤ん坊ではなく、十歳ほどの少女が驚きの表情でこちらを見ていた。

 垂れ目がちな大きな瞳と目が合う。目鼻立ちは整っており、思わず抱きしめたくなるような愛らしい少女であった。ただし、突然自室に現れたという事実を除けば。

 わかっている。この子が3日間、鵺と協力して育てていたあの赤ん坊であることなど。

 そして、それはつまり、この子が電柱から生まれ、ありえないスピードで成長した人外の存在であるということだ。

 

「お引き取りください」

 

 素早くベビーグッズを段ボールに詰め込み、差し出しながら、謎の少女に告げる。これ以上、意味不明な存在に付き合いきれない。

 

「……どゆこと~~~~~?」

「いや、それ言いたいのはこっちだから。てか、何ですぐデカくなってんの? こわっ!」

「んー。まあ、今時は何もかものスピードが早いんですわ」

 

 街頭インタビューの受け売りの言葉で返す少女。その手を取った彩葉は、力づくで少女を連れ出すべく、腕を引っ張った。

 

「得体の知れないものは、お断りっ!」

「いーやーだー!」

 

 抵抗する少女が、連れていかれまいと踏ん張る。その力の均衡は、ふいに手を離した彩葉によって崩された。後方に踏ん張っていた少女は、力学法則に従って後方にごろごろと転がっていき、そこで寝ていた鵺の体にぶつかって止まる。

 

「まさか、3日目にして寝込みを襲われるとは。不覚」

「痛い~! 助けて~」

 

 衝突で目覚めた鵺は、普段通りの無表情でむくりと起き上がり、静かに呟く。一方、鵺とぶつかった衝撃を大げさに痛がっている少女は、誰にともなく助けを求めた。

 

「この子、誰? また攫ってきたの?」

「んな訳あるかい! そもそも攫ってないし」

「冗談。流石にわかる。今時は何もかものスピードが早い」

 

 状況を理解した鵺が返す。ハツカネズミよりも早く育つ赤ん坊。

 明らかに人間ではない存在を、興味深そうに観察する。

 観察対象の少女の腹が、ふいにぐうと鳴った。それに応えるかのように、彩葉の腹もぐーと鳴く。気まずい沈黙が訪れた。

 

「助けてぇ?」

 

 謎の少女の、媚びたようなあざといお願いを前に、一同は一旦夜食を取ることにした。

 

 

 

「594円……五食分……てか、二時だぞ、二時」

 

 彩葉は深夜にパジャマ姿でコンビニへ向かった。

 初めは鵺が行くと申し出たが、後輩をパシリにする先輩というイメージは何としても避けたかったし、何よりこうなる原因を作った非現実から少しでも逃避する時間が欲しかった。

 

「すごい! 何これ?」

 

 帰宅した彩葉が賄いのタコライスを解凍して食べると、その動きを鏡映しに真似てオムライスを食べた少女が、興奮した声で問う。

 

「えっと、オムライス……かな」

「オムライス! 大好き!」

 

 そこからは凄まじいスピードでオムライスを頬張り始める。

 その間に、この部屋の中で唯一夜食を辞退した鵺が口を開く。

 

「この子、彩葉の名前を知っていた。でも、自分の名前を含め、記憶が曖昧らしい」

 

 短い時間だったが、件の少女と話していたらしい。

 どうやら、彩葉の名は学校だけでなく、ゲーミング電柱産の謎生命体に認知されるほど有名になってしまったらしい。

 んな訳あるかい!というツッコミは心の中に留め、気になったことを質問する。

 

「あなた、どこから来たの?」

「んっ」

 

 オムライスを食べ終えた少女は、さも当然だと言わんばかりに、窓の外に見える月を指さした。月、月かぁ~、と彩葉の心は諦め半分、妙な納得感が半分である。

 

「で? 宇宙人は何しに来たの? 侵略?」

「鵺にも言ったけど、よく覚えてなくて~~。とにかく、毎日超つまんなくて~~。楽しいところに逃げた~~いって、思った気がする」

「逃げんな~」

「え~~、なんで~~?」

「逃げるのは簡単だけど、そのあと再スタートって大変だよ? 覚悟あんの?」

「覚悟~? やりたくなかったらやんない。やりたかったらやる!」

 

 自分とは正反対の無責任な生き様を堂々と宣う子どもに、呆れるしかない彩葉。そこへ待ったがかかる。

 

「逃げるが勝ちという諺もある。つまり、この子は勝者……かもしれない」

「何がつまりか。 話がややこしくなるから黙ってて」

 

 後輩の斜め上の擁護を退ける。お前はどっちの味方なんだ。

 

「月の生物は、どんな姿をしている?」

「ん~? なんかピカピカしてたり、ゆらゆらしてたり、そんな感じ。あ、でっかいのもいた気がする!」

 

 宇宙人みたいな後輩と、推定宇宙人が何か話している。

 静かにしていろと言った直後にこれだ。というか、それどころじゃないだろう。

 

「あのさ、ちなみにだけど、これに心当たりは?」

 

 タブレットに『竹取物語』の絵本を映して少女に見せる。日本最古の物語小説。

 月からやってきた姫が竹から現れ、翁が拾い育て、貴族や帝から結婚を迫られたりする。

 彩葉の説明に「え、けっこん?」と生返事しつつ、少女はよだれを垂らし、彩葉のタコライスを見つめる。

 この小娘、食い意地がすごい。

 タコライスの皿に手を伸ばし、涙まで流し始めたところで、諦めてタコライスを譲る。

 

「つまり、彩葉はこのお爺さんなわけ?」

「八十年後の姿でも見えちゃってるのかなぁ~~、違うよ?」

「ははは~」

 

 人の食べ物を奪っておいて、爺さん扱いとは失礼すぎる。こんな無礼者がかぐや姫な訳ないと彩葉は確信した。

 

「で、お話はどうなるの?」

「えー……お迎えが来て、翁たちが引き渡すまいと戦うも空しく、姫は羽衣を着せられて、地球のことは忘れる。で、帰る」

「おー……。え、あれー続きは?」

「終わり。めでたし」

「え、月に帰って終わり? なにそれ、超バッドエンド! かぐや姫絶対不幸じゃん! しかも何かいい話風になってるのが余計許せないよ!」

 

 子どもらしく激しく駄々をこねるかぐや姫モドキ。食べたばかりだというのに、元気に暴れまわり、床に大の字に寝転がってしまう。

 

「これは、こういうお話なの」

「バッドエンドや~~だ~~、ハッピーなのがいい~~。ら~らら~らら~~♪」

 

 彩葉は構わず歯を磨き始め、流し台に向かう。

 

「どうしようもないじゃん、暴れたって、歌ったって、決まってることが変わるわけじゃないし」

 

 振り向き様に一度言葉を切ってうつむき、再び顔を上げる。そして、少女にきっぱりと言う。

 

「受け入れて覚悟するしか、ない」

 

 少女はそんな彩葉の表情をじっと見つめて動かなくなる。その隙を、鵺が呟くように、諭すように話し始める。

 

「……かぐや姫が不幸だったかは、知らないけれど……。流れにただ身を任せ、受け入れるあり方を、私は好まない。どう在るか、どう終わるかは、本人が決めるべき」

 

 変わってはいても基本的に従順だった後輩が、珍しく異議を唱えた。

 いつもの吸い込まれそうな暗い瞳。そこには、静かな口調にも関わらず、どこか侵しがたい決意が感じられた。

 妙に心の逆立ちを感じた彩葉は、僅かに目を細める。数秒の間。流れた水に、排水溝がころころと鳴る。

 

「よし、決めた!」

 

 その静寂を破るように、少女が立ち上がる。そして決めポーズをとるように、ビシッとピースしながら宣言。

 

「自分でハッピーエンドにする! そんでハッピーエンドまで二人も連れてく! 一緒に!」

 

 一瞬呆気にとられた彩葉は、すぐにむっとした表情でばっさりと切り捨てる。

 

「ハッピーエンドいらない。フツーのエンドで結構です」

「うそうそうそ、なわけないでしょう?」

 

 素早く彩葉に抱き着き、媚びるように見上げる少女。

 

「うわ、離れて! 不気味! エイリアン!」

「ひど~い」

「てか寝かしてーーーー!!!」

 

 3連休最終日の夜は、こうして更けていった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 仮想空間ツクヨミ。巨大な鳥居や古風な建物が集合した、クリエイターたちの楽園。

 その中心部に位置するひと際大きな建物の天守閣で、ツクヨミの管理人兼人気AIライバーの月見ヤチヨは管理画面を見つめていた。

 普段の彼女であれば、その顔に包容力のある微笑みを浮かべているところを、今は少し憂いを帯びた真剣な表情である。

 彼女の見つめる画面には、ボロアパートの一室で彩葉と共に過ごす、とある少女の映像が映る。

 

「これが、かぐや姫の物語の始まり。本当に長かったなぁ」

 

 ヤチヨにとって、縄文時代から続く8000年の旅路。その過程はひどく孤独で、永く、そして残酷になるはずだった。

――隣に、ある少女がいなければ。

 

「やっぱり、ここにいたんだね。鵺」

 

 神出鵺。ヤチヨの辿ってきた歴史に、幾度も現れた不思議な友達。

 地球に不時着し、体を失ってから初めて遭遇したのは、縄文人と魚を取っていた時だっただろうか。

 その時は、彩葉とともに自分を育ててくれた鵺の先祖だったのかもしれないと思っていたが、それにしてはあまりにも似すぎていたし、よくわからない言動も、ふるまいも本人のものとしか思えなかった。

 正体を聞いても、いつもはぐらかされたし、ヤチヨとしてふるまうようになった現代では、すっかり現れなくなったが。

 

「あなたは、何者だったの?」

 

その問いに答える者はなく、部屋は静寂に満たされていた。

 




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