月夜に謡うトラツグミ【本編完結】   作:宵煌夜

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第三話 友だち

 

「あ、ミズクラゲの帽子、かわいい……尻尾は、やっぱり蛇がいいかな。あと、トラ柄の衣装も」

 

 意外にも、チュートリアルのキャラクターメイクに没頭している鵺。

 ヤチヨは呼吸など不要な身であることを忘れ、胸を撫で下ろしてほっと息を吐いた

 

「できた。それで、かぐや」

 

 のもつかの間、キャラメイクを終えた直後、話を戻そうとする鵺。

 話題の急旋回に、再び冷や汗を流すヤチヨとFUSHI。

 だが、幾分先ほどよりも落ち着きを取り戻した今、覚悟を決めて向き合う。

 

「その前に! こんな場所で話すのもなんだし、VIPルームにご案内~!」

 

 ヤチヨが手を振りかざすと、二人の周囲の景色が高速で流れ始める。

 次の瞬間には、辺りは夜空の下ではなく、木造の高い塔の一室に変わっていた。行燈の仄かな明かりが二人を照らし、弱く揺れる暖簾が、感覚のないツクヨミの世界でも柔らかな風を感じさせる。

 何も感じないはずなのに、板敷の踏み心地を確認した鵺が呟く。

 

「すごい」

 

「でっしょー。この世界作るの、すっごく頑張ったんだよ?」

 

 友だちの素直な賞賛に気分をよくするヤチヨ。

 その姿は少しだけ、自由奔放だった頃のかぐやに戻ったようだった。

 

「君にはもうバレているようだから、全部話しちゃうね。あのかぐやは、昔の私」

 

「……」

 

 そしてヤチヨは、昔話を語りだす。

 

 彩葉とともにたくさんの思い出を作ったかぐや姫は、月からのお迎えで強制送還されました。

 しかし、月で社畜していたかぐや姫の元に、彩葉の歌声が届いたのです。

 そして、もう一回地球に行こうと決めたかぐや姫は、お仕事を爆速で終えて引継ぎも完了。

 地球基準では大遅刻だったものの、タイムスリップと長距離移動ができる宇宙船を作り、見事彩葉と別れた時期の地球への帰還を果たす……目前で、隕石との衝突事故に遭い、8000年前の地球に落ちてしまったのでした。

 宇宙船『もと光る竹』は壊れてしまい、残ったわずかな力で、犬DOGEだけがウミウシの体を得ました。その体を通じてのみ、かぐや姫は人々と繋がることができたのです。

 

「ってな感じでー。二人をハッピーエンドに連れてくって言ったのに、ドジっちゃったかぐや姫のお話でしたー。あとは、あなたの知ってる通り!」

 

 死にかけた縄文人の少年をどうにか救ったり、かぐやに恋した歌人に鵺がちょっかいをかけたり、花魁と三人で協力して太夫を目指したり、空襲で焼け野原となった土地で花を売る少女と友達になったり。

 

 助けられない人も大勢いたが、鵺や、体を貸してくれたFUSHIのおかげで、かぐやが好きになった人たちを助けることができた。

 

「だから、感謝してるんだよ?」

 

 そう言って、ヤチヨは話を切り上げた。

 

「そう。でも、それなら、あの子はいずれ……」

 

 鵺はいつも通り表情を変えず、静かに呟く。

 

「そういうこと。私たちは、この輪廻から逃れることはできない……」

 

 ヤチヨは微笑みを崩さないまま、少しだけ俯いた。

しかし、すぐにパッと顔を上げると、ニコニコ顔で鵺に切り出す。

 

「さて、ここまで話したんだから、そろそろあなたの正体も教えてほしいなーって、ヤッチョは思うよ?」

 

「私は神出鵺。今は都立武蔵川高校の一年生で、酒寄彩葉の後輩」

 

「あちゃ~、やっぱダメかー。残念!」

 

 ここまでの話を聞いてなお、自身の正体を語らない鵺。

 ヤチヨは予想できていた答えを大げさに残念がったが、続く言葉に数舜だけ、言葉を失う。

 

「そして、今も昔も、かぐやの友だち」

 

 今までも、鵺が友情を示してくれたことがなかったわけではない。

 だが、きっと今の言葉に含まれた意味は、これまでと別の意味が含まれているのだろう。

 

「…………そういうの、本当ずるいなー。 でも、ありがとう。そう言ってくれて、私も嬉しい」

 

 ヤチヨは微笑みながら、「しかーし」と続ける。

 

「このことは、彩葉やかぐやには伝えないでほしいのです。今を生きているあの子には、彩葉との大切な時間を過ごさせてあげてほしいんだ」

 

 鵺は理解しているのか心配になるほどあっさりと、無感情に頷く。

 

「かぐやがそう望むのなら、私は従う。でも、ひとつ聞きたい。あの子をかぐやと呼んだあなた自身は、何者でありたい?」

 

 一瞬だけヤチヨが目を見開き、すぐに元の慈愛に満ちた表情に戻る。

 

「……ヤッチョはヤッチョだよ。8000歳のかぐや姫は、もうお婆ちゃんだからね」

 

 明るくそう言い放つヤチヨは、涙もこぼさずに笑っていた。

 

「最近……かぐやにとっては昔も、言ったこと。どう在るか、どう終わるかは、本人が決めるべき。本心から、そう在りたいと思う存在でいるべきだと、私は思う。そして……」

 

 鵺は少し間をおいてから、

 

「きっと、その答えは、あなたが会いたがっていた酒寄彩葉が教えてくれる。そんな気がする」

 

 と締めくくった。

 そして、ヤチヨの肩に乗るFUSHIを手に乗せて撫で始める。感覚があるはずもないが、FUSHIは気持ちよさそうに安らいでいる。それ以上、2人は言葉を発さず、しばし静寂が流れる。

 遥か下方の街から喧噪が聞こえてきそうなほどだったが、決して不快な間ではなく、どこまでも優しい時間だった。

 

 ひとしきりFUSHIを撫で終えた鵺が、唐突にとんでもないことを言い出す。

 

「あと、私は別に、かぐやの正体に気づいてなかった」

 

「……え゛っ?」

 

「二人とも月からやって来たことから、二人のかぐやは血縁か何かかと、思っていただけなんだけど……思ったより大きい秘密が暴露されて、びっくりした」

 

「うそ……ヤッチョ、先走っちゃった……?」

 

「そういうドジなところ、きっと、昔から変わってない」

 

 鵺は無表情のまま、どこか困ったようにヤチヨを見つめていた。

 ヤチヨはヨヨヨと頭を抱え、涙のエフェクトを垂れ流すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく! お迎えの日まで、ここで話したことは他言無用で頼むよ! 何かあればヤッチョが聞くから、すぐ連絡してよね!」

 

 項垂れたヤチヨだったが、やがてこほんと咳を一つして、早口にそう言った。

 鵺が静かに頷くのを確認すると、腕を一振りし、場所をログイン画面の鳥居の前に移す。

 

「それじゃあ今さらだけど、ツクヨミの世界にいってらっしゃーい!」

 

 と、改めて鵺を鳥居の内側、ツクヨミの世界に送り出す。

 

「あ、今日はかg……ヤチヨと話しに来ただけだから、もう帰る」

 

 

 しかし、鵺は鳥居をくぐってすぐにそう言い、せっかくのツクヨミの幻想的な世界を堪能することなくログアウトしてしまう。

 ヤチヨはこの日、二度目の涙を流すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方でかぐやの配信活動はというと、これ以上ないほどに絶好調だった。活動内容は不規則で、思いついたものに片っ端から挑戦していく。ダンス、歌、メイク、グルメ実況、ゲーム実況なんでもござれ。

 その中には、鵺との生物紹介のコーナーも含まれていた。

 

「かぐやっほー! 今日は、ぬー博士の生き物解説やってくよー」

 

「こんにちは。私、か……NU。今日は私のコレクションの中から、見せていく」

 

 画面にはかぐやと、デフォルメされた可愛らしいサルの面を被った鵺が映っている。

 二人とも白衣を着用しており、雰囲気を演出しているようだ。

 

「まずは、ツクヨミに生息しているものを紹介する。これがメンダコ。ヤチヨが持ってる生き物。海底に棲む深海性のタコで、ゆっくり動く。エサは海底にいる小型のエビなど」

 

「へー、可愛いじゃーん! でも、タコなのにあんまり美味しくなさそ~」

 

「次にFUSHIの仲間。ゴマフビロードウミウシ……標本は作れなかったから、写真だけだけど。体長数mmで、FUSHIよりずっと小さい。温かい浅瀬に住んでいて、カイメンを食べる。ちなみに、毒持ち」

 

「げっ、毒持ってんの!? FUSHIにも毒あるのかなー? 今度確かめてみよっと」

 

「次、これがレプトケファルス。ウナギやアナゴなどの仲間の幼生。マリンスノーを食べる――」

 

 

 いくつかの生物の標本や模型を見ながら、鵺が解説し、かぐやが反応する。

 淡々とした鵺と、騒がしいかぐやのコンビは、一見正反対でいてバランスが取れており、それなりに見ごたえのある内容になっていた。

 ある程度尺が取れたところで、撮影を終了する。

 

「おつかれ~! それにしても、凄いねこの部屋~」

 

「お疲れ。時間をかけて、自分で作った。学校の生物室にも、いっぱい置いてある」

 

「へー。でも、かぐやは生きてる姿も見たいな~」

 

「今度一緒に、水族館、行く?」

 

「えー! 行く行く! 彩葉も、一緒いこ?」

 

 突然話題を振られた彩葉が、顔を顰める。

 これは、何度も敗北してきたおねだりの流れだ。

 今度こそ流されまいと、彩葉は腹に力を籠めてきっぱりと断る。

 

「私は勉強とバイトがあるんだから、行かないよ? そもそも、そんなお金ありません」

 

「え~。きっとすっごくいい動画も撮れるよ? ハッピーエンドにするって約束、叶えて? お願~い」

 

「先輩、お願~い」

 

 そして案の定、かぐや渾身のお願いが炸裂する。

 かぐやの一撃に一瞬、ほんの一瞬だけ耐えた彩葉だったが、誤算だったのは、鵺まで一緒におねだりしてきたことだ。

 かぐやの絶世の可愛さにほとんどKOされていたところに、普段からクールな後輩の予想外の攻撃。

 身構えていた彩葉の努力は呆気なく崩れ去った。

 

「ま、まあ、今度時間空いたら、いいけど……」

 

「イエーイ!」

 

「よし」

 

 そんな彩葉の様子に、かぐやと鵺はハイタッチを交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、かぐやの勢いは止まらなかった。芦花と真実、すなわち美容系インフルエンサーの『ROKA(ファン数17万人)』とグルメ系インフルエンサー『まみまみ(ファン数12万人)』とのコラボを果たし。

 

「うわー、ごめん、死んじゃった」

 

「あー私も」

 

「えー、芦花も?」

 

「ヤバいヤバい! これ卑怯じゃん、こっちはかぐや一人なのに。うおー、地獄だ。息できない。これ、ボタン何? どれが攻撃? 教えてよ。何か出たし。うわー、勝ったわ」

 

「かぐやちゃん、筋いいねー」

 

 今では大流行中のゲーム、KASSENでのゲームコラボ配信までやる仲になっていた。

ちなみに、鵺はというと、

 

「ぬーちゃん!? そっち崖だよ!」

 

「あ、落下死した」

 

「ぬえー! かぐや味方だから!攻撃しないで」

 

「ごめん、間違えた」

 

 致命的にゲームセンスがなかったようで、ゲーム配信には参加できそうもなかった。

 

 

 

 そうしているうちに、かぐや・いろPのヤチヨカップ暫定順位はぐんぐんと上昇し、それに伴って莫大なゲーム内通貨ふじゅ~が集まった。

 ふじゅ~は現実の通貨としても利用できるため、

 

「うひひひひ、ふじゅ~がこんなに。うひひひひ」

 

 かぐやは見るからに調子に乗っていた。

 

「言っとくけど、こんなのは所詮あぶく銭。水物なんだからね」

 

「でも、合法でございましょ~~?」

 

 かけていたサングラスを持ち上げて、成金のように言い放つかぐや。

事実何も後ろ暗いことのない稼ぎであるため、何も反論できないのが余計に腹立たしい。

 

「せめて片付けてよ」

 

 精一杯の抵抗として、そう注意する彩葉だったが、かぐやの配信道具はボロアパートの一室には最早収まりきらないほどの量になってきていた。

 今日はかぐやの初の単独ライブ。

 あまり使わないものは鵺の部屋に置かせてもらっており、今ある分については無理やり隅に追いやることでなんとかスペースを確保したが、これ以上は増やせないだろう。

 限界が近いのは火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 かぐやのライブは、大盛況のうちに終わった。

 かぐや・いろPのランキングはさらに跳ね上がり、SNSでも大いに話題になっている。

 

「彩葉、こっちこっち」

 

 買い物に付き合ってほしいと連れ出された彩葉がたどり着いたのは、不動産屋だった。

 

「ねえねえ、こことかどう?」

 

 そういってかぐやが指さしたのは、看板に堂々と張り出された超高級物件。

 

〈極上空間を味わうデザイナーズタワーマンション 3LDK 家賃35万円〉

 

 彩葉は呆れてとぼとぼと歩き出した。

 

「こんなとこに住んでたら、人間おかしくなるって」

 

「えー……何か見つけたの、彩葉?」

 

 数歩進んだところで蹲る彩葉。

 駆け寄ったかぐやが、彩葉の背に手を添える。

 

「……大丈夫」

 

「え、体あつあつだよ!? 彩葉!?」

 

 そこで、彩葉の意識は途絶えた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日のことは、今でも覚えている。

 私が生まれた日。

 そしてあの子から、身体を奪った日。

 

 

 

「身体がない……擬態機能ってオートじゃなかったの!? 『もと光る竹』、応答して!」

 

 生まれて初めて聞いた声は、絶望に染まりゆく少女の、声なき信号だった。

 それは音にすらならず、魂だけの存在である彼女と、身体だけの存在である私にだけ聞こえていた。

 

 『もと光る竹』は、着陸した星の環境に最適な身体を構築し、乗員の依り代とする。

その機能が壊れ、少女はウミウシ1匹分の擬態しか生み出せなくなったと思い込んでいる。

 確かに不具合は起きていた。

 乗員の擬態を生成できず、少女は視覚と聴覚でしか世界を感知できない。

 そして、本体であるもと光る竹から一定の距離を離れることもできない。

 

 しかし、依り代の生成自体は、少女の想定外の座標で起きていたのだ。

 その身体に宿った私が、元々何者だったのかはわからない。

 ただ、確かに彼女の悲痛な声が届いていながら、私はどうすることもできなかった。

 

 

 

 その時は生まれた衝撃と、彼女の悲痛な叫びにパニックになってしまったが、今思えば、すぐに身体を引き渡せば、彼女を孤独にすることもなかったのかもしれない。

 実際にこの身体を、彼女の依り代にできたのかは分からない。

 私という中身がある状態では、引き渡すことなどできなかったのかもしれない。

 しかし、私は恐怖心から逃げ、そして罪悪感から彼女の手助けをしてしまい、その繰り返し。

 

 いつしか彼女は私を信じ、私も彼女を友達だと思い込むようになっていった。

 




トラツグミ
森の中で夜中に細い声で鳴くため、気味悪がられることがあった。(中略)トラツグミの声で鳴くとされた架空の動物はその名を奪って鵺と呼ばれ、今ではそちらの方が有名となっている。
※Wikipediaより引用





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