月夜に謡うトラツグミ【本編完結】   作:宵煌夜

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第五話 前夜

 

「結局引っ越してくるなら、鵺も一緒に住めばよかったのに~」

 

 昼ごはんの皿を片付けながら、かぐやが文句を言う。かぐやはヤチヨカップ終了後、鵺も一緒の部屋に来ないかと誘っていたのだが、断られていた。その理由は、

 

「貸倉庫に置いていたコレクションとかも、一か所にまとめたくなって。一緒に住むと、きっとスペースが足りなくなる」

 

 ということらしい。

 

(この部屋ほどではないにしても、ここの家賃は相当高いはず。どこにそんな資金が……? もしかして、鵺って良いとこのお嬢様……なわけないか)

 

 一瞬鵺の身元に疑問を抱くも、そもそもボロアパートに住んでいたり、虫を食べようとしたりする野生児が良家のご令嬢な訳ないとすぐに考えを改める彩葉。

 

「そうだ、鵺もヤチヨとのコラボライブ一緒に出ようよ!」

 

 唐突に、目を輝かせながら提案するかぐや。

 かぐや・いろPの協力者として一緒に活動してきた鵺が参加するのは、確かに筋が通っている。しかし、

 

「それも遠慮しておく。やらなきゃいけないことがあって」

 

「えー、せっかくのライブなのに! 一緒がいーいー!」

 

 駄々をこねるかぐや。鵺もどこか申し訳なさそうに俯く。

 

「私は、ツクヨミ内で激しい動きをしようとするとうまくいかない。それを、克服しなければ」

 

 これまで、かぐや、真実とのKASSENコラボでは足を引っ張り、ブラックオニキスの奇襲にも失敗している。そんな鵺がコラボライブで踊ろうものなら、彩葉たちを巻き込んで、せっかくの晴れの舞台をぶち壊してしまう危険がある。

 

「これからしばらく、修行する予定」

 

「修行? それって……?」

 

 

 

 

 

 

 透明な海洋生物を模したオブジェクトが飛来するツクヨミの一画。幾重にも重なる高層の塔を結ぶ木造通路は、それに付随する和室のぼんやりとした明かりに照らされ、幻想的な雰囲気を放っている。鵺はその一室で、とある人物たちと面会していた。

 

「帝アキラ、雷、乃依、来てくれてありがとう。それと、この前はお世話になった」

 

 そこには、額から角を生やした男たち、かぐや・いろPと激戦を繰り広げたブラックオニキスのメンバーが、腕組みをしたり、肘をついたりと、各々自由な姿勢で座り、鵺と向き合っていた。

 

「こっちこそ、イベントを最高に盛り上げられたし、楽しかったよ。NUちゃんこそありがと」

 

 リーダーの帝が代表して答える。鵺がツクヨミ内暗殺未遂という茶番をやらかした際、彼らは連絡先を交換していた。そして数日前、鵺の依頼でこうして集まっているのであった。

 

「俺帰っていい?」

 

「まだ話すら聞いていないだろう」

 

 面倒くさがりの乃依が頬杖をつきながら訴える。雷はそれを窘めながらも、どこか胡散臭そうに鵺に視線を向けていた。

 

「単刀直入に言う。私に修行を付けてほしい」

 

 そして鵺は、自分をKASSENで十分に戦えるレベルまで鍛えてほしいと説明した。現状、KASSENどころか、単純なキャラ操作すらおぼつかない状態の自分だが、ブラックオニキスほどの実力者に師となってもらえれば、彩葉たちに迷惑をかけないで済むだろうということだった。

 

「ほう?」

 

 帝が目を細める。ブラックオニキスは自分たちの立場をよく理解している。充実したファンサービスも心がけているし、ツクヨミを盛り上げるためには破天荒なこともやるが、複数のスポンサーを持つ超上澄みのプロゲーマーである。先日縁ができたとはいえ、一プレイヤーの面倒を見てやれるほど暇ではない。

 

「当然報酬も払うし、他の予定を優先してもらって構わない。あくまで空いた時間に見てもらえれば、それでいい」

 

 そういって契約条件をメールで送る。

 それを見た三人は、軽く目を見張った。聞いたところでは、鵺は彩葉の後輩である。だがそこに表示された契約書には、一学生が出せる額とは思えない報酬が記載されていた。

 

「君を疑うわけじゃないが、これは流石に……」

 

「問題ない」

 

 困惑し、反射的に断ろうとしていた帝に、間髪入れず鵺が答える。帝の目と、鵺のアバターの目が合う。帝はアバター越しに、鵺の底知れない深みを帯びた瞳と、その奥にある熱を幻視した。それを帝はこれまで戦った大会で何度か見たことがある。真剣勝負に、何らかの覚悟を持って臨む者の目だ。

 

「どうするんだ、アキラ?」

 

「……いいぜ。俺たちがビシバシ鍛えて、プロゲーマー並みにしてやろうじゃねーか」

 

「ただし」と続ける帝。

 

「報酬はいらない。その代わり——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラックオニキス公式チャンネルの配信枠。コメント欄は、黒鬼と新人ライバーのコラボ配信への期待で、開始前から既に盛り上がっていた。スポンサーのロゴが表示された待機画面が終了し、リーダーの帝アキラがアップで現れる。

 

『よう、子ウサギども。今日も俺たちが、底なしの夢を見せてやるぜ』

 

 帝が少し身を引くと、その後ろに雷、乃依、そしてNUこと鵺の姿が映っていた。

 

『今回は、この前最高に熱い戦いを繰り広げたかぐや・いろPのとこのNUとコラボだ』

 

『こんにちは、子ウサギども。私、NU。よろしく』

 

 

コメント欄

 

:誰よその女!

 

:NUちゃん博士をご存じない!?

 

:かぐや・いろPのチャンネルでたまに出てる子だ

 

:お前も子ウサギ呼びなのかww

 

:転倒、落下死、味方誤射の常習犯じゃねーか!

 

 

 

『なんと、NUはゲームが死ぬほど下手だってことで、今日はSETSUNAで俺たちが修行をつけてやることにした。覚悟しておけよ、NU』

 

『押忍』

 

 現実と同じく無表情な鵺のアバターだが、頭の上のクラゲをピカピカと光らせてやる気をアピールする。気合は十分なようだ。

 

『まずは今できる全力の動きを見せてもらおう。俺が相手するから、遠慮せず来い!』

 

 帝がそう宣言し、KASSENの1vs1モード、SETSUNAで鵺と相対する。

 鵺は無言で短剣を抜刀し、場外に吹っ飛んだ。

 

『おぼふ』

 

『……想像以上だな、こりゃ』

 

 流石の帝も頭を抱える。戦闘以前に、キャラの動かし方から指南する必要があるようだ。

 

 

コメント欄

 

:www

 

:今、何かしたか?

 

:恐ろしく早い自爆。俺でも見逃しちゃうね

 

:あー、スティックの押し込み強すぎる友だちと似た動きだわこれ……

 

 

 

 鵺の動きにコメント欄が加速する。プロゲーマーの動きを見慣れた視聴者たちにとって、あまりに新鮮な挙動だった。

 

『コメントでも気づいた奴がいるな。NU。お前はスティックを一気に押し込み過ぎてるだろ? 力加減を覚えるまでは、反応が遅れてもいいからゆっくり倒す意識をしてみろ』

 

 再び鵺が構える。今度はゆっくりと抜刀し、同じくゆっくりと歩き始める。そして、突然凄まじい速さで帝に短剣を突き出した。帝は間一髪のところでガードに成功し、事なきを得る。

 

『あぶねっ! でもいい感じだ。その調子で、意識せずとも動けるようになるまで続けるぞ』

 

 こうして、帝との特訓配信は数回にわたり繰り広げられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤチヨとのコラボライブ前夜。寝室で、ブラックオニキスwith NUの修行配信の最終回を見ていた彩葉のもとに、父の遺した音源に興味を示したかぐやがやってきた。

 

「これ、聞いたの?」

 

「うん、すっごく素敵な曲だった」

 

「そっか」

 

「何か途中までなんだー。続きは?」

 

「ない……、もう作れないんだ」

 

 笑顔を取り繕って、そう返す彩葉。『タイトル未定(彩葉と共作)』と題されたデータ。何も怖くなかった幼い頃、父とともに作った曲だ。

 

「聞いてみる?」

 

「……いいよ。もうどんなメロディかも忘れたし」

 

「彩葉?」

 

「いいのいいの。明日は本番だし、もう寝よ」

 

「そうだね。はー、ライブの曲クソむじーんだが。ヤチヨのやつ、AIだからってさー」

 

 あれほど興味を示していた曲への興味をあえて抑え、かぐやは翌日のライブへの話題に切り替えた。実際、テンポが早く、複雑な振り付けを覚えるのには骨が折れた。

 

「鵺も一緒に出られたらよかったのになー」

 

「うん。でも、KASSENでの動きを見ちゃうと、納得しかないけど」

 

「でも、それで帝のところで修行するなんてさ。せっかくならかぐや達とやればいいじゃん!」

 

 彩葉はもともとの勉強とバイトに加え、ライブに向けた歌やダンスの練習と忙しかったが、かぐやであれば鵺の修行に付き合うくらいの時間は作れただろう。

 それをわざわざブラックオニキスとコラボしてまで拒んだ鵺に、かぐやは文句を言っていた。

 

「色々あるんでしょ」

 

「……なんかさ、鵺ってかぐや達を助けてくれるけど、ちょっと距離を置いてる感じだよね」

 

 確かに、アパートにいた頃は部屋に侵入してきたり、マンションの引っ越しについてきたりするくせに、同居の申し出を断ったし、今回のライブにしても一緒には踊れなくとも、何らかの方法で出演することはできたはず。

 そもそも、ここにきてKASSENの練習をする必要がなぜあるのだろうか。

 

 かぐやの指摘から、鵺への疑問が急激に膨らんできた彩葉。しかし、明日の本番に向けて、そろそろ寝なければパフォーマンスに支障をきたす。

 

「それこそ今考えることじゃないし、いい加減寝るよ」

 

「うーん、そうだね。おやすみ、彩葉」

 

「おやすみ」

 

 そう言うが早いか、その場で寝始めるかぐや。すでに寝息を立て始めている。

 

「ったく、寝室分けた意味ないっつーの」

 

 呆れる彩葉だったが、かぐやのお気に入りのジャンプ―の良い香りに包まれ、その成分を思い出しているうちに、深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤチヨ、さいこー!」

 

「かぐや、愛してるぞー!」

 

「いろP、かっこよかったー!」

 

 ライブは大盛況のうちに終わった。歓声は鳴りやまず、その余韻に会場の全員が浸っていた。それは、演者である彩葉たちも同じであった。現実でも汗だくになりながら、興奮の熱を帯びたまま、かぐやが呟く。

 

「彩葉、好き」

 

 大声援が遠く感じられる。現実で隣にいる互いの声だけが、はっきりと耳に沁み込む。

 

「私?」

 

「あー、もー、彩葉と結婚しよっかなー。ダメ?」

 

 艶やかな、潤みを湛えた瞳で彩葉にねだるかぐや。普段のおねだりとは違う色気に、普段と同じく彩葉は呑まれてしまう。

 

「まあ、生活費折半してくれるなら、一緒に住むのはいいけどさ」

 

「え、本当?」

 

 かぐやが心底嬉しそうに確認した、その時だった。

 突如としてツクヨミの画面にノイズが走る。空に暗雲が渦巻き、全てのパネルの映像が満月へと切り替わる。異常は現実でも起きた。地下鉄内に提灯頭の白い人影が現れ、それをスマコン越しに目撃したサラリーマンは思わず声を上げた。各地ではネットの断絶が起こり、道行く人々のスマホには、満月の映像が映し出される。

 そしてツクヨミライブステージのモニターには、大量の同じ文字列。

 

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 会場内で騒めきが広がる中、いつの間にか現れた提灯頭の白い手が、かぐやの腕を掴んだ。

 かぐやが崩れ落ちるように膝をつく。その視線は虚ろで、明らかに何かをされた様子が見て取れた。

 

「かぐや!?」

 

 彩葉がかぐやの傍に駆け寄る。なおも近づいてくる提灯頭の腕を、彩葉がキーボードで切り飛ばした。ぼとりと落ちる腕。花びらのエフェクトが出るはずの断面からは、ツクヨミの仕様とは異なり、どす黒い液体が流れ落ちた。

 切り落とされた腕を意に介さず、なおも提灯頭が近寄って来る。それも、一体だけではなく、何体も。

 

「去ね」

 

 瞬間、澄んだ声とともに提灯頭数体の頭がはじけ飛んだ。見ると、客席から飛んできた鵺が短剣を構えていた。それだけじゃない。提灯頭が、何か透明なものにはじかれるようにして吹っ飛ぶ。

 

「おいたは、だめだよー」

 

 ヤチヨだ。平坦な声でそう言うと、人差し指を指揮棒のように振るう。そのたびに、提灯頭たちが弾き飛ばされていく。最後に残った提灯頭が、恭しくお辞儀をする。

 

「モウシワケアリマセン」

 

 そういうと、吹き飛ばされた者も含めて、全ての提灯頭が煙となって消えた。初めから何もなかったかのように一切の痕跡を残さず。会場が困惑に包まれる。

 

「今のは一体? 何が起こってしまうんだ? 続報を待て!」

 

 ヤチヨがとっさに、今の出来事が演出であることをアピールする。

 

「ヤチヨ、今のって……」

 

「うーん、バグじゃなさそうだし、やんちゃっ子の悪戯かにゃー。調べとくよ」

 

 かぐやは未だ、心ここに在らずといった様子で呆然と座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤチヨ。さっきのが、お迎え?」

 

 ステージ終了後。鵺はヤチヨにメッセージを送り、ツクヨミ内の一室で面会していた。

 

「そう。でも、あれだけじゃない。次の満月に、もっと強い連中がやって来る」

 

 ヤチヨは暗い顔で答えた。彩葉たちの前では知らないフリを通したが、あれはいずれかぐやを、そして過去の自分を連れ帰るために現れた月の使者だ。

 

「その口ぶりだと、やっぱりツクヨミで戦うことになる?」

 

「そう。ここは月ととても近い場所だから」

 

「それなら、仮にかぐやがツクヨミに一生潜らないようにしたら?」

 

「そうしたところで、月人たちは現実に干渉して、強引にかぐやを連れていくだろうね」

 

 状況はかなり悪かった。突然あれだけの数の使者を送り込める月の勢力に、こちらの戦力で挑んだところで敵うわけがない。

 

「あなたの時は、それで敗北した?」

 

「そう。ブラックオニキス、芦花、真実、彩葉。そして、鵺」

 

 自分の名前が出たことに、僅かに眉を上げる鵺。どうやら、ヤチヨの時の自分も同じことを考えていたようだった。

 

「ブラックオニキスとの修行で戦えるようになったあなたは、確かに強かったけど。それでも焼石に水だった」

 

 約2週間、一縷の望みをかけて、鵺はツクヨミのアバターで十分に戦えるよう必死に調整してきた。だが、それでもかぐやが連れ戻される運命は変えられないらしい。それが、かぐやとヤチヨの逃れられない輪廻だから。

 静寂が部屋を支配した。鵺が俯き、拳を握りしめる。鵺の頭の動きに合わせ、クラゲの足が重力に従いだらりと垂れる。普段は感情に反応してゲーミング色に輝くそれは、今は静かに白く発光するだけだった。

 

「それでも」

 

 クラゲが紅く光り、鵺が顔を上げる。その目は暗く、しかし揺るぎない青の彩を湛えていた。

 

「全力で抗う。私は、かぐやの友だちだから」

 

 ヤチヨは静かに微笑み、きっと自分の時の鵺もこうだったのだろうと思いを馳せた。

 

「私は果報者なのです」

 




誤字・脱字、感想等ありましたら、よろしくお願いします。

あと2話くらいで完結予定。
次話の投稿は少し遅れるかもです。申し訳ない!
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