ヤチヨとのコラボライブ終了後、提灯頭に触れられた後から様子のおかしくなったかぐやと、なかなかその原因について話せないでいた彩葉は、芦花、真実に紹介された花火大会にかぐやを連れていくことを決意した。
「あそぼー?」
完璧超人彩葉の
「やった! やたやたっ、やったー!!」
そこからは早かった。和服のレンタル屋に駆け込み、互いの浴衣を選ぶ。奇しくもひまわり柄でお揃いとなった二人は、髪型のセットを完了させると電車で会場に向かった。
電車で小さな子どものように窓の外の景色を眺めるかぐやを窘めたり、射的や屋台の前でいちいち止まり、なかなか進まないかぐやに付き合ったりしていると、見慣れた顔を見つける。
「鵺も来てたんだ!」
「こんばんは、二人とも」
鵺は金魚すくいの水槽の前にしゃがみ込んでいた。
黒地に白と紫の朝顔があしらわれた浴衣を纏っており、大人しくしていれば人形のように可愛らしい顔立ちも合わさり、浴衣の人々の中でもひときわ目立っている。そして、金魚の代わりに大量の破れたポイが横に置かれており、彼女の戦績を表していた。
「敗北の味を知った」
二人が何か言う前に鵺はそう呟き、敗れたポイを店主に返す。
「お嬢ちゃん、こんだけ遊んでくれたんだから、何匹かサービスするよ」
「大丈夫。自分で勝ち取れない勝利は不要」
鵺はそのまま二人の元に近づいてきた。
「邪魔じゃなければ、私も一緒に花火を見てもいい?」
「私はいいけど……」
「もっちろん!」
彩葉とかぐやが承諾すると、鵺は静かに頷いた。
三人は、花火が見える土手までやってくると、レジャーシートに腰を下ろした。戦利品のタコ焼きや串焼きがシートを彩る。先ほどまで彩葉たちを真っ赤に染めていた太陽が沈み、夕闇が迫る。
「やっぱ現実さいこー!」
「私はツクヨミも好きだけどね」
「……私も、両方好き」
彩葉とかぐやがふざけてはしゃぐ中、珍しく鵺は大人しく、二人を見守るように静かに座っていた。
どんっ、という開始の合図が鳴るとともに、花火大会が始まる。それと同時に、かぐやが語り始めた。月の世界で、かぐやが浮いていたこと。退屈で死にそうだったこと。地上の人々を見たときは自由さに憧れたが、こちらに来て、人々が大切なもののために気持ちを抑えてもいると気付いたこと。そして、彩葉の母親について。
それらを語るかぐやの目は大人びていて、普段の子どもっぽい姿や、赤ん坊の頃を知る彩葉の胸を締め付けた。一方かぐやは、彩葉の母への思いを聞き、涙を浮かべた。
互いが互いを大切に思いながら、別れの時が近いことを察していた。2人を花火の光が照らす。
「かぐや……帰っちゃうの?」
「いやー、月の仕事放り出してきちゃってさ。強制送還的な? あはは」
そこで一度言葉を切ったかぐやは、静かに、決定的な一言を告げる。
「かぐやは……かぐや姫だったみたい」
彩葉の瞳が揺れる。
「次の満月の夜にお迎えが来る」
「お迎えって、うちに?」
「うーん、多分ツクヨミにかな。仮想の世界って、月ととても近いから」
彩葉は俯き、かき氷を匙で乱暴に突きながら、駄々を捏ねるように、泣きそうな声で引き留める。
「また、逃げればいいじゃん。かぐやは、かぐや姫じゃないよ。もっとハチャメチャで、めちゃくちゃで。だから、おとぎ話とは違う」
かぐやはそんな彩葉を一度優しく見つめると、花火に視線を戻して明るく言い放った。
「そんな、ハチャメチャかぐや姫にもお迎えが来ましたが、最後の日までめちゃくちゃ楽しく過ごしましたとさ。って、そーゆーのがいいじゃん」
そして正義のヒーローのように、わざとらしくポーズを決めながら続ける。
「これが私のエンディング! 超楽しく運命に向かって走ってく!……そりゃあ、本当はさ。もっともっと、彩葉と歌いたかったよ。新しい曲だってたくさん。あ、そうだ。ライブしたいなー。お迎えが来る日、派手に!」
そう言うと、全身で今を味わうように、花火を見上げるかぐや。ひと際大きな大輪が空を彩る。光から遅れて破裂音が空気を揺らし、かぐやたちの全身を叩く。
「うおおお、腹に響く! 煙の匂い! いいなー!」
横から見つめた彩葉には、花火を映してきらきらと光るかぐやの瞳は、あまりにも綺麗にで、そして悲しく見えた。
「二人とも」
それまで黙っていた鵺が、静かに2人に呼び掛ける。振り向いた二人に、スマホのカメラを向ける。
「笑わなくていい。この瞬間を、記録しておこう」
その言葉に、かぐやは彩葉を抱き寄せて花が咲くような笑顔を向ける。彩葉は困惑した表情だったが、必死に涙をこらえてカメラを見た。パシャリ、とシャッターが押される。
それから、どれだけ経ったろうか。いつの間にか花火は終わり、周りの人たちはとうに帰路についていた。三人だけが、闇の中に取り残されていた。
「もう、うちに帰らなきゃ。帰れなくなっちゃう」
「かあ~~、かぐやちゃんが本当に月のプリンセスとは……わかるっ!」
花火大会の翌日。かぐやが眠ったことを確認した彩葉は、仲間に頼るべく行動を開始していた。彩葉の話を聞き終えた帝は腕を組み、しきりに頷く。彩葉の呼び出しに応じて、ツクヨミの一画には、ブラックオニキスのメンバー、芦花、真実、鵺、そしてヤチヨが集まっていた。
「築地生まれじゃなかったんだー」
「海行っても肌真っ白だったもんね」
芦花と真実もあっさりと信じてくれた。
「私が育てた」
鵺は虹色にクラゲを輝かせながら、得意げに胸を張る。半分事実ではあるが、彩葉だって赤ちゃんかぐやの面倒を見ていたし、無表情のドヤ顔を見ると無性に腹が立った。無言で鵺の頬を引っ張る。
「いひゃい」
そういえば、鵺も夏の終わりに差し掛かった現在も肌が真っ白なままだな、と考える。まさかこいつも月人だったりして、などと一瞬考え、頬をつねったままだったことを思い出し、慌てて手を離す。
「VRなんだから痛いわけないでしょ、まったく……それでヤチヨ。かぐやを守ることってできないかな?」
「調べてみたけど、どこからアクセスしてるかも分からなかったんだよね、ごみん」
「相手が現実で手出しできないなら、ツクヨミで追い払えばいいんでしょ?」
先ほどまで一人でわかる、わかると頷いていた帝が、勝気な表情で話に参加してきた。
「……私もやる。何ができるか分からないけど、お願いします」
そう言って深く頭を下げる彩葉。芦花、真実の二人は、初めて見る彩葉が他人に頼る姿に目を見開き、帝たちブラックオニキスのメンバーは満足げに笑った。
「よし! じゃあ準備だな、乃依」
「えー、あれー? めんどー」
「リーダーは絶対」
「はーいはい」
ブラックオニキスのメンバーは早くもこのまま作戦会議に移るようだ。その脇を抜けて、芦花と真実が彩葉に近づいてきて微笑む。
「彩葉、来年もみんなで海行こうね」
「温泉も行こー!」
「……ありがと」
彩葉も親友たちに笑顔を返す。荒唐無稽な話を信じてくれただけでなく、正体不明の敵からかぐやを守るために戦ってくれる。彩葉は優しい友人を持ったことを誇りに思った。
そして、他にもやるべきことがある。かぐやの卒業ライブだ。
「ヤチヨ、お願いがあるんだけど」
ライブのセッティングについて。引退を発表してしまった以上、万一月の問題が解決しても、これがライバーとして最後の思い出になるかもしれない。かぐやのために、最高の舞台にしてあげたかった。
9月12日はあっという間にやってきた。本番前の準備をする彩葉とかぐや。気負った様子もなく、普段通りの調子でマイクテストを行っていたかぐやが、彩葉が目を離した一瞬の間に姿を消した。肝を冷やす彩葉。
「かぐや!?」
「はえ?」
机の下からひょっこり現れたかぐやに、思わず安堵のため息が出る。
「もう、鵺じゃないんだから、驚かさないで」
神出鬼没な後輩の名が飛び出る。とうの本人は、自室からログインする予定だ。そんな彩葉を見て、かぐやが腕のブレスレットを外す。
「これ、あげる」
かぐやが生まれたときから身につけていたブレスレット。それを彩葉に手渡す。銀色の、らせん形をしたシンプルな形状のそれは、かぐやの故郷の品だという。
「いいの? ……ありがとう」
それを受け取った彩葉は、そのまま目を閉じ、控え室で一人本番が始まるのを待った。そこへ、ヤチヨが前触れもなく現れる。
「ただいまー☆」
どうやら、無事にかぐやをステージに送り届けてくれたらしい。彩葉の希望で、会場はKASSENのフィールドを利用することになっている。この場で、月の軍勢を迎え撃つために。彩葉はヤチヨを見つめ、思わずと言った様子でこぼした。
「もし私がヤチヨだったら、かぐやは帰りたくないって言ってくれたのかな?」
その言葉に、ヤチヨが目を見開く。
「あ、ごめん、わけわかんないよね。忘れて」
「ううん、そんなことないよ……ただ、びっくりしただけ。両想い、だったんだね」
「酒寄彩葉だから、ここまでかぐやを連れてこられた」
そこに、突然現れる鵺。彼女がヤチヨに視線を向けると、一瞬呆気にとられたヤチヨが、笑顔で頷く。
「うん、そうだね。彩葉じゃなきゃできなかった」
よくわからなかったが、彩葉には知りえない世界の話なのだろう。このよくわからない後輩なら、それを把握していたとしても妙に納得できた。間もなくして、ライブ開始の合図が表示される。
「じゃあ、始めようか……ごめんね、ヤッチョはここから先には行けないことになってるんだ」
その言葉に、彩葉は驚かなかった。彼女には彼女なりの事情があるのだろう。
「そういう運命だから?」
そう問うと、ヤチヨは苦笑いした後、ガッツポーズをとる。
「彩葉たちなら……大丈夫!」
「みんなありがとー! 今日でお別れみたいなんだけど、悲しくはしたくないんだ。みんなでお見送りして、ハッピーに卒業させて!」
ステージに立ったかぐやは、観客に向けて願う。
そこに6つの桃が飛来し、かぐやの前に落下した。中から、彩葉、芦花、真実、ブラックオニキスのメンバーが現れる。
『鬼あちー!かつて鎬を削った黒鬼が、かぐやのラストライブに駆けつけたぞ!』
忠犬オタ公のMCに、会場が盛り上げる。
「ライブの余興! 私たちは私たちで精一杯やるから、万が一勝っちゃったら、ドンキで買い出しして、パンケーキ作ろ」
「万が一じゃねー。だろ?」
彩葉がかぐやに宣言し、帝が補足する。
「そっか……そっか。みんな自由だー!」
そして、月の侵攻が始まった。
菩薩のような柔和な顔をした巨大な月人が手を掲げると、七福神を模した月人たちと、大量の提灯頭が現れる。頭上には残基の表示があり、どうやら律儀にもKASSENの仕様に合わせてくれるらしい。彩葉たちも各々が配置につく。
無尽蔵に放たれる提灯頭に対し、KASSENのNPCたちも参戦して矢を放つ。櫓に立った乃衣が特殊な矢で結晶の足場を作ると、帝と雷はそれを駆け敵陣に突っ込んだ。2人の猛攻に、提灯頭たちが塵のように消し飛ばされてゆく。
月人の攻撃も凄まじい。太った月人が空中から急襲し、芦花を爆風に巻き込む。その爆風の中から、シンバルを持った月人が真実を挟みキルした。彩葉は棍を持った月人に襲われ、辛うじて攻撃を弾く。一気に2人を落とされた彩葉に、月人が群がる。
そこに、帝が割り込み、獰猛な笑みとともに月人を吹っ飛ばした。その横顔を見た彩葉もまた笑みを浮かべ、兄と共に攻勢に出る。数年ぶりに実現した兄妹の共闘により、次々と月人が葬られる。
その間も、かぐやの歌声が響いていた。月で憧れた地上の景色、実際にやってきて知った、想像していたよりも素晴らしい現実。その想いを乗せた歌は、観客の心を掴み、同時に戦場で抗う彩葉たちを鼓舞していた。
一曲目が終わると、かぐやが一度姿を消した。舞台である天守閣自体が形を変え、新たなステージへと変形する。十二単を纏って再び現れたかぐやは、彩葉が必死に作り直した父との共作を歌い始めた。
月の勢力は衰えるどころか、さらに勢いを増した。菩薩顔の月人が手をかかげると、大量の超長距離レーザーが放たれる。さらに、獅子の月人の口から、金剛力士のような強靭な肉体を持った月人が姿を現し、二刀を構える。
雷の背後に突然現れた棍を持った月人が、振り返る間も与えずに雷をキルする。それに気を取られた乃依を、レーザーが直撃した。帝は彩葉をかばいながら辛うじてレーザーを弾き、追撃を躱すが、防戦一方で反撃できない。
そこに獅子の月人が降ってきて、帝をその場に縫い留める。二刀をどうにか抑えた帝だが、その横から別の月人が光線を放とうと構える。絶体絶命のピンチに、帝の目の前に赤色のコードが浮かぶ。
『チートモード』。KASSENのプログラムを弄り、攻撃力を本来ありえないレベルまで上昇させる反則技。当然、使用すればアカウントBANなどの重い制裁を課されるそれを、帝、雷、乃依の三人はこの土壇場で使用した。
それだけでない。唐突に、レーザーや月人を大量に生み出していた菩薩頭の首がずり落ちた。その背後から、クラゲを真っ赤に光らせた鵺が現れ、落ちる菩薩顔に言い放つ。
「KASSENは本来7 vs 7。卑怯とは言うまい」
鵺はヤチヨから、前の戦いの際にどういった展開になったかを聞いていた。その時は、初めから鵺が参戦しており、月人の勢いにすりつぶされたという。そこで考えたのが、今回の奇襲作戦だった。
「ブラックオニキスのチートモードで、一瞬押し返す隙が生まれた。大将首、頂戴いたした」
鵺はそう呟くと、そのまま別の月人に向かっていった。
瞬間、シンバルを持った月人が、鵺の背後を取る。シンバルに挟まれ、そのまま鵺はキルされたかに見えたが、
「残像」
短刀の囮スキルを利用した変わり身に、逆にシンバル持ちの月人の首をはねる。そこへ太った月人が突進するが、それを紙一重で躱すと、その背中を突き爆散させる。
ゲーム操作を克服した鵺は、今やブラックオニキスとも渡り合える猛者となっていた。
戦場に復帰した雷が、虎バイクに乗りながら棍持ちの月人を牽制する。本来は定位置からの射撃を得意とする乃依が疾走しながら、光線を放つ月人を追いつめる。帝は高速で移動しながら、獅子の月人と空中で何度も激突し、戦場に火花を散らした。
菩薩顔が落とされたために勢いが陰った月の勢力は、一時的に彩葉たちに押されつつあった。だが、
「ここはいい! 走れ、彩葉!」
チートモードが切れた帝が、彩葉に向かって叫ぶ。その言葉を聞き終える前に、彩葉がステージのかぐやの元へ駆ける。確かに、月人の勢いは弱まったが、それでも無限に湧いてくる軍勢に、体力と集中力に限りのある彩葉たちの限界は近かった。菩薩顔も、既に復帰して月人を召喚し始めている。
彩葉が道中に居る提灯頭を踏み台に駆け抜ける。レーザーを躱し、攻撃をいなし、駆ける。天守に至る階段を駆け上る彩葉は、上空に突如として現れたおびただしい数の月人を目視した。彼らはかぐやを静かに取り囲み、菩薩顔がかぐやへと近づくのを見守っていた。かぐやの歌が終わる。
彩葉の周囲も提灯頭が取り囲んでいたが、彼らは寧ろ、彩葉がかぐやを見やすいように身を引くなど、配慮してさえいる様子だった。月人は敵ではない。ただ、家出した娘を迎えに来ただけなのだ。
彩葉が武器を取り落とす。すでに勝敗は決していた。かぐやは敗着を受け入れるように微笑んだ。菩薩顔が恭しくお辞儀をする。
「はるばるようこそ。逃げちゃってごめん。でも、すっごい、すっごい、、楽しかったんだ!」
それを、どこか微笑まし気に受け取る菩薩顔。そのまま、二人は満月状の雲に乗り込む。
「待って……。まだ、したいこといっぱいあるって……」
彩葉の呼び掛けも虚しく、かぐやはツクヨミの月に向かい、ゆっくりと登っていく。
「最高の卒業ライブでした! いっぱいお土産もらっちゃった。みんな、ありがとー!」
かぐやを見上げる観客たちは、口々にかぐやの名を呼び、愛してると叫ぶ。彩葉たちは、力なくそれを見守ることしかできずにいた。
「えへへ、名残惜しいけど、これでおしまい! それから……」
……彩葉、大好き。
現実の彩葉の耳に、かぐやの最後の言葉が届いた。
この話を書くために花火大会~卒業ライブを何度も見返したせいで、心がぼろぼろになりました。
誤字・脱字、感想等ありましたら、よろしくお願いします。