蛇足1 鵺の引っ越し
「というわけで、今日からお世話になる。よろしく」
「まてまてまて」
彩葉が住んでいるマンションの一室。そこに突然やってきた鵺が開口一番に放った言葉に、動転する彩葉。せめて何が「というわけ」なのか説明して欲しい。怪訝な顔をする彩葉に、鵺は少し恥じらうように俯くと小さな声で続ける。
「彩葉たちと、一緒にいるって決めたから」
説明されてもよく分からなかった。つまり、先日言った一緒にいるという言葉の意味を、文字通り一緒に暮らすことと解釈したのか。彩葉はこの少女が8000年生きているという事実を、再び信じられなくなってきていた。
「あのね。一緒にって言っても、何も同棲までする必要は……」
そこまで言って、鵺と目が合う。無表情のくせに、上目遣いで「だめなの?」とでも言いたげな不安そうな気配を伝えてくる。ぐっ、と呻く彩葉。こちらに罪悪感を与えるような鵺のあざとすぎる仕草に、かぐやに何度もしてやられたおねだりと近いものを感じた。
ふいに彩葉のスマホが震える。ヤチヨからの着信だ。タイミングの良さに嫌な予感を覚えつつ、応答する。
『いいじゃん、鵺も一緒に住んじゃえば。ヤッチョもその方が安心だし~』
通話ボタンを押すと同時、早速ヤチヨが会話に参加してくる。正体がかぐやとわかってもなお、心奪われるような美声に一瞬和みかける彩葉。
しかし、スマホを介して当たり前のように盗聴していたらしい事実に思い当たり、半眼でヤチヨを睨む。そんな彩葉に構うことなく、ニコニコと笑うヤチヨ。
着信のおかげで、鵺のおねだりに押されてOKしてしまうのは防げたが、彩葉は色々な意味で呆れていた。
「ヤチヨ、プライバシーって言葉知ってる?」
『ふっふっふ。ヤッチョはいつだって彩葉たちを見守ってるのです!』
「えぇ……まぁ、いいけど。それで、安心って何のこと?」」
『だって、彩葉は夢中になると健康を犠牲にしかねないし、鵺は野宿してるし』
ヤチヨはニコニコとそう言いつつ、目が笑っていない。若干の怒りが籠ったヤチヨの声を聴いて、彩葉がぐるんっと振り返る。自分の身を差し出して消えようとした件で先日本気のお叱りを受けていた鵺は、そっと目をそらした。
「……この前部屋を引き払った。今は空き地にテントを建てて暮らしてる」
初めて出会ったときにサバイバル生活をするなんて言っていたが、まさか本当にやるとは。この調子だと、虫や雑草を食べて生活するなんて言っていたことも現実になりかねない。
いや、すでにやっていてもおかしくないと、彩葉はやや引き気味に鵺を見やる。
「虫食べてる人と一緒に暮らすのは、流石にお断りなんですけど……」
「何か勘違いしているようだけど、流石にご飯はちゃんと買って食べてる。人を爬虫類か何かと一緒にしないでほしい」
「いや、前にあんたが言ったんでしょうが!」
まるで彩葉が悪いかのように非難してくる鵺。かぐやが去って静かになったこの部屋が、鵺が来た瞬間からどんどんやかましくなっている。彩葉はすでに、このマイペース娘の流れに乗せられつつあった。
「あんた、本当に……。しょうがない、生活費折半してくれるなら、一緒に暮らしてもいいけど」
呆れながらそう答える彩葉。ただ、どこかまんざらでもなさそうな表情をしている。実はかぐやがいなくなってしまった後、どうにも一人暮らしが落ち着かなくなってしまっていたところだ。
それに、この後輩(はるか年上であることはもう考えないことにした)にも何度も助けられたし、一緒にいて楽しいと感じ始めている。口で言うほど、文句があるわけでもないのだ。
ヤチヨの身体が完成すれば、またかぐやがやって来た頃のように三人で暮らすことになるのだろうか。そう考えると、胸が高鳴る気がした。
「もちろん。何なら私が全額出しても構わない」
「結構です! っていうか、前から気になってたんだけど、鵺ってお金持ちだったりする?」
彩葉の疑問に、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにヤチヨが答える。
『鵺はね~、とある組織のボスだったりするのです!』
「ボス?」
突然の新情報に困惑する彩葉。そういえば、ヤチヨの記憶にそんなものがあったような、なかったような。そこまで重要でない情報だったので、あまり意識していなかった。
しかし、この娘が実は裏社会のトップでした、などと言われてしまえば、その黒いお金を半分でも出してもらうわけにはいかなくなってしまう。
「昔温泉を掘り当てて、そのお金を元手に財団を作った。夜鳥って名で、色々やってる」
「ヤチヨ?」
「やちょう」
ある組織などともったいぶったわりに、鵺の漢字をばらしただけの安直な名前だった。
彩葉が検索したところ、鵺が掘り当てた温泉地を含むいくつかの歴史的な土地や物品を維持・管理することを目的とした法人らしい。ヤチヨや鵺と昔関わりのあった場所や物を守っているのかもしれない。
少なくとも悪の組織というわけではなさそうだ。
「へ~、意外。そういう制度とか疎そうなのに」
『人の社会がどんどん高度に発展したのは良かったんだけど、資産や戸籍の管理が難しくなっちゃってね~。そういうのに詳しい友だちとも一緒に、色々相談してたんだよね~』
ヤチヨが、どこか懐かしそうに目を細める。些細なことかもしれないが、こういう事実に触れるたびに、二人が本当に長い歴史を歩んできたのだと彩葉は実感させられる。
「そういうことで。怪しいお金ではないから、安心して私に生活を握られてほしい」
「言い方!」
しみじみと感慨に耽っていた彩葉の感心をブチ壊すような鵺の発言に吠える。それに、その話を聞いたうえでも譲れないものがあった。
「あと、やっぱり生活費は折半させて。一緒に生活するんだから、責任も金額も折半、でしょ?」
いつぞやの鵺のセリフを真似し、得意げに言う彩葉。他人に頼ることを覚えた彼女だが、それはそれとして、責任感の強さは健在だった。
今はいろPとしての収入もそれなりに期待できるので、バイトのしすぎで体を壊す心配もない。そんな彩葉を、鵺は意外そうに、ヤチヨはどこか嬉しそうに見つめるのだった。
「そうと決まれば、鵺の荷物をもってこないと。部屋に空きはあるから、そこを使ってもらうとして……テントからの引っ越しを業者に頼めるのか分からないな。お兄ちゃんに手伝ってもらった方がいいかも?」
「多分必要ない。彩葉と私で事足りるはず。リュックサックがあれば、それを借りたい」
「いいけど、後で何往復もすることにならないでしょうね?」
「大丈夫」
自信満々に言ってのける鵺に疑問を抱きながら、彩葉は引っ越しの準備を始めた。
10月も後半となり、かぐやがいた真夏に比べ過ごしやすくなった秋の風を感じながら、二人は鵺のテントがあるという空き地に向かって歩いていた。すでに日は傾き、オレンジがかった空をカラスが飛んで行く。
「マンションのベランダ登ってきたり、テント暮らししたり、野生児すぎるでしょ」
「かぐや曰く、『もと光る竹』はその環境に最適な身体を生成するらしい。私のフィジカルも、その賜物」
鵺はそういうと、自慢げに腕まくりして力こぶを見せつけるようなポーズをとった。どう見ても弱そうな細腕に、彩葉が胡乱な目を向ける。
「へー……それじゃあ、かぐやみたいに髪の色とかも変えられたり?」
「どうだろう、やったことはないけど……こんな感じ?」
そう言うと、突然鵺の髪が七色に輝きだす。
「うわ、ちょっといきなりそんな派手にやらないでよ、誰かに見られたらどうすんの!?」
「本当にできると思わなかった……」
唐突な怪奇現象に本人も困惑していた。幸いなことに周囲に人はいないが、すぐに戻さないと悪目立ちしてしまう。
「ちょっと、早く元に戻しなさいよ!」
「……どうしよう、戻し方が分からない……」
「え!?」
心底困惑した声に、事態の深刻さを理解する彩葉。爽やかな秋の午後に、途方に暮れるゲーミングヘアーの少女。彩葉は慌ててスマホを取り出した。
「ヤチヨ! 髪色の戻し方教えられる!?」
『ヨヨヨ、いくらヤッチョでも8000年前の、しかも感覚的なことは教えられないのです。強いて言えば、目を閉じてえいって感じ?』
「ダメだ、全然参考にならん」
頼みの綱のヤチヨからも有益な情報はもたらされなかった。それどころか、
「えい」
ヤチヨのアドバイス通りに試した鵺の目が、今度は車のハイビームのように光を放ち始める。光線でも発射しているかのような強烈な光に、彩葉の目がくらむ。
「ああ、目がぁ!」
どこぞの大佐のように両目を抑えて天を仰ぐ。しかし、流石は超人酒寄彩葉。とっさに背負っていた空のリュックサックを開けて、鵺にかぶせた。うぐっとくぐもった悲鳴を上げる鵺に、
「直るまで被っといて!」
と叫んだ。それからしばらく、リュックサックを被って蠢くナニカと、両目を抑えて悶える少女の姿が目撃されたとか。
「酷い目に遭ったわ」
げっそりした様子の彩葉たちだが、どうにか事態を収拾し、鵺のテントがある空き地までやってきていた。草が刈り取られた広々とした空き地に、青いテントがぽつんと建っている。
「ようこそ、我が家へ」
「はいはい」
自慢げに両手を広げる鵺に適当に返事をし、テントの入り口を開ける。中には、本当に数日分の衣類と消耗品しか置かれていなかった。
「空き地で暮らすのがまずおかしいけど、本当に最低限のものしかないじゃない!」
「その……ヤチヨと彩葉が元気になった後、本当に終わってもいいと思っていたから、身の回りの物は減らしておいた」
鵺はいつも通りに無表情ながら、どこか後ろめたそうに視線をそらす。それにしても減らしすぎだ、と思う彩葉。そもそも、8000年生きているとはいえ現役女子高生が野宿など、普通に危ないだろう。そこでふと疑問に思ったことを口にする。
「マンションに引っ越してきた時、コレクションがどうのって言ってたけど……どうしたの?」
「ごめん、あれは嘘。アパートに置いていた分は、全部学校の生物室に預けてる。……月の迎えが来ると聞いてたから、二人に内緒で特訓しようと思ってた。あと、ヤチヨと秘密の話もあったから」
結果的に黒鬼の配信に参加することになり、特訓自体は彩葉たちが知ることになってしまったが、当時の彩葉達に聞かれるとまずい話もあったため部屋を別にしていたらしい。
「ふーん、ヤチヨと秘密の話ねぇ」
それを聞いて納得するも、どこか不服そうな彩葉。スマホの中のヤチヨが苦笑する。
『月からのお迎えの規模とか、ヤッチョの時に皆がどう動いたかとか、そういう話をしてただけだよー』
やきもちを焼いていたのがバレて、彩葉が顔を赤らめる。
「べ、別にわかってるって。あのときの私らが万が一にも聞いたりしないように、別の部屋にしたんでしょ」
強がってみせる姿を見て、しばし何かを考えるそぶりをする鵺。少しして、無表情のままもじもじと手を後ろ手に組み、意味深な態度をとる。
「うん……そう、ヤチヨとは、何もなかった……」
その、明らかに何かあったことを匂わせる仕草に動揺する彩葉。
「えっ? 何その反応……ヤチヨ! どういうこと!?」
『こらっ! 彩葉の反応が面白いからって、からかっちゃダメだよー?』
ヤチヨに叱られた鵺に視線を戻すと、彩葉に向けダブルピースを披露していた。からかわれたことを悟って、こいつ、と拳を握る。
「やはり、彩葉はチョロ葉。そういうところ、一緒にいて楽しい」
煽りながらも、突然純度100%の親愛を向けてくる鵺にたじろぐ。よく見ると、口の端がほんの少しだけ上がっている。先日の一件以来、こうして表情を動かすようになってきた鵺のふいうちに、彩葉の胸に形容しがたい感情が生まれる。もともと整った顔立ちを不気味さで台無しにしていた彼女が、本来のかわいらしさを発揮し始めた。後輩の笑顔にこんな破壊力があるのかと感心すら覚え、彩葉の怒りは急速にしぼんでしまうのだった。
「いつの間にか名前呼びになってるし……年上だからって、学校では一応私が先輩なのに。敬意が足りないんじゃないの?」
やられっぱなしは悔しいので、わざと意地悪を言ってみる。
「酒寄先輩って呼ばれたい?」
真顔でそんなことを言う鵺に、少し想像してみて、その呼び方に強烈な違和感を覚える。やっぱり鵺は少し生意気な方が似合っている。
「いや、やっぱり今のままでいい。はあ……ほら、暗くなる前に帰るよ」
そう言って、さっさと歩きだしてしまう彩葉。その後を慌ててとてとてと付いていく鵺。8000歳近い年の差があるにも関わらず、傍目からは先輩についていく後輩、というよりは姉妹にしか見えない二人が、夕焼け空の中に溶けていった。
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