緋弾のレクイエム   作:レゾリューション

1 / 1
最前線への片道切符

東京武偵高校、強襲科(アサルト)

 

それは銃弾が飛び交い、刃が肉を断つ最前線に身を置く者たちの集まりであった。拳銃や刀剣を携え、凶悪犯罪者に肉薄して強襲逮捕を果たす彼らは、同校のなかでも圧倒的な戦闘力を誇る精鋭たちである。日常的な激しい戦闘訓練の果てに実戦へと駆り出される彼らは、卒業時の生存率が97.1%、およそ3%の生徒が生死の境で命を落とすことから、血の気と死臭を込めて「明日無き学科」と恐れられていた。

 

その過酷な道を歩む一人の男が彼、守川宗吾(もりかわそうご)だった。

 

武偵高校には、生徒たちが絶対に遵守しなければならない武偵憲章が存在する。その第9条は、いかなる状況であれ人殺しを厳格に禁じるというものだった。武偵とは法の執行を助ける者であり、たとえ相手がどれほどの極悪人であれ、その命を奪うことは許されていない。

 

 

 

だが逆に言えば、それはこうも言い換えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間を殺すことが法律や憲章によって認められないのなら、人ならざるものを殺すのは禁じられていない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界は表向きの平和な日常の裏で、密かに別の狂った顔を持っていた。

 

 

 

 

 

1998年9月30日、アメリカ合衆国の中西部に位置する静かな地方都市、ラクーンシティの平穏は地獄へと塗り替えられる。 

 

街の住民たちが理由も分からぬまま突如として正気を失い、生きる肉を求めて人を襲うゾンビへと変貌していく。それは悪夢の始まりにすぎなかった。その惨劇を引き起こした原因は、街の経済を支える巨大企業「アンブレラ」の地下深くで極秘裏に開発されていた「t-ウイルス」の漏洩にあった。

 

表向きの顔は、人々の健康と美を支える優良な製薬企業。医薬品や化粧品を世に送り出す大企業として、世界からも絶大な信頼を寄せられていたアンブレラ。しかし、その正体は全く異なる顔を持っていた。裏の顔は生物兵器の開発を主目的とする軍事産業であり、製薬会社という安全な隠れ蓑を利用して、世界を脅かすウイルス兵器や有機生体兵器(B.O.W.)、そして倫理の枠を完全に踏みにじった非人道的な人体実験を繰り返す、狂気に満ちた魔窟だったのだ。

 

そもそも、ラクーン事件が起こる前から惨劇は起きていた。

 

1998年7月に鉄道内でバイオハザードが発生した「黄道特急事件」。その僅か数日後にラクーンシティにあるアークレイ山で住人や観光客が何者かに食い殺されるという怪事件を調査に向かった精鋭STARSのチームはわずか数名を除き壊滅した「洋館事件」。

 

 

とっくに世界は狂っていたのだ。

 

 

事態を重く見た米国政府は、同年10月、街ごとすべてを焼き払う「滅菌作戦」を断行。市民10万人の尊い命と引き換えにウイルスの外部流出を防ぎ、巨大企業であったアンブレラ社は裁判で敗訴。公式には倒産へと追い込まれ、後にこの未曾有の生物災害は『ラクーン事件』と言われている。

 

しかし、歴史の闇に葬られたはずの悪夢の断片は完全には消え去っていなかった。組織の残党や技術は世界中に散らばり、今この瞬間も、どこかの地で新たなバイオテロの火種がくすぶり続けているのだ。

 

宗吾が武偵として人生で最初に受けた任務もまた、そんな底知れないバイオテロの影に端を発していた。その日、Bランクとして宗吾が最初に受けた任務は「小さな離島での行方不明者の発見」という、場所は遠いが比較的シンプルなはずの任務だった。しかし、それは現場の惨状を知る前の甘い見積もりでしかなかった。足を踏み入れた瞬間から、そこは生きた人間が踏み込んではならない、地獄の様相を呈していた。

 

すでに現場ではウイルスが何らかの形で漏洩しており、ほぼ全ての住民達が感染し、化け物へと変貌していたのだ。暗い通路の奥から、うめき声をあげながら這い寄ってきたのは、もはや人間ではないもの――腐臭を放ち、剥き出しの牙で生きた血肉を求めるゾンビたちだった。

 

「……っ!」

 

極限の恐怖と動揺のなか、宗吾の脳裏に武偵憲章第9条が鋭くよぎる。殺してはならない。いかに化け物じみていようとも、自分は武偵なのだから。しかし、そう躊躇っている間にも、冷酷な現実が襲いかかる。

 

銃口を向けなければ、自らの肉が引き裂かれ、命が奪われる。殺さなければ殺される。選択肢など、初めからその場には存在しなかった。震える指が引き金を引き、乾いた銃声が狭いコンクリートの通路に激しく響き渡り、撃ち抜かれた人ならざるものが足元に崩れ落ちる。

 

初めて人を、あるいは元・人間を自分の手で撃ったという強烈な罪悪感が脳を焼く。しかし、立ち止まる許しは与えられず宗吾は足を進めざるを得なかった。途中、兄を探す為にこの地を訪れていた女武偵共に行動を共にするが分断されてしまい独り歩き続けた。

 

生き残るために銃を撃ち死屍累々の通路を走り、血と泥にまみれながら、彼は地下深くへと潜っていくとそこには、アンブレラ施設が存在していた。アンブレラ社が日本に根を張っていたが倒産後、生き残り達がウイルスを研究しており、離島という物理的要因がカムフラージュになっていたのだ。

 

施設最奥にたどり着き、すべての元凶である人物を追い詰めたとき、そこに待っていたのは、もはや言葉を交かせる存在ですらなくなっていた。自らの野望と狂気のためにウイルスをその身に宿し自らの意思ですでに人間を辞めた化け物。もはやそれは法の裁きを受ける人間ではなく、世界にとって排除すべき脅威でしかなかった。

 

もう迷う理由はどこにもない。宗吾は乱れる呼吸を無理に抑え銃口を定めて、再会した女武偵と共に迷いなく引き金を絞る。しかし、全ての元凶の暴走による異常を検知しこの島一帯を吹き飛ばす自爆プログラムが迫り、島から駆け抜けるように船で脱出――わずか一日の出来事だ。

 

血塗られた地下施設から生還を果たした彼らの背中には、誰も知ることのない地獄の記憶と、真の現実を知った者だけが纏う冷徹な覚悟が嫌というほど刻まれていた。

 

だが国家と組織の論理は残酷だった。政府は、相次ぐ異常事態と施設の消滅を「火山の噴火により住民が全員死亡」という作り話で完全に隠蔽し公表したのだ。その実態は、政府の腐敗した高官らがアンブレラ社の残党と深く繋がっていた決定的な証拠を闇に葬るための、巧妙に仕組まれた隠蔽工作にほかならなかったのだ。

 

そして初任務でバイオテロに巻き込まれるという地獄から女武偵と共に生還を果たした宗吾に、平穏な日常が訪れることはなかった。その圧倒的な生存能力と戦闘センスに目をつけた政府から、宗吾のもとに直々の「提案」という名の特命が下された。

 

それは、より過酷で危険な任務を引き受ける見返りとして、優秀な武偵達が今後の武偵活動に必要な高性能装備や武器、弾薬の費用を国が全面的に保証するというものだった。だが、それは美しい条件提示などではなく、実質的な強制だった。

 

初任務の最中、宗吾達は一人の少女を救い出していた。彼女は元アンブレラ社の研究員が開発した「ウイルス」に曝露していたが、運よく投与されたワクチンによって発症は免れてる。事件後、女の子は政府の手によって保護という名の厳重な拘束下に置かれた。 

 

腐敗した高官たちは、彼らは宗吾が事件の核心と機密情報を深く知りすぎている危険人物であると見なしていたのだ。その上で、政府高官たちは保護した少女の身分や安全を事実上の人質、あるいは隠された交渉材料として巧みに利用し、宗吾の逃げ道を塞いだ。

 

逆らえば少女の安全はない。協力しなければ国家の裏社会に葬られる。その狡猾な脅しを宗吾は理解していた。それでもなお、彼のなかで折れない芯があった。

 

『目の前の人を一人でも多く助けられるのなら。あの時のような地獄を、二度と繰り返させないために』

 

少女を守るため、そして自らの正義を貫くため、宗吾はその不条理な契約を飲み干した。心身共に皮肉な形で成長した宗吾にやってきたのは日本有数の巨大財閥からの直々の依頼だ。元々はその財閥の令嬢の護衛が本来の任務だったはずが、その出発の直前に令嬢が忽然と行方不明になってしまったという。そのため、依頼の内容は「護衛」から「失踪した令嬢の捜索と奪還」へと切り替わった。

 

足取りを追ってたどり着いたのは、日本のどの公式な地図にも載っていない、深い山奥に隠された寒村だった。静寂に包まれた村に足を踏み入れた宗吾を待ち受けていたのは、ゾンビの悪夢とはまた異なる、悍ましい脅威だった。そこに蔓延していたのは、人間の神経系に寄生して宿主を狂気的な操り人形へと変える寄生虫「プラーガ」。

 

元々スペインの寒村にしか存在しないはずだったが、何処からか持ち出され、日本の風土に合うよう改良され放たれていた。そしてその寄生虫を絶対的な神として崇め異様な狂信を広げる怪しげな宗教団体。村全体が、すでに正気を失った異形の狂気にとり憑かれていたのだ。

 

だが、かつて地獄を潜り抜けた宗吾の足は止まらなかった。銃口を鳴らし寄生生物の群れを切り伏せ、宗教団体の聖域へと踏み込む。村の深部で囚われていた財閥の令嬢を発見すると、宗吾は迷うことなく彼女を抱え上げ、組織の包囲網を単身で突破して見せた。

 

令嬢を無事に連れ帰ったことで宗吾は財閥側から計り知れない恩義と絶大な信頼を勝ち得ることになる。裏社会と政治、そして巨大資本の権力闘争の渦中で守川宗吾という名は、確実にその存在感を増していく。

 

 

幾度もの死線を潜り抜け、人間をも超越した修羅場をくぐり抜けていくうちに、宗吾の実績は積み上がり、やがて東京武偵高校の最高峰である「Sランク」になり、彼は学内で「強襲科最強」と称賛されるようになった。

 

しかし当の本人にとって、その称号に誇らしさや嬉しさなどない。最強という二文字の裏側にあるのは、それだけ多くの化け物を殺し、救えなかった命の重みと泥にまみれた血の記憶でしかなかったからだ。

 

宗吾が積み重ねた実績と世界に潜む「バイオテロ」の脅威の増大は、東京武偵高校の体制そのものを変えていった。武偵という組織のなかで、宗吾のような「化け物を躊躇なく殺すことができる武偵」こそが、これからの時代には必要不可欠であると武偵高は判断したのだ。

 

そのための特別な育成プログラムがひそかに導入され、強襲科の生徒たちの中から、極限の精神力と戦闘力を持つ者だけが厳選されていくようになった。選別された者たちは通常の武偵とは一線を画す特別な任務へと投入される。それゆえに、彼らが纏う装備や武器は完全にバックアップされ、銃のカスタムや特殊弾薬の調達に私費の負担がかかることはない。

 

潤沢すぎる資金で武装を固められたエリートたち。しかし、その贅沢な装備の裏にあるのは、国家の汚れ仕事を背負わされ、いつ命を落とすかもわからない「明日なき最前線」への片道切符にほかならない。

 

海外の裏社会や戦場において、武偵の役割は本来、現地のエージェントたちの後方支援やアシストに徹することとされている。だが、それはあくまで表面上の建前にすぎない。圧倒的な修羅場をくり抜け、死線の中でエージェント達にその実力を認められた者は、彼らと対等な一員として扱われるようになる。

 

つまりそれは――世界中の修羅場を渡り歩く危険な戦場において、過酷な生存競争を勝ち抜いた者だけが手にする、皮肉なまでの「世界中からの人気者」になるという称号を意味していた。

 

最強の称号と、国家の特別なプログラム、その渦中に身を置きながらも、宗吾は己に課された引き金を引き続ける。

 

激動の任務に明け暮れる日々は瞬く間に過ぎ去り、宗吾はいつのまにか東京武偵高校の2年生へと進級していた。過酷な実戦任務が日常茶飯事である宗吾にとって、通常の座学などに出席できる日などほとんどなかったが彼が背負う裏の事情と実績を考慮されている。

 

 

そんな彼は、長きにわたる海外での過酷な任務を終え久しぶりに日本の土を踏んだ。ここ最近の彼は世界各地に散らばるバイオテロの火種を消すため、現地の武偵やエージェントたちと共闘し、日本にいる時間よりも海外を飛び回っている時間の方が圧倒的に長かった。

 

海外での日々、宗吾はただ戦っていたわけではない。彼は任務の合間を縫い、ある男から直接の指導を受けていた。 それは、1998年のラクーン事件――あの悪夢のようなバイオテロを実際に生き抜いたアメリカのベテランエージェントだった。不敵な笑みを浮かべ、どんな絶望的な状況に陥っても決して皮肉や軽口を忘れないその男の性格は、宗吾自身とよく似ていた。

 

そして同時に、「女性に振り回されるのはなれている」と自虐をこぼし、ちょっと時間にルーズというお茶目な一面も持っていた。因みに、宗吾も女性運にはあまり恵まれて無い。彼も振り回される側である。そんな男の背中から多くのサバイバル術を叩き込まれ、さらなる修羅としての場数を踏んできた宗吾は成田空港のロビーに降り立つと、思わずといった様子で小さく息を吐き出した。

 

「……ようやく帰って来れた……本当、日本食が恋しい……」

 

『強襲科最強』と謳われ、裏社会や国家の闇を背負うランクSの武偵であっても、母国の空気と温かい飯を恋しく思う姿は、紛れもなく一人の年頃の青年そのものだった。

 




書いていると...政府腐り過ぎじゃねと思いました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。