緋弾のレクイエム   作:レゾリューション

3 / 3
ヒロインはライカにしようと思います。

ちゃんと麒麟をアミカにはします。


がっつく奴は嫌われる

次の日、宗吾は学内の掲示板で手頃な難易度の依頼――いわゆる「一般の武偵」としての仕事を片付けようとしていた。内容は港での武器密輸者の逮捕と武器コンテナの押収で報酬は25万。しかし、タイミング悪く同じ依頼の紙をとろうとしていた者と指先が触れ合う。  

 

「あ――」

 

「ん?」

 

顔を上げたそこにいたのは、女子にしては中々背が高く、身体も鍛えられてるのが分かる。

 

「守川先輩……」

 

「あー、名前を聞いてもいいか?」

 

彼女はバッと飛び退きそうになるのを必死にこらえ、気まずそうに頬を引きつらせながらも自己紹介を始める。

 

「い、1年A組、強襲科の火野ライカです...!」

 

彼女もまた、この港での武器密輸者の逮捕と武器コンテナの押収という依頼をクリアしようとしていたのだ。

 

「火野もこの依頼受けるのか?」

 

「はい……本当は友達と一緒に受ける予定だったんですけど、急に別の補習と重なっちゃって……せっかくここまで来たし、でも一人で初の実戦に挑むのは正直すごく不安で……」

 

ライカは言い淀みながらも、チラリと宗吾の顔色を伺った。実のところ、彼女がここまで必死になるのには理由があった。一年前、彼女はデパートでの立てこもり事件に巻き込まれ、震えていたところを海外に飛び立つ前の宗吾に救い出された過去があり彼女にとって、宗吾は特別な存在だった。

 

「あ、あの! もし邪魔だったら、この依頼は先輩に譲ります……!」

 

健気かつ必死に食い下がる後輩の姿を見て、宗吾は悩んだ。元々、面倒事は御免のスタンスだが、困っている後輩を目の前にして無下に突っぱねるほど薄情者でもない。

 

「別に譲ってもらうほどでもないし、火野に譲るぞ」

 

宗吾がそう呟いた瞬間、ライカの瞳に強い光が宿った。彼女は一歩踏み出し、意を決したように提案を口にする。

 

「だ、だったら、一緒に受けてくれませんか…っ!」

 

「一緒に?」

 

「はい! もちろん、足手まといにならないように頑張ります。それに……その、先輩の実際の戦い方を、近くで見て勉強したくて……!」 

 

好奇心と本物の修羅の背中を見ておきたいという武偵としての向上心が混ざったライカの提案に宗吾は苦笑するしかなかった。

 

「俺の戦い方なんて、お世辞にも綺麗とは言えないぞ……」

 

しかし、ライカの期待の眼差しに押される。

 

「分かった。ただし、俺の指示には絶対に従ってもらう。それが条件だ」

 

「本当ですか……! ありがとうございます、守川先輩!」

 

ライカがパッと顔を輝かせて頭を下げる。 こうして、宗吾とライカという、異色のバディによる港湾での任務が決定したのだった。そうして、夜のとばりが降り始めた東京湾のコンテナ埠頭。冷たい潮風が吹き付ける中、錆びついた巨大なクレーンや、暗闇の中に積み上げられた無数のコンテナの隙間に宗吾とライカの姿が静かに溶け込んでいた。

 

「情報の通りなら、あの小さめの倉庫の裏に密輸グループの連絡船が接岸している。武器コンテナは倉庫にあるはずだ」

 

闇夜に溶け込むような低いトーンで宗吾が前方の建物を示す。ライカは愛用のブッシュマスターACRをしっかりと構え、緊張で少しこわばった面持ちでこくりと頷いた。

 

「火野、敵の数は?」

 

「熱源探知と目視の確認から……見張りが3人、倉庫内に5人います」

 

「了解。行くぞ」

 

宗吾がスッとまるで影のように音もなく倉庫の陰へと滑り込む。その後を、ライカは息を潜め、足音を殺して必死についていった。

 

「俺が外の見張りを始末する。その間、火野は周囲に別の増援がいないか警戒と監視を頼む」

 

「はいっ!」

 

二人はそれぞれの任務を遂行するため、静寂の中で一歩ずつ敵の懐へと近づいていくのだった。倉庫の影から闇に紛れ宗吾は足音を立てずに最初の見張りへと肉薄する。振り返る間も与えず、その首元へ素早く手刀を叩き込んで意識を刈り取り、崩れ落ちる体を支えて音が出ないようにそっと地面へと横たえた。

 

(よし、残り二人)

 

宗吾が視線を鋭く巡らせ、残りの見張りに狙いを定めようとしたその時――不意に、別のコンテナの陰からもう一人の見張りが姿を現した。

 

「おい、交代の時間――ぐっ!?」

 

声を上げかけた男の喉元を、宗吾は瞬時に右手で押さえ込み、そのまま地面へと引き倒して沈黙させる。

 

「左側からもう一人、こちらに向かってきます....!」

 

ライカが小さく、しかし緊迫した声を響かせる。その正確な警告のおかげで、宗吾は迷うことなく死角へと身を滑らせ近づいてきた最後の見張りの背後へと完璧に回り込んだ。一瞬の隙を突いた絞め技により、最後の見張りも音もなく崩れ落ち外に配置されていた3人の警戒網はわずか数十秒の間に綺麗に制圧された。

 

「……助かった、火野」

 

「は、はい……!」

 

宗吾の短い称賛の言葉にライカは緊張で頬を引き締めながらも、わずかに胸を弾ませるように小さく頷く。外の安全を確保した二人は、武器密輸の核心である倉庫の扉へと、静かに歩みを進めるのだった。

 

 

倉庫の重く冷たい鉄扉が、わずかな隙間を開けて彼らを迎え入れる。錆びた蝶番が立てるかもしれない不必要な音を消すため、宗吾は慎重に、かつ迷いのない手つきでそれを押し広げた。内部には、積まれた密輸品の木箱やコンテナが薄暗がりの中に不気味な影を落としている。その中央付近、怪しげなランプの灯りのもとで、残る5人の男たちが銃の手入れをしたり、無造作にタバコをふかしたりしていた。

 

(――5人)

 

宗吾は一瞬で敵の配置と視線の死角を把握し、隣に控えるライカへと小さく声をかける。

 

「……左の3人は俺がやる。右の2人は任せた」

 

「っ、はい……!」

 

ライカは手元をしっかりと固定させている。ブッシュマスターACRの銃口が静かに暗闇を捉えた。合図など要らない。二人は同時に影から飛び出した。

 

「なっ――!?」

 

異変に気づいた男たちが声を上げようとした瞬間、宗吾は瞬時に間合いを詰め、左側にいた2人のみぞおちに容赦なく重い蹴りと掌底を叩き込む。声にならない絶叫を上げ、2人の男はたまらず床へとのたうち回るように崩れ落ち、最後の1人は蹴りで壁に顔を押し付け気絶させた。

 

「右、いきます……!」

 

ライカもまた、覚悟を決めた澄んだ声とともに引き金を引く。実弾ではなく制圧用の特殊弾――だが、至近距離から正確に放たれた一撃は、1人の肩を正確に撃ち抜き、衝撃でその巨体を後ろのコンテナへと叩きつけた。

 

「ぐあっ!」

 

残る1人が慌てて腰の銃に手をかけようとするが、宗吾の足払いがその足元を容赦なく刈り取り、バランスを崩したところへすかさず関節を極めて完全に制圧する。目の前で仲間たちが一瞬にして無力化される光景を目の当たりにし、震えながらその場に両手を挙げた。 

 

「……武偵だ。武器密輸並びに銃刀法違反の容疑で逮捕する」

 

宗吾が冷徹に告げると同時に倉庫内には静寂が戻り密輸グループのメンバー全員が地面に這いつくばる形で完全に制圧された。

 

「ふう……っ」

 

ライカは小さく息を吐き出し、構えていた銃を下ろした。

 

 

――これが、本物の実戦の空気。宗吾の背中から放たれる圧倒的な緊張感と研ぎ澄まされた殺気を感じながら、ライカは自分の鼓動がうるさく鳴り響くのを必死に抑え込む。

 

 

 

港湾での密輸グループの制圧と武器コンテナの押収は宗吾の的確な先導によって順調に完了した。

 

「武器コンテナの確認が終わりました」

 

ライカが安堵のため息をつきながら、アサルトライフルの安全装置をかける。目的の証拠品も押さえた。これ以上深追いする必要はない。さっさと引き揚げるのが賢明だ。そうして連絡を入れようとするが電波が悪い為外に出ると

 

 

――ガタッ。

 

 

静まり返った空間の奥、積み上げられた巨大な金属コンテナの陰から耳障りな異音が響いた。 直後、ドンッ、と内側から重い何かが激しく叩きつけられるような衝撃が走り錆びついた鉄の扉が内側から無理やりこじ開けられた。中から這い出してきたのは、間違いなく人間の姿をした者たち――しかし、全員がどこか顔色を悪くし足元もおぼつかない足取りでフラフラと歩み出てくる。

 

「あ、あの大丈夫ですか……?」

 

困っている人を放っておけない正義感から、ライカは反射的にその人影へと駆け寄ろうとした。だが、その瞬間。宗吾の鋭い双眸が暗闇の中でピタリと捉えた。

 

「火野! 下がれっ!」

 

「ぇ……?」

 

宗吾の鬼気迫る叫びに凍りつく間もなく、フラフラと歩いていた者たちの口から、おぞましい異変が露わになった。パリパリと皮膚が裂け、そこから赤い花弁のような不気味な寄生体の口がグロテスクにぱっくりと開く。

 

思考するより早く、宗吾の右手が右脚の『SG-09R』を抜き放つ。乾いた銃声が闇を切り裂き最前列の敵の頭部を正確無比に撃ち抜いてその動きを完全に怯ませる。 それは紛れもない、クリーチャーの群れだった。

 

「がっつく奴は嫌われるぞ」

 

硬直する暇もなく、宗吾は勢いのまま一歩深く踏み込み、鍛え上げられた肉体から放たれる強烈な回し蹴りを叩き込みその一撃で、周囲を取り囲もうとしていた雑魚共を一網打尽にまとめて薙ぎ払う。彼は固まったまま動けなくなっているライカの襟首を掴み、背後へとすっと引き剥がすように安全圏へと下がらせる。その背中越しに広がる、蠢く異形の群れの光景を見て、彼の双眸にはさらに険しい殺気を含んだ光が宿る。

 

あれは「人間」などではない。奇声をあげ、目は血走り、すでに寄生虫「プラーガ」によって完全に身体を支配されたガナード――より厳密に言うならば、「マジニ」だろう。

 

コンテナの隙間に紛れ込み港の検問や網を掻い潜ってここまで潜り込んできたのだ。スワヒリ語で「悪霊」を意味する『マジニ』はアフリカのキジュジュ自治区で発生が認められたクリーチャー。従来のガナードよりもさらに素早く動き、尚且つ集団としての基礎的な知能や連携すら持ち合わせている……と、かつて任務の合間に目を通した機密資料に記されていた。

 

オリジナルのガナードとの戦いだけでも面倒だったというのに、それより一段階洗練された彼らを相手にするのは宗吾からすれば厄介以外の何者でもなかった。何しろ昼間の日光に晒されると活動が制限されるという弱点をある程度克服し、状況によっては銃火器を巧みに扱い集団で戦術的な包囲網を築いてくる。

 

「……厄介なのが紛れ込んできたな」

 

冷ややかに吐き捨てながら、宗吾は手にした『SG-09R』のダットサイトを的確に敵の急所へと合わせる。背後で怯えるライカを庇いつつ、凄まじい速度で間合いを詰めてくるガナードの群れに向かって、再びその引き金を引いた。

 

蒼白い月明かりと錆びついたコンテナの影が入り交じる埠頭に、ガナードたちの乾いた咆哮が木霊する。宗吾が引き金を絞り、卓越したリコイルコントロールで放たれた2発の9ミリ弾が、先陣を切って跳躍したマジニの眉間を正確に貫く。だが、従来のガナードであればその攻撃で完全に動きを止めるはずだが奴は空中で身を捻り、奇妙な勢いを殺さぬまま地面に着地した。

 

「――っ、やっぱり動きのキレが違うか。無駄にタフだな」

 

宗吾は舌打ちを一つ漏らし瞬時に銃口を別の個体へとスライドさせる。従来の鈍重さや狂気一色だったオリジナルとは違い、奴らの眼光には冷徹なまでの戦闘意図が宿っている。彼らは宗吾の射撃の腕前を本能的、あるいは組織的な判断で見極め、一斉に左右へ散開して包囲網を形成しようと動き出した。

 

「先輩……っ! 私、どうすれば……!」

 

背後でアサルトライフルを構えながら、恐怖と焦燥に震えるライカの声が届く。宗吾は振り返ることなく、しかし絶対的な信頼を置くトーンで言い放った。

 

「俺が指示するまで絶対に動くな」

 

「っ、はいっ……!」

 

次の瞬間、一体が手元に隠し持っていた簡易的なコンバットナイフを振り上げ、目にも留まらぬ速さで宗吾の死角へと肉薄する。

 

宗吾は愛用のカスタムハンドガンをホルスターへ素早く戻すと同時に腰のシースからコンバットナイフを抜き払う。金属同士が激しくぶつかり合う乾いた音と火花が闇夜に散った。ガナードの鋭い斬撃をナイフの腹で完璧に受け流し、宗吾はその身のこなしのまま懐へと潜り込む。流れるような体さばきから繰り出された強烈なエルボーを顔面にぶつけ、さらに追撃の回し蹴りが巨体をコンテナの壁へと叩きつけた。

 

「手間がかかる……」

 

吹きすさぶ潮風の中、残されたガナードたちが一斉に不気味なうめき声を上げながら距離を詰めてきた。統制のとれた動きを見せる敵の群れに対し、宗吾は冷徹な眼光を走らせる。

 

「……数が多いだけの案山子か?」

 

宗吾は息を整える間もなく銃を流れるような動作で連射を叩き込む。放たれた銃弾は暗闇を切り裂き、先頭を走るガナードの肩関節と膝を正確に砕いた。バランスを崩して崩れ落ちる巨体を宗吾は後ろ蹴りで頭をコンテナに蹴りつけ頭を文字通り潰す。

 

「先輩っ!」

 

背後でライカの悲鳴混じりの声が響く。見れば、倒したはずの側面のコンテナの上から、もう一匹のガナードが飛び道具か何かを手に取り、ライカの死角へと襲いかかろうとしていた。ブッシュマスターACRの引き金を引くがえ狙いが甘く倒れなかった。

 

「見えてるぞ」

 

標的をライカを狙う個体へと一瞬で切り替える驚異的なリコイルコントロールで引き金を絞った。 乾いた銃声が連発され、放たれた9ミリ弾はガナードのこめかみを完全に撃ち抜く。

 

衝撃で勢いを削がれたその個体は、ライカの足元からわずか数メートルのところで力なく地面に叩きつけられた。だが、休む暇すら与えず、正面から残りの二体が凄まじい殺気と共に肉薄する。一匹は鉄パイプを振り上げ、もう一匹は素手でありながら異常な筋力で宗吾の胴体を狙って突進してきた。宗吾は一歩も引かず、突進してくる鉄パイプの軌道を左腕のガードで受け止めると同時に、全体重を乗せた強烈なハイキックを叩き込む。

 

鈍い衝撃音と共にガナードの顎が砕け視線が泳いだその隙を逃さない。宗吾は懐に滑り込ませたサバイバルナイフを一閃させ、その喉元を深く抉り抜いた。残る最後の一匹が、恐怖を覚えないかのように狂奔して掴みかかろうとする。

 

しかし、宗吾はガナードから奪い取った鉄パイプを敵の頭に向けて豪快に振り下ろした。グシャッという不快な音が響くと、ガナードは完全に動きを停止し、そのまま地面へと崩れ落ちる。

 

周囲に静けさが戻り潮風の音だけが冷たく吹き抜けていく。宗吾は手にした鉄パイプを放り投げると、冷めきった瞳で足元に転がる敵の残骸を一瞥し、それから恐怖で足元をすくわれているライカの方へと静かに振り返るのだった。

 

全ての敵を沈黙させ、周囲に静寂が戻ったかに思われた。宗吾は小さく息をつき愛用の『SG-09R』の弾倉を確認しようと視線を落とす――だが、まだ終わりではなかった。

 

「……っ」

 

異様な悪寒に背筋を走らせたその瞬間、ガナードが現れたコンテナの闇から、さらなる影がのっそりと姿を現した。頭から麻袋を粗雑な紐でぐるぐる巻きに被り、その表面は返り血で黒ずんでベトついている。

 

そしてその手には、不快な高音でアイドリングを奏でる血塗れのチェーンソーが握られていた。言うならば――チェーンソーマジニか、よりシンプルにチェーンソー男。

 

「チェーンソー……」

 

その姿を認めた瞬間、宗吾は反射的に顔を険しく歪めた。 財閥令嬢を救出した現場――そこでも幾度となくその耳障りな爆音と死の恐怖を味あわせてくれた忘れもしない厄介者だった。

 

プラーガに過剰に適応した結果として極めて強靭な肉体と底知れぬ破壊衝動を獲得した、歩く処刑人。しかも、出会い頭に奇襲をかけてきたりと「熱烈な歓迎」をしてくれたクリーチャーだった。

 

そんなのに似た雰囲気を持つ、奴は冷酷な標的捕捉の気配を漂わせると、じっと宗吾たちを凝視し――キュルルルルルンッ! と、エンジンが一際激しい高音を上げて唸りを上げる。

 

「もっと下がれ火野!」

 

宗吾が叫ぶのと同時に、チェーンソー男は身の毛もよだつような野太い絶叫を夜空に響かせ、轟音を撒き散らしながら一直線に駆け寄ってきた。 そして、その巨体からは信じられないほどの敏捷性で跳び上がり、殺意の塊であるチェーンソーを真上から――大上段へと振りかぶって豪快に斬りかかってきたのだった。

 

轟音を立てて迫り来る処刑人を前に、宗吾は冷静にバックステップを踏みながら距離を稼ぐ。狙い違わず『SG-09R』の引き金を絞り、連ねた9ミリ弾をその麻袋の顔面に正確に叩き込む。怯んだ隙にリロードを済ませ強烈な蹴りを見舞うが、チェーンソー奴は異常な執念で体勢を立て直した。 血走った狂気の目は、あろうことか実戦慣れしていないライカへと標的を絞る。彼女の未熟な気配や恐怖を、あの異形の脳が本能的に嗅ぎ取ったのだ。

 

「火野、絶対に攻撃しようなんて考えるな、お前は距離を取れ!」

 

「は、はいっ……!」

 

しかし、恐怖でこわばったライカの足がもつれ、その場でガタリと派手に転倒してしまった。 逃げる隙を失った少女の頭上へ、奴はジャンプし殺意に満ちた巨大なチェーンソーが振り下ろされる。

 

最悪の死が迫ったその瞬間、宗吾が驚異的な踏み込みでライカの身体を荒々しく突き飛ばした。直後、振り下ろされたチェーンソーの刃が、宗吾の立っていた空間を切り裂く。身代わりとなるように刃の軌道に飛び込んだ宗吾は、反射的に腰のシースからコンバットナイフを引き抜き、あろうことか回転するチェーンソーを受け止めた。

 

金属と刃が激突し、手元や顔を焦がすような激しい火花が周囲に飛び散る。常人であればナイフが両断される狂気の受け流しを宗吾は修羅場で鍛え上げた膂力と技術、そして執念で強引に成立させてみせた。

 

「驚いたか? 俺もだよ!」

 

自嘲気味に吐き捨てながら、宗吾は胸のホルスターから規格外の超大型試作アサルトリボルバー『レクイエム』を瞬時に引き抜く。 人間を遥かに超越したB.O.W.(有機生体兵器)や異形の怪物どもを文字通り粉砕するため、宗吾が常備しているのは規格外の超大型試作アサルトリボルバー『レクイエム』。

 

そのモデルとなっているのは、ロシア製の『RSh-12』。通常の回転式拳銃とは異なり、シリンダーの最下部に銃身が位置するアンダーバレルリボルバーの構造を持つ代物らしい。だが、それを装備科(アムド)の連中がロシアから試作品の段階でどうにか手に入れた後、原型がほぼ無くなりかけるほどの過激な改造を施し宗吾に渡された。結果として銃本体が一回り大きくサイズアップされ、物理的な重量を増やすことで反動を相殺しようという、力任せな「脳筋仕様」へと変貌を遂げている。

 

もちろん、内部に込められる弾薬もB.O.W.を確実に殺すため、破壊力と貫通力が極限まで底上げされた射手に全く優しくない代物だ。そこから放たれる『12.7×55mm』という、本来であればライフルで扱われるような化け物級の弾丸が吐き出す衝撃は撃った瞬間に手首の骨を痛めかねないほど途轍もないものだった。

 

宗吾ほどの卓越した身体能力を持つ男であっても、この暴れ馬のような銃の挙動を操れるようになるまでには相応の長い時間を要し、現在でも完璧に扱えるかと問われると自信は無いが、至近距離なら外さない。

 

放たれた『12.7×55mm』の巨弾が奴の顔面を正面から穿ち、強烈な衝撃で奴の巨体を大きく怯ませた。さらに追撃のフロント・ハイキックで無理矢理距離を作ると宗吾はすかさず『SG-09R』の銃口をチェーンソーの心臓部であるエンジンへと向け、精密射撃でその駆動系を沈黙させる。ギアが砕け、けたたましい爆音がピタリと止まった。

 

「チェーンソーは重いだろ、無理するなよ」

 

そのまま風の如き速さで奴の懐へと滑り込んだ宗吾は、最小限の無駄のない動作でその背後へと回り込む。『レクイエム』の銃口がチェーンソー男の後頭部を正確に捉え、容赦なく引き金が絞られた。

 

間近で叩き込まれた大口径弾の圧倒的な破壊力が脳髄を散らし、巨大な怪物はその場で糸が切れたように動きを止めた。静寂が戻った埠頭で、宗吾はすぐさま崩れ落ちていたライカの方へ向かおうとしていた、その時。

 

「――先輩っ!危なっ——」

 

ライカの悲鳴に近い叫びが響く。すでに絶命したはずのチェーンソー男が、プラーガの執念だけで最後の力を振り絞り、血塗れの巨体をうねらせて背後から襲いかかっていた。だが、宗吾は振り返る事さえない。背後に気配を感じた瞬間、体の一部であるかのように『レクイエム』の銃口を後ろ手へ向け、迷いなく引き金を引いた。 

 

銃声が轟き、最後の一撃が怪物の頭部を完全に粉砕する。巨大な肉体は今度こそ二度と起き上がることなく、重い音を立てて冷たいアスファルトへと崩れ落ちた。静まり返った港の一角に、弾薬の硝煙と焦げたオイルの臭いだけが重く漂っていた。コンテナの陰から響いていた全ての脅威が消え去り、そこにあるのはただ圧倒的な静寂だけだった。

 

「……はぁ、っ……」

 

アスファルトにへたり込んだまま、ライカは肩を激しく上下させ、まだ収まらない震えを両手で抑え込んでいた。目の前で繰り広げられた人間離れした死闘。自分をかばって飛び出してくれたこと、そして一歩間違えれば命を落としていたであろう極限の攻防。その全てが頭の中で渦巻き言葉すら出てこない。

 

宗吾は息を整えると『レクイエム』を胸のホルスターに収め、まだ硬直しているライカの元へと歩み寄った。

 

「……立てるか」

 

ライカはハッと顔を上げる。宗吾は安全のためにとはいえ荒々しく突き飛ばされてしまったことに対する謝罪を言おうと口を開こうとしたが

 

「あ、れ、先輩……私……足がすくんで……何の役にも……」

 

「新人がいきなりガナードの群れに遭遇して立っていられる方が異常だ。むしろ、変に動かなかったおかげで、気にせず動けた」

 

「……先輩は、いつも……こんな化け物たちと戦ってるんですか……?」

 

「ああ。これが俺の日常だ」

 

ライカは泣くのを必死に堪え、銃を握りしめたまま震えていた。頭では理解していたつもりだった。彼の受ける任務がどれほど危険で、自分たちが学校で習う武偵活動とは次元が違うのだと。だが、目の前で繰り広げられた本物の死闘と、人間が化け物に変わる現実を突きつけられ、恐怖で声が出なかった。

 

「さっきは荒っぽく突き飛ばしてすまなかったな……怪我はないか?」

 

その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が完全にプツリと切れ大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。ライカは震える手をその手にそっと預け、こらえきれなくなった涙を流したまま膝立ちをしていた宗吾の胸元へとしがみついた。

 

「せんぱい……っ、怖かったぁ……っ……!」

 

「お、おい……」

 

不意打ちの抱きつきに幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた宗吾もわずかに身体をこわばらせ、どうしたものかと宙に浮いた両手を宙ぶらりんにさせる。だが、その背中にそっと回された無言の温もりは、恐怖に震える少女にとって何よりも確かな現実だった。

 

「……学園に戻って連絡を入れるぞ。密輸の武器も、この化け物の残骸も放置すれば大騒ぎになる」 

 

「……はいっ……!」 

 

しかしライカが立ちあがろうとしたとき、彼女の右足にピキリと鋭い痛みが襲ってきた。

 

「うっ……!」

 

「……足首か。軽度だが捻挫しているな。歩くのは無理そうか?」

 

「はいっ……ごめんなさい、足がもつれて……」

 

「気にするな。あんな状況ならむしろ当然だ」

 

宗吾は戦闘の痕跡と周囲の状況を冷静に考慮し、やがて低い声で告げた。

 

「ここから連絡を入れて、迎えを待とう」

 

宗吾は手早くライカの足の状態を確認し簡易的な応急処置を施して武偵の回線を通じ、本部へと状況報告と回収の要請を入れる。

 

「火野、国の連中が来るまでここで待機だ」

 

「は、はいっ……!」

 

宗吾の落ち着いた声音に引っ張られるように、ライカもようやく震えを抑えながら小さく返事をした。それから数分後。闇夜の道を静かに進んできたのは、一般の者には決して知らされないガナードの残骸処理を専門とする国家の特殊部隊、そして遅れて到着した武偵の回収車だった。訓練された作業員たちが手際よく証拠や残骸を回収していく中、宗吾とライカはその車へと乗り込む。

 

車輪がアスファルトを鳴らし、二人の乗った回収車は夜の闇を切り裂くようにして安全な目的地へと走り出していった。夜の港を背に、二人は静かにその場をあとにする。しかし、何食わぬ顔で平和を謳歌する日本の日常の裏側には、人知れず「アンブレラ」の冷酷な影が、すでに彼らの足元へと確かな足取りで忍び寄っていたのだった。

 

 

 

 

 




宗吾のレクイエムについて。

原作のバイオ9と違いこっちのRSh-12は試作モデル(元々発表されたのか2014年)であり、外見こそ改造によってバイオ9と同じですが、ブローバック機能はなく弾もより敵を確実に殺す為に過剰な破壊力(試作品あるある)であり、レオンなら完璧に扱えるかもしれませんが、今の宗吾では一歩及ばないという感じです。使うのを躊躇ったのもそれが理由ですね。
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