ルパン三世 血の刻印 ~永遠のマーメイド~ ✕ 人魚シリーズ(るーみっくわーるど) 作:クリリ☆
【麻紀と美沙】
勇太と真魚、そしてポップコーン売りの少女は、先ほどの騒ぎから少し離れてゆっくりと話をするため、近くにあるファミリーレストランへと移動することにした。オークション会場の周辺では、まだパトカーのサイレンが鳴り響き、騒ぎを聞きつけた野次馬たちの姿もちらほらと見られたが、三人はなるべく人目を避けるように通りを歩いていった。
その道すがら、互いの名前などを簡単に紹介し合う。ポップコーンを売っていた少女の名前は麻紀。そして先ほど話に出てきた姉の名前は美沙というらしい。ただし、二人は血の繋がった実の姉妹ではなく、幼い頃から同じ孤児院で育ってきた関係なのだという。
「美沙お姉ちゃんはね、すごく頼りになるんだよ」
麻紀はそう言って、少し嬉しそうに笑った。自分は昔から気が弱く、男の子たちに苛められることも多かったが、そんな時にはいつも美沙が助けてくれたのだという。血の繋がりはなくても、麻紀にとって美沙は本当の姉のように慕っている、大切な存在なのだろう。
やがて三人は駅近くのファミリーレストランへと入り、奥の席に腰を下ろした。店内は夕食時ということもあってそれなりに混雑しており、家族連れや学生たちの話し声に加えて、厨房から聞こえてくる食器の音や店員の忙しそうな足音が絶えず響いている。三人はそれぞれメニューを開いて注文を済ませ、料理が運ばれてくる頃には、ようやく先ほどまでの騒ぎから少し離れたような気分になっていた。
「さて、どう説明するか」
勇太は料理を前にしながら、少し考え込んだ。先ほど麻紀の目の前で真魚の傷が瞬く間に治ってしまった以上、何も説明しないわけにもいかない。かといって、普通の人間ならまず信じないような話をどう説明すればいいものかと悩んでいると、向かいに座っていた真魚が食事に使うナイフを一本取り、勇太の方へ差し出した。
「勇太……」
「やっぱ、これが一番手っ取り早いか」
勇太はナイフを受け取ると、麻紀の方へ顔を向けた。
「いいか麻紀、驚かずに見ててくれ」
「え……?」
麻紀が不安そうな顔をする中、勇太はナイフの刃を自分の腕に当て、軽く引っ掻き傷を作る。血がにじみ、麻紀が思わず小さく息を呑む。しかし、次の瞬間にはその傷口が急速に塞がり始め、切れた皮膚がまるで何事もなかったかのように元へ戻っていく。ほんの数秒後には血も止まり、そこには傷跡ひとつ残っていなかった。
「えっ、まさか、勇太さんも!?」
驚いた麻紀が目を丸くする。
「俺と真魚は、人魚の肉を食って不老不死になったんだ。小さな傷ならこの通り、たとえ死んでも半日もすりゃ生き返っちまう」
勇太は自分の腕を確認しながら、こともなげに説明した。
「人魚の肉?」
「ああ。だから麻紀の姉さんも人魚の肉を食ったんじゃねえかと思った訳なんだが、何か知らねえか?」
勇太からそう尋ねられると、麻紀は少し考えるように視線を落とした。しかし、やがて小さく首を横に振る。
「いえ、知りません。美沙お姉ちゃんは、生まれつきそんな体質だって言ってました」
「生まれつきだと!?」
勇太は思わず声を上げた。真魚も驚いたように麻紀を見る。二人とも、これまで美沙も自分たちと同じように人魚の肉を食べたのだろうと考えていたからだ。
「それって……どういうことだ?」
勇太が尋ねると、麻紀は少し困ったような顔をした。
「私も詳しいことは知らないんです。ただ、美沙お姉ちゃんは昔から怪我をしてもすぐ治っちゃって……本人も、どうしてそうなるのか分からないって言ってました」
「本人にも分からねえのか……」
「はい」
麻紀は頷く。
「でも、本当にすごいんですよ。昔、大きな怪我をした時も、救急車が到着する前に傷が治っちゃって……」
「大きな怪我って、どのくらいだ?」
勇太が続けて尋ねると、麻紀は少し考えてから答えた。
「えっと……」
麻紀は美沙との昔の出来事を思い出そうとするように、視線を宙へ向けた。
「確か……車に跳ねられた時がありました」
「車に跳ねられた?」
「はい。横断歩道を渡っている最中、前方不注意の車が信号を無視して突っ込んで来たんです。全身を強く打ち、死んじゃったかと思うほどの重傷だったんですが、それでも救急車が到着する前に治っちゃったんです」
勇太は真魚と顔を見合わせた。
「……なるほどな」
勇太はそう呟くと、麻紀に改めて尋ねた。
「麻紀、もう少しその姉さんのことを聞かせてくれないか?」
勇太と真魚は、人魚の肉を食べてからというもの、不老不死の代償とも言える形で、身体の「成長」までも止まっていた。
勇太自身は人魚の肉を食べてから五百年以上の歳月を生きているが、その姿は今も青年の頃と変わらない。真魚に至っては十五歳の時に人魚の肉を食べたため、実際の年齢はすでに四十歳を越えているにもかかわらず、外見だけを見れば今でも未成年にしか見えない。
それだけではない。かつて二人は、まるで幼稚園児のような姿のまま、八百年以上も生き続けている者に出会ったことさえあった。
人魚の肉を食べた者は、老いることもなければ、身体が成長することもない。だからこそ、勇太は麻紀の話を聞いて、ふと別の疑問を抱いた。
「ところで、その姉さんは子供の頃から、身体は成長してるのか?」
「え?」
突然そんなことを聞かれ、麻紀はきょとんとした。何を当たり前のことを聞いているんだろう――そんな疑問が顔に浮かんでいたが、それでも麻紀は素直に答えた。
「うん。七、八年はずっと一緒だけど、普通に成長してるよ」
「七、八年か……」
勇太は小さく呟いた。
成長期における七、八年という時間は決して短くない。子供なら身長も伸び、顔つきも変わり、身体つきも大きく変化していく。それがもし、ほとんど変わっていないというのなら、周囲の人間が不審に思ってもおかしくはない。
しかし、麻紀の話を聞く限り、美沙は普通に成長してきたらしい。だとすれば、少なくとも人魚の肉を食べた者ではない。
「……そうか」
勇太はそれ以上、何も言わなかった。
美沙がなぜ普通の人間にはないほどの再生能力を持っているのか、その理由までは分からない。だが、それが人魚の肉によるものではないということだけは、少しずつ見えてきた。
【離ればなれの二人】
「それで、その姉さんなんだが……、今どこにいるんだ?」
勇太が何気なく尋ねると、それまで姉の話をする時にはどこか嬉しそうだった麻紀の表情が、みるみる曇っていった。小さくうつむいた彼女の視線が、テーブルの上へ落ちる。
「それが……今は、ヤクザみたいな人の所にいるんです」
「何だって!?」
思わず声を上げた勇太に、周囲の客が何事かと一瞬こちらを振り向く。勇太は構わず、麻紀の話に耳を傾けた。
「実は、私たちがお世話になってる孤児院が、地上げみたいなのに遭ってしまって、多額の借金を抱えるようになったんです。それで美沙お姉ちゃんは、その借金のために、藤堂昌江っていう悪い人の所へ連れていかれたんです」
麻紀は膝の上で両手を握りしめながら、少しずつ事情を話していった。
「それで、私はお姉ちゃんを取り戻したい一心で施設を飛び出して……ずっと藤堂昌江を追って、今日もあそこでポップコーンを売りながら動向を探ってたんです」
「なるほどな……」
勇太は腕を組んで、麻紀の姿を改めて見つめた。
見た目だけなら、まだ小学生くらいにしか見えない少女である。そんな麻紀が、自分を育ててくれた孤児院を飛び出し、ポップコーン売りのワゴンまで用意して、藤堂昌江という裏社会の人間を追い続けていたというのだから、その行動力には驚かされる。
おそらく、本人が思っている以上に危険なことをしているのだろう。それでも美沙を取り戻すために、ここまで一人で動いてきたのだ。勇太は、麻紀がどれほどの覚悟でここまで来たのかを思うと、感心せずにはいられなかった。
すると、それまで黙って話を聞いていた真魚が、おもむろに口を開いた。
「きっと、私と麻紀は似ているな」
「え?」
「もし私も勇太と離ればなれになったら、きっと探す。一生かけても、ずっと探し続けると思うぞ」
真魚は当たり前のことを言うように、まっすぐ麻紀を見つめていた。その言葉に、張り詰めていた麻紀の表情が少しだけ和らぐ。
「……ふふっ」
そして、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ははは、真魚さんは、勇太さんに惚れてるんですね」
「ホレテル? ホレテルって何だ?」
真魚は本気で分からないらしく、首を傾げる。
「好きってことですよ」
「そうなのか、勇太?」
真魚は何のためらいもなく、その疑問をそのまま勇太へ丸投げしてきた。
「えっ?」
唐突に話を振られ、勇太は一瞬言葉を失う。麻紀は面白そうに二人を見ているし、真魚は真魚で、純粋に答えを待っている。
「まあ……そりゃあ、他に理由もねえだろうよ……」
勇太はそう答えながら、気まずそうに視線を逸らした。その顔は、ほんの少しだけ照れていた。
【オークション会場での二つの事件】
その時だった。
ファミリーレストラン内に設置されていたディスプレイから、突然、ニュース速報を知らせる音が流れた。店内で食事をしていた客たちも何事かと画面へ目を向ける中、画面には「緊急速報」の文字が大きく表示され、その下に先ほどのオークション会場で起きた事件についての情報が流れ始めた。
『先ほど、東京・お台場で開かれていたオークションの会場から、出品されていた注目の秘宝「人魚の鱗」が、怪盗ルパン三世によって盗まれるという事件が発生しました』
「……何だって?」
ニュースを聞いた勇太の顔から、先ほどまでの穏やかな表情が消えた。
画面には、オークション会場から逃走するルパン三世の姿や、事件現場の映像が映し出されている。
勇太にとって、「人魚の鱗」はただの宝石ではない。八百比丘尼との約束を果たすため、百年以上もの歳月をかけてようやく見つけた特別なものだった。それが自分たちの手に入る前に、世界を股に掛ける怪盗に盗まれてしまったのだ。
もともと、どうやってあのオークションから人魚の鱗を手に入れるか、それだけでも頭を悩ませていた。それなのに、今度は所在すら分からなくなってしまった。
ルパン三世がこの先どこへ逃げ、誰の手に人魚の鱗が渡るのか。そんなことを追いかける術など、勇太にはない。百年以上をかけて、ようやく見つけた人魚の鱗。
次にその所在が分かるのは、一体いつになるのか。しかも、日本国内ならともかく、もし海外に渡ってしまったら、その入手はいよいよ絶望的なものになる――。
「くそっ……」
勇太は小さく吐き捨てた。だが、続いて流れたニュースが、今度は麻紀の表情を一変させた。
『また、この事件に関連して、オークション会場では一名の死亡者が確認されました』
「……え?」
麻紀が画面を見つめる。そして、ニュースキャスターから告げられたその名前を聞いた瞬間、麻紀の顔から血の気が引いた。
『死亡したのは、藤堂昌江さんです』
「嘘……」
藤堂昌江。
先ほどまで話していた、美沙を連れていったという裏社会の人間だった。しかも、美沙は藤堂昌江の側近として、常に彼女と行動を共にしていたという。
「それじゃ……美沙お姉ちゃんは!?」
麻紀は思わず立ち上がった。突然の大声に、周囲の客たちが一斉にこちらを振り向く。
「落ち着けって、麻紀!」
勇太も慌てて麻紀を制する。
「死んだのは一人だって言ってたろ。少なくとも、お前の姉さんは死んじゃいねえ」
「……あ……」
勇太の言葉に、麻紀はようやく気づいたように口を閉じ、そのままゆっくりと椅子へ腰を下ろした。しかし、ニュースはまだ続いている。
『死亡した藤堂昌江さんは、裏社会では反社会的勢力の有力者として知られており、腹部を刃物で刺されて死亡したものとみられています。警察では何者かに殺害された可能性が高いとみて、詳しい経緯を調べています』
店内には、ニュースを聞きながらざわめく客たちの声が広がっていた。勇太は画面を見つめたまま、何も言わなかった。
人魚の鱗はルパンの手に渡った。
そして、麻紀が追っていた藤堂昌江は死んだ。
自分たちがこうしてファミリーレストランで話をしているほんの短い間にも、事態は大きく動いていたのである。
続く