ルパン三世 血の刻印 ~永遠のマーメイド~ ✕ 人魚シリーズ(るーみっくわーるど) 作:クリリ☆
【最後の希望】
人魚の鱗はルパンの手に渡り、藤堂昌江は死んだ。その事実を知った今、勇太、真魚、麻紀の三人は、ファミリーレストランの席で食事を続けながらも、これからどう動けばいいのか決めかねていた。
人魚の鱗を追おうにも、相手はあのルパン三世だ。世界を股にかける大怪盗が、次にどこへ現れるのかなど分かるはずもない。
勇太は考え込んだまま、ほとんど手をつけずにいた料理を眺めていたが、その隣では真魚が何事もなかったかのように黙々と食事を続けていた。
やがて、真魚が箸を動かしながら、ふいに口を開いた。
「勇太、ルパンだったらすぐ会えると思うぞ」
「どうやってだよ? 相手は『神出鬼没の大怪盗』なんだぞ。次にどこに現れるかなんて、分かりっこねえ」
勇太がそう返すと、真魚は顔を上げ、いかにも不思議そうな表情を浮かべた。
「だって、麻紀がルパンと約束してただろ?」
「約束だと?」
その言葉を聞いた瞬間、勇太の脳裏に、先ほどお台場でルパンと遭遇した場面が蘇った。
ポップコーンを売っていた麻紀のワゴンに近づき、ルパンは悪びれた様子もなく、こんなことを言っていた。
『お嬢ちゃん、このポップコーン売ってくんない? ワゴンごと全部!』
そして、ズボンのポケットの裏地を引っ張り出し、財布を持っていない事をアピールすると――。
『悪いな、今持ち合わせがなくてさ。後で必ず弁償するからよ!』
そこまで思い出したところで、勇太は眉をひそめた。
「まさか、あんな口約束のことを言ってるのか?」
「ああ。約束は守る。当たり前のことだろ」
真魚は、それが何の疑問もない当然の道理であるかのように、さらりと言ってのけた。
「でも、こんなニュースにまでなって、警察も行方を追ってるんだ。そんな危険な状況で、子供との口約束なんか守るか、普通?」
勇太としては、どう考えてもそちらのほうが現実的だった。しかし、麻紀は静かに首を横に振った。
「いえ、ルパンさんなら、きっと約束を守ってくれると思います」
「麻紀まで……」
「だって、怪盗って約束を守るものでしょ。事前に予告状を出して、予告通りに実行するし。きっと、怪盗の誇りにかけて、約束を守ってくれるわ」
「そうだぞ、勇太」
真魚まで畳み掛けるように頷き、勇太は思わず頭を抱えた。
「でも、嘘つきは泥棒の始まりって言うぜ? 言い換えるなら、泥棒は嘘つきってことだ」
「怪盗と泥棒は違うわ」
麻紀も引かない。
「そういうもんなのか……?」
勇太には、どうにも納得しきれなかった。
とはいえ勇太自身も、ルパンを追跡できるような伝手があるわけではない。人魚の鱗を取り戻すにしても、美沙を助け出すにしても、今の三人には他に選択肢がなかった。
「どこにあるかも分からないようなものでも、怪盗なら盗み出してくれる。きっと、ルパンさんなら、お姉ちゃんを盗み出してくれるわ」
麻紀はそう言って、一度だけ拳を握りしめた。
「いや……」
そして、少しだけ目を輝かせる。
「ルパンさんの弟子にしてもらって、私がお姉ちゃんを盗み出すんだから」
その言葉に、勇太は思わず麻紀の顔を見た。
まだ幼さの残る少女が、姉を助けるために本気で怪盗の弟子になろうとしている。その姿はどこか危なっかしくもあったが、それだけ美沙を大切に思っていることだけは疑いようがなかった。
今どこにいるのか分からない。いつどこに現れるのかも分からない。警察が行方を追っている以上、ルパン自身も簡単には姿を見せないだろう。だが現実には、今のルパンとの唯一の接点は、その口約束しかない。
人魚の鱗を取り戻すためにも。
美沙を救い出すためにも。
ルパンとの再会。三人にとって、それが唯一にして最後の希望だった。
【ルパン一世の謎の行動】
東京の片隅、とある廃墟と化した雑居ビル。その地下深くには、表向きには存在しないルパンの東京での活動拠点の一つがあった。地上階は長いこと人の出入りがなく、割れた窓ガラスや剥がれかけた看板が放置されているが、その地下だけは別世界だった。最低限の照明と通信設備、いくつものモニターが並び、盗品や工具類まで整然と配置されている。人の気配を感じさせない廃墟の奥で、ルパン一味は次の行動を決めかねていた。
モニターの一つには、先ほどのお台場で起きた事件を報じるニュース番組が映し出されている。
画面の中では、銭形警部が大勢の記者を前にして、事件について説明していた。
『あの、藤堂昌江氏の殺害についてなんですが、あれはやはり、ルパンの仕業なんですか?』
『いいえ、これは断じてルパンの犯行ではありません。ヤツは無関係な人間を殺したりはしません。これは混乱に乗じて殺害した、計画的な犯行だと私は見ています』
矢継ぎ早に飛んでくる記者からの質問に対して、銭形は真剣な表情で答え続けている。
「さすがとっつぁん、俺のことをよく分かってるじゃねえの」
ソファにふんぞり返ったルパンは、どこか嬉しそうに笑った。自分を追い続ける宿敵でありながら、誰よりも自分のことを理解している男。その銭形が、同じ現場で起きた殺害事件は自分の仕業ではないと断言していることが、ルパンにとっては妙に心地よかった。
だが、そんなルパンとは対照的に、次元は煙草をくわえながら画面を眺めていた。
「それにしても人魚の鱗はどうするんだ。依頼人が死んじまったぜ」
「まあ、こいつと引き換えに不二子を返してもらわなきゃいけないしな」
ルパンはテーブルの上に置かれた人魚の鱗を見た。
宝石のような輝きを放つ丸い琥珀色の物体。しかし、その内部には魚の鱗を思わせる模様が存在しなかった。
「だが、こいつは偽物だ。どうせこいつを渡したところで、何の意味もねえ」
「全く、無駄骨かよ」
次元が煙を吐き出しながら言う。
「まあ、どうせお前が助けなくても、勝手に帰ってくるんじゃないか?」
「まあな」
ルパンは苦笑した。
実際、その可能性は十分にあると思っていた。峰不二子が藤堂昌江と組んでいたのなら、恐らくは今回の財宝を二人で独占するつもりだったのだろう。そう考えれば、藤堂昌江が死んだ今、不二子がいつまでも捕まっているとも思えない。
しかし――。
今回、ルパンが人魚の鱗を狙っていた理由は、それだけではなかった。ルパンには、もっと昔から続いている因縁があったのだ。それは、ルパン一世の時代にまで遡る。
かつて、初代ルパンは人魚の鱗にまつわる財宝を盗むため、一度この謎を追ったことがある。その記録は、ルパン家に代々伝わる資料の中に残されていた。だが、そこには奇妙な記述がある。
初代ルパンは、確かに人魚の財宝が眠る場所まで辿り着いていた。にもかかわらず――財宝を前にして、何一つ盗まず、その場を立ち去ったというのだ。
何故なのか?
その理由だけは、どこにも記されていなかった。ルパンは以前から、そのことが気になって仕方がなかった。盗めない理由があったのか。盗んではならない何かを知ったのか。
それとも――。
「……一世の爺さんは、何を見たんだろうな」
ルパンは、人魚の鱗を手に取りながら、ぽつりと呟いた。
怪盗ルパン一世。
世界中の至るところから価値ある財宝を盗み出してきた男が、目の前にあった財宝を何も取らずに去った。その理由をルパンは知りたかった。そして、その謎を解くために必要となるのが、人魚の鱗だった。
確かに、藤堂昌江から依頼を受けたことが今回のきっかけではある。だが、それだけではない。人魚の鱗は、ルパンにとってもまた、長年探し続けてきたものだったのだ。
【八尾比丘尼(やおびくに)の財宝】
ルパンは部屋の隅にある古びた棚の前に立った。そこには長年使われていないような古い書物や資料が何冊も並べられている。その中からルパンは一冊の分厚い古文書を引っ張り出すと、埃を払うように軽く息を吹きかけた。
「何だ、それは?」
次元が興味深そうに尋ねる。
「こいつは、俺の爺さん――ルパン一世が、どこかから手に入れた人魚の財宝にまつわる古文書だ」
ルパンは古文書をテーブルの上に広げた。
紙はすっかり黄ばんでおり、ところどころ文字が擦れて読めなくなっている。何十年、あるいは百年以上も前のものなのだろう。そこに記された古い文字を指で追いながら、ルパンはとある一節を読み上げた。
「……どういう意味だ?」
次元が眉をひそめる。
「つまり、財宝に辿り着くには、二つの鱗がなくちゃならねえってことだ」
ルパンは、古文書に描かれた二つの鱗の絵を指差した。
「地の鱗が人魚の鱗。そして、天の鱗が竜の鱗だ」
「だが、この人魚の鱗は偽物だったんだろ。本物はどこにあるんだよ」
「そこなんだよな」
ルパンは腕を組んだ。
「百年以上も行方知らずだった人魚の鱗が、突然オークションに出てきた。そして、これだけ精巧な偽物を用意できたんだ」
テーブルの上に置かれた偽物の人魚の鱗へ視線を落とす。
「恐らく、出品者の氷室ってヤツが本物を持っている公算は高い」
「じゃあ、そいつを奪えばいいってことか」
「ああ。だが、問題はもう一つのほうだ」
「竜の鱗か?」
ルパンは頷いた。
「それがよ、伝承では八百比丘尼本人が謎の風来坊の男に渡したことになっていてな。それ以来、百年以上も行方知れずって話だ」
「その、八百比丘尼ってのは何なんだ?」
「人魚の肉を食い、不老不死になって八百年以上生きたって言われる、伝説の尼さんだ」
ルパンは古文書をめくりながら続けた。
「何やら絶世の美女だったらしくてな。時代ごとに、その時々の有力者たちがこぞって求婚したらしい。その結果、貯まりに貯まった莫大な財産が、日本のどこかに眠っていると言われている」
「なるほどな。人魚の財宝の正体は八百比丘尼の隠し財産ってわけか」
次元は腕を組み、古文書を覗き込んだ。
「だが、そこに辿り着くには恐ろしい罠が仕掛けられていて、生身の人間には辿り着けないらしい」
ルパンの表情から、いつもの軽さが少しだけ消えた。
「だから『人魚を喰らいし者』――つまり、人魚の肉を食って、不死身になった肉体が必要ってことらしい」
「不死身の肉体、か……」
次元が呟く。
ルパンは古文書を眺めながら、しばらく黙り込んだ。
人魚を喰らいし者。
天と地の二つの鱗。
そして、死の門。
古文書に記された断片的な情報を頭の中でつなぎ合わせようとするが、肝心なところがどうしても分からない。そもそも、なぜ八百比丘尼は竜の鱗を得体の知れない男に渡したのか。その男は何者なのか。
「……さっぱり分からねえな」
ルパンは頭を掻いた。
そしてルパンは一度思考を切り替え、オークション会場で会ったポップコーン売りの少女の事を思い出していた。銭形警部からの逃走のために、とっさにポップコーンのワゴンをぶつけた。中のポップコーンは派手に飛び散り、ワゴンは大破。
きっと後始末も大変だったに違いないし、彼女は雇い主に怒られてはいないだろうか。
「少し多めに、弁償してやらなくちゃな……」
続く