ルパン三世 血の刻印 ~永遠のマーメイド~ ✕ 人魚シリーズ(るーみっくわーるど) 作:クリリ☆
【現れるルパン三世】
翌日。
勇太たち三人は、再び東京のお台場へとやって来ていた。場所は昨日、麻紀がポップコーンを売っていたオークション会場のすぐ近く。目的はもちろん、ルパンに会うためだった。
とはいえ、いつ現れるのかも分からない相手を、ただ待っているだけというのは、どうにも落ち着かない。勇太は周囲を警戒しながら時折時計を確認し、近くのベンチに腰を下ろしている。その間、三人は昨日までの出来事を話していた。
その流れで、勇太と真魚がこれまでどんな年月を過ごしてきたのかという話になり、二人は自分たちがこれまで出会ってきた人たちのことを、麻紀に少しずつ聞かせていた。
その中には、かつて二人が出会った、真人(まさと)という男の話もあった。
幼稚園児ほどの姿をしたまま、八百年もの歳月を生きてきた男。その姿だけを見れば、どこにでもいる幼い子供にしか見えない。だが、その実態は、勇太や真魚と同じように人魚の肉を食べ、不老不死となった人間だった。
「それでさ真人のヤツ、身体が子供で自分一人じゃ生きられないからってよ、保護者になる人を探して、いろんな女に人魚の肉を食わせてたんだ」
勇太は、当時のことを思い出しながら話を続けた。
「でも、ほとんどが死ぬか化け物になっちまう。たとえ一時的に不老長寿の性質になっても長く持たなくてよ」
麻紀は黙って勇太の話を聞いていた。人魚の肉を食べれば不老不死になれる。それだけ聞けば、誰もが夢のような話だと思うだろう。しかし、勇太と真魚が語る「人魚の肉」は、そんな夢物語ではなかった。
食べた者すべてが不老不死になれるわけではなく、むしろほとんどの人間が即座に死ぬか、醜い異形の化物に成り果てるのだという。
「それで、俺を殺して真魚を自分の世話人にしようとしやがったんだ」
「えっ……」
麻紀の表情が少し曇った。勇太は肩をすくめる。
「まあ、あの頃は色々あったんだよ」
まるで大したことではないように言う勇太だったが、麻紀には、それが二人にとって決して軽い出来事ではなかったことが分かった。
「へえ……それで、その真人って人はどうなったんですか?」
「さあな。まだ人魚の肉を持ってたらしいし、もしかしたら別の世話人を見つけて、どこかでひっそりと暮らしてるかもな」
勇太は、お台場の遠くの景色へ視線を向けた。
「元気にしてるかな、真人のやつ」
「勇太、あの男の話は止めろ。あんなやつ、思い出したくもない」
「そうか?」
「勇太はなぜ平気なんだ。あいつはお前を殺したんだぞ」
「まあ、そうだけどよ……」
幼稚園児のような姿のまま八百年を生きてきた真人。その苦労を思えば、たとえ自分を殺した相手でさえ、憎しみよりも労をねぎらいたい気持ちの方が上回っていた。だが真魚にとっては、勇太を殺した憎い敵としか思っていなかった。
その時だった。勇太の視線が、ふと遠くへ向いた。
「……ん?」
人混みの向こうから、こちらへ向かって歩いてくる男がいる。
赤いスーツ。長身で、どこか猿を思わせる顔立ち。周囲の人間が、その男を特別気に留めている様子はない。だが、勇太たち三人にとっては違った。世界中で指名手配されている大怪盗。その男がまるで何事もないかのように、堂々とお台場の街を歩いてこちらへ向かってくる。
その大胆不敵な姿は、まさに――。怪盗ルパン三世、その人だった。
【交差する運命】
ルパンは麻紀の姿を見つけると、ニコリと笑った。
「おお、嬢ちゃん。すぐ見つかって良かった。昨日は助かったぜ」
「ああ、ルパンさん」
「おおっと、声が大きいぜ。一応、俺は指名手配中だからよ」
その声に反応して、周囲の人々が一瞬だけこちらをチラリと覗く。しかし、まさか世紀の大怪盗がこんな所に平然といるはずはないと思い込み、すぐに興味を失ったように視線を戻していった。
「ほらよ、ポップコーン代」
ルパンは懐から取り出した封筒を麻紀に手渡した。ずっしりとした重みがあり、中には数十万円、もしかしたら百万円近い金額が入っているのではないかと思えるほどだった。いくらワゴン台込みとはいえ、ポップコーン代としては明らかに多すぎる。
「えっ、こんなにたくさん!?」
「ああ、嬢ちゃんのおかげで逃げ切れたんだからよ」
ルパンは軽く笑うと、それから勇太と真魚の方へ視線を向けた。
「そういや、お前らも巻き込んで悪かったな。視界の隅で見えたぜ。嬢ちゃんを突き飛ばした警官隊から庇ってくれてただろ。あんがとな」
それだけ言うと、ルパンは踵を返し、その場を立ち去ろうとした。その背中に、勇太が声を掛ける。
「ちょっと待ってくれ。あんたに頼みがあるんだ」
「あん? 俺に頼み?」
ルパンが振り返る。勇太は一瞬だけ迷った。自分が持っている唯一の切り札。それを、簡単に見せてしまっていいのか。だが、他に交渉材料になるものは何もない。
勇太はナップザックの中へ手を入れると、青色の光を宿した石を取り出した。
「これを見てくれ」
勇太が手のひらに乗せたのは、八百比丘尼から託された『竜の鱗』だった。
「んっ、それは……?」
「これは竜の鱗だ。そして、昨日あんたが盗った人魚の鱗の対になるものだ。これをあんたにやる。だから頼む、ほんのわずかな間でいい。人魚の鱗を貸してくれないか?」
「……竜の鱗だと!?」
その瞬間、ルパンの表情から笑みが消えた。
昨日まで仲間内で話していた、百年以上も行方知れずになっていた竜の鱗。それが何の前触れもなく、いきなり目の前に現れたのだ。ルパンは目の前の石を凝視する。
「こいつは、間違いねえ……」
長年、古今東西の秘宝や財宝を追い続けてきたルパンには、それが本物であることが直感的に分かった。偽物ならではの僅かな違和感がない。伝承に残された竜の鱗、そのものだった。
「あんた、何者だ? そいつを一体どこで手に入れた?」
「これは、八百比丘尼から預かったものだ」
「八百比丘尼だと!?」
その名を聞いた瞬間、ルパンの目が鋭くなる。
古文書に記されていた伝承。八百比丘尼が、謎の風来坊に竜の鱗を渡したという記述。そして今、その竜の鱗を持った男が、目の前にいる。
適当なでっち上げや偶然だけで、ここまで話の整合性が取れるはずがない。もはやルパンにとって、この男の存在を無視することはできなかった。
「こいつは立ち話で済む話じゃねえ」
ルパンは周囲を見回した。
「俺のアジトに案内してやる。ついてきな」
ルパンが初対面の人間を自分のアジトへ連れていくなど、今まで決してあり得ないことだった。だが、この男の話には、それをするだけの価値が十分にある。それに、竜の鱗がこんなにも不用意に人目に晒されていることも、ルパンには不安だった。ルパンは勇太たちを促すと、足早にその場を離れ始めた。
【謎の風来坊の正体】
アジトに戻ると、ソファに寛いでいた次元と五ェ門が、驚きの表情を見せた。まさか、ルパンが一般人を連れて戻ってくるなど、二人には考えられないことだった。
「おいルパン、誰なんだこいつら?」
「それがよ、昨日話した『竜の鱗』の持ち主なんだ」
「竜の鱗の持ち主だって?」
「ああ。詳しい話はこれから聞く」
「そうか……」
怪訝には思ったものの、ルパンが自分から連れてきた以上、今さら追い返すわけにもいかない。次元と五ェ門は、とにかく彼らの話を聞くことにした。
勇太、真魚、麻紀が簡単に名前を名乗ると、待ちきれないとばかりにルパンが口を開いた。
「で、あんたはどうして竜の鱗を持ってるんだ? さっき八百比丘尼から預かったと言ってたが、どういうわけだ。八百比丘尼は百年以上も昔に歴史の表舞台から姿を消した伝説の尼さんだ。そいつから直接もらったとでも言うのか?」
「ああ、そうだ」
あまりにもあっさりと答えられ、ルパンは思わずずっこけた。
「あんた、真面目そうな顔をして、面白い冗談を言うんだな」
「いいや、冗談じゃない。俺と真魚は人魚の肉を食って、不老不死の身体になったんだ。俺はもう五百年以上生きてる。八百比丘尼とも直接会ったことがある」
「おい、マジかよ。人魚の肉なんて本当にあるのかよ」
すると、麻紀が口を挟んだ。
「勇太さん、またあれやったら?」
「そうだな。あれが一番手っ取り早い」
真魚がナップザックの中から小型のナイフを取り出した。
「ほら、勇太」
その様子を、ルパンたちは不思議そうに眺めている。
その視線を感じながら、勇太は慣れた手つきでナイフを自分の前腕に当て、軽く切り裂いた。次の瞬間、裂けた傷口が見る間に塞がっていく。
「なんだと!?」
「ご覧の通りだ。傷だけじゃなく、たとえ死んでも半日もすりゃ生き返る」
ルパンは、その言葉を聞いた瞬間、あの古文書に記されていた一節を思い出した。
人魚を喰らいし者、天と地の鱗を携え、死の門をくぐるべし
「こいつはたまげたぜ……。伝承の『人魚を喰らいし者』まで、本当にいるって言うのかよ」
すると次元が、呆れたように口を開く。
「カモがネギを背負って、なんて言うが、まさか人魚を喰らいし者が竜の鱗を持ってやってくるとはな」
「で、あんたは、なぜそれを八百比丘尼から託された?」
「八百比丘尼は、俺に骸の埋葬を依頼したんだ」
「骸の埋葬?」
「俺が八百比丘尼に会った時、彼女はすでに八百年を生き、もう自分の寿命があとわずかだと言っていた。そして、その骸が一族の利権争いに使われることを予見していた。だから、自分の死後に遺体を人知れず埋葬して、安らかな眠りにつかせて欲しいと、俺は頼まれたんだ」
「八百比丘尼の骸。それが人魚の財宝の正体だって言うのか?」
「人魚の財宝? いや、俺はそこまでは知らない。ただ、八百比丘尼の遺体の安置所に行くには、人魚の鱗と竜の鱗が必要だと聞いた。だが、人魚の鱗の行方は八百比丘尼自身も知らなかった。だから俺は、百年以上、ずっと探してたんだ」
次元がルパンに視線を向ける。
「この話、本当か? どう思う、ルパン?」
「俺は、この話が真実である可能性が高いと思うぜ」
ルパンは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「仮に人魚の財宝が八百比丘尼の骸だって言うなら……何となくだが、俺の爺さん、ルパン一世の行動の謎も、少し分かる気がするしな……」
【共闘成立】
ルパンは改めて勇太の顔を見つめた。
長年、様々な相手と財宝や秘宝を巡る駆け引きを繰り返してきたルパンには、相手の言葉や仕草から、嘘をついている時に生じる僅かな違和感を感じ取る勘があった。欲にまみれた人間と対峙した時に漂ってくる、あの嫌な気配も、これまで何度となく感じてきた。
だが、目の前の勇太からは、そうしたものがまるで感じられない。
五百年以上を生きてきたという話の割には、狡猾さや老獪さといったものも感じなかった。むしろ、どこか不器用で、長い年月を苦労しながら生きてきた男なのだろうという印象のほうが強かった。
「よし、いいだろう。ここは共闘と行こうぜ。俺とあんたが手を組めば、人魚の財宝は手に入ったも同然だ」
「すまん。恩に着る」
「お前は八百比丘尼の骸を手に入れる、俺はそれ以外のお宝を全てもらう。それでいいな?」
「ああ、それで構わない」
「よし、それじゃあ交渉成立だ。よろしくな勇太」
ルパンが手を差し出す。勇太は一瞬だけその手を見つめると、しっかりと握り返した。
だが、握手を交わしたルパンは、どこか申し訳なさそうな顔をした。
「だがよ、話の腰を折って悪いんだが……実は俺、人魚の鱗を持ってないんだわ」
「何だと!?」
ルパンはソファの隅に無造作に転がっていたものを拾い上げた。昨日のオークションで盗み出した、人魚の鱗。
「実は昨日盗み出した人魚の鱗だけどな。これ、偽物だったんだ」
「偽物だと……そんな……」
勇太はルパンから人魚の鱗を受け取ると、両手でじっと見つめた。
百年以上。八百比丘尼との約束を果たすため、ずっと探し続けてきた。その長い年月を費やして、ようやく手にしたと思った人魚の鱗が、偽物だった。
「くそ……やっと見つけたのに」
勇太の肩が、微かに震えている。
「だが、もう本物のありかはある程度、目星がついている。ちょうどこれからいただきに行くところだったんだ」
「そうか……それじゃ頼む。俺も連れていってくれ」
「そいつはできねえ相談だ」
ルパンは即座に首を横に振った。
「素人が一緒じゃ足手まといだ。まあ、大人しく待ってろって。すぐ本物を持ってきてやるからよ」
「……そうか」
勇太は、すぐにでも飛び出していきたい気持ちを抑えた。
「……分かった」
自分が建物への潜入や盗みといったことに向いていないのは、勇太自身がよく分かっている。
下手に同行してルパンの足を引っ張るより、ここは素直に任せたほうがいい。そう判断すると、勇太は黙って頷いた。
続く