ルパン三世 血の刻印 ~永遠のマーメイド~ ✕ 人魚シリーズ(るーみっくわーるど) 作:クリリ☆
【オークションの裏側】
時は少し遡る。
ルパン三世が人魚の鱗を盗み出した直後――。
オークションのメイン会場は突然現れた大怪盗によって大混乱に陥っていた。警備員たちが右往左往し、会場内には逃げ惑う客たちの声が響き渡る。だが、その騒ぎを別室から眺めている女がいた。
藤堂昌江――裏社会では『熊殺しのおマサ』の異名で恐れられている女である。
彼女は騒然とする会場の喧騒を、まるで心地よいクラシック音楽でも楽しむかのようにワイングラスを傾けていた。
「ふふ……」
その口元には薄い笑みが浮かんでいる。ルパンが人魚の鱗を盗み出すことも、それによって会場が混乱に陥ることも、藤堂にとっては想定の範囲内だった。
むしろすべて予定通りに進んでいる。そして、その傍らには一人の少女が控えていた。
麻紀が探し続けている姉――美沙である。
藤堂の側近として、いつも彼女の傍に付き従っていた美沙は、何も言わず静かに立っていた。その時だった。
――ドンッ!
突然、部屋の扉が激しく開け放たれた。藤堂が顔を上げる。開いた扉の向こうから、二人の男が姿を現した。一人は、このオークションで人魚の鱗を出品していた男――氷室。そしてもう一人は鋭い眼光を放ち、日本刀を携えた男、景浦だった。
「何だい、お前たちは? 確か外には黒服がいたはずだが」
藤堂が睨みつける。氷室は答える代わりに、口元をわずかに吊り上げた。
「ああ、彼らなら――」
氷室が扉の外へ視線を向ける。
「ゆっくり横になってますよ」
その言葉通り、部屋の外には藤堂が雇っていたボディーガードの黒服たちが、全員床に倒れていた。誰一人として立ち上がる者はいない。すでに完全に無力化されていた。
「ふん、私に何の用だい」
藤堂の目が鋭くなる。
「用があるのは、そちらの小娘の方だ」
「美沙に用だと? 何の用だい」
「フッ、お前はもう死ぬんだから、それを知る必要はない」
「笑わせるな青二才が! 熊殺しのおマサをナメるんじゃないよ!」
そう言うと藤堂は懐へ手を入れた。取り出したのは一丁の拳銃。銃口を二人の男へ向けようとした、その瞬間だった。藤堂の動きを見た次の瞬間、景浦の身体が、まるで風のように動いた。
「危ない!」
咄嗟に美沙が叫んだ。そして藤堂を庇うように、その身体を割り込ませる。次の瞬間、日本刀が美沙の身体を無情にも貫いた。刃はその身体を突き抜け、さらにその先にいた藤堂へと届いた。
景浦が日本刀を引き抜くと、すでに二人は絶命していた。
「すいません氷室さん。娘の方までやっちまいました」
「なあに、構わん。この娘の再生能力を見極める、ちょうど良い機会だ」
氷室はそう言いながら、血に染まった美沙の身体を見下ろしていた。まるで目の前で人が殺されたことなど、何の意味も持たないかのような、冷たい眼差しだった。
「でも、もし生き返らなかったらどうします?」
「それはそれで構わない。その程度の再生能力じゃ、最初から用無しだ。それじゃ、さっさと済ませるぞ」
「はい」
景浦は懐から、人が一人入れるほどの大きな袋を取り出した。そして床に倒れている美沙の身体を袋の中へ入れると、そのまま袋の口を閉じ、肩へ担ぎ上げる。
藤堂昌江の死体には目もくれず、氷室は部屋を出ていく。その後を、日本刀を携えた男が続いた。
その一連の様子を、部屋の天井裏から覗いている者がいた。――峰不二子である。
不二子は、氷室とその男が美沙を連れ去っていく様子を、息を潜めてじっと見つめていた。
「なるほど……」
氷室が、あの娘――美沙をわざわざ連れて行った。なぜ、あの娘なのか。その理由までは分からない。だが、不二子は直感した。
ただの医療機器会社の社長が、これほどの手練れの殺し屋を従え、裏社会の人間を殺してまで一人の少女を連れ去るはずがない。
――あの男、何かを知っている。
「どうやら、人魚の財宝に一番近いのは氷室のようね」
不二子は、ほんの少しだけ口元を吊り上げた。藤堂昌江は死んだ。ならば、もう彼女にこだわる必要はない。
「ここは氷室と組んだ方が良さそうね」
そうして、何事もなかったかのように天井裏を抜け、オークション会場を後にした。
【八百比丘尼の子孫】
それから数時間後――。
美沙は、ぼんやりとした意識の中でゆっくりと目を覚ました。
最初に目に入ったのは、見慣れない白い天井だった。身体を起こそうとした瞬間、両手と両足に冷たい感触が伝わり、そこで初めて自分が無機質な台の上に寝かされ、鉄製の金具によって四肢を拘束されていることに気付く。
周囲を見回してみても、そこにあるのは壁際に並べられた幾つかの電子機器と、何に使うのか分からない医療器具ばかりで、窓らしいものもなく、機械が発する低い駆動音だけが静かな室内に響いていた。
「ここは……?」
美沙が不安そうに呟くと、すぐ傍で様子を見守っていた白衣姿の研究員が顔を上げた。
研究員は美沙の意識が戻ったことを確認すると、慌てる様子もなく部屋の隅に置かれた電話を手に取り、どこかへ連絡を始める。
「氷室社長、娘が目を覚ましました。はい、はい、それでは失礼いたします」
短い報告を終えて電話を切ると、研究員は再び美沙の方へ視線を戻した。
それから数分ほどして、重い扉が開き、氷室が部屋へ入ってきた。
氷室は美沙に近づくと、まるで貴重な研究材料でも観察するかのように、頭から足元までじっくりとその身体を眺める。
「起きたか。どこも悪いところはなさそうだな」
「あの……ここはどこでしょうか? あなたは……誰?」
自分が置かれている状況を理解できないまま、美沙は怯えた声で尋ねた。
「ここは私の研究所だ。様々な医薬品などを作っている。私はそこの社長というわけだ」
氷室は淡々と答えたが、その声音には美沙を安心させようとする気配など微塵もなかった。
「あの……どうして、こんな酷いことをするんですか?」
美沙が拘束された手足を見つめながら問いかけると、氷室はしばらく黙っていたが、やがて何かを確かめるように美沙の顔を見つめた。
「そうだな。それを答える前に、お前に一つ質問をしよう」
そこで氷室は一拍置き、静かな声で問いかける。
「お前は、自分が八百比丘尼の子孫であることを知っているか?」
「ヤオビクニ……? 何ですか、それは?」
美沙が首を傾げると、氷室は呆れたように小さく息を吐いた。
「やれやれ……そんなことも知らないのか。一族の誇りを失った、憐れな小娘だ」
氷室はそう言うと、研究所の壁際に並んだ機器へ目を向けながら、まるで長年研究してきた歴史を語るかのように説明を始めた。
「八百比丘尼というのは、人魚の肉を食べて不老不死になったと言われる伝説の尼だ。名前の通り、八百年生きたと伝えられている。そして彼女は、どんな怪我を負ってもたちどころに治ってしまう、不死身とも言える身体を持っていた」
美沙は黙ったまま、その話を聞いていた。
「八百比丘尼の子孫には、数百人に一人の割合で、その性質を色濃く発現させる者がいる。そして、それがお前だ、美沙」
「私が……八百比丘尼の子孫?」
「そうだ」
氷室は即答した。
「まあ、八百比丘尼の骸を管理しているのは我が一族なんでね。私とお前はいわば、本家と分家の関係になるか」
その言葉に、美沙の表情がさらに困惑する。
「私はずっと、八百比丘尼の末裔がどこにいるのかを調査し、その体質を受け継いでいる者を探していた。そして、ようやくお前を見つけたというわけだ」
氷室はそこで言葉を切ると、美沙の身体を改めて眺めた。
「だが、よりにもよって藤堂昌江の側近になっているということだったのでね」
その口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「そこで、人魚の鱗と共に人魚の財宝の噂を流し、藤堂昌江がオークション会場へ来るように仕向けたというわけだ」
【氷室の企み】
「私を……どうするつもりですか?」
美沙が不安げに尋ねると、氷室はすぐには答えず、口元に薄い笑みを浮かべながら彼女を見つめた。
「それを説明するために、少し面白い実験をしよう」
そう言って氷室が手を上げ、研究員へ合図を送る。
すると間もなく、部屋の扉が開き、別の研究員たちが一人の男を台車に乗せて運び込んできた。男は美沙が寝かされているものと同じような寝台に手足を拘束されており、自分がこれから何をされるのかまったく知らされていないらしく、室内へ運び込まれた途端に必死の声を上げ始めた。
「何をするんだ! 止めろ! 助けてくれ!」
男の叫び声が無機質な研究室に響き渡るが、研究員たちは何の反応も示さず、淡々と拘束具を確認していく。
美沙はその光景を見つめながら、氷室に問いかけた。
「この人に……何をするつもりなんですか?」
「まあ、見ていれば分かる」
氷室はそう答えると、白衣のポケットから一本の注射器を取り出した。
そして美沙の腕を掴み、抵抗する暇も与えないまま細い針を皮膚へ突き刺す。
「痛っ……!」
美沙が顔をしかめる中、氷室は一定量の血液を採取すると、そのまま注射器を持って拘束された男のもとへ歩み寄った。
「やめろ……何をするつもりだ!」
男が必死に身体をよじる。
だが、氷室は何の躊躇もなく、その血液を男の腕へ注射した。その直後だった。
「ぐあああああっ!」
男の身体が突然、大きく跳ね上がった。全身の筋肉が異常なほど膨れ上がり、皮膚の下で血管が浮かび上がると、拘束していた鉄製の金具が激しく軋み始める。まるで身体そのものが別の生き物へ変貌していくかのような凄まじい変化に、男は絶叫しながら拘束具を引き千切ろうともがき続けた。
「う、うおおおおおっ!」
その力は凄まじく、今にも寝台そのものを壊してしまいそうな勢いだった。
しかし突然、男の身体から力が抜けた。
さっきまで激しく暴れていた身体が、まるで糸の切れた人形のように、ぐったりと寝台へ倒れ込む。研究室に静寂が戻った。男は、もう事切れていた。
「……何で、こんな酷いことを……」
美沙が震える声で呟くと、氷室は死体を見下ろしながら、まるで実験結果を確認する研究者のように冷静な口調で答えた。
「うむ。この性質を解析することができれば、痛みを恐れず、死すら克服した人間をいくらでも生み出せる可能性がある。それは死の恐怖を克服した、最強の人間兵器となるだろう」
氷室の目に、異様な光が宿る。
「それを世界中に売れば、莫大な利益が出せるばかりか、上手くコントロールすることができれば、世界の支配者になることだって夢ではない」
その言葉を聞き、美沙の顔から血の気が引いていく。
「だが、安心しろ」
氷室はそんな美沙の反応を楽しむように、穏やかな口調で続けた。
「研究に使うのは、お前の劣化した遺伝子ではない。オリジナルである八百比丘尼自身の遺伝子を使う」
「え……?」
「お前は、八百比丘尼のもとへ行くための、ただの鍵に過ぎん」
美沙には、その言葉の意味がすぐには理解できなかった。
氷室はそんな彼女を見ながら、さらに説明を続ける。
「私は知っているんだよ。八百比丘尼のもとへ辿り着くためには、いわゆる『死の罠』を突破しなければならない。普通の人間では到底生き残れないほどの危険な仕掛けが待ち受けているそうだ」
氷室の視線が、美沙の身体へ向けられる。
「だからこそ、不死身の人間が必要になる。お前には、そのために役立ってもらうというわけだ」
美沙は何も答えられなかった。
自分が八百比丘尼の子孫であるという事実さえ、ほんの数分前まで知らなかった。それなのに今、自分の身体は見知らぬ男たちの研究材料として扱われ、さらには自分自身が、八百比丘尼のもとへ向かうための道具として利用されようとしている。
その事実に、美沙は言いようのない恐怖を覚えた。
「ところで……」
ふと、氷室が何気ない調子で尋ねる。
「お前は今まで、献血をしたことがあるか?」
「いえ……ありませんけど」
「そうか。それは運が良かったな」
氷室は口元を歪めると、まるで冗談でも言うように、楽しそうに笑った。
「もし献血でもしていれば、このようにお前の血が入った者は、化け物になっていたかもしれないな」
「……!」
美沙は息を呑んだ。
これまで自分は、少し傷の治りが早いだけだと思っていた。事故に遭ったときも、周囲が驚くほどの傷を負いながら生き延びたことも、ただ自分が特別な体質だったからだとしか考えていなかった。
だが、今になって初めて、その身体が普通の人間とはあまりにもかけ離れたものであることを思い知らされる。
自分の血が、他人の身体まで変えてしまう。
その事実を理解した瞬間、美沙は自分自身の身体さえ恐ろしく感じ、拘束された手を震わせながら、ただ氷室を見つめることしかできなかった。
続く
【制作こぼれ話】
ここまでお読みいただきありがとうございます。今回は中の人の話です。今回の敵役『氷室彰』のCVは『石田彰』さんです。
私は最近毎日のように『文豪ストレイドックス』のアニメを見てるんですが、敵組織のボスのフョードル・ドストエフスキーのCVが石田彰さんなんですよね。これがまた、メチャメチャカッコ良くて、普通に聞き惚れてしまいます。悪役を演じる石田彰さん、かなりカッコいいです。
そんな訳で、本作の氷室の声を、脳内で石田ボイスで再生していただけると、より本作を楽しむことができるのではないかと思います。
ちなみに『藤堂昌江』のCVは『野沢雅子』さんです。言わずと知れたドラゴンボールの孫悟空の声ですね。レジェンド級の声優さんを、開始10分くらいで殺しちゃってるんだから、なかなか贅沢な声優の使い方をしてるなあと感じました。