ルパン三世 血の刻印 ~永遠のマーメイド~ ✕ 人魚シリーズ(るーみっくわーるど) 作:クリリ☆
【怪盗への弟子入り志願!?】
ルパンと勇太が共闘を決め、互いに固い握手を交わした、その直後だった。
これまで黙って話を聞いていた麻紀が、待ちきれないとばかりに身を乗り出した。先ほどまで大人たちの話に割って入るのを我慢していたのだろう。その目には、決意と期待が入り混じっている。
「ルパンさん、いえ、ルパン先生。私をルパン先生の弟子にしてください」
「ルパン先生? 弟子って何のだよ?」
突然の申し出に、ルパンは目を丸くする。次元は煙草をくわえたまま呆れたように麻紀を見つめ、五ェ門もまた、黙って少女の言葉に耳を傾けていた。
「私、泥棒になりたいんです」
「泥棒になりたい? 駄目だ。俺は弟子はとらない主義なんでね。それに、泥棒になったら、警察からも追われ、心が休まる暇もなくなっちまうんだぞ」
ルパンは軽い調子で言いながらも、麻紀を諭すように言葉を選んでいた。自分たちの世界が、決して子供の憧れだけで飛び込めるような場所ではないことくらい、ルパン自身が誰よりもよく知っている。だが、麻紀は引かなかった。
「私はどうしても、取り戻したい人がいるんです。だから、泥棒になって、その人を盗み出したいんです」
そこまで聞いて、ようやくルパンにも話が掴めてきた。この少女は、本当に泥棒になりたいわけではない。何か大切な人を助けたい。そのために、自分には泥棒になるしかないと思い込んでいるのだ。ルパンは少しだけ表情を変え、麻紀をまっすぐ見つめた。
「で、誰を盗み出したいんだ?」
「お姉ちゃんです。いつも私を助けてくれたお姉ちゃんが、藤堂昌江の下にいるんです。でも、藤堂が死んで、お姉ちゃんもどうなってるか分からないから、私も怪盗になるしかないんです」
その言葉を聞いた瞬間、ルパンの表情がわずかに変わった。
藤堂昌江。
つい先日、自分を呼び出し、人魚の鱗を盗めと命じてきた女だ。そして、その傍らには、ルパンの記憶に残っている一人の少女がいた。あの薄暗い部屋で、藤堂のすぐ傍に立っていた若い女。
年齢はひどく若く見えた。派手なところはなく、むしろ真面目で大人しそうな印象だった。それでいて、藤堂の隣にいることにどこか怯えているようにも見えた。ルパンはその時の光景を思い出し、ふっと目を細める。
「お前のお姉ちゃん、もしかしたら俺、会ってるかも知れないぜ」
「えっ、本当ですか!?」
麻紀の顔がぱっと明るくなった。
「ああ、俺はおマサから人魚の鱗を手に入れてくるように依頼を受けたんだ。その時、おマサの傍に、やたら若くて真面目そうなお姉ちゃんがいてよ。どこか怯えてるようだったしな。そいつじゃないのか?」
「間違いありません。きっと美沙お姉ちゃんだと思います!」
麻紀はほとんど確信したように答えた。名前を聞いたルパンは、改めてあの時の少女の姿を思い浮かべる。
美沙――。
藤堂昌江の傍らにいた、あの若い女。まさか、あの少女が麻紀の言っていた「お姉ちゃん」だったとは。そして何より気になるのは、藤堂が死んだ今、美沙がどこにいるのかということだった。
ルパンは腕を組み、少しの間、何かを考えるように黙り込んだ。藤堂昌江の傍らにいた美沙の姿と、今聞いた麻紀の話が、頭の中で少しずつ繋がっていく。
「しかし、何だっておマサはあんな女の子を側近にしてたんだ。どう見ても荒事をやれるようなタイプじゃねえ。裏の世界じゃ不釣り合いな感じだったぜ」
ルパンの疑問に、麻紀は少し俯きながら答えた。
「私とお姉ちゃんは孤児院育ちだったんですが、施設の借金の肩に連れて行かれたんです。お姉ちゃんは勇太さん達みたく、どんな傷もあっという間に治っちゃうから、きっと危ない事をやらされてるんだと思います」
その言葉に、ルパンの眉がぴくりと動いた。
「何だと、お前の姉ちゃんも人魚の肉を食ったのか!?」
「いえ、お姉ちゃんは生まれつきの体質だって言ってました」
麻紀の答えを聞き、ルパンは顎に手を当てる。勇太と真魚の不老不死とは違う、生まれつきの異常な再生能力。そして、それを利用できる立場にいた藤堂昌江。さらに、藤堂が人魚の財宝を追っていたことまで考え合わせれば、単なる偶然とは思えなかった。
「なるほど、読めてきたぜ」
ルパンは少し考えてから、ゆっくりと言葉を続けた。
「おマサも人魚の財宝を追っていた。もしかしたら、ヤツなりの情報網で人魚の財宝を手に入れる為には死の罠を通らなきゃいけない事を知っていたのかも知れねえ。そして、そのためにお前のお姉ちゃんを利用するつもりだったんじゃねえか」
「そんな事にお姉ちゃんを利用するつもりだったなんて……」
麻紀の顔から、さっきまでの明るさが消える。自分が知らないところで、美沙がどんな目に遭わされていたのか。そう考えるだけで、胸が締め付けられるようだった。
だが、ルパンはまだ断定しなかった。あくまで自分の推測にすぎない。それでも、ここまでの情報を繋ぎ合わせれば、無視できない可能性だった。
「だとすればだ、ここからはただの推測だが、その情報を人魚の鱗の出品者、氷室も掴んでいるかも知れねえ。何せ、偽物の人魚の鱗を出品しやがったくらいだからな。いや、それどころか、おマサからお前の姉ちゃんを奪うため、人魚の鱗の出品そのものが餌だった可能性すらある……」
ルパンの声が、わずかに低くなる。
もし氷室まで美沙の存在を知っていたのだとすれば――藤堂昌江の死と、美沙の行方不明は、決して別々に起きた事件ではないのかもしれない。
【峰不二子の寝返り】
その様子を、扉の外から聞き耳を立てている者がいた。峰不二子である。
オークション会場を脱出した不二子は、その後、氷室と接触していた。氷室が何を企んでいるのかを探るため、そして何より自分にとってより大きな利益を得るため、二人は手を組むことになった。不二子は氷室の指示を受け、ルパン一味の動向を探る役目を引き受けていたのである。ところが、ここに来て不二子は考えを改めた。
扉の向こうから聞こえてくる話に耳を傾けながら、不二子は静かに考える。
ルパンは現在、『人魚を喰らいし者』と『竜の鱗』を所持している。しかもルパンならば、氷室の所持する『人魚の鱗』も情報さえ渡せば易々と手に入れるだろう。そうなれば、長年謎に包まれていた人魚の財宝は、もう目と鼻の先だ。
そして何より、ルパンならば御しやすい。
氷室のような得体の知れない男と手を組んで、取り分を巡って命を懸ける必要などない。ルパンと一緒に財宝を手に入れた後、うまく立ち回れば、山分けどころか、その大部分を自分のものにすることだってできるかもしれない。
というより、そもそもルパンはお宝に対してさほど執着がない。お宝そのものより、むしろそれを手に入れる過程を楽しむ風である。だからこそ、ルパンについて行けば貴重なお宝が簡単に自分の手元に転がり込んでくる。不二子の口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。
決断は早かった。氷室との約束など不二子にとっては財宝を手に入れるための手段に過ぎない。より大きな利益を得られる可能性があるなら簡単にそちらへ乗り換える。それが峰不二子という女だった。
そして不二子は、あっさりと氷室を裏切ることを決めた。何食わぬ顔で、慣れた手つきで扉を開ける。その瞬間、部屋にいた全員の視線が、一斉に不二子へ向けられた。
「ルパン!」
「おお、不二子ちゃん。会いたかったぜ」
「私もよ、ルパン」
不二子は何事もなかったかのようにルパンへ歩み寄ると、二人は人目も憚らず、互いを強く抱き締め合った。それを見ていた次元は、呆れたように眉をひそめる。
「不二子、藤堂に捕まってたんじゃなかったのか?」
「もう、大変だったのよ。必死に逃げてきたんだから」
「へっ、どうだかな」
次元は疑わしげな目を向ける。もちろん、今の不二子の言葉を額面通りに信じているわけではない。だが、問い詰めたところで、この女が素直に本当のことを話すとも思えなかった。
「全く、やれやれでござる」
五ェ門も呆れ顔を浮かべる。
しかし嫌み一つでそれ以上、二人が不二子を追及することはなかった。実質お咎めなしで受け入れてしまうのである。何だかんだと言いながらも、次元、五ェ門にとっても、不二子もまた長い付き合いの仲間の一人だった。
不二子は、ソファーに空いているスペースを見つけると、そこへ腰を下ろした。それから、まだどこか疑わしげな視線を向けている次元と五ェ門に、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「そんな邪険にしないで。良い情報があるんだから」
藤堂昌江、そして氷室のもとを渡り歩いてきた不二子には、確かにルパンたちが知りたかった情報がいくつもあった。二人の懐に入り込み、それぞれの思惑を探ってきた彼女だからこそ、掴めた事実もあるのだ。
「まず、人魚の鱗ね。これは確かに氷室が持ってるわ」
「やっぱりな」
ルパンは思わずニヤリと口角をつり上げた。オークションに出品された人魚の鱗が偽物だった以上、本物は別の場所に保管されていると考えていたのだ。その読みが当たったとなれば、話は早い。
「氷室の製薬会社の新薬研究所、その社長室の裏に秘密の隠し部屋があって、そこに古今東西、氷室が収集したお宝が置かれてるの。その中に人魚の鱗もあるわ」
「研究所の方か」
ルパンは確認するように呟き、頭の中で情報を整理した。氷室は製薬会社の社長でありながら、裏では違法な武器の取引にも手を染めている。そんな男が、表沙汰にできない貴重な品々を秘密の部屋に保管していたとしても不思議ではない。
だが、不二子はそれ以上に重要な情報を握っていた。
彼女はふと視線を移し、部屋の隅で話を聞いていた麻紀へと顔を向ける。
「そして、あなたのお姉さん、美沙は氷室の自宅に幽閉されているわ」
「美沙お姉ちゃんが!?」
麻紀は弾かれたように顔を上げた。行方の分からなかった姉が、氷室のもとにいる。その事実に驚くと同時に、ようやく居場所が分かったという安堵が胸に広がる。けれど、それも一瞬のことだった。
「昨日は研究所の方で色々な実験を行ってたらしいけど、今日はずっとそこに閉じ込められてるみたい。しかも、逃げ出せないように、かなり警備も厳重よ」
「そんな、酷い……」
麻紀の顔が曇った。美沙が氷室の屋敷に閉じ込められ、自由を奪われている。しかも、前日には研究所で実験まで受けさせられていたというのだ。姉がどんな扱いを受けているのか想像するだけで、胸が締め付けられる。
今すぐにでも駆けつけて、美沙を助け出したい。そんな思いが、麻紀の表情からありありと伝わってきた。
「ルパン先生、やっぱ私もお姉ちゃんを助けに……」
「駄目だ」
麻紀が最後まで言い終えるよりも早く、ルパンがきっぱりと遮った。
「でも……」
「いいから俺たちに任せておけって。女の子を盗み出すのは得意中の得意なんだぜ」
ルパンは心配するなと言わんばかりに、いつもの不敵な笑みを浮かべた。軽い口調ではあるものの、その言葉には自分たちが責任を持って美沙を救い出すという意思が込められている。すると、不二子もまた、麻紀の方へ身を乗り出した。
「いい、麻紀。女っていうのは男を自在に操って一人前になっていくのよ。自分の身体を張るなんて三流よ」
不二子はさも当然といった顔で言い切った。その口調には、自分の美学を年下の少女に伝授してやろうという、妙な自信さえ感じられる。
「おい不二子、いたいけな少女に変な事吹き込むなよ」
聞き捨てならないとばかりに、次元が呆れ顔で口を挟んだ。くわえた煙草の向こうから、不二子にじろりと視線を向ける。
「変とは何よ。これも私なりの処世術よ」
「そもそもお前と麻紀じゃ生きてる世界が違うんだよ」
次元はため息交じりに言い放った。不二子の処世術がどれほど役に立つのかはともかく、純真な少女にそのまま教え込むには、いささか問題がある。
「まあ、失礼しちゃうわね」
不二子は少しも悪びれることなく、わざとらしく頬を膨らませてみせた。
「何が失礼なもんか」
次元が即座に言い返し、不二子も負けじと涼しい顔で応じる。二人の間では、もはやお馴染みともいえる軽口の応酬が始まっていた。
その様子を、五ェ門は呆れたような顔で眺めている。ルパンもまた、いつもの調子で言い合う二人を気にする様子もなく、どこか楽しげな表情を浮かべていた。
そんな本気なのか冗談なのかも分からないやり取りを見ているうちに、麻紀の張り詰めていた心も少しずつほどけていった。
姉の身を案じる気持ちに変わりはない。それでも、これほど頼もしい人たちが助けに行ってくれるのなら、自分が無理をして危険に飛び込む必要はないのかもしれない。
麻紀は一度、胸の内に込み上げてくる不安を飲み込むと、ルパンたちに向き直った。
「分かりました。皆さん、美沙お姉ちゃんをお願いします」
そうして、不二子から得られた情報をもとに、ルパンたちは具体的な作戦を練り始めた。
人魚の鱗が保管されている製薬会社の新薬研究所と、美沙が幽閉されている氷室の私邸。二つの場所は別々であり、どちらも警戒を怠れない相手の懐だ。目的を確実に果たすためには、別行動を取るのが最善だった。
研究所に保管されている人魚の鱗の奪取には、ルパンと不二子が向かう。一方、氷室の私邸に幽閉されている美沙の救出は、次元と五ェ門が担当することになった。
それぞれの役割が決まると、次元は愛用の銃の状態を確かめ、五ェ門もまた、腰に差した斬鉄剣へと手を添えた。ルパンと不二子も、これから始まる仕事に向けて準備を整えていく。
そんな中、勇太、真魚、麻紀の三人はアジトで待機することになった。
勇太も麻紀も、本心では自分たちも一緒に行きたいと思っていた。勇太にとって、竜鱗石と人魚の鱗は、八百比丘尼との約束を果たすために欠かせないものだ。麻紀にとっても、姉の美沙を救い出すことは何より大切な願いだった。二人とも、できることなら自分の手で目的を果たしたいという思いがある。
しかし、相手は裏社会に通じた危険な男であり、その拠点には厳重な警備が敷かれている。十分な経験もなしに同行したところで、かえってルパンたちの足手まといになりかねない。それは勇太にも麻紀にも、よく分かっていた。
だからこそ、二人は同行したい気持ちをぐっとこらえ、今は待機することが最善なのだと自分に言い聞かせるしかなかった。そんな二人の心情を察してか、ルパンは出発前に振り返ると、努めて明るい声をかけた。
「それじゃ、ちょっと待っててくれよな。なあに、簡単なお仕事さ」
そう言って、ルパンは軽くウインクをしてみせた。まるで、近所へ買い物にでも出かけるかのような気安さだった。
これから向かうのは、厳重な警備を敷いた研究所と、危険な秘密を抱えた男の私邸である。それでも、ルパンはいつもと変わらない。どんな難題を前にしても臆することなく、飄々とした態度を崩さないのが、この大泥棒の持ち味だった。そんなおどけた様子を見ているうちに、勇太と麻紀の胸にあった緊張も、ほんの少しだけ和らいだ。ルパンたちなら、きっとやってくれる。そう信じたい気持ちが、二人の心に小さな安堵をもたらしていた。
やがて、ルパンたちはそれぞれの目的地へ向かうため、アジトを後にした。
こうして、人魚の鱗を奪取するための研究所襲撃と、囚われの美沙を救い出すための氷室私邸への潜入――二つの作戦が、同時に動き始めたのだった。
続く☆