ルパン三世 血の刻印 ~永遠のマーメイド~ ✕ 人魚シリーズ(るーみっくわーるど) 作:クリリ☆
【アジトへの襲撃者】
ルパンたちが美沙の救出に向かっていた頃、アジトでもまた、事態が大きく動こうとしていた。
勇太、真魚、麻紀の三人は、ルパンたちが戻ってくるのを信じて待っていた。今は自分たちにできることはない。そう言い聞かせながらも、麻紀は落ち着かない様子で何度も入口に目を向け、真魚もまた、勇太の傍らで静かに帰りを待っていた。
そのときだった。
――ドガッ!
突然、アジトの扉が荒々しく蹴り破られた。けたたましい音が室内に響き渡り、三人の視線が一斉に入口へと向く。
開け放たれた扉の向こうに立っていたのは、一人の男だった。手には日本刀を携え、その刀身を不気味なほど自然に構えている。鋭い眼光には、相手を威圧するどころか、いつでも斬り捨てることをためらわない冷酷さがにじんでいた。
「誰だ貴様は!?」
勇太が立ち上がり、男を睨みつける。だが、男は問いかけに答えると同時に、室内を見渡し、何かを探すような視線を三人へ向けた。
「俺は氷室様の配下の殺し屋だ。ここに竜の鱗があるんだってな。大人しく出せば、苦しまずに殺してやるぞ」
殺し屋――影浦は、手にした日本刀をわずかに傾けた。その動作ひとつにも、場数を踏んだ剣士ならではの隙のなさがあった。
「いいや、ここにはない。あったとしても、お前なんかには絶対に渡さないがな」
勇太は、相手の脅しにひるむことなく答えた。
もっとも、勇太はこうした駆け引きが得意な男ではない。相手を欺くために嘘をついたり、わざと情報をぼかしたりすることなど、微塵も思い至らない。聞かれたことに、思ったままを答えてしまう。
実際、竜の鱗は今、ルパンに預けてある。勇太の言葉に嘘はなかった。だが、相手がそれを信じるかどうかは別の話だ。
「何だと!?」
影浦の目つきが険しくなった。竜の鱗を手に入れるためにここへ来た以上、簡単に引き下がるつもりはない。
「竜の鱗をどこにやった」
「貴様なんぞに教えるわけがないだろう」
勇太は一歩も退かなかった。五百年以上もの長い年月を生きてきた彼にとって、自分の命を脅かす相手は初めてではない。まして、八百比丘尼から託された大切なものを、こんな男に渡すわけにはいかなかった。
「ならば死ね」
影浦の言葉が途切れた瞬間、その身体が動いた。目にも留まらぬ速さだった。鞘走る音とともに日本刀が閃き、勇太が身構えるよりも早く、その腹部を深々と切り裂いた。
「ぐっ……!」
勇太の身体が大きくよろめく。
「勇太!」
真魚が悲鳴のような声を上げ、駆け寄ろうとした。しかし、その前に複数の黒服たちが室内へなだれ込んできた。彼らは真魚と麻紀をあっという間に取り押さえ、二人の腕を背後へねじ上げる。
「放せ!」
真魚が抵抗するものの、人数の差はいかんともしがたい。麻紀も必死にもがいたが、黒服たちの拘束を振りほどくことはできなかった。
その間にも、影浦は倒れかけた勇太へと歩み寄っていた。腹部から血を流しながらも、勇太はどうにか膝をつくまいと踏みとどまっている。
「最後にもう一度聞く。竜の鱗はどこだ」
影浦は、答え次第では命を助けてやるとでも言いたげに、冷ややかな声で問いかけた。だが、勇太の返答は変わらなかった。
「何度でも言う……お前なんかには、絶対渡さない……」
傷の痛みに顔をしかめながらも、勇太は影浦を睨み返した。
「ならば死ね」
影浦はためらわなかった。日本刀を持ち直すと、今度は勇太の胸へと突き立てた。
「ぐっ……!」
刃が心臓を貫き、勇太の身体から力が抜けていく。
「勇太ぁっ!」
真魚の叫びが、無情にも閉ざされたアジトの中に響き渡った。
【奪われた真魚と麻紀】
影浦は、心臓を貫かれ、骸と化した勇太を冷ややかに見下ろしていた。竜の鱗の所在を最後まで明かさなかった男に、もはや用はない。そう判断したのか、影浦は日本刀を収めると、今度は真魚と麻紀の方へと歩み寄った。
二人は黒服たちに両腕を背中へ回され、床にねじ伏せられていた。身動きひとつ取れない状態だったが、恐怖に怯えている様子はみじんもない。それどころか、目の前で勇太を殺された怒りが、二人の胸の中で激しく燃え上がっていた。
「やれやれ、お前たちは知ってるか」
影浦は、まるで世間話でもするかのような調子で尋ねた。
「お前なんかに誰が言うもんか!」
真魚は顔を上げ、憎しみを込めた目で影浦を睨みつけた。勇太を殺した男に、協力するつもりなどあるはずもなかった。麻紀もまた、唇をきつく結び、男の問いに答えようとはしなかった。
「まあいい。こうなったらお前らは人質だ。せいぜいルパンとの交渉材料に使わせてもらうぞ」
影浦は、二人から情報を聞き出すことをひとまず諦めたようだった。竜の鱗の所在が分からなくとも、ルパンと接触する手段なら残されている。仲間を見捨てられない怪盗ならば、人質を取ることで何らかの取引に応じざるを得なくなるだろう。影浦は、そんな算段を立てていた。
黒服たちは二人を立たせると、逃げ出せないようにロープで頑丈に縛り上げた。真魚も麻紀も激しく抵抗したが、複数の男たちに取り囲まれてはどうすることもできない。やがて二人は、そのままアジトの外へと引きずり出されていった。
夜空には、一機のヘリコプターが待機していた。ローターの轟音が周囲に響き渡る中、黒服たちは抵抗する二人を機内へと押し込む。真魚は最後まで影浦を睨みつけ、麻紀もまた、悔しさを押し殺しながら必死に顔を上げていた。
こうして、真魚と麻紀は連れ去られてしまった。残されたのは、荒らされたアジトと、床に横たわる勇太の亡骸だけだった。
ルパンたちの帰りを信じて待っていた三人に、あまりにも突然訪れた悲劇。誰もいなくなったアジトには、先ほどまでの騒がしさが嘘のように、重苦しい静寂が広がっていた。
【氷室からの宣戦布告】
美沙を氷室の私邸から救出して、およそ三十分が経過していた。
あれほど大量の出血を伴った首もとの傷は、今ではほとんど塞がっていた。美沙の顔色も徐々に戻り、傷を負う前と同じように、普通に会話ができるまでに回復している。驚異的な再生能力は、事前に聞かされていた話以上のものだった。
しかし、次元と五ェ門の表情は決して明るくなかった。
今回は、たまたま美沙が特殊な体質の持ち主だったから助かったにすぎない。もし相手が普通の人間であれば、首もとを撃ち抜かれた時点で命を落としていた可能性が高い。救出対象に怪我を負わせるなど、プロとしてあってはならない失態だった。
結果だけを見れば、美沙は無事に取り戻せた。それでも、作戦の過程で救出対象を死なせてしまうようなことがあれば、それは紛れもない作戦失敗である。二人の胸には、自分たちの油断が招いたかもしれない最悪の結末が、重くのしかかっていた。そんな二人の心中を察したのか、美沙もまた、無理に明るく振る舞おうとはしなかった。
ルパンは運転席でハンドルを握り、アジトへの帰路を急いでいた。不二子も助手席で、窓の外に目を向けている。ようやく仲間たちの待つ場所へ戻れる――誰もが、そう考えていた。そのとき、頭上から聞き慣れない轟音が近づいてきた。
ヘリコプターだった。それも、ただ上空を通過するだけではない。まるでこちらの車を追跡するかのように、異様なほど近い距離まで接近してきたのだ。
ルパンは眉をひそめ、運転しながら窓越しに上空を見上げた。いったい何のつもりなのか。そう怪訝に思いながらヘリの機内へ目を凝らしたとき、そこに見覚えのある男の姿を見つけた。
「あいつは、氷室!?」
不二子が思わず声を上げる。
ヘリの中から、氷室がこちらを見下ろしていた。まるで、すべてが自分の思いどおりに進んでいるとでも言いたげな、余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
「やあルパン。どうやら美沙を無事に取り返したようだな」
「ああ、お前の警備なんて、大したことなかったぜ」
ルパンは軽口を返したものの、視線は氷室から離さなかった。わざわざヘリで追いついてきたからには、ただ勝ち誇りに来ただけではあるまい。
「そうかい、まあいい。そいつはしばし預けておこう。代わりに彼女たちを預かったよ」
氷室はそう言うと、ヘリの奥へと視線を向けた。その陰から姿を現したのは、拘束された真魚と麻紀だった。
「何!?」
ルパンの顔から、軽薄な笑みが消えた。
美沙も息を呑み、次元と五ェ門は一瞬にして表情を険しくする。つい先ほど救い出したばかりの美沙と引き換えに、今度は真魚と麻紀が敵の手に落ちている。いったい何が起きたというのか。
「てめえ、どうしてアジトを?」
ルパンが鋭い声で問いただすと、氷室は何でもないことのように答えた。
「ああ、そこの不二子だよ。手下に彼女の後をつけさせててね」
「私の後を!? あなた、最初から私を利用する気だったのね」
不二子は氷室を睨みつけた。自分が尾行されていたなどとは、まったく気づいていなかったのだろう。彼女の顔には驚きと怒りが入り交じっていた。
「それはお互い様だろう。お前も私を裏切ったんだ」
氷室は悪びれる様子もなく言い放った。
不二子は言葉を詰まらせた。
これまで、周囲の人間を利用し、裏切り、時には平然と切り捨てながら、自分の利益を追い求めてきた峰不二子。相手を出し抜くことには慣れていても、自分の仕掛けた策略を逆手に取られることなど、そう何度も経験してきたわけではない。
しかも、今回の失態は自分一人の問題では済まなかった。自分の後をつけられたせいで、勇太たちのアジトが知られ、真魚と麻紀が人質に取られてしまったのだ。
不二子は唇を噛みしめた。
氷室への怒りはもちろんあった。だが、それ以上に腹立たしかったのは、自分自身の甘さだった。相手を利用しているつもりで、逆に利用されていた。その結果、大切な仲間たちを危険にさらしてしまったのである。
いつもの不二子なら、こんな失態を認めることすらなかったかもしれない。しかし、今度ばかりは自分の判断が招いた結果から目をそらすことはできなかった。
「まあいい、この決着は八百比丘尼の前で着けるとしよう。一足先に待ってるぞ!」
氷室は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、そう言い放った。まるで、これから起こることのすべてを見通しているかのような口ぶりだった。
直後、ヘリコプターのローターが一段と激しい音を立てる。機体はゆっくりと高度を上げると、ルパンたちの車から遠ざかり、夜空の彼方へと飛び去っていった。
ルパンたちは、ただ黙ってその姿を見送るしかなかった。
真魚と麻紀を人質に取られた以上、迂闊に動くわけにはいかない。しかも、氷室が口にしたのは八百比丘尼の名だった。彼は人魚の財宝について、ルパンたちが把握している以上の情報を握っているのかもしれない。
だが、今は考えるべきことが多すぎた。ルパンはハンドルを握り直すと、仲間たちを乗せた車を再び走らせた。
【反撃の狼煙】
――それから、数時間後。
静まり返ったアジトで、横たわっていた勇太の胸が、かすかに上下した。
止まっていた心臓が、再び鼓動を刻み始めたのだ。
やがて、その身体に力が戻ってくる。次の瞬間――。
「うおおっ!」
勇太は、まるで悪夢から飛び起きるかのように、ガバッと上半身を起こした。あまりの勢いに、身体を預けていたソファーが大きく軋む。
「はあっ、はあっ……!」
荒い息を繰り返しながら、勇太は周囲を見回した。つい先ほどまで、確かに自分は殺し屋の日本刀に心臓を貫かれていたはずだ。身体から力が抜け、意識が闇に沈んでいった感覚も、はっきりと覚えている。
それなのに、今こうして生き返っている。
どうやら誰かが、床に倒れていた自分をソファーへ運んでくれたらしい。しかし、誰が、いつ戻ってきたのだろうか。
勇太が顔を上げると、そこにはルパンたちの姿があった。次元、五ェ門、そして不二子。さらに、見覚えのない少女が一人、彼らと一緒にいる。
少女は驚いたように目を見開き、突然起き上がった勇太を見つめていた。
――恐らく、彼女が美沙なのだろう。
そう考えた勇太は、ひとまず周囲の様子を確かめた。ルパンたちは無事に美沙を救い出すことに成功したのだ。どうやら、自分が眠っている間に作戦は終わっていたらしい。
生き返った勇太を前に、ルパンはしばらく呆気に取られたように目を丸くしていたが、やがて感心したように口笛を吹いた。
「なるほど、こいつはたまげたぜ。確かに生き返るとは聞いていたけどな。こうして実際に生き返るなんてな」
何百年も生きてきた不老不死だとは本人から聞いていた。傷が塞がるところも目の当たりにした。それでも、心臓を貫かれて死んだ人間が、数時間後には何事もなかったかのように起き上がるという光景は、そう簡単に見慣れるものではない。天下の大怪盗ルパン三世であっても、さすがに驚きを隠せなかった。
だが、勇太にとっては、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「それより、真魚と麻紀は!?」
勢いよく身を乗り出し、ルパンに詰め寄る。自分が死んでいる間に何が起きたのか。それを確かめなければ、落ち着いてなどいられなかった。
「ああ、二人なら氷室の手に落ちちまった」
「何だと……!」
その言葉を聞いた瞬間、勇太の顔が苦悶に歪んだ。膝の上に置いた拳が、怒りと悔しさで小刻みに震える。自分が殺されている間に、真魚と麻紀は連れ去られてしまったのだ。真魚を守ることも、麻紀を救うこともできなかった。その事実が、蘇生したばかりの勇太の胸に重くのしかかった。
「すまん。俺がついていながら、むざむざ真魚と麻紀を連れていかれちまった」
勇太は唇を噛みしめ、深くうなだれた。自分がもっと強ければ。あの殺し屋に立ち向かうことができていれば。悔やんでも悔やみきれなかった。
「いいや、詫びなきゃならねえのは俺の方さ。まさかアジトが特定されてたなんてな」
ルパンもまた、いつもの軽い調子ではいられなかった。
自分のアジトは、警察はもちろん、裏社会の人間にとっても容易には突き止められない場所のはずだった。そこへ客人を招き入れたにもかかわらず、その居場所を敵に知られ、危害を加えられたのである。怪盗としての誇りを、頭から踏みにじられたも同然だった。
「氷室の野郎、きっちり落とし前をつけなきゃ気が済まねえ」
ルパンの声から、普段の飄々とした響きが消えていた。
もともと彼が人魚の財宝を追っていたのは、単に金銀財宝を手に入れるためだけではない。八百比丘尼の骸にまつわる謎、そして、かつてその財宝にたどり着きながら何も盗まずに立ち去ったルパン一世の不可解な行動。その真相を確かめることも、今回の目的だった。
だが、今は事情が変わった。真魚と麻紀を取り戻し、氷室に仲間を傷つけた代償を払わせる。それが、財宝の謎を解くこと以上に優先すべきこととなっていた。
そのとき、五ェ門が静かに口を開いた。
「ところで、お主の切り傷も見せてもらったが、実に見事な斬り口であった。お主を斬った者は相当な手練れとお見受けする」
五ェ門は、勇太の身体に残されていた傷の様子を思い返していた。あれほど深く、鮮やかな斬り口を残すには、相当な腕前が必要だ。単なる用心棒や荒事に慣れたチンピラの仕事ではない。剣の道を知る者として、相手が並の使い手ではないことを察していた。
「ああ、氷室に雇われた殺し屋だと言っていた。悔しいが、何もできなかった」
勇太は悔しそうに答えた。相手の名も、どれほどの腕前なのかも、詳しいことは分からない。ただ、あの一瞬の居合いで、自分は抵抗する間もなく斬り伏せられた。それだけは、嫌というほど身に染みていた。
すると、話を聞いていた不二子が口を挟んだ。
「影浦ね。おマサを殺したのも彼よ。きっと五ェ門でも手こずると思うわ」
その名を聞き、五ェ門の目が鋭くなった。
藤堂昌江――通称熊殺しのおマサを殺した男。それが、勇太を斬り、真魚と麻紀を連れ去った殺し屋でもあるという。不二子の言葉から察するに、影浦は相当な実力者らしい。
「いいだろう。影浦は拙者がお相手しよう」
五ェ門は、迷いなく言い切った。相手がどれほどの使い手であろうと、逃げるつもりはない。仲間を傷つけ、さらには人質まで取った敵を放置するわけにはいかなかった。
こうして、ルパンたちは新たな決意を固めた。
人魚の財宝に隠された謎を解き明かすこと。そして、氷室の手から真魚と麻紀を奪還し、すべての元凶である氷室に落とし前をつけさせること。
そのためには、影浦との対決も避けられない。
それぞれの胸に異なる思いを抱きながらも、目指す先は同じだった。ルパンたちの反撃が、いよいよ始まろうとしていた。
続く。