家入さんのところへ帰りたい   作:an-ryuka

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19.

 

 玄関に、久世の靴があった。

 

 硝子は鞄を下ろし、廊下の奥を見た。居間の灯りがついていた。

 返事はなかったが、テレビの音がしていた。

 

「ただいま」

 

 もう一度言いながら扉を開けると、ソファに久世がいた。

 上着を脱いで、背に掛けている。片手に携帯を持ったまま、眠っていた。

 

 

 高専を卒業してから、三年。

 夏油が二人の子供を連れて帰ってきたあの夏からは、四年が過ぎていた。

 

 硝子は先に冷蔵庫を開けた。

 頼んだビールと、頼んでいない惣菜が入っていた。台所の隅には、空になった弁当の容器があった。

 

「雅臣」

 

 缶を持って戻ると、久世が目を開けた。

 

「……おかえり」

「飯、食べたんだ」

「先に食べていいって、君が」

「うん。私のは?」

「冷蔵庫。温める?」

「自分でやる」

 

 久世は起き上がりかけたところで、また背を預けた。

 硝子は電子レンジを動かし、着替えを取りにいった。

 

 卒業しても、硝子の仕事場は高専だった。

 住む場所は変わった。最初は寮の方が楽だと思ったが、自分の場所がないことが嫌になった。

 今の部屋を借りて、もう二年近くになる。

 

 久世に鍵を渡したのは、去年だった。

 深夜に帰ると、玄関の外で待っていたことがあった。先に入っていろと言える方が、こちらも楽だった。

 それから洗面所に歯ブラシが増え、クローゼットの端に、男物の服が掛かるようになった。

 

 今日は、十日ぶりだった。

 

「何時に着いたの」

「九時前だったかな」

「結構待ったね」

「寝てたからね」

 

 硝子は卓上に皿を置いた。

 久世がテレビの音量を下げた。何を見ていたのかと訊くと、分からないと言った。

 

「来月、正式に家を継ぐことになったよ」

 

 箸を取ったところで、硝子は顔を上げた。

 

「決まったんだ」

「今日、日取りまで」

「まだ引き継ぐことあんの?」

「あるよ。父が誰に何を約束したかとか」

「嫌な引き継ぎだな」

「本当にね」

 

 久世は笑った。

 その顔を見て、硝子も缶に口をつけた。

 

「でも、もう父を通さなくていい」

「嬉しそう」

「そう見える?」

「うん」

 

 久世は否定しなかった。

 卓上の皿へ目を落とし、硝子が取ろうとしていた方を少し寄せた。

 

「おめでとう」

「ありがとう」

「何か奢る?」

 

 久世がこちらを見た。

 

「今、少しこっちに来て欲しいかな」

「ご飯、食べたいんだけど」

「少しだけ」

 

 硝子は箸を置いた。

 隣へ座ると、久世の手が腰に回った。顔が近づいてきたので、口づけを受けた。そのままさらに引き寄せられる。

 

「……少しって言ったじゃん」

「十日ぶりなんだけど」

「知ってる」

 

 硝子は、手をあげて久世の頭を雑に撫でた。

 

「ご飯食べるまで、待ってな」

 

     *

 

 その日の昼、父は客の名簿を広げていた。

 

 久世は向かいに座り、父の指が止まったところを見た。

 

「この人は、来ないでしょう」

「招くかどうかを話している」

「招いたとしても、ここの派閥としての意見は反対のままです」

「お前が招かなかったという話にするな、と言っている」

 

 久世は名簿に目を戻した。

 消しかけていた印を、そのまま残した。

 

「来れば、こちらに何か言えるとは思うでしょうね」

「言わせればいい。聞き入れる約束はしていない」

「……何か約束したんですか?」

 

 父は、少しだけ顔を上げた。

 

「家の仕事を減らさんとは言った」

「……どの仕事です」

「呪物の保管と、封印の点検だ」

「尋問への派遣は」

「言っていない」

 

 久世は手元の紙に書き足した。

 

 父の返事には、こういう隙間があった。

 相手が勝手に含めたものまで、一緒に引き継ぐつもりはなかった。だが、父が本当に引き受けたことまで、知らなかったでは済ませられない。

 

「相手は、一通り続くと思っていますよ」

「そうだろうな」

「困るんですが」

「だから今、お前に話している」

 

 父は次の頁を開いた。

 久世は、もう一枚、白紙を出した。

 

 家の実務は、少しずつ渡されていた。

 ただ、最後の返事には父の名前が要った。久世が決めたことを父のところまで確かめに行き、違う答えを持って帰ってくる人間もいた。

 来月からは、それをやめさせられる。

 

「今後、私を頼ってくる者もいる」

 

 父が言った。

 

「お前が断った仕事を、私に持ってくるだろう」

「僕へ戻してください」

「それで済めば、そうする」

 

 久世はペンを止めた。

 

「済まないなら、受ける前に僕へ話してください」

「お前が首を縦に振る話だけではないぞ」

「承知しています。でも、受けた後で引き継ぐのは、今日で終わりにしたい」

 

 父は、しばらくこちらを見ていた。

 それから、名簿を久世の方へ押した。

 

「挨拶の席で、お前から言いなさい」

「はい」

 

 返事をすると、父はようやく茶碗を取った。

 

「東京からは、誰が来る」

「まだ、日程を伝えていません」

「五条家には先に出しておく」

「五条君本人には、僕から聞きます」

「来るか」

「分かりません。忙しい人なので」

 

 父は鼻から息を吐いた。

 

「お前は、あれを呼べるから好きにしていると思われている」

「そう思っている人は、来るでしょうね」

 

 父が茶碗を置いた。

 

「来なかったときの顔も、見ておけ」

 

 久世は名簿を閉じた。

 

     *

 

 直哉は、縁側に座っていた。

 庭へ片足を下ろし、携帯を見ている。久世が近づくと、それを閉じた。

 

「長かったな」

「待たせたね」

「話、済んだん?」

「うん。来月に決まった」

 

 直哉は、久世を下から見上げた。

 

「先越されたわ」

「直毘人さんは、まだお元気だから」

「元気すぎんねん」

 

 久世は隣に座った。

 直哉が、足元の紙袋を寄越した。中に、細長い木箱が二つ入っていた。

 

「これ、返しとく」

「使えた?」

「使えたけど、紐、替えた方がええで」

「使える期間があるんだ」

 

 久世は箱をひとつ開けた。

 使い終えた封具が、きちんと収められていた。紐だけが切られていた。

 

「……既に切られてるんだけど?」

 

 金具を動かして見せると、直哉の目が細くなった。

 

「知らん」

「金額、追加で載せとくね」

「サービス精神はないんか」

「僕にあると思ってるの?」

 

 直哉は鼻で笑って、久世の手から金具を取った。

 一度動かし、元へ戻した。

 

 箱を閉じている間に、今夜、外へ食べに行くかと聞かれた。

 東京へ行くと答えると、直哉は露骨に口を曲げた。

 

「またかいな」

「明日は高専で用事がある」

「今日から行く用事は、別やろ」

「うん」

 

 久世が頷くと、直哉は笑った。

 

「あの女も、ええとこ捕まえたな」

「家入さんね」

「聞いてへんところでまで、いちいち直さんでええやろ」

「僕が聞いてるから」

 

 直哉は、つまらなそうに足を戻した。

 

「家に入れるんやったら、東京に置いといてええんか」

「彼女の仕事は東京にあるからね」

「こっち来させたらええやん。お前が継ぐんやろ」

「僕が当主になると、彼女の職場が変わるの?」

「変えられるやろ」

 

 久世は、少しだけ笑った。

 

「嫌われるよ。それ」

「女の機嫌で家のこと決めるんかい」

「僕は家入さんのことも大事だからね」

 

 直哉は久世を見た。

 久世も見返した。どちらも、相手が納得するとは思っていなかった。

 

「……ほんま、あの女関連だけやな」

「何が?」

「お前が、理屈以外のこと言うん」

「他にも言ってるよ。僕、案外わがままなの知ってるだろう?」

 

 直哉がまた鼻で笑った。

 立ち上がり、袴の膝を払った。

 

「ほな、飯は別の日な」

「来週なら、木曜が空いてる」

「店、送っとくわ」

 

 久世も立ち上がった。

 

「ああ、直哉。こないだの代理で来ていた人だけど」

「またあいつに任せるん?」

「その方が、君も話が早かっただろう」

「早いのはええけど、上に話戻したら、また最初からやで」

「上に戻さなくても、進みそうかい?」

 

 直哉の足が止まった。

 

「……お前、最近そんなんばっかりやな」

「噂でも聞いた?」

「久世家のが好き勝手に頭悪いことしとるってな」

「裏で今までと同じことに戻されてるのは知ってるよ」

 

 直哉は、それなら何の意味があるのかという顔をした。

 久世は箱の入った紙袋を持ち直した。

 

「今は、代わりにできる人がいると分かればいいんだ」

「うちのは褒めとったで」

 

 久世は動きを止め、少しだけ目を細めた。

 

「……それは、嬉しいな」

 

     *

 

 翌日、五条は職員室で椅子を回していた。

 

 久世が入ると、床につけた足でそれを止めた。

 

「お。次の当主様」

「もう聞いたの?」

「硝子」

「早いなあ」

「さっき、そこで会った」

 

 五条は、廊下の方を指した。

 久世が来る前に、硝子は医務室へ戻っていた。出勤は別々だった。家を出る時刻まで合わせようとすると、どちらかが待つことになった。

 

「祝い、何がいい?」

「当日の予定が合えば、来てくれると嬉しい」

「うわ、面倒くさそう」

「聞いてから決めてよ」

 

 久世は日付を伝えた。

 奥の机にいた夏油が、手帳から顔を上げた。

 

「すみません。その日は行けません」

「先約?」

「菜々子たちの運動会です」

「ああ。もう、そんな時期か」

 

 夏油は頷いた。

 肩より下まで伸びた髪を、後ろでまとめている。机には任務の資料と、小学校から配られたらしい紙が並んでいた。

 

「終わってからでも、間に合いますか」

「京都だよ。無理しなくていい」

「では、別の日に。お祝いはさせてください」

「ありがとう」

 

 五条が口を挟んだ。

 

「俺もそっち行く」

「運動会?」

 

 久世が聞くと、五条は頷いた。

 夏油は、少し眉を寄せた。

 

「……何をするつもりだい」

「普通に見に行くだけだけど?」

 

 夏油は五条を見た。

 五条も夏油を見た。

 

「保護者の競技、出るなら術式はなしだよ」

「なくても勝てるし」

「出るつもりなんだね」

 

 久世は、持ってきた封筒を鞄へ戻した。

 

「じゃあ、二人とも欠席で伝えておくね」

「悪いね、先輩」

 

 五条は、悪いと思っていない声で言った。

 久世は父の言葉を思い出し、少し笑った。

 

「構わないよ。来る人の顔を、よく見ておくことにする」

「何それ」

「こっちの話」

 

 夏油が机から薄い綴りを取った。

 

「こちらも、返しておきます」

「目を通してくれた?」

「はい。一か所、変えてほしいところが」

 

 任務から外した術師と、その後の対応をまとめた資料だった。

 休養した者も、仕事を変えた者もいる。四年前に作った報告書の項目が、まだ、そのまま使われているところがあった。

 

 夏油は、表の見出しを指した。

 

「任務に戻るまでの日数を、そのまま回復の早さにしないでください」

 

 久世は紙へ目を落とした。

 

「復帰した日と、休みに入った日は必要なんだけど」

「それは残して構いません。ただ、短ければ良いという書き方は、やめてほしいです」

 

 夏油は、もう一頁めくった。

 自分の記録を使った箇所に、線を引いていた。

 

「私が任務に戻ったのは、私が戻ると決めたからです。それで、前に話していたことが全部なくなったわけではない」

 

 久世は、書き込まれたところまで読んだ。

 五条の椅子も止まっていた。

 

「今も、なくなっていない?」

「非術師を守りたくないと思うことなら、ありますよ」

 

 夏油は答えた。

 窓の外で、誰かが大きな声を出した。グラウンドからだった。

 

「でも、行かない方がいいと思ったときは、そう言えています。代わってもらったこともあります」

「うん」

「戻った後まで見てもらわないと、これだけでは、休ませれば元通り働くと思われます」

 

 久世は鞄からペンを出した。

 見出しの横に、訂正を書き込んだ。

 

「担当を外した後の仕事についても、別に載せようか。君の場合なら、保護した子の受け入れや、家族への説明もしているから」

「それは、載せて構いません」

「この書き方で、もう一度見てもらえる?」

「はい。来週なら」

 

 夏油は、戻された紙へ目を落とした。

 一行を読んでから、久世のペンを借りた。

 

「ここもです。硝子が、一人で復帰を決めるように読めます」

「……そこは、本人にも見てもらった方がいいね」

「もう見せました。怒っていましたよ」

 

 久世は顔を上げた。

 五条が笑った。

 

「先に言ってよ」

「今、言いました」

 

 夏油がペンを返した。

 声は穏やかだったが、訂正してほしいところから、指は動かなかった。

 

     *

 

 夏油が面談へ出ていくと、五条は椅子を久世の方へ向けた。

 

「で」

「何?」

「当主になったら、進むわけ」

 

 久世は、鞄へしまいかけた資料をいったん机に置いた。

 

「そのために継ぐんだよ」

「四年前から聞いてる」

 

 五条は机に肘をついた。

 

「あのときの爺さん、まだ偉そうに座ってんじゃん」

「任務の割り振りには、直接触れなくなった」

「別の奴に言わせてるだけだろ」

「うん。だから、言われた方が何をしているか、今はそちらを見ている」

 

 五条が、僅かに顎を引いた。

 

「こないだ、担当が変わったやつ?」

「そう。元の担当がいなくても、仕事は回った。君のところへ渡る資料も、戻ってから出す報告もね」

「あいつ、すげえ礼言ってきたけど」

「君が、前の担当を通さずに返したからだよ」

「お前が、そっちに出せって言ったんじゃん」

「出してくれたのは君だ」

 

 五条は、指先で机を叩いた。

 

「それ、いつまでやんの」

 

 久世は時計を見た。

 次の予定まで、まだ少しあった。

 

「今度は、日程を決める話をしたい」

 

 五条の指が止まった。

 

「……へえ」

「君と相談する前に、こちらで済ませておきたかった引き継ぎが、ようやく終わる」

「家の?」

「それも含めて」

 

 五条は背もたれへ寄りかかった。

 しばらく考えてから、机の上の紙を顎で指した。

 

「後に座らせる連中、俺も会うからな」

「もちろん」

「もちろんじゃねえだろ。お前、ずっと紙持ってきてたじゃん」

「先に、任せる仕事を知ってほしかったから」

「分かったから、次は顔見せて」

 

 久世は頷いた。

 何人かの名前を挙げると、五条は二人を知っていた。一人は、最近、現場へ来るようになった人間だった。

 

「こいつでいいと思ってんの?」

「今のところは」

「俺、気に入んないけど」

「どういうところが?」

「若いのに頼めば安く済むって、生徒の前で言うとこ」

 

 久世は、出していたペンをもう一度取った。

 

「それ、いつの話?」

「先週」

「誰に言ったかも、後で聞かせて」

 

 五条は、久世が書くのを見ていた。

 

「そいつ外したら、予定延びる?」

「任せる範囲を変えるかもしれない」

「そう」

 

 久世がペンを置くと、五条は続けた。

 

「学校のことは、こっちでも決めるから」

「夜蛾先生と?」

「うん。お前が上になっても」

 

 久世は、少しだけ笑った。

 

「会議には来てね」

「面倒くせえ」

「そこで黙っていて、後から嫌だと言われるのも困る」

「言うけど。後でも」

 

 久世は笑うのをやめた。

 

「……そうだろうね」

 

 五条が、楽しそうに口の端を上げた。

 

「傑にも話すの」

「頼みたいことはあるよ。まだ、本人とは相談していない」

「じゃ、先に聞けよ」

「うん」

「あいつ、最近普通に断るから」

 

 久世は、夏油が出ていった扉を見た。

 

「知ってる。来週、僕が代わりに行くところがある」

「お前も?」

 

 五条が、少しだけ目を丸くした。

 それから携帯を取り出し、何かを確かめた。

 

「あ、違う日か」

「君も頼まれてるの?」

「面談、一個。俺が連れてきた子だから、俺が出ろって」

「それは、出た方がいいね」

「知ってるって」

 

 五条は画面を閉じなかった。

 予定の欄へ何かを書き込んでから、携帯を机に置いた。

 

     *

 

 夜、硝子が風呂から出ると、久世は台所にいた。

 

「まだ洗ってんの」

「終わったよ」

 

 最後の皿を水切りに置いた。

 手を拭いて、壁の時計を見た。

 

「今日は、早かったね」

「たまにはな」

 

 硝子はソファへ座り、濡れた髪をタオルで押さえた。

 久世も隣に来た。昨日はそこに置いてあった鞄が、今日は壁際へ移っていた。

 

「夏油から、紙、返してもらった?」

「うん。君が怒っていたとも聞いた」

「あんな書き方した覚えないんだけど」

「ごめん。何人かの手を通って、まとめ方が変わってた。直したものを、明日送る」

「次は先に見せて」

「そうする」

 

 硝子はタオルを膝へ下ろした。

 久世が、卓上の封筒を取った。

 

「あと、もうひとつ」

「まだあんの」

「来月のこと」

 

 硝子は差し出された紙を受け取った。

 当主交代の挨拶。場所と、日付が書いてあった。

 

「君にも来てほしいんだけど、どうかな」

 

 硝子は日付を見た。

 

「休み取れるか、聞いてみる」

「うん」

「五条たちは?」

「運動会」

「ああ。そうか」

 

 紙を封筒へ戻した。

 久世は、まだこちらを見ていた。

 

「何」

「来てくれると思っていなかったから」

「まだ、休めるか分かんないよ」

「それでも」

 

 硝子は封筒を卓上へ置いた。

 

「私のこと、何て紹介するつもり?」

 

 久世の目が、少しだけ動いた。

 

「交際している人だと」

「ふうん」

「そこ、確かめる?」

「反転術式の説明から入られたら、帰ろうと思って」

「知ってる人しか来ないよ」

「そういうことじゃない」

 

 久世は、困ったように笑った。

 硝子はその顔を見てから、封筒をもう一度取った。

 

「何時に終わる」

「予定では、夕方」

「その後は?」

「遠くから来る人とは、少し話すことになると思う」

「じゃあ、翌日」

 

 久世が首を傾けた。

 

「翌日が、どうかした?」

「空けといて。せっかく京都まで行くんだから、どっか連れてけ」

 

 久世は携帯へ手を伸ばした。

 予定を開いて、しばらく見ていた。

 

「昼からなら」

「朝も」

「……朝は、親戚が残ると思うんだけど」

「飯食べたら帰るでしょ」

 

 久世が顔を上げた。

 硝子は、笑っていた。

 

「それとも、私も一緒に聞いてた方がいい話?」

「いや」

 

 久世はもう一度、画面を見た。

 朝食の後に、念のため取っていた時間があった。誰かが引き留めるだろうと思っていた。実際、引き留めるだろう。

 その欄へ、硝子、と入れた。

 

「空ける」

「うん」

「どこへ行きたい?」

「考えとく」

 

 久世は携帯を置いた。

 硝子の髪に触れ、指先に残った水を見た。

 

「まだ濡れてる」

「今から乾かす」

「やっていい?」

「自分でできる」

「したいんだよ」

 

 立ち上がって洗面所へ向かうと、後ろで硝子が笑った。

 

 乾かした後久世が隣へ座ると、硝子の方から肩を寄せてきた。

 

「明日、何時に出るの」

「昼前」

「朝はいるんだ」

「うん。君は?」

「午後から」

 

 久世の手が、硝子の手に重なった。

 指が入ってきたので、軽く握った。

 

「じゃあ、少しゆっくりできるね」

「起きられたらな」

 

 久世がこちらを見た。

 

「起こしていい?」

「用事による」

「君と朝ご飯を食べたい」

 

 硝子は、少し考えるふりをした。

 

「九時より前は駄目」

「分かった」

 

 返事をしたくせに、久世は動かなかった。

 硝子も、すぐには立たなかった。

 

 先に顔を寄せたのは、硝子だった。

 唇が触れる直前、久世が少し笑った。何がおかしいのか聞くつもりだったが、腰を引き寄せられて、言いそびれた。

 

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