皇竜暦312年。
トングルブ王国の王都ヴォルムスでは、冒険者間で伝えられてきた諺がある。
☆
「処女の女冒険者には気をつけろ」
荷台に背負い袋を放り上げたところで師匠が言った。
「なんですかそれ」
「王都で伝わっている諺だ」
朝の広場に馬車は一台しか止まっていない。この荷馬車に十日揺られれば王都に着くらしい。俺は昨日からそのことばかり考えていて、師匠の話は半分も耳に入っていなかった。
「えっと、処女の……なんでしたっけ?」
「処女の女冒険者には気をつけろだよ。まぁ、俺も王都には数回しか行ったことがないからな。詳しい意味とかは分からないが……」
「変な諺ですね。別に処女の女冒険者なんていっぱいいるんじゃないですか?」
師匠は荷台に荷物を載せながら呆れた顔で俺を見た。
「……お前はそこらへん疎いからな。多分ここでは、フリーで長くやってる女で下世話な噂が一つも聞こえてこないやつがいたら近づくな、って意味だ」
「下世話な噂なんて聞いたことないですよ」
「今までは俺がシャットアウトしてたからな」
聞かないわけだ。会った時からだが師匠は今でも俺を子ども扱いしてくる。去年、15歳になり成人したというのにだ。
「でも、王都に行ったら当然俺はいない。噂の聞き込みやコミュニティとの付き合いも一人でこなしていく必要がある。まぁ、お前の性格的にすぐに馴染むとは思うが、男女関係の話は苦手だろ」
「苦手っていうか、どうでもいいですね。俺は冒険がしたいだけですし」
「だから王都に行ったらそういった話にも一応気を配っとけよ」
「なるほど。つまり今回の場合なら下世話な噂が流れる女冒険者の方がいいってことですか」
「いや、ビッチはビッチで面倒だ。手を出したら弱み握られるしな」
「どっちも駄目じゃないですか」
「フリーの女冒険者なんて訳アリばっかだからな。気を付けておいて損はない」
言い終わると同時にすべての荷物を荷台に乗せ終わる。後は出発するだけだった。俺は荷台に乗る前に師匠の前に立つ。
「
「はい」
アナンタには竜がいるので、辺境でありながら安全な街だ。
そのせいもあってか、B級以上の依頼はほとんど出なかった。
師匠やギルドマスターはそのことを気にしてくれており、今回王都へと拠点を移すことを提案してくれ、そのために推薦状まで書いてくれたのだ。
「師匠、今までありがとうございました。何かの機会で王都に来る際は飯でも奢らせてください」
「はっはっは、そうだな。上手い飯屋見つけといてくれよ」
「はい。必ず」
俺は大きく頭をさげ一礼した後、馬車に乗った。
「ジャン=モンフォールの弟子、B級冒険者コルム。王都に行って参ります」
アナンタでは師匠に支えられた部分が大きかった。
冒険者としての常識や心構え、依頼の良し悪しなど。師匠が全て教えてくれたからこそこんなにも早くB級冒険者になることができた。
だからこれからは俺だけの力でもっと上の等級にまで上がって見せる!
馬車の中で俺はこれからの冒険に胸を膨らませ――
そして十日のあいだに、師匠の忠告を綺麗さっぱり忘れた。
○
王都に来てまず感じたことは音の違いだ。
どこにいても常に多くの音を感じる。常に市のど真ん中にいるような感じだ。
そして次に人の多さ。
門をくぐってすぐ人にぶつかった。謝ったが相手はこっちを見もしないで行ってしまう。きっと人にぶつかることが日常茶飯事なんだろう。王都ではスリが多いとも聞いていたが、これだけ人が多いのなら納得だった。
他にも驚いたことはいっぱいだ。
見たこともない物を売ってる商店や、宿屋の多さ。全ての建物が煌びやかで道が整備されている。地元もそれなりに綺麗な街だと自負していたが、レベルが違った。
冒険者ギルドは広場の向かいにあった。中に入ってまず天井を見上げた。
受付が六つある。どれにも列ができていて、壁は一面依頼用紙で埋まっている。規模は大きくなっているけれど、ギルドの雰囲気は変わらなくて安心する。
一番短い列に並んで、待つあいだに壁を眺めた。
下水路の掃除。荷馬車の護衛。畑を荒らす角兎。見た感じ低い等級の依頼書だ。地元なら一番数が多い依頼で人だかりができててもおかしくないが、王都では他の等級の方が人だかりができており人気なようだった。
冒険者の平均等級が違うのだろう。
順番が来て辺境の登録証を出した。受付の人は俺の顔と証を見比べて、少し手を止めた。
「B級ですね」
「はい」
「拠点変更の際は一つ下の等級からのスタートになるのですが構いませんか?」
「あ、ちょっと待ってください。ギルドマスターから手紙を預かっています」
推薦状を手渡す。受付嬢は中身を確認するとお待ちくださいと言って奥の方へと走っていった。
待つこと5分。
駆け足で戻ってくると彼女は頭を下げる。
「お待たせしました。確認が取れましたので、B級のままご登録いたします」
「ありがとうございます!」
「ただ、実力確認のため最初の依頼だけC級からB級の範囲で受けていただきます。それを終えられましたら正式にB級です」
「分かりました」
「C級からB級の依頼は二階になります。正面から右手の壁です」
王都での新しい登録証を受け取り二階へと上がる。
壁一面に張られてある依頼書に俺は感服した。ヘビーボアの討伐、地竜の討伐、煉獄草の採取。半年に一回しか見なかったような依頼が大量に張られている。
顔が緩むのが自分でも分かった。俺はこれを見に来たのだ。
俺は一つずつ吟味しながらとある依頼書に注目した。
ワイバーンの群れの討伐。北の街道。確認されたのは二十頭以上。
街道が一本使えなくなると王都に物が入らなくなる、というようなことが下に書いてある。参加する者は明日の会議に出席すること。パーティ毎に討伐数を決め、単独で登録している者は二人一組となって討伐を行うらしい。
ワイバーンの討伐は行ったことがある。最悪一人でも一頭程度なら倒せるはずだ。
それに依頼の等級はB級だ。C級でも参加できるらしいが、どうせなら上を受けたい。
俺はその場で参加の手続きを済ませた。あとは宿を探して、足りない物を買い揃えるだけで一日が終わった。
〇
翌日、冒険者ギルド二階の一室。所定の時間になり20人以上の冒険者が集まっていた。パーティがほとんどで俺みたいなソロの冒険者は数えるほどしかいなかった。
ただ、部屋の端に一人だけ、壁に背を預けて立っている女性がいた。フードを目深に被っている。
「全員そろっているみたいだな」
前に立った男が声を張った。今回ワイバーン討伐を正式に受領したパーティのリーダーだ。
北の街道に出たワイバーンの群れ。巣は街道から外れた崖にあるが、餌場が街道側に寄ってきているせいで行商が何度も襲われている。まず群れを街道から引き剥がし、散らしたところで数を減らす。そういう段取りだった。
説明が終わると自己紹介になった。
基本的にB級冒険者で構成されたパーティだった。パーティメンバーの中に数人A級も混じっているみたいだ。
順番が回ってきたので立ち上がる。
「アナンタから来ました、コルムです。昨日こっちで登録しました。B級です」
部屋が少しざわついた。
「昨日?拠点を移したなら等級は下がるはずだろ」
「ギルドマスターの推薦状があったので、そのままで登録してもらえました」
「ワイバーンはやったことあんのか」
「三回あります。どれも一頭ずつですけど」
「なるほど。ギルドが認めて経験もあるならこちらから言うことはない。とは言っても冒険者は信用の世界だ。実力が分からない坊主は討伐数の分配が少なくなるがそれでもいいか?」
「はい。問題ないです」
俺は昨日ここに来たばかりの人間だ。初めて組む相手に何頭も預けられるわけがないだろう。
それにこの依頼から実力を見せていけば信用してもらえるようになるはずだ。
自己紹介は最後まで続いた。気がかりだったのは端の女性が名乗らなかったことだ。
誰も彼女に順番を回すそぶりも見せなかった。
変だな、とは思ったが俺が口を出すことでもない。何か事情があるかもしれないし。
「あとは組だ。単独で登録してる奴は二人一組になれ。今日中に決めろよ」
周りを見た。ソロは数えるほどしかいないはずなのに、もうそれぞれ誰かと話している。前からの知り合いなんだろう。
そこで思い出した。俺は部屋の端まで歩いて、フードの女性の前に立った。
「すみません。俺、組む相手がいないんです。よかったら一緒にどうですか」
次の瞬間、部屋の音が消えた。
後ろから肩を掴まれる。
「おい、やめとけ」
「なんでですか」
「なんでって、お前な――」「いいわよ」
女性が壁から背を離してこちらを向いた。肩を掴んでいた手が離れる。
「この子と組むわ。問題ないよね」
「問題はありませんが、わざわざイズナ様の手を煩わせる必要はありませんし」
「彼はこっちに来たばっかりで何も知らないのでしょうし責める理由はないわ。ルール的にはむしろ彼が正しいでしょ」
彼女がそう言うと誰も何も言わなかった。
あれ?この雰囲気はもしかしてこの人偉い人だった感じ?
彼女はフードに手をかけて後ろへ落とす。
長い金の髪と、横へ流れた長い耳。
「イズナ=ヴィンターグレーン。よろしくね」
差し出された手を俺は慌てて握り返した。
エルフを見たのは初めてだった。