時代を隔てた話であるため、各編の登場人物は基本的に別の編では登場しません。
とんでもない長寿でもない限り。
第二編 竜と貴族
E級冒険者フェリクス①
皇竜暦208年。竜はエルフの元を去り当てもなく彷徨い歩く。
そして辺境へとたどり着いた。
同時期、冒険者に伝わるとある諺と共に――
☆
「処女の女冒険者に気をつけろ」
隣の卓の男が杯を置いて言った。
俺は酒場の隅で薄い麦酒をちびちび飲みながら、その卓の話に耳を傾けている。
「なんだそれ」
「王都で伝わってる諺だとよ。行商から聞いた」
「こんな辺境にまで届くくらいだ。王都じゃもう廃れてるだろ」
「違いねえ!」
笑い声が上がって、話はすぐ次へ移る。
「それより報酬だよ。王様が代わってから、依頼の額が等級で決まるようになっただろ。おかげでD級の依頼はどれだけ危なくても同じ額だ」
「上の連中はいいよな。等級が一つ上がるだけで倍だ」
「今の王様は若いからって何でも変えすぎなんだよ。関所を減らすだのギルドの帳簿を国に出せだの」
「街ごとに結界を張って回ってるって話もあるぞ。王都の周りから順にな」
「こんな辺境まで来るのはいつになることやら」
「結界ってあれだろ。SS級のエルフ様がやってるんだろ。王子様と婚約するって噂も本人が否定したらしいじゃねえか」
「否定できるもんなのか」
「SS級だぞ。王家だって頭が上がらねえよ」
男たちは酒を追加して、今度は騎士の話を始めた。
「騎士といえばモンフォールの旦那の話は聞いたか」
「平民上がりで騎士になったってやつか」
「ああ。今の王様は手柄のあるやつを身分に関係なく取り立ててるんだと。ただ一代限りで、息子には継がせられねえらしい」
「それよりお前ら、今朝この街にS級が来たのは知ってるか」
「S級?こんな辺境に?」
「竜人だとよ。ギルドで見たやつがいる」
俺は残りの麦酒を飲み干して席を立つ。
冒険者にとって情報は命だ。どこの魔物が増えたか。どの依頼が割に合うか。誰が街に来たか。酒場の噂話ひとつで生き死にが分かれることもある。
もっとも、王様の改革も、エルフ様の縁談も、騎士の家の跡継ぎも、薬草を摘んで慎ましやかに暮らすE級の俺が知ったところで使い道はなかった。
〇
受付の台に薬草の束を置く。
「はい、確かに。……それで、パーティのメンバーは見つかりましたか?」
職員が帳面に印をつけながら聞いてくる。
「いやー、ほら。あれですよ。相応しい人がいなくて」
「……そうですよね。組む相手はじっくり選んだほうがいいですから」
職員はにこやかに頷いた。俺も笑って返したが、お互いぎごちない。
分かっている。相応しい相手がいないんじゃない。俺と組みたい奴がいないのだ。
俺は貴族の家の次男だ。ただし妾の子で、母は俺を産んですぐに死んだらしい。顔も覚えていない。
それでも父上は俺を家に置いてくれた。兄上に何かあったときの予備としてだ。予備でも家族は家族だと思っていた。
そう思えていたのは、義母上の産んだ弟が七つになるまでだった。病気ひとつせず育った弟が七つになった年に俺は予備ですらなくなった。成人した俺に父上がかけた言葉は「冒険者にでもなれ」だけだ。
家からは月にいくらか金が届く。とても暮らしていける額じゃない。だから俺は言われたとおり本当に冒険者になった。
そんな中途半端な貴族と組みたい奴はいない。俺が死ねば組んでいた奴が家から何を言われるか分からないし、かといって家が後ろ盾になってくれるわけでもない。危ない目にだけ遭って得がないのだ。俺だって逆の立場なら組まない。
しかし、E級からは討伐の依頼が増える。薬草摘みと荷運びしかしてこなかった俺が、一人で魔物の相手をするのは無理だ。
冒険者で名を上げて、家の連中を見返す。そう決心し家を出たのに、今の俺には使う相手どころか組む相手すらいないのが現状だった。
掲示板へ向かおうとしたとき、入口のほうがざわついた。ざわめきはすぐにギルドの奥まで広がり、誰もが入口を見ている。
振り返ると、入口に女性が立っている。
頭の両脇から大きな角が後ろへ反って伸びていた。
きれいな人だ、と思った。すっと通った鼻筋も切れ長の目も、角の根元から背中へ流れる髪も、どこを見ても目が離せない。周りが何をざわついているのか一瞬分からなかった。
女は片手に提げていたものを床へ放る。重い音がして床板が鳴った。
ヘビーボアの首だ。俺の胴ほどもある。口の端から太い角が二本突き出ていて、首の断面はボロボロになっており、刃物で切ったような平らなものではなかった。
「りゅ、竜人様。査定でしたら角だけで結構ですと依頼前にお教えしましたが……」
受付の奥から職員が駆け出てくる。女は首を見下ろしたまま答えた。
「このまえ角を根元で砕いて持ってきたラ、査定が低かっタ。だから首ごと引きちぎってきタ。そのほうが早いからナ」
「か、体のほうは」
「森に置いてきタ」
職員が固まる。すぐに奥へ声が飛び、荷車だの森の場所だのと何人もの職員が慌ただしく動き出した。
当の竜人は空いている椅子に腰を下ろすと脚を組んで査定を待ち始める。
周りの冒険者たちが声を落として話し出す。
「あれが噂のS級か」
「首を素手で引きちぎったのかよ。どんな力だ」
「王都じゃあいつがS級になったのは実績じゃないって話だぞ」
「どういうことだ」
「人類と敵対したときにどれだけやばいかって目安だとさ。強さじゃなくて脅威としての等級だ」
「……笑えねえな」
「それにあの角だ。人の頭にあんなもんが生えるかよ」
「目を合わせるなよ。機嫌を損ねたら首を持っていかれるぞ」
「化け物が冒険者の真似事してるだけだろ」
近くの卓の連中が椅子ごと少しずつ離れていく。竜人は聞こえているのかいないのか、頬杖をついて窓の外を見ていた。
化け物という言葉が引っかかって、俺はもう一度彼女を見る。
確かに角はある。だがそれ以上にどう見ても美人じゃないか。むしろ、あの角もより美しさを際立たせるようにも感じる。彼女を化け物と呼べる神経が俺には理解できなかった。
それにヘビーボアの首を素手で引きちぎって片手で提げてくるのだ。この街の冒険者を全員集めたって、同じことができる奴はいない。
気づけば俺は掲示板とは逆のほうへ歩き出していた。彼女に近寄っていく俺を見て後ろで誰かが「おい」と小声で止めたが、足は止まらない。
「あの!俺とパーティを組んでくれないか」
竜人がこちらを向いた。頭のてっぺんから靴の先までゆっくりと眺める。それから心底呆れたように息を吐いた。
「……まずお前は誰ダ」
言われてみれば当然だ。名乗りもせずに頼みごとをする奴がどこにいる。
家の名を出すのは癪だが使えるものは使う。俺はどんな卑怯な手を使ってでもなすべきことがあるのだから。
「フェリクス=アナンタ。この
竜人の眉がわずかに動いた。
S級と組めばE級の依頼なんて飛ばして上の等級に手が届く。名が上がれば家の連中も俺を放ってはおけなくなるはずだ。この竜人を利用して成り上がってやる!
第一編、B級冒険者コルム④が投稿し忘れていたみたいです。申し訳ないです。