翌朝、北門の外に馬車が三台並んでいた。討伐に出る冒険者を現場まで運ぶためのものだ。
俺とイズナさんは一番後ろの馬車になった。他はパーティごとに固まって乗っているので、余った者同士が最後になるのは当然といえば当然だった。
馬車が動き出してしばらくして、向かいに座ったイズナさんが口を開く。
「コルム君はアナンタでどんな依頼を受けてたの?」
「山の魔獣が多かったです。あとは鉱山の護衛とか」
「鉱山があるんだ」
「はい。鉄と、魔石が取れるみたいです」
アナンタは竜のおかげで街の周りが安全な代わりに、山に入ると急に危なくなる。そういう街だった。
「一人で受けてたの?」
「いえ。半分近くは師匠のパーティと一緒でした。……というか、俺一人だったら今の等級にはなってないですよ」
これは謙遜とかではなく本当のことだ。
「俺、強い魔物とやりたがるんですけど、それだと駄目だって言われて。受ける依頼は全部師匠が選んでましたね」
「いい師匠だね」
イズナさんが言った。
「その年でB級はすごいよ。でも実力だけじゃ上がらないの、知ってる?」
「え」
「等級を決めるのはギルドでしょ。だからギルドにどれだけ貢献したかも見られるの。派手な依頼を選んで受けるより、ギルドが困ってる依頼を拾ってきっちり終わらせる方が上がる」
「……そうなんですか」
「等級は強さだけじゃないからね。若い子が早く上がるにはギルドに詳しい人が横について受ける依頼を考えてあげないと無理。十六でB級なら、あなたの師匠はちゃんと考えてたんだと思うよ」
悪い気はしなかった。というより、かなり嬉しい。
「そうなんです!師匠はC級だから甘く見られがちなんですけど、本当はもっとすごいんですよ!」
「C級なんだ。ならかなりすごいじゃない。ベテランのC級は並みのB級より優秀だから、甘く見てる奴はセンスがないわね」
師匠が褒められて嬉しくなる。
いや、待てよ。等級の話をずっと当たり前のようにされていたがこの人は何者なんだ。
昨日から一度も等級を聞いていない。
「あの、イズナさんって冒険者は長いんですか」
「長いよ。エルフだからね」
「あー……」
「もう何年目とか数えてない。周りが先に引退しちゃうから」
エルフの寿命は人間の数倍あると聞いたことがある。目の前の人は俺の姉さんくらいにしか見えないがそれなら見た目で測っても意味がない。
「だからね、気を遣われるの」
「気を、ですか?」
「危ないところに行かせられないとか、この依頼をあの人に回すのは失礼じゃないかとか。こっちは何も言ってないのに勝手にそうなる」
「……なるほど」
「だから自分から受けるようにしてる。今回みたいなのも」
「今回みたいなの」
「ワイバーンなんて誰も受けたがらないでしょ。空飛んでて戦いにくいのに頭数がいるし。そのせいで分け前も減るし」
確かに二階の掲示の前で一番人が少なかったのはあの紙だった。
「じゃあ、よく来てるんですか」
「だいたい来てるね」
「すごいですね。俺、そんな理由で依頼を選んだことないです」
「すごくないよ。暇なだけ」
「暇でも来ないですよ、普通は。すごくないって言うならイズナさんは優しいんです!」
イズナさんは何か言いかけてやめて、窓の外を見た。
○
昼過ぎに現場へ着いた。巣は街道から外れた崖にあって、餌場に降りてくるところを組ごとに受け持って落とす段取りだった。俺たちの担当は二頭。
「私が後ろから援護するからあなたが前でいい?」
「はい。任せてください」
「じゃあ、バフかけるね」
イズナさんが俺の肩に手を置いた。
「
三つもかけられ俺は驚く。バフを今までこんなにかけられたことはなかった。試しにその場で飛んでみるが、体が軽い。まるで体重がなくなったみたいだ。
「すごい。3つ同時とか初めてですよ」
「そうなの?B級なら割とこれくらいは普通だけど」
なんて話していると、崖の縁から影が落ちてきた。どうやら真上にいるみたいだ。
「じゃ、落としてきます」
「あ、私が……って行っちゃった」
俺は軽くなった足取りで崖を蹴り駆け上がっていく。そしてワイバーンの頭上にまで跳ぶと顔面を叩き蹴った。ワイバーンは突然の攻撃に狼狽え崖下へと落ちていく。地面に落ちる前になんとか体勢を立て直し飛び上がった。
俺は着地し盾を構えながら剣を抜く。爪が地面に届く直前で左に入ると尾が目の前から迫ってきた。
いつもならここで一発もらう覚悟で懐に飛び込む。
しかし今回はもらわずに入れた。思っていたより一歩ぶん早く動けている。尾は俺の後ろを薙いで土を巻き上げただけだった。
首の付け根に剣を当ててそのまま体重を乗せる。
硬いはずの鱗で剣が止まらなかった。ワイバーンは声も上げずに崩れる。
「……え」
驚いた声が漏れ出る。
自分の体じゃないみたいだ。
「イズナさん!すごいですよ、このバフ!」
「そう、ありがと。あと、わざわざ上らなくても落とすのは私がする……」
「あ、二匹目来ました。行ってきます!」
俺は再び崖上へと登って行った。
○
剣を拭いて鞘に納めてもまだ体が軽かった。
「イズナさん、さっきの魔法すごいです。自分が強くなったのかと思いました」
「聞いてる感じバフの重ねかけは初めてでしょ。よく足がもつれなかったね」
「俺、運動神経だけはいいんですよ」
「B級の実力は本物ってことだね」
俺は手を上げる。
彼女はよくわかっていないのか顔を傾けた。
「ほら、イズナさんも」
「ん?」
困惑しながら上げた手に俺はハイタッチをする!
「いえい!」
パンと音が鳴る。彼女は少し驚いたような顔でたたいた手を見ていた。
あ、そういえば彼女ってもしかしてかなり偉い人なんだっけ。昨日、会議室で誰も近寄らなかったし。あの人たちが「イズナ様」って呼んでたし。大先輩みたいだし。
「……ごめんなさい」
「何が?」
「なれなれしかったですよね。昨日も何も知らず誘ってしまいましたし」
「ああ」
イズナさんは自分の手のひらを見て、それから俺を見た。
「そっちのほうがいいよ」
「え」
「そのままでいて。様付けされると背中がむずむずする」
怒られてはいないらしい。俺はほっとしながら帰りの馬車でもいろいろ教えてもらった。
宿は東側のほうが安いわりに治安がましなこと。ギルドの掲示は朝と夕方に張り替わるから、いい依頼は朝一で消えること。武具の修理はギルド指定の店より裏通りの爺さんのほうが腕がいいこと。
行きの時よりも少し楽しそうに話していたのが印象的だった。
○
王都についたため馬車を降りたころには日が傾いていた。
他のパーティが集まっていたため、駆け寄ると突如上から人が降りてきた。
「イズナ様!」
女の人だった。杖を持っている。本当に飛んできたらしい。
「サーカスの檻が壊れました。獣が通りに出ています」
「数は」
「十以上です。……その中に、B級相当が二頭」
イズナさんが俺のほうを見た。
「ごめん、行くね」
「はい」
彼女は地面を蹴ると激しい風と共にそのまま上がっていく。俺が顔を上げたときにはもう屋根より高いところにいてそのまま空中で停止した。
そして杖を上に向ける。
光が広がった。
一つや二つではない。数えられない数の光が王都の上に散らばってそれぞれ別の方向へ落ちていった。まっすぐ落ちるものが一つもなく、屋根を避け、角を曲がり、路地の奥まで追っていく。
遠くで悲鳴が上がってすぐに止んだ。何かが倒れる音が続けて聞こえ、それきり静かになった。
「あんた、よく平気で組めたな」
後ろから声をかけられた。今日の討伐に来ていた冒険者の一人だ。
「昨日あの人に声かけただろ。あれ見てて胃が痛くなったぜ」
「もしかして、彼女って相当すごい人だったんですか」
「相当も相当。生きる伝説っていうか、この街いや、この国の守護神のようなお方だからな。SSS級冒険者。イズナ=ヴィンターグレーン様は」
「……SSS級って、等級ってS級までじゃなかったでしたっけ」
「ああ。あの人のために作った等級だからな。S級冒険者でありながら何度も国を救ったお方だ。他のS級と一線を画すためにこの称号が送られたんだ」
周囲で拍手が起き、彼女を拝むような者もいた。
彼女は見慣れた光景なのか無視しながら降りてくる。
「もう大丈夫だよ」
「ありがとうございました。報酬の件ですが……」
「いつも通り処理しといて。何体かはすでに討伐されてたから、倒した人たちにはしっかり報酬を払うように」
「畏まりました」
ギルド職員が今度は走って帰っていく。
「すごかったです」
「うん。あの程度の強さなら私じゃなくて皆でも倒せたんだろうけど」
「それでもあんな一瞬で倒せるのは少なくとも俺じゃ無理ですよ。イズナさんしかできません」
「まぁそうかもしれないね……」
彼女は少し顔を暗くする。なぜだろうと思ったが、彼女が話していたことを思い出した。
気を遣われていると思われているのだろう。
俺は手を上げる。
「イズナさん!ハイタッチ!」
「え、ああ、うん」
「いえい!」
彼女は慣れない手つきでお互いの手をたたく。
「ナイスです!」
彼女はぽかんとした様子だったが笑みが戻った。
「ありがとう」
☆
王都に伝えられし諺はいつしか形骸化していった。それでも彼女だけが本当の意味を知っている。
処女の女冒険者に気をつけろ
改メ
SSS級冒険者、イズナ=ヴィンターグレーンに気をつけろ