「滞留依頼、持ってきて。回送依頼も含めてね」
運営会議のあとで職員を呼び止めて等級の査定に効く依頼を全部出すように頼む。
職員はしばらくして紙の束を抱えて戻ってきた。
私はそれを一枚ずつ確認していく。
「……この七枚、掲示を止めておいて。誰にも受けさせないように」
「剥がせば受ける気でいた者が困りますし、ギルドとしても案件の回りが落ちてしまいますが……」
「もう張ってからどれも半年は経ってるのよ。受ける者なんてそうそういないわよ。それにこれらは後で私とコルムが受けるからいいのよ」
職員の手が止まった。
「イズナ様。差し出がましいことを申しあげますが、B級の彼はともかくこれらはイズナ様がお出になるような案件ではございません。どれもB~A級のものですし報酬も低いものばかりです」
「なら私は受けなくてもいいわ。どちらにしろ彼については行くけど」
ギルド職員はさらに困った顔になるが、私は気にせず依頼の束を確認していく。一通り目を通すが思っていたものがない。
「沼地の主が入っていないけれど」
「あちらは二日前に受領がございました。『裂空団』の方々です」
「2年近く放置されてたのに合間が悪いわね。『裂空団』なら準備しっかりするからまだ出てないでしょう。取り下げさせといて」
「イズナ様、それは流石にできません。彼らも準備を始めておりますし、何しろ理由がありません」
「危険度査定の更新が行われていなかったことにしなさい。2年放っておいた沼の主が当時より強くなっていることを鑑みて危険度査定の更新を行うため、一度依頼を取り下げる必要があるとかいえば納得するでしょ。それでも文句言ってきたら私の名前出していいから」
職員は苦しい顔をしながら口を開く。
「……承知いたしました。その理由で取り下げさせていただきます」
「危険度査定が終わったら、掲示する必要はないわ。コルムと私が受けるから。あと危険度査定だけど大真面目にしなくていいからね。主が2年そこらで強さ変わるわけないし」
「イズナ様。他所に取り下げまでさせて彼に回すのですよね。理由をお聞きしても」
私は職員の顔を見ながら堂々と答える。
「あの子を英雄にするわ」
「……はい?」
「今のうちにギルドが困っている依頼を全部あの子の名前で片付けさせる。早ければ1年でA級にあがるでしょう」
「なぜ、そこまで」
本当のことを言えるわけがない。
英雄の隣には、誰もが納得する相手が立つことになっている。私はその席が欲しいだけだ。
「英雄になる器があるからよ。さっさとなってもらった方がギルドとしても助かるでしょ?」
「畏まりました。ではこの七枚の依頼書は掲示から下げます」
「悪いわね」
「いえ。……イズナ様がおっしゃるのです。我々としても英雄の登場は望んでいます」
これで根回しは完了だ。
あとはこれらの依頼を順にこなしていくだけ。それでA級昇格は固いでしょう。
○
二階へ上がったら、コルムが知らない女と喋っていた。
顔は知っている。7年前に南方のギルドから移ってきたA級で、四人でパーティを組んでいたはずだ。名をセルマだっけ?腕は確かな子だった。
「今、前衛が一枚足りないんです。報酬の分け方の交渉も応じますから、一度うちのパーティに来ませんか」
「え、いいんですか。俺、まだB級ですけど」
「B級で沼地の主を単独で狙える人はそういません。うちの前衛より踏み込みが速いですよ」
「え、ほんとですか!」
彼は身を乗り出している。
「その話、私も聞いていいかしら」
いつもならこれで大抵の冒険者は下がった。
しかし、セルマは下がらなかった。それどころか、こちらへ向き直って頭を下げる。
「イズナ様。彼をうちに入れさせてください」
「……私に言うことかしら」
「イズナ様にお許しいただかないと、この街で彼を誘える者はいません。皆そう思っています」
あの子が私とセルマを見比べた。
「え、なんで俺がパーティ組むのに先輩の許可がいるんですか」
聞き方に嫌味はなかった。本当に分からないから聞いているみたい。
「いらないわよ。あなたが決めることだもの」
「ですよね。じゃあ――」
「でも駄目」
セルマとコルムは目を丸くする。
「理由をお聞きしてもよろしいですか」
「彼は正直言ってまだ冒険者としては二流よ。自身より強い相手と戦いたがるし、報酬の分け方も他人任せ。あなたのパーティに入れても迷惑をかけるだけよ」
「それなら私が教えます。冒険者の基礎もしっかり教えますから――」
「それでも時間がかかるわ。今、あなたは即戦力を求めている。それにあなたが彼を騙して良いように使うとも限らない」
さすがに引っかかったらしい。それでも彼女は笑顔を崩さず、少しだけ声を落とした。エルフに正面から言い返せる冒険者はこの街にいない。
「イズナ様。まさかとは思いますが、彼のことが好きで独り占めしたくて、私に嫉妬しているとか?」
冗談だというのは声で分かった。私は努めて冷静に答え――ようとする。
「は、はぁ?なっ、何を言っているの。わ、私がいくつだと思っているの。あの子は十六の子どもによ。そんな、あるわけがないでしょう。先輩として見ているだけで、そういう目で見たことなんて一度もないから」
めちゃくちゃ噛んだし話すのが早くなっていくのを自分でも感じる。
落ち着いて、私。
思ってた反応じゃなくて相手も少しひいてるわ。
「すみません。冗談のつもりで言いました」
「分かっているわよ」
あの子がこちらを見ている。何か言いたそうだったので、私は話を変えて彼女にだけ聞こえるよう話す。
「セルマ。ギルドマスターに口添えしてあげましょうか」
「え?」
「伯爵家の護衛の依頼が来ているの。名指しで受けられる方で、評判も良い」
セルマの顔つきが変わる。
「……前衛一枚より大きい話ですね」
「一度受けて気に入られたらあの家は続けて指名してくるわ」
「……ぜひお願いします」
「ならここは、引きなさい。ギルドを通して推薦しといてあげるから」
「ありがとうございます!」
セルマは深く頭を下げて、さっきまでの話は無かったことに、とあの子に言い置いて降りていった。
残ったあの子が口を開く前に依頼用紙を押しつけた。
「はい、これ。次の依頼。三日かかるから準備しておきなさい」
「あ、はい。……先輩、さっきのって」
「私は下に用があるの。明日の朝、門の外ね」
返事を聞かずに階段を降りた。
降りきったところで顔が熱いのに気づく。
否定の仕方が早すぎた。あれだけ並べて言えば、何かあると白状しているのと変わらない。今あの子の顔を見たら、もっと下手なことを言うかもしれない。
受付の台へ行って、職員を呼ぶ。
「伯爵家の護衛、セルマたちに回して。ギルドマスターには私から言うわ」
「畏まりました。でもどちらですか?王都と領地、両方で依頼を出されていましたが」
「領地の方にしなさい。確かそこそこかかるわよね」
「そうですね。街道を馬車で12日程でございます」
「じゃあそっち。気に入られたら向こうで一冬越す可能性があることは教えなくていいから」
職員が神妙な顔をする。
「イズナ様。それは……」
「言わずとも冒険者なら覚悟していることでしょう。それに彼女たちも貴族と人脈ができて喜ぶわよ」
「……承知いたしました」
○
沼地には翌日の昼に着いた。
沼地を進んでいくあの子を、私は飛びながら見下ろす。膝の上まで浸かっていて、一歩ごとに足を引き抜くのに力が要るらしい。抜くたびに水面が鳴って、抜いた先がまた沈む。
「先輩。この依頼報酬は少なめですよね。なんでこれなんですか」
「ギルドが2年間放置しているからよ。これが消えるとギルドに名前を覚えてもらえるわ」
「なるほど。でも、それなら、俺一人でも良かったんじゃないですか。空を飛んでるとはいえ、沼地は臭いですし汚れる可能性があります。それに大変ですけど俺だけでも沼の主程度なら倒せますよ」
「倒せはするでしょうね。でもコルムだけなら一週間はかかるわよ。私が横にいれば二日で終わるわ」
「俺としては助かりますけど、先輩に何もメリットがないじゃないですか」
「先輩が後輩を助けるのに、それ以外の理由がいる?」
「……先輩ってもしかしてとても優しい?」
「もしかしてって何よ。もしかしてって。そんなこと言うなら手伝ってあげないから」
「ああ、ごめんなさい。冗談ですよー」
○
主が出たのは結局三日目の朝だった。
水面が持ち上がって、泥を被った背中が現れた。巨大な図体で、鱗の一枚一枚に苔がびっしりとついている。
あの子が正面から相手をする。鱗の合わせ目を狙って一瞬で三度斬りつける。狙いは悪くないが、三度とも刃が半分しか入らず致命傷にはならなかった。
踏み込んだ足が沼に沈んで体重が前に乗り切っていないからだ。陸なら通っていた一撃だろう。
沼の主は斬られた箇所を庇うように体を回して、長い尾が水ごと持ち上がった。彼の胴にめがけて横に降りかかる。
コルムはとられた足を見た後に剣で咄嗟にガードをしようとする。
危ない!
私は降りて間に入った。
尾の腹を杖で殴って軌道を上へ逸らす。逸れた尾の軌道を確認し、そのまま沼の主へ魔法を放つ。主の首部分が丸ごと消滅した。
図体が倒れて沼の水が下から噴き上がる。泥が外套と髪と顔にかかった。
水の音が静まってから、あの子が足を引き抜いて立ち上がった。怪我はしていない。していないのに顔が白い。
「すみません、先輩。俺のせいで汚しました」
「え?」
「外套、それに髪にも。俺が踏み込みを間違えたせいです」
助けたのだから少しは見直されるかと思っていた。彼が気にしていたのは私に泥がかかった方だった。
私は自分の恰好を見た。確かにひどい。この外套はもう着られないだろう。
「安物だし気にしなくていいわ」
「でも」
「あのねぇ。私だって冒険者よ。汚れ仕事は若い頃に何度もやったわ。今は私がこういう仕事を受けようとすると、周りが先に片付けてしまうけれど、嫌だから受けていないわけじゃないの」
本当のことだ。顔にかかった泥を指で拭う。これだけ汚れたのは久しぶりだった。
「それに、後輩が先輩に迷惑をかけるのなんて良くあることよ。いちいちこんなことで顔を青ざめていたら冒険者なんてやってられないわよ」
「……当たり前ですか」
「当たり前よ。私だってさんざんかけてきたわ」
彼の顔から青みが少し引いた。
「だけど――」
私は続ける。
「私以外の人には迷惑かけては駄目よ。今日みたいなことが起きたとき、A級でも死ぬわよ。あなたが泥で足を取られて、助けに入った人が死んだら、あなたはそれを一生背負うことになるの。だから依頼を受けるときは、私以外とは組まないようにしなさい」
あの子は泥の中でまっすぐ立って、はい、と答えた。
よしよし。これで彼もパーティを組みづらくなっただろう。
いつの日か、彼は私と二人でパーティを組むのだから、他のパーティに入るなど浮気のようなものだ。
「そうねぇ。でもそんなに謝るなら代わりの外套を買ってもらおうかしら」
「分かりました。店で一番高いものを買いますよ!」
「分かってないわねぇ。高いからいいってわけじゃないの。合う合わないもあるし、好き嫌いもあるしね」
「でも俺、ファッションセンスなんてないですよ」
「なら私と一緒に選びなさい。ついでにあなたの私服も私が選んであげるわ」
「いいんですか?先輩、いつもきれいでおしゃれだから助かります」
「ちょ、ちょっと急に褒めすぎよ!」
彼は話しながら沼の主の解体を始めた。
笑う彼の横顔を見ながら私は腕をまくり沼地へと入っていく。
どうせなら外套だけじゃなく服も買ってもらおう。
彼といられる時間が伸びるのだから。