凱旋の翌日に王城へ呼ばれた。
依頼の話だと思って行ったら、通されたのは控えの間だった。
王城には帯剣で入れない。門で剣を預けて番号の書かれた木札をもらう。剣の重さが腰から消えると、歩き方がうまく決まらなくなった。
待っていると人が来て、採寸の紐を身体に回していく。式典用の礼服を仕立てるらしい。肩から腕へ紐が下りてきたところで、まだ上がらない右腕を持ち上げられた。
紐が外れると、入れ替わりに書類を抱えた男が入ってくる。式部官だと名乗った。
「コルム様。今月からのご予定をお伝えに参りました」
「予定、ですか」
「来週は三日間、式典です。そのあと南門の通りを馬で一周していただきます。翌週は貴族街の祝賀で、そのあとは――」
「待ってください。俺、聞いてないです」
「ええ、初めてお伝えしますので。続けます――」
予定と共に、台の上に書類が並べられていく。王城の判が押されたものと、ギルドへ回す控えと、中身の分からない写しが何枚も重ねてあった。
「――こちらに署名を」
順に名前を書いていく。一枚書くたびに次が出てきて、山がそのぶんだけ低くなる。書いているうちに今月はもう空いている日がないと分かった。
「えっと、その来月は――」
「来月も埋まっております」
「え、来月もですか!」
「英雄の誕生なのですから当然でございます」
当然と言われると返す言葉がない。
「あの、冒険者の依頼はいつ受けられますか」
「そちらはギルドの管轄でございますので、私どもではなんとも言えません」
「あ、じゃあ予定が空いてる日とかに一日だけ依頼受けてもいいってことですよね!」
「駄目に決まっております。予定が無い日は他の日の準備や貴族の訪問などをしていただく必要があるので」
普通に駄目だった。
先輩にどんな依頼でも一緒に受けるわよ、といってくれたが、その依頼を受けられる日が、俺の一月のどこにもなかった。
○
王家の主催のパーティ。
鎧ではなく礼服を着せられる。布は薄いし金具もないので、身体が軽すぎて落ち着かない。手を下ろす位置が決まらず、結局は杯を持たされて片手がふさがった。
広間の隅に先輩がいた。ドレスだ。外套以外の服装は何気に初めて見たかもしれない。
「どうも、先輩」
「……その恰好、板についてないわね」
「先輩もです」
「ふふ。言うようになったわね」
杯を持たされていたが二人とも口をつけていない。
そこへ貴族の一人が来て俺に挨拶をする。
「これはこれは英雄コルム様ではありませんか」
「え、あ、はい。お名前を憶えていただき光栄です」
すると貴族はそれだけ言うと今度は隣の先輩に話しかける。
「それにしてもイズナ様。此度は見事なお導きでございました」
「私は何もしていないわよ」
「ご謙遜を。イズナ様が王女殿下の護衛に彼を推挙なさらなければ、あの街は今ごろ更地でございます。それに、この1年彼の隣につき彼を訓練していたとも聞きました。やはりあなたはこの国の生きる女神であらせられる」
その後も彼は先輩を様々な言葉で褒めたたえる。
彼女は面倒な顔を隠そうともせず、途中で貴族の名前を聞いた。
貴族は答えると満足そうに離れていく。それを待っていたように次の貴族が寄ってきて、同じことを少し言葉を変えて言った。全員が先輩にだけ頭を下げて戻っていった。
「……あの人達、全然俺のこと見てませんでしたね」
「まぁ、英雄は珍しいけどたまに表れるし、あなたは王家の護衛をしているもの。それより、そのことを口実に私とつながりが欲しいんでしょう」
「俺が倒したのに……」
「まぁ、私とあなたじゃキャリアが違うわよ」
「先輩。ああいうの、いつもですか」
「そうね。ここ100年近くは特に」
「……それ、しんどくないですか」
言ってから少しだけ分かった気がした。
俺は英雄と呼ばれてまだ一月にもならないのに、自分の予定が自分のものではなくなっている。この人はそれを100年以上続けてきたのだろう。
彼女が面倒そうな顔をするのも納得だった。
「先輩。まだ受けられてませんね、依頼」
「そうね」
「一つ考えたのがあるんですけど、俺の地元に行きませんか」
先輩がこっちを見た。
「あそこ、街の周りが安全なんで強い冒険者が育たないんです。その代わり山に入ると急に危なくなるので、そっちの依頼だけずっと残ってます。滞留依頼が山ほどあるはずです!」
「……それはいいわね」
「でしょ。今の状況が落ち着いたら1カ月くらい地元に行って冒険者しましょうよ。そうだ。師匠にもあってほしいなぁ。それに――」
「それはできません」
横から俺の言葉を遮られる。
王女殿下が立っていた。いつからそこにいたのかは分からない。
「殿下」
「コルム様にはわたくしをお守りいただく必要があります」
「ちょっと待ってください。護衛はご滞在のあいだだけという約束だったはずです。王都に着いた時点で終わっています」
「ですから、近衛になっていただきます」
「俺は平民です」
「それも承知しております。父が、あなたに爵位を与えてはどうかと申しておりました。一代限りのもので構わないと」
杯を持った手が止まる。
例えどれだけ自身が嫌でも、爵位をもらう話を断っていいのだろうか。何と答えるのが正しいのかも分からなかった。
「王女殿下。少し落ち着いて」
先輩が杯を置いた。
「イズナ様……」
「爵位の話がそう簡単に決まるわけがないでしょう。気持ちは分かるけど嘘はいけないわ」
「……っ。お父様にこれから話すのは本当です。お父様もすぐにお認めになるでしょう」
「だとしたら、彼を止める理由にはならないはずよ。それに、こういったものは本人の意思も重要になるわ。彼に一度でも確認したかしら」
王女殿下は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「……コルム様、先ほどの話はお忘れください」
「あ、はい。分かりました」
「ただし――」
殿下は俺ではなく先輩のほうを向いた。
「イズナ様。各街の結界の点検をお願いしたいと、父から話が行っているはずです。雷竜の主が越えた以上、他の街の結界も今のままで大丈夫かどうかを確かめなければなりません」
「ええ。聞いているわ」
「あれを張られたのはイズナ様です。イズナ様が各街に赴く必要があるでしょう」
王女殿下は俺の方をむく。
「それにコルム様は英雄です。辺境の滞留依頼を拾って回るような方ではございません」
「しかし、殿下。俺は冒険者です」
「では冒険者として伺います。来週、南門の通りをもう一度回っていただきます。あの日は人が入りきらずに見られなかった者がおりますので」
俺はなんとか断る理由を失礼の内容に言えないか頭をこねくり回す。しかし、その様子を察した先輩が手で制止させた。
「いいのよ。殿下の言う通り。結界は私が見て回らないといけないし、あなたはあなたの仕事をしなさい」
「でも、それじゃ」
「英雄騒ぎもいつかは収まるわ。人は忘れっぽい生き物だもの」
そう言うと、先輩が杯を置いて広間の方へ歩き出す。
そのとき殿下が先輩の背中に声をかけた。
「イズナ様」
「なにかしら」
「たとえイズナ様が敵であっても、わたくしは諦めません」
先輩は振り返らなかった。少しだけ足を止めてそれからそのまま歩いていく。
俺は殿下を見た。
「あの、殿下。敵というのは」
「なんでもありません」
「でも、今確実に」
「お忘れください」
扇で口元を隠されたのでそれ以上は聞けなかった。
○
その夜のうちに先輩は発った。
前庭まで見送りに行ったら、もう出るところだった。ドレスではなく外套に着替えていて、そちらのほうがずっと見慣れている。去年の秋に俺が買って二人で選んだものだった。
「今から行くんですか」
「ええ。都市付近の各街に結界を張っているからかなりの数があるの。一つずつ見て回るなら一晩でも惜しいの」
先輩が空を見上げる。
「地元の話だけど……」
「はい」
「誘われて嬉しかったわ。でもやっぱり一緒に依頼を受けることはできない。これから結界以外にもやるべきことがあるし、それに王女殿下がきっと許してくれないもの」
「そう……ですよね」
「それに来週になったらどうせそれどころではなくなるわ」
「え、それって――」
聞き返す前に先輩が地面を蹴り空を飛んでいく。
風が起きて木々の葉がこすれる音があたりに響く。顔を上げたときにはもう屋根より高いところにいて、それから北へ向かって消えた。
先輩の最後の言葉の意味は分からなかった。