人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
―――死んでもいいか。
秋宮拓斗は自殺について思いを馳せたことはあったが、実行したいわけではなかった。
それは彼にとって癖のようなものだ。
通学途中、赤信号に飛び出したら。
大学の講義中、握ったボールペンを自分の目に突き刺したら。
自宅で料理中、包丁の刃を喉に突き立てたら。
街中で見上げたビルの屋上から飛び降りたのなら。
そんな想像を、拓斗はよくしていた。
もちろん、実行に移すことはしない。
本当に死にたいわけではないのだから。
死ぬ時に、人間は何を考えるのだろうと想像するだけだ。
だけど。
「お? ぉぉお?」
そんなぼやきと共に、死ぬことになるとは思っていなかった。
黒い、少女だった。
日本の地方都市の繁華街、その路地裏には不釣り合いな姿。
黒の長髪。
薄く、細い華奢な体。
黒のチャイナドレスと羽織もの。
左手には閉じた唐傘。
コスプレをした子供のような装いの彼女。
その右手が拓斗の心臓を握りつぶしていた。
「ごふっ」
口に広がる血の味。
一瞬、胸に燃えるような熱を感じ、しかしすぐに凍えるような寒さが迫ってきた。
心臓を握りつぶされると、こんな感じなのか。
「―――」
拓斗は、自らの死を前にし驚き、戸惑い、
「うーむ?」
首を傾ける少女を目に焼き付けていた。
綺麗だと、拓斗は思った。
整った顔立ち。
漆黒の瞳。
幼いが老成したような不釣り合いな佇まい。
どうせ死ぬのなら、こんな美しいものに殺されて死ぬのも悪くないな、なんて。
死んでもいいか。
そう、思ったのだ。
なのに、
「――――すまん。ミスったのぅ、妾の勘違いであった」
「あれ?」
傷が消えていた。
痛みもない。
シャツに穴だけ残っている。
少女の手には一滴の血さえもなかった。
拓斗は腰が抜けて道路にへたり込んだ。
「俺は、今、死んでいたような」
「気の所為じゃ、小僧」
「凄いリアルだったような気がしたんだけど……」
「かかか。異なことを言うのぅ、心臓を握りつぶされた経験があるのかえ? それなのにリアルも何もないであろう。ほれ、立つと良い」
少女は拓斗の手を引いて、半ば無理矢理立たせる。
意外なほど彼女の力は強かった。
「しかして、ふむ。お主、勘違いした妾も悪くはあったが。お主もお主で問題がある」
「はぁ。……あれ? 俺、殺されたのに怒られてる?」
「だから気の所為言うておろ。良いか? まぁ深くは聞かんが付いてこい。お主、運が良いのか悪いのか、妾は今良い所に向かう途中であった」
小さな少女はそのまま拓斗の手を引き、歩きだした。
混乱した彼は、状況が飲み込めず少女に連れて行かれたのは、
「あぁ、時間がちとズレたか。だが少し待てばよかろうて」
行列中のラーメン屋だった。
「……なんで?」
サラリーマン、その道のマニア、学生らしき集団の次に拓斗と少女は並んで十五分ほど待ち、
「ハナコラーメンを二つ、大盛りで。トイトイ……QR決済は使えるかの?」
入店後、慣れた様子で券売機で注文をしていた。
「ハナコラーメン……?」
「知らんのか。材料や具やらを極限まで引き算した最新細麺ラーメンじゃ」
二人用の小さなテーブル席に対面で座り、目の前に置かれたのは綺麗なスープと具が一切入っていないラーメン。
「小僧、学生か?」
「あぁ、うん。高校ニ年」
「ふむ、青春まっさかりじゃな。友人や恋人は?」
「まぁ、そこそこ。普通にいるとは思う、けど。恋人はいない」
「ふむ。ひとり暮らしかの。ネットの友人とかはどうじゃ? 今日日、珍しくもなかろ」
「ネットはそんなに触んないからなんとも……」
「趣味はどうじゃ? アウトドアか、インドアか?」
「あまりないが……普通に、料理が好きだ。ディーチューブでプロの料理人の動画を見たり」
「おぉ、素晴らしいの。良いことじゃ。では、そうさな。自ら生き物をシメたの経験はあるか?」
「…………魚くらいなら」
「魚か。んー、他の生き物でしたいと思うことは?」
「………………ない。予定もないし、積極的にしたいとは思わない」
「ふーむ。なるほどのぅ。友人が死にそうになってたら、どうする?」
「質問の意図がわからない」
「そのままじゃ。思うがままに答えると良い」
「……助けられるなら、助けるが。AEDとか、救急車とか?」
「家族は?」
「いない」
「ふむ。ラーメンは美味いか?」
「………………美味いけど。飯食ってる時にする質問か?」
「きひひ。確かに」
少女は口端を歪め、箸を進めたので拓斗も食べ進める。
ラーメンを食べ終わり、店を出る。
先ほどの路地裏に戻り、
「では此れまでじゃ、小僧」
少女は雨も振っていない夜なのに、唐傘を開いた。
「たまたま波長が合うてしまったようじゃが、今後は前向きに生きるとよい」
「どういう意味だ?」
「
「―――」
「それではの、限られた命を謳歌するがよい」
不敵に微笑んだ少女が、路地の先を曲がり、
「あ、おい、待って――えぇ?」
拓斗は追いかけたが、路地の先には誰もいなかった。
「……」
拓斗は、周りを見回した。
人の気配は遠く、少女のいた痕跡はどこにもない。
服の穴と満腹感だけが、先程の時間が現実ではなかったことを証明している。
困惑と躊躇。
そして、思い返される少女の言葉。
死に魅入られるな。
その言葉を思い返し、
「――――っ」
頭の痛みと脳裏に過ぎった過去の光景。
燃える車。
その下敷きになった父。
幼い頃の光景にふらつきながらも、一歩踏み出し、
「――――」
どぷん、と何かを通り抜けた感覚があった。
「なんだ……?」
奇妙な違和感に、頭痛を忘れ、空を見上げる。
そこに見たものに、拓斗は目を見開いた。
夜の空が赤く染まり―――――真っ黒な満月が浮かんでいた。
●
「どうなってるんだ?」
空は不気味な色となり、街から人は消えている。
路地裏から大通りにても誰もいなかった。
時計の進みも止まってしまっているし、スマートフォンも動かない。
明らかな異常。
冗談みたいな光景。
「……夢だとしたら長すぎる」
黒い少女と出会った時からずっと同じことを思いながら、歩いていく。
電気も繋がっていないのか、建物に明かりは灯っていない。
それなのに、暗く感じるわけでもないという矛盾。
気味が悪い。
あてもなく拓斗がたどり着いたのは駅だった。
街の中心部であり、繁華街のすぐ近く。
広いロータリーの中央には大きな噴水がモニュメントとして視線を集める。
だが、今は水は吹き出ていなかった。
代わりに
「キッ」
「キキキキキ」
異形がいた。
「蛇……?」
巨大な蛇、それも頭が二つある化け物。
それが噴水に巻き付いている。
ところどころに棘やら角が生えていたり、禍々しい。
そんな、非現実的なものが拓斗の目に移っていて、
「キキッ?」
「キキキキキ!」
舌を伸ばした蛇が、拓斗に気づく。
不気味に光る緑の眼球が、彼を映す。
目が、あった。
「あ」
動きが止まる。
蛇に睨まれた蛙の言葉通り。
生命としての本能的な恐怖が拓斗の体をしばりつけ、
「―――」
気づいた時、拓斗の体は吹き飛び、近くのビルにめり込んでいた。
「かひゅっ……ぐほっ」
手足が奇妙な方向に曲がり、腹からアバラかどこかの骨が突き出している。
後頭部も強打したのか視界が大きく揺れていた。
蛇が、その尾で拓斗を殴ったのだ。
ごみを払うかのような乱雑な動きだったが、それでも拓斗には致命的だった。
大型トラックに轢かれたり、高いビルから飛び降りた時に想像した怪我がこんなものだった気がする。
「っ……ぁ……」
死ぬ。
心臓を潰されたのよりもリアルな死。
ついさっき、少女によって与えられ。
ずっと拓斗が想像し続けていたもの。
死んでもいいか、と先ほどは思った。
だけど。
「――――ちが、う」
喉から、血と共に言葉が漏れた。
四肢に力は入らず、指先は動かない。
それでも、その意志だけは瞳に光となって灯る。
「こんなんじゃ、ない」
よくわからない世界で、よくわからない蛇なんかに。
殺されていいわけがない。
ずっと想像していた死がこんなものであっていいはずがない。
「おれは」
蛇が蠢いている。
それを拓斗はどうにもできない。
それでも。
「こんな死をみとめない」
「――――ほう。存外、気骨があったな」
気づいた時には目の前に、少女が立っていた。
黒の唐傘を差し、黒の満月を背負い、黒の髪をなびかせる少女。
「キッ」
「キキキキ―――」
蛇が動きを止める。
「あん、たは」
「何故じゃ?」
少女は拓斗を見下ろし、見据えている。
「そこまで濃密な死への焦がれをまとわせておいて、死に瀕したら拒むとは。自殺志願者でもないようであるし、妙な精神性じゃの。獄中の手記でも読み漁った口かえ?」
「……っ」
「あぁ、悪い。軽口が過ぎたな。簡単な問いじゃよ、小僧」
彼女は笑っていた。
「何故、死を認めなんだ?」
拓斗の意識は消えかけていた。
それでも彼女の声は聞こえていた。
「……どうせ」
「うんむ?」
「ころされるなら、あんたがよかった」
「―――――」
自分でも何故そんなことを言ったのか拓斗はわからなかった。
「かかっ」
少女が、吹き出した。
「かかかか! かかかかかかかかか! かかかかかかかかかかか! ごほっごほっ、なんとまぁ! 妾にそう言うかえ! なんともまぁ! かかっ! 大した口説き文句じゃのぅ!」
彼女は体を折って、笑い声を上げ続ける。
拓斗はぼんやりをそれを眺めていた。
「ふぅー、こほん。いやなに、馬鹿にしたわけではないぞ? うむ」
少女は何度か頷き、
「死ぬには早いと、思うか?」
「あ、ぁ」
「カカッ! よかろ! 小僧、名前は?」
「…………拓、斗。秋宮、拓、斗」
「秋宮拓斗。覚えよう、そして名乗ろう。妾はヘイ。終焉の
拓斗には全く意味のわからないことをヘイは一方的に告げる。
そしてヘイは身をかがめ、拓斗の顎に触れ、
「タク。お主を殺した責任、妾が背負おうか」
その小さな唇が、約束を囁いた。
●
「黄昏を目指しながら、旅の意味を問う」
「涙と共に踏み出し、微笑みと共に至る果てに約束を」
●
不気味な世界に、黒い光が瞬いた。
漆黒が去った時、立っていたのは拓斗一人。
折れ曲がっていた四肢は正しい形となり、黒の布を体に巻き付かせていた。
「キ!」
「キキキキ!」
異変を前に警戒を露わにした双頭蛇。
つい先程、拓斗を無造作に吹き飛ばしたのとは違う、完全な臨戦態勢。
だが、今の拓斗は何も感じなかった。
恐怖と呼べるものが全く湧いてこない。
『当然じゃ。あんなもの、今の妾とおぬしとは格が違う』
囁きはヘイのものであり、耳元から聞こえてきた。
半透明になり、細い両腕を拓斗の絡めながら、背後から抱きしめるように浮いている。
ヘイが拓斗の右腕に指を這わせた。
『握れ』
言われた通りにした拓斗の手の中、漆黒の粒子が生じる。
『真器形成』
粒子は手の中である形を成していく。
それがなんであるか、知らないはずの拓斗の口から、名が告げられた。
「ーーーー<<終告剣・サイハテ>>」
剣だ。
両刃の漢剣。
刀身から柄までもが漆黒。
重さを全く感じない剣だった。
『振ると良い』
拓斗は漆黒剣を振り上げた。
「キキッ!」
「キキキキキーーーッ!!!」
双頭蛇が甲高い鳴き声を発し、
「―――終われ」
漆黒が、振り下ろされた。
真っ直ぐな剣閃は線となった。
その線の延長線上、全てが両断される。
黒の一閃が、振れたもの全てを終わらせる。
双頭蛇も、例外ではなかった。
異形が黒に断たれ、蒸発していく。
その中、拓斗はヘイに抱かれていた。
『タク。約束しよう』
耳元の声は優しく、慈しみさえ込められていた。
『お主が良き