うすほそ人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「そうだ。故に我ら≪言の海≫は、空衣唯を守らなければならない」
「!?」
その声は弥生ではなく、拓斗の背後から聞こえてきた。
振り返ると男が立っていた。
刈り上げた黒髪と長身、年齢は三十代前半ほどだろうか。
以前、弥生が来ていたような黒いスーツ姿。
厳しい顔つきの男は腕を組み、いつの間にか現れていた。拓斗と弥生が使ったエレベーターが動いた音はしなかったはずなのに。
「ちょっと、折葉さん。秋宮との話は私がするって言ったっしょ」
「そのつもりだったが、話が回りくどい。お前の会話能力に期待するべきではなかった」
「は? まだ話の途中で勝手に諦めないでくれる……?」
弥生が眉を立てるが、男は気にした様子もなかった。
腕を組んだまま、拓斗の右側に立つ。
「≪言の海≫所属の一級象法師、
「秋宮拓斗です。よろしく……お願いします」
「よろしくするかどうかは、これからだ」
「折葉さん!」
「秋宮、かいつまんで話をしよう」
「は? 無視……?」
弥生が明らかに怒りのギアを上げていたが、折葉は気にした様子はない。
……同僚?
親と子ほどの年齢差がありそうだが。
象法師というのは年齢は関係ないのだろうか。
「≪特異点≫は、人類史大きな影響を与えるものだ」
折葉の話が始まる。
「空衣唯はまだ≪特異点≫として覚醒してない。でも、覚醒したら象法師でも、非象法師でも関係ない。歴史、文化、文明のターニングポイント、その渦中にいるというより、その渦を作り出すのが≪特異点≫」
例えば、と彼は続けた。
「過去の大文明の興り、大航海時代の三大発明、産業革命、インターネット。或いは二度の世界大戦、蒙古の大陸制覇、古代地中海文明における海の民、コンキスタドール……何かが作られ、何かが壊される時、≪特異点≫は現れる」
「世界史で聞いたことがあるような……」
「聞いたことがありそうなものをピックアップしたからな。それなりに勤勉のようで何よりだ。氷見は世界三大発明のことを、スマホとエアコンと通販などと言っていたからな」
「今それ言う必要ある?」
「間違ってはいないような気もしますが……」
うち二つはヘイが駆使しているし。
「高校生にわかりやすくいえば、織田信長なんぞもそうだったと言われている。好きだろう、高校生」
「あー……確かに、当時の常識を色々破壊したという話は聞いたことあります。……なるほど、≪特異点≫はとにかく影響力が大きいものだとジョーンズは言っていましたが、文化文明のターニングポイントはそういうことだと?」
「そうだ。大なり小なりあれどな。今ある当たり前を作り、破壊するような存在だ」
ふむ、と折葉が眉を上げた。
「覇気はないが、頭は回るようだな。弥生、お前も見習え」
「……」
無言の弥生が折葉の脛へ蹴りを放ったが、彼は全く揺らがなかった。
「≪特異点≫は絶対に当たる宝くじとヘイは言っていましたが……それが、唯先輩だと」
問題はそこだ。
拓斗にとっては恩人と言ってもいい先輩であり、弥生の親友。
特別な存在だと言われれば納得はする。
学園の中心人物であり、将来成功する感もある。
だが、今の折葉の話までなるとピンと来るのは難しい。
思い返すのは≪特異点≫を手に入れようとしていたハンク。
彼は、それを手中に収めればなんでもできると言っていた。
ヘイは興味を見せなかったが、
「そうだ。だが、言ったように空衣唯はまだ未覚醒だ。何かをきっかけに≪特異点≫として覚醒しなければ、スペックが高いカリスマの子供でしかない」
「その覚醒ってのはどうやればなるんですか?」
「己がそうであると自覚するだけだ」
「はい?」
「自分が特別であると知るだけでいい。過去の≪特異点≫曰く、『そうだと気づいたらなんでも出来るようになった』という」
「……はぁ」
意味がわからなさすぎて曖昧な返事が出てしまったが、折葉も同じ気持ちなのか苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「だから、私たち、私は唯を守るんだよ」
弥生の言葉は拓斗に訴えかけるようであり、自らに誓うかのようでもあった。
普段、学校ですれ違う時の気だるげな様子は全く無い。
どこか必死すら滲ませている。
「ジョーンズみたいなやつは多い。他の組織や個人もこの街に潜んでるから。ずっと、守っているし、これからも守り続ける」
「我々の行動指針としては、≪特異点≫は覚醒させない。目覚めれば世界を変えうるがその変革は大きな破壊をもたらすこともあるからな。常識の範囲で突出した人間であるだけで十分だ」
その方針は理解できる気もする。
同時に疑問が生じた
だが、それを口にするまもなく折葉の言葉が続いた。
「秋宮拓斗、我々が君に要求することは一つしかない。手伝い、というのは弥生の個人的なものだから忘れろ」
折葉の言葉は力強かった。
だが、同時に冷たくもある。
冷え冷えとした刃を首元に突きつけられたみたいに。
「彼女の友人であり、彼女の平穏を願うならば。象法師について、彼女に知らせるな。それが彼女を守るということだ。特に、≪真我≫を近づけさせるのだけは絶対に避けろ」
「ヘイを?」
ヘイが唯に何かをするとは思えない。
「≪真我≫は存在するだけで影響が大きすぎる。例え≪契約者≫という鎖があろうとも、核弾頭のようなものだ。空衣唯の友人であるお前はともかく、≪真我≫はありえん」
覚えておけ、と男は言う。
「≪言の海≫は護国のためにあり、空衣唯は≪特異点≫として覚醒させてはならない。その邪魔をするな」
●
「ごめん、あのおっさん感じ悪かったでしょ」
折葉は話を終えて去っていた後、再び拓斗はエレベーターに乗っていた。
低い駆動音の中、弥生は居心地が悪そうに、半分に割れた飴の棒を手にしている。
「あいつ、私の師匠的なやつなんだけど、とにかく頭でっかちでさぁ。あんま気にしないでよ」
「わかりました」
「話が早いな……」
彼女は呆れ、そこで会話が途切れた。
弥生はエレベーターのパネルの前に立って振り返らず、拓斗はその背後で突っ立っていただけだ。
……地下何階だったんだろう。
二、三では足りないだろう。
エレベーターといえば、この箱をぶら下げているケーブルが切れて落下すると無重力になってから激突死するという話を思い出したが、
……この人はそれじゃ死なないんだろうか。
そんなことを思っていたら、エレベーターが停止した。
「それじゃ」
「はい、お話ありがとうございました」
彼女はこのままここに残ると聞いていたので、軽く会釈して、拓斗はエレベーターを出て、
「待って」
ガシャン、という音が背後から聞こえ、拓斗は足を止める。
弥生が閉まろうとしていたエレベーターを抑えた音だった。
彼女はその動きのまま、唇を噛み締めている。
「……聞かないわけ?」
「何をですか」
「聞きたいこと、あるでしょ」
「えぇ、まぁ」
空衣唯と氷見弥生に関する問い。
その疑問は確かにある。
だが、それは、
「氷見先輩に対して、失礼な思考だと思っています」
「……」
「唯さんは、氷見先輩のことを親友だと思っているはずですし、氷見先輩も唯さんを守ろうとしている。俺にはその事実で十分かと」
前者を確認したわけではないが、唯は嘘をつくような人間ではない。
弥生の唯に対する思いは、先程の会話から感じることは出来た。
口下手ではあるが、それでも確かに親友なのだろう。
「………………私が、あの子にあったのは小学校の入学式でさ」
ぽつり、と弥生が言葉を漏らした。
「私はもう、その時象法師としての修行を始めてたけど、正直やる気もなくて、同時に学校も面倒ってと思っていた。でも学校に行って……唯に捕まったんだよね」
「暗い顔をしているわね、ですか」
「そっ」
エレベーターの扉にもたれかかりながら弥生は苦笑した。
……あぁ、くそ。
拓斗は自分がまともに笑えないことを後悔した。
彼女の苦笑いに、拓斗も同じものを浮かべたい気持ちだったから。
「んでまぁ、それから学校にいる間はあの子に連れ回されたりしたわけよ。最初は鬱陶しかったけど……家じゃ修行しかしなくて娯楽とか知らなかった私には新鮮で、結構楽しかった。それで、気づいたら親友になって―――中一の時、あの子が≪特異点≫って知った」
弥生が扉から体を起すと、それは自動で動き閉まろうとする。
だが、彼女はそれを止めた。
拳で、力強く。
「そこから私はあの子を守るために強くなった。≪万葉≫の称号も貰って、あのオッサンも追い越して、≪言の海≫から唯の監視と護衛の任務ももぎ取った。私は、あらゆる危険から、唯を守る。それに……アンタのことも、嫌いじゃないよ。唯に助けられたって意味じゃ私もアンタも同じでしょ」
「……ですね」
拓斗が頷いたのと共に、弥生は扉から手を話した。
エレベーターの扉は、当然自動で閉まっていき。
閉じきる直前に声は届いていた。
「だから、秋宮。頼むから――――その力であの子の平穏を終わらせないで」
●
「ふむ……なんだろうな」
図書館を後にし、夕方の街を歩きながら頭を捻った。
違和感だ。
≪言の海≫の弥生と折葉。
二人の話は分かった。
その上でどうにも拭えないしこりがありながら、それを言語化できない。
そんなことを考えながら駅に向かう途中、
「ん」
チャットアプリにメッセージがあった。
朝から連絡が来ていなかった翠だ。
『先輩。今から家に来れるか。話がある』
「………………」
拓斗は思わず足を止めた。
数秒止まった後、通話アプリを立ち上げ、コールする。
すぐに出た。
『タクか。終わったのかえ?』
『ヘイ。悪いが、夕飯は先に食べていてくれるか』
●
浅羽翠の家に行くのは、初めてではない。
ヘイと会った日もそうだが、たまに通販では買えないものの買い出しを頼まれるからだ。
徒歩で十五分ほど、街の中心部の中の高層マンション群に彼女の部屋はある。
拓斗の家である日本家屋とは真逆の住居。
「先輩。直接は久し、ぶり」
カーテンの締め切った部屋で翠は拓斗を迎え入れた。
こちらが心配になるような華奢な体躯と白い肌。
色素の薄いピンクブロンドのショートヘアと名前の通りに緑色の瞳は日本人のそれではない。
実際のところ、アメリカとフランスの血が混じっているらしい。
タンクトップにドルフィンパンツというラフな格好は引きこもりの少女でしかない。
「翠」
チャットアプリとは違う独特の区切りの話し方を聞くのも久しぶりだった。
その上で、問わねばならないことがあった。
「
「……」
翠はすぐには答えなかった。
その間だけで、拓斗は察していた。
部屋に入る前、翠の母親から貰ったコーヒーのマグカップを手に取る。
彼女の部屋は冷房がかなり強く、パソコンの冷却ファンの音が鳴り、そのパソコンも何故か七色に光っている。
ゲーミングチェアに腰掛け、膝を抱える彼女を前に、拓斗は腰掛けた。
自然と見上げる形になりつつ、彼女の返事を待つ。
「流石に、このタイミングだとあからさまだったよ、ね」
翠は力なく、目尻を下げ微笑んでいた。
「あぁ。それで翠はどういうあれなんだ? またお国の何かなのか?」
「ううん。私たちは、
「グローバル」
「うん」
頷き、拓斗の後輩は自らの立場を口にする。
「≪
「何を言っているのか全くわからない」
「だよ、ね」
翠は小さくはにかみ、
「唯先輩を見張っているってことは、氷見先輩と同じか、な」
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