うすほそ人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「≪
膝を抱えながら翠は囁くように自分の所属する組織について語りだした。
「技術による革命が世界を突き動かす、をモットーにしてて。国を越えた民間企業というか、一つの経済圏を牛耳ってる、みたいな? 表世界じゃ名前は出ない秘密組織みたいなのって想像してくれればいい、よ」
「陰謀論染みてきたな」
「だ、ね」
へへへ、と翠は笑う。
その手の話を彼女から聞いたことがあった。
フリーメイソンだかイルミナティだとか。
「でも、事実としてあって、私も……というか私の上司とかが≪特異点≫……唯先輩を欲しがってるんだよ、ね」
「ふむ……確か、≪特異点≫は良くも悪くも世界を変える、とかさっきあった人が言っていた。そういう理由か?」
「そうだ、ね。唯先輩を捕まえて、科学の勉強を全力してもらったら新技術の一つや二つでも思いついてくれそうでしょう?」
「確かに」
「連合は、唯先輩に覚醒してほしいって、わけ。唯先輩が技術者にならなくても、唯先輩が起こりうる世界の確変に巻き込まれれば、何かしらの進歩が起きると、連合は思ってるんだよ、ね。ぶっちゃけ先輩が技術に全く興味ない脳筋タイプでも近くにいればおっけー、みたい、な」
「適当……というより、それだけ≪特異点≫の影響力が大きいという話か」
「そうだ、ね」
翠は頷き、エナジードリンクのプルタブを開ける。
カシュッ、という小気味の良い音。
「翠は入学した時から唯先輩を?」
「……まぁ、ね」
目を細めながら、翠は椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
「≪特異点≫に対する監視は色んな形で、行われて、た。この数年で排除したり、されたりしてるけ、ど。拓斗先輩が知らないだけで、学校関係者にも結構いるんだ、よ。……私の場合は、わりとバックアップよりの監視員だったんだ、けど、ね」
「そうなのか?」
拓斗は思わず首をひねった。
バックアップというには翠と唯の距離は近い。
直接顔を合わせずとも、ほとんど毎日チャットを通して会話をしている。
監視員とかいう話ではないが、と思い、
「……いや、そうか。翠もそうだったな」
「うん」
拓斗は頷き、翠も楽しげに微笑んだ。
今日、その話をするのは三度目。
「唯先輩か。というか、俺もいた。ついて行っただけだったが」
「急に観察対象と、そのごく近くにいるのに象法師じゃない、人が、目の前に来て、びっくりした、よ。おまけに教室じゃなくて保健室で、第一声が……」
拓斗と弥生は、暗い顔をしているわね、だった。
翠は違ったと、拓斗は覚えている。
「つまらなさそうな顔をしているわね、だったか」
「そう、ふふふ」
肩を揺らして笑う翠に、拓斗も思い出す。
半年ほど前、新一年生が入学して一ヶ月と少し後のことだ。唯より上の先輩が抜け、二人だけの生徒会だったが、彼女はすぐには生徒会を追加しなかった。
彼女の能力的なら問題ないかと思っていたら、ある日突然保健室に連れて行かれた。
そこにいたのが、翠だったのだ。
「私は体が弱いってより、燃費が悪すぎて、ね。連合での立ち位置は、有事の際の最終兵器、みたいなとこなんだけ、ど」
「最終兵器か、すごいな」
「えっへん、強いんだ、よ?」
僅かな膨らみの胸を張る彼女は強そうというよりも可愛らしさが勝る。
「そんなんだから、唯先輩と、接触する予定はなくて、なのに、生徒会に入れられて、学校に行けなくてもカメラの設置とか許して、くれて。他の組織からしたら仰天もの、だったろうけど、ね」
「ありそうだな。急にハイテク化して俺も驚いたよ。生徒会室だけじゃなくて、俺の家もな」
「できること、したかったから、さ」
そこで翠は一呼吸起き、
「……私は、ずっと研究所育ちで、ね。普通の学校生活とか楽しんだこと、なかったから。できること、張り切っちゃっ、た」
「ヘイも感心してたよ。あ、ヘイってのは俺が契約した≪真我≫な」
「らしい、ね。困った、話、だよ。本当、に」
翠が眉を下げる。
当然というべきか、彼女も拓斗のことは把握しているらしい。
彼女はそこで、片膝を下ろし、背筋を伸ばした。
「先輩」
「あぁ」
「お願いが、二つ、ある」
「聞こう」
「来週、私たち≪革命連合≫は唯先輩確保のために、作戦行動を、開始する。そうなると、≪言の海≫も反応して、大規模な戦いになる、と思う。今の街は、この二つ以外の組織以外は、力が落ちてるから、事実上の頂上決戦になる、はず」
「そうなのか? 色々聞いているって話だったが」
「ハンク・ジョーンズ」
「むっ」
拓斗とヘイが倒した中年の男が脳裏に過ぎる。
「あの人のせいで、いろんな組織が膠着して、た。唯先輩を見つけられなかったけど、街全体に眷属を放って、すごく厄介。不死身だから、私も、氷見弥生も、他の組織も、倒しきれなかった、し、返り討ちにも、あって、る。でも、先輩が倒してくれた、から。最高戦力が、万全なのは、うちと言の海、だけ」
「なる、ほど?」
あの中年がそこまでの影響力があったことに驚く。
だが、確かに前提で不死不滅であるのだから、ヘイの力がなかったら対処が難しいのも道理だ。
「その、決戦に拓斗先輩は、関わらないで、ほしい」
それが彼女の言う一つ目の頼みごと。
「……似たようなことを、≪言の海≫にも言われたな」
「うちの場合、もうちょっと面倒。連合は技術の進化が目的って話、したけ、ど。その中には延命とかも、ある。でも、やりすぎると……」
「ヘイに目をつけられる、というわけか?」
「そ、う。だから連合の中には、≪終焉≫を敵対視、している人、いる。私たちの、作戦に関わるとすごく面倒、かも」
「……心に留めておこう」
「ん」
「もう一つは?」
「……」
翠はすぐに答えなかった。
細い足の指で椅子の足を蹴り、椅子が一回転。椅子の背で一瞬彼女の姿が見えなくなり、
「来週、球技大会」
口にしたのが学校行事のことだった。
今日は金曜日だったが、次の週の頭には球技大会が行われる。
最近生徒会では――主に唯なんだが――その準備をしていた。
「私も参加するつもり、だから。その時、よろしく、ね」
「わかった」
拓斗は頷き、
「それだけか?」
「…………うん、そうだ、よ?」
●
「あらー! 拓斗くん、もう帰っちゃうのかしら!?」
翠の部屋を出て、リビングで拓斗に声をかけてきたのは翠の母親だった。
ブロンドの長髪、モデルのようなメリハリの効いた体型、日本人離れした、事実フランスとのハーフという女性。
四十代半ばでありながら、年齢相応の美しさを持った美女。
「キャシーさん。えぇ、お邪魔しました」
「いいのよぉ! うちの子、あぁだから、拓斗くんみたいに来てくれる子がいておばさん嬉しいわ!」
「こちらこそ、お世話になっています」
流暢な日本語とテンションの高さにはこの半年でだいぶ慣れてはいる。
夫はアメリカと日本人のハーフで、現在は海外出張中。彼女はこの街の製薬会社の広報部に努めていると聞いていた。
そんな彼女はにっこりと愛想の良い笑顔を浮かべ、
「色々、拓斗くんも大変みたいねぇ!」
細められた目は、笑っていない。
拓斗が翠の下を訪れると夕食をごちそうしてくれたり、フランスの家庭料理を教えてくれたりと、良い人という印象ではあるが、
……この人も、その連合ってことか。
当然といえば当然だ。
翠がそうであるならば、母親が無関係ということはあるまい。
その上で、拓斗は彼女に問いかけた。
「キャシーさん。翠は大丈夫ですかね」
「まぁ」
彼女は一瞬驚き、頬に手を当てる。
「そうねぇ。私とあの子は同じ遺伝情報を共有しているし、あの子を娘だと思っているから出来る限り大事にしたいし、意思も尊重したいけれど、組織は組織だからねぇ。やらないといけないことはやらないと」
両腕を広げた彼女はにんまりと笑う。
翠の儚げな笑みとは似ていない。
休日の昼間や深夜に流れている海外のシットコム番組に出てきそうな大げさな表情。
遺伝情報を共有という独特な言い回しは連合風の親子の言い方なのか、また別の何かなのかはわからない。
「だから拓斗くん。あの子を思うなら、あなたがあの子の望みを考えてほしいわね!」
●
「翠の望み、ね」
浅羽家のマンションを出ながら、大通りで拓斗は一人つぶやいた。
翠が言っていた二つ目の頼み。
球技大会が云々というのは、本当の頼みではなかったのは言うまでもない。
後輩は隠し事が上手ではなかった。
……じゃあ、何を望んでいたのか、という話なんだが。
問題は、拓斗は人の気持ちを慮るというのは得意ではないということだった。
なんとなくの推測はできるが、確信できるほどではなかった。
或いは、
「想像するものが合っていたのなら……嬉しくないな」
それに。
結局のところ、翠から連絡が来る前に感じていた違和感は消えていなかった。
「なんだ……?」
思考が上手くまとまらず何度か首を振り、空を見上げる。
学校が終わり、弥生に連れられて≪言の海≫の基地に行き、翠の部屋によって≪革命連合≫の話を聞いていたら、もう夜になっていた。
「ヘイはもう何か食べたかな……」
そんなことをぼやきつつ、駅へと足を向けようとすると、
「秋宮拓斗」
急に、声をかけられる。
車道に止まった真っ黒なやたら長い車体を持つ車の側に立つ男だった。
……リムジン、ってやつか?
テレビでしか見たことがないような高級車。
男は黒いスーツに黒いネクタイ、黒サングラス。≪言の海≫の弥生や折葉と似たような格好。
彼は車の扉を開き、室内へと手を掲げた。
「こちらへ。自宅へと送る」
「………………」
拓斗は迷った。
明らかにカタギではない相手からの誘い。
普通に考えれば絶対に乗るものではない。
だが、同時に拓斗は興味が湧いてしまった。
……今度は誰だ?
学校の先輩は世の中を変化させうる人材でその親友と後輩が実は象法師で、何やら秘密組織だかのメンバーだった。
曰く、象法師はこの街に結構いるらしい。
この車内の相手が拓斗の知り合いだったら、誰なのか興味がある。
逆に、知り合いじゃなかったのなら危険性が高い。
どうしたものか、と悩んでいると、
「おっ」
リムジンのスモークが掛かった窓が僅かに下がり、車内の人物の顔が見えた。
その顔を見て、拓斗は選択する。
「……失礼します」
体を屈めて入った先、さすがリムジンというべきか普通の車内空間とは違う。
小さな部屋のようになっていて、座席が向き合うような形が配置され、壁際にはミニバーが設置されていた。
拓斗が座るのと同時に車が動き出す。
車の進行方向に対して背を向けた拓斗は正面の相手を見た。
またもやスーツ姿の女だ。
黒いスーツは袖を通さず肩に羽織り、豊かな胸元が大きく開いたブラウスはワインレッド。首には黒のストール、膝下から広がるようなデザインであるフレアパンツ。
指先には細長い煙草が煙を漂わせ、目元には小さな丸形レンズのサングラス。
見るからにカタギではないという格好。
髪の色は銀。
彼女のことを、拓斗は知っていた。
「月」
「拓斗」
ヘイのメイドである月が、拓斗の知る姿は大きく変わった様子で、目の前で足を組みふんぞり返っていた。
家の中であった敬称もない。
柔和でたおやかな気配な鳴りを潜め、どこか獣染みた荒々しさすら漂わせている。
「言っておくが、こっちが本性か、とか聞くなよ」
声も低く、口調も荒っぽい。
サングラス越しに鋭く細められた目で拓斗を睥睨している。
「ヘイ様の前の私が第一で、こっちはヘイ様以外向けの社交用だ。私の人格切り替えはヘイ様もご存知であり、こっそりキャラ変しているわけじゃないってことだけは覚えておけ」
「わかった」
「反応が薄いな……」
そんなもんかと思いつつ拓斗は頷くと月は物足りなさそうに唇をへの字に曲げていた。
それよりも気になるのはこの車だ。
交通事故なんて死因はありふれているが、この類の車では中々死ににくそうではある。
「それから、実はアンタのことが気に入らなかったというわけでもない。口調や仕草が荒いのはそういう仕様だから受け入れな。前も言ったが、ヘイ様の契約者である限り、私にとっては主人も同じだからな。ただ、今後の付き合いを考えると、こっちの私も知っておいた方がいいって理由もある。それに、私も話があった」
「悪いが、今日は色々常識外の情報を与えられて脳みそがパンク気味なんだが」
「これだけは聞いてもらう。ヘイ様は、御自分からはこのことをお伝えにならないだろうからな」
「―――聞こう」
ヘイに関することと知り、拓斗は姿勢を伸ばした。
「いいか? これは命令でも要請でもない、ただの提案だ」
月は紫煙をゆっくりと吸い込んだ後、
「今すぐに、ヘイ様と街を離れろ」
告げた。
「≪特異点≫の奪い合いは知っている。≪革命連合≫が攻勢に出るのもな。≪言の海≫が迎え撃ち、決戦になる。その話は聞いたな? 関わり合うのは危険だ。日本国内でもいいし、海外でもいい。香港だったらウチの、≪
「……内容はともあれ、その≪黒曜会≫というのは、その、なんだ、ヤの付く方々か?」
「日本の極道とは在り方は違うけどな。確かに元々は香港マフィアが母体だし、今でもそのその側面も残しているが、そもそもの組織の目的はヘイ様にお仕えすることだ」
そう言われても違いが良くわからなかった。
……まぁ、最初から察していたからいいか。
ヘイに対する忠誠心は本物なのだから。
「月たちは≪特異点≫が欲しくないのか?」
「ほしくないって言ったら嘘になるがな」
彼女は煙草を噛みつつ、苦々しい顔を浮かべていた。
「第一優先はヘイ様だ。そのために抱える力としちゃあ大きすぎるっていうのが本音だよ。あんなの扱いきれねぇ」
「そんなにか」
「そんなにだよ。だが、私がアンタに要請するのはそこじゃない。問題は、≪言の海≫の≪万葉≫と≪革命連合≫の≪クラスセブン≫が戦うってことだ。アンタの友人なんだろう?」
「氷見先輩と翠のことなら、そうだが。凄いニックネームなのか?」
「ニックネームじゃなくて称号だ。そう、凄い。≪特異点≫や≪真我≫とは別の意味で相手にしたくない。そんな連中が戦う近くに今のヘイ様がいるのは、良いことじゃねーんだよ」
「……何故だ? ≪特異点≫の話をずっと聞いていたが≪
「あぁ、それはそうだな。≪真我≫も超抜級の存在だ。概念を司る神に等しき存在。私たち一族が仕える大いなる存在―――だが」
ふんぞり返っていた月が前のめりになる。
煙草を右手で握り潰しながら、一呼吸。
「いいか、拓斗。これが本題だ」
ただならぬ気配に拓斗は息を呑む。
それほどまでに彼女の顔には真剣さが浮かんでいた。
「≪真我≫は不死身だ。ただし、
「―――なに?」
「本来、単独で完全な、完成した≪真我≫という存在に、人間という不完全で未完成な存在が≪契約者≫として魂レベルまで繋がってしまうと、その完全性に欠落が生じる。つまり、本来死ぬはずのない≪真我≫は≪契約者≫がいる時だけ、死に得る」
「それじゃあ……」
「そうだ。アンタがどうするかはわからない。だが仮に、この街における≪特異点≫の戦いに関わろうとするなら、ヘイ様が命を落とす可能性もあるということを覚えておけ」
≪言の海≫
弥生時代から続く日本の象法師による特務機関。
現在は宮内庁の下、護国のために戦っている。
世界各国の象法師機関においても精鋭揃い。
世界的に見ても妖怪が出やすかったり、地脈が集まっていて悪用しやすかったりするので世界中の悪人が狙っていたりと問題が多いが、≪特異点≫問題の前では些末事なので本編ではあまり関係ない。
≪
世界各国の技術者によるネットワーク。
過去、複数の特異点が参加しており、世界の技術発展に大きく貢献し、世界経済に絶大な影響力を持つ。
様々な部署が存在するが、現在≪特異点≫関連は超人部門が担っている。
≪
表向きは貿易会社、知る人にとっては香港マフィア、その実態は≪終焉の真我≫の信奉者。
香港に拠点を起きつつ、世界中の華僑と連携し、≪終焉≫の使命を手助けしている。
一定以上の幹部は象法師としての実力に加え、執事侍女としても一流であることを求められる。
現在街にいる二大巨頭が上二つ。
が、まともに動けなかった原因がハンク・ジョーンズ。
そりゃ不死身の蛇を無制限に生み出せるわけですからね。冗談じゃないです。
感想評価よろしくお願いします。