うすほそ人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「ほうれ、近う寄れ」
……どうしてこうなった……?
月に送ってもらって、家に帰ってきたのはよかった。
ヘイに出迎えられ、いつの間にか月もメイドモードになっていた。
その月が用意してくれていた夕食に舌鼓を打った。
揚げた白身魚と野菜を甘酢で和えたものとのあっさりとした塩味の
甘酸っぱい味が体に染み、ゆっくりと味わっているところをヘイに眺められていた。
その後、柑橘の皮が漂う湯船にじっくり浸かり体を温めて、部屋に帰ったら。
「おぉ、戻ったか」
自室にヘイが待ち構えていた。
黒いキャミソール、黒いカーディガン、黒いドルフィンパンツ。
長い黒髪はハーフアップに。
全身真っ黒ではあるが、普段のチャイナドレスとは違う部屋着姿。
「……何してるんだ?」
「今日は色々大変だったようじゃからの、そなたを労っておこうかと思って」
言いつつ、はっ! とヘイは小さく体を跳ねさせた。
「安心せい、お主のベッドの裏なんぞ漁ってはおらん」
「いや、俺の部屋は敷布団だが……?」
拓斗の部屋は和式であり、畳部屋。
ベッドは置いていない。
それを言うと、大したものも置いていない。
部屋の奥に畳まれた敷布団と古い文机、簞笥。ハンガーに掛かった制服の詰襟とズボン。
唯一個性が見えるのは小さな本棚には死に関する哲学書やコド向けの絵本が置かれている。
それ以外には必要最低限なものが置かれているだけの殺風景な部屋だった。
だが、そんな部屋でもヘイがいると急に華やかになった気がした。
「ほれ、こっちじゃ」
正座した彼女は自分の膝を掌で示す。
「……どっち?」
「見て分かるじゃろ」
「わからん」
「なんじゃ。妾の膝を貸してやろう」
「いや、それはどうなんだ……?」
「おぉ、否定が来るとは珍しい。そういう面が見れて喜ばしいの。だが、来るのじゃ」
「……」
無言の圧に、しかし拓斗は抵抗の意思を示した。
●
「どうじゃ?」
「……」
意思は示したが、しかし神にも等しいという≪真我≫に抗うことはできなかった。
見た目だけならは中学生、どころか小学生にも見える少女の太ももに拓斗は頭を乗せ、体を横たえていた。
「ふふふ、風呂上がりだからか、髪が柔いのぅ」
くしゃくしゃと髪の中に指を差し込んで、ヘイが笑う。
「今日は色々あって疲れたであろ?」
「それは……まぁ、そうだな」
色々あった、というには色々ありすぎた。
情報過多で頭がパンクしているところがある。
「まずはリラックスじゃな。手足から力を抜といい。風呂上がりで、体がじんわり温かいであろ? その熱に身を任せるのじゃ」
彼女はヘイの頭を優しく撫でつつ、
「息を深く吸って…………止めて…………吐いて…………また止めて…………吸って……四秒づつ、リズム良く繰り返すのじゃ」
耳に届く囁きに従い、拓斗は呼吸を繰り返していった。
「吸って……止めて……吐いて……止めて……吸って……」
単調だが、リズミカルに。
段々と体の緊張が解れ、体が重くなっていく。
……ねっむ。
その重みで、体の疲れを実感する。
良く考えればここ数日、色々有りすぎた。
昨日、丸一日眠りこけていたとはいえ、回復しきったわけでもない。
「おぉ、顔から力が抜けてきたのぉ。いいじゃろ? ボックス呼吸法言うてな、軍人や消防士なんかも使っている呼吸の仕方じゃ」
囁く声は小さいが、聞こえはする心地よさ。
「相変わらず、妙なことに詳しいな」
「時間だけはあるからのぅ」
ヘイはころころと喉を鳴らす。
「それで? 色々話があったんであろ、妾にも聞かせてくれるか?」
「結構、頭パンクしていて、上手くまとめられるか怪しいんだが……」
「話してみると、存外整ってくるもんじゃよ?」
促され、拓斗は今日あったことを語り出した。
まずは二つの組織について。
≪言の海≫の弥生。≪革命連合≫の翠。特異点に対する対応の差。
先輩と後輩の話を聞いて、感じたもの。
「違和感、かえ」
「そう……氷見先輩の話にしても翠にしても、何か、引っかかるんだが……ずっと言語化できていないんだけど。ただまぁ……そうだな」
話していて、整理するとするなら、
「俺達、随分と鬱陶しがられているみたいだな。どっちにしても、簡単に言えば『手を出すな』、だった」
「かかか、それはそうじゃの。核弾頭、悪くない例えじゃ。妾たちの力を正しく認識しておる」
「そこまでなのか?」
「ふむ」
ヘイは一度頭を傾け、
「部分的にそう、と言ったところかの。お主は契約による力を上手く使っておるが、あれが全てではないしな」
「そうなのか? 随分なものだと思ったが……」
「まだまだじゃ。妾たちの力はこんなものではないよ。だからこそ、連中は妾たちに手を出してほしくないんじゃろうな。自分たちに味方してくれるなら良いが、敵に回したら終わりじゃからのぅ」
「……ヘイは、≪特異点≫のこと本当に興味ないのか? ジョーンズの仕事も終わったんだし……」
ハンクに聞かれた時の彼女の答えは、仕事中だから構っている暇はないという答えだったはずだ。
だがその仕事も終わった。
そして今、改めて≪特異点≫の話を聞いていると、興味がないヘイの方が不自然らしいということはわかる。
「興味ないの」
だが、彼女の答えは変わらない。
「なぜ?」
「どうせ死ぬ」
「…………まあ、それはそう、か」
身もふたもない、終焉を司る彼女らしい言葉ではある。
掘り下げれば、もっと色々聞けそうだったが、
「……」
拓斗は一度黙り、
「それは、今のヘイもなんだろ?」
別のことを問いかける。
二つの組織の後、月から聞いた話。
彼にとっては、そちらの方が重要とさえ言ってよかった。
拓斗の頭をなでていたヘイの手がぴたりと止まった。
だが、その手はまたすぐに同じ動きを再開した。
「……ふむ。月かの、ギャングモードのあれにも会ったか?」
「あぁ。見た目ほど怖くはなかったが。むしろ、気遣ってくれていたよ。≪特異点≫にはかかわらず、この街を出ろってな。世界中好きなとこを手配してくれるそうさ」
「かかっ。あれは心配性じゃのう」
苦笑し、
「確かに、≪契約者≫を持つ今の妾は、不死でも不死身でもない。通常の人間よりはよっぽど頑丈ではあるがの。そうさな……」
首をひねり、
「トラックに跳ねられたら、ちょっと痛かったかの? で済むくらいじゃ」
「ほんとに結構頑丈だな……?」
「だが、死にはする。氷見弥生やクラスセブンというお主の後輩であれば妾を殺せるであろ」
「契約者がいるから、か」
「そうさの。それは否定せん」
「なら、≪
≪真我≫はわかる。≪特異点≫も。
象力という力も。
だがその上で、≪契約者≫とは何なのか?
そのことを、拓斗はこれまで考えていなかった。
そもそも、
「今更だけど、ジョーンズを倒すのに俺は必要なかったんじゃないか?」
「……悲しいことを言うのぅ」
見上げたヘイは、言葉通り、悲しそうに眉を下げていた。
「可能不可能の話で言えば確かに妾一人でもよかったが、妾としては一人でやるよりずっと価値ある時間じゃったのだが。……しかし、そうじゃの。別に、隠すものでもなし、な。お主が知りたいというのならば教えるべきであろ」
ヘイは嘆息し、
「カーマとは古い言葉で、欲を示す。我ら≪真我≫にとって、契約者とは甘い欲なのじゃよ」
●
「欲……?」
ヘイは自らの膝に乗る少年を見下ろした。
目を見開いた彼にヘイは微笑んだ。
「我ら≪真我≫は単体で完成し、完結したもの。それぞれが象徴する概念の下に理を司る、人の形をした現象じゃ。現象であるがゆえに死はなく、悠久の時を過ごし続けていく。その中でも≪終焉≫は特別での。知っての通り、妾は不死を認めぬ使命を背負っておる」
この世に存在する数多の概念。
その中でも理を維持するために、霊長が犯してはならない領域を持つもの。
例えば、決定された≪時間≫の改変。
例えば、存在しない≪虚無≫の証明。
例えば、宣告される≪終焉≫の否定。
それらを世の理は許さず、犯したのならば裁かれなければならない。
存在そのものが特別である≪真我≫の中でもさらに特別な執行者がヘイなのだ。
「だが、しかしの? 現象と使命は人の形を得て、人と関わらざるを得ない。不思議なもので、≪真我≫は人に焦がれてしまう」
「人に、焦がれ……」
「そう。人のように生きたいと願うわけじゃな。完全であるがゆえに不完全を求める。無欠であるがゆえに欠落を願う。≪真我≫とは、人と繋がることを本能的に欲してしまう生き物なのじゃよ」
人類の三大欲求と似たようなものだ。
大なり小なり差はあれど、≪真我≫は人間と契約することを願う。
「その相手が、≪契約者≫ってわけか」
「左様。確かに不滅の≪真我≫は死を得る。だが、同時に己の使命とは別にこの世を楽しむ余裕を得るというわけじゃ。故に≪真我≫にとって≪契約者≫は堕落のよすがであり、愛しき足枷というわけじゃ。権能の最大出力は落ちるが、それでも人間の基準においては絶大な力を誇るし、権能自体を失う訳では無いからの。弱体化といえばそうではあるが、正直気にしておらん。それ以上のものを、お主は妾にくれておる」
「ちょっと仕事に付き合っただけだぞ?」
「ずっと一人の仕事じゃ。連れ合いがいるだけで嬉しいものよ。その後も、お主に付きまとうからの」
「……気になってはいたんだが、今後もうちに住むん……だよな」
「うむ。通販サイトの住所もここに登録してもうた」
「何買ったんだ?」
「大物だとパソコンかのぅ。タクが学校行っている時に色々できるようにな。配信でもしようかと思うんじゃな」
「よくわからんが……」
「そのうち見せてやろ。長いことやることになるからな」
そのつもりだったから月も侍女として呼んだ。
拓斗が用意された自分の部屋にも色々家具を購入している。
「お主を殺した責任、取ると約束したであろ?」
それは本来あるはずのない過ちだった。
定命のものを、ヘイが手にかけるなど。
ずっと死を見つめていたとしても、それだけなら終焉が間違えるはずがない。
……特異点の近くにいたから……という想像は無粋であるか。
そんなことはどうでもいい。
「タク、お主の望みを妾は叶えられない」
死に際の微笑む父が何を思っていたのか。
死んだとしても笑えるようなものとは何か。
「それは、お主が自ら納得しなければ得ることはできない答えじゃ。他人から与えられるものではない。妾は力にはなれん。お主が悩み、考えなければならない。それは辛く、苦しく、答えを得ることさえできないかもしれん」
「……わかってる」
「だが、忘れるな我が≪契約者≫」
ヘイは両手で拓斗の頬を包み込み、顔を覗き込む。
「お主がこれからどんな道を征こうとも、妾は最後の時まで共にある」
見開かれた少年と目が合い、
「終焉とは、あらゆる命に約束された休日じゃ。だから、父の死を思うのはお主の自由じゃ。だがのぅ、タク。その上で、一つだけ妾の願いを聞いてくれんかの」
こつん、と彼の額に自分の額を重ねた。
「かつての死だけを見るのではなく、自分のこれからにも目を向けるのじゃ」
拓斗が息を呑む。
ヘイはこの言葉が、彼の何か、どこかに届き、背中を押せることを願う。
「いつか果てに至る時、微笑んでいられるように―――死を想い、生も謳歌しておくれ」
真我:人間大好きすぎて壊れちゃってもいいかという事象存在
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