秋晴れの下の運動場で拓斗は目の前の喧騒を眺めていた。
全校生徒のうち、約半分が運動場に、もう残りが体育館で様々な球技を熟していた。
今現在は昼休憩だから種目は行われていないものの、運動場内のあちこちでレジャーシートを広げ、昼食を食べていた。
ちょっとしたピクニックのようだ。
そして、拓斗は運営テントの下で弁当を食べている。
重箱に入ったおにぎり、卵焼き、ソーセージ、ポテトサラダ、唐揚げ。
『運動会といえばこういう弁当じゃろ』
と、謎にドヤ顔のヘイの意見で決まったメニューだった。
本人が食べたかっただけかもしれないが、それはそれでも良い。
ヘイと月の分も作ったので今頃二人で食べているはず。
「唯ー、ここにいるー? ……って、秋宮」
テントを訪れたのは、ジャージ姿の弥生だ。
首にスポーツタオルを、肘には保冷バッグを掛けた彼女は、テント内を見渡す。
拓斗の背後の長机、その椅子をベッドにして横たわっている女生徒へと彼女は視線を移した。
「お疲れ様です、氷見先輩。唯さんなら、運営実行委員会と話があるとかで少し席を外しています」
「あー、そうなん、だ」
どこか気まずそうに視線を上げた彼女に対し、拓斗は自分の右隣を親指で指す。
「用があるなら、ここで座ってもらっていても大丈夫ですよ。一応、このテントは生徒会用なんで、他に使う人もいませんし。昼食を取ってもらっても」
「だー、そう? まー、じゃー、失礼します」
手刀を縦に振りつつ、そそくさとした動きで弥生が拓斗の隣に腰掛ける。
隣と言っても、四人分の長机の右端と左端だ。
間に二人分空くことになっている。
弥生が保冷バックから取り出したのはコンビニのからあげ弁当とペットボトルのお茶。
「昼食の約束だったんですか?」
「いや、なんか呼ばれたからついでにご飯も一緒に食べようかと思ったんだよね。なのに運営実行委員会に行ってるとか……」
「その先輩も急に委員会から呼び出されてたんで、別に氷見先輩を無視したわけではないと思いますよ」
「ふぅん。生徒会って、なにしてんの?」
「基本的には、委員会の補佐ですかね」
球技大会は、生徒会も関わっているが、当日の運営に関しては運営委員の仕事のほうが多い。
生徒会はあくまで補佐、つまりは人手が足りないところへの穴埋め。
具体的には、
「審判役の先生も実行委員も足りてないところで審判か、休憩エリアでの店番ですかね」
「雑用じゃん」
「生徒会の仕事は大半雑用ですし。どちらかというと、行事の前後で使う運動場や備品の予約を他の部活と調整するとかそういう仕事の方がメインです」
「ふぅん……ま、お疲れ。……てか、あんたなんか弁当でかくない? 唯はともかく、あんたそんな食うタイプだった?」
「球技大会なんで、生徒会でシェアできるように多めに作ってきたんですよ。氷見先輩も食べます?」
「え?」
目を丸くした彼女は、自分の弁当に視線を落とした。
「私コンビニ唐揚げだから交換するようなものじゃないんだけど」
「コンビニの唐揚げも美味しいじゃないですか。別に、交換しなくてもいいですよ? 実際俺一人じゃ食べられない量ですし」
「でもどうせ唯が食べるんでしょ? なら、交換でよろ」
互いの弁当箱の蓋にそれぞれの唐揚げを乗せ、トレード。
貰った唐揚げを口に運ぶと、自分の作るものとは違うが味はいい。
醤油味の万人受けしやすそうなものだ。
「うまっ。なんかカレーっぽい?」
「えぇ。少しカレー粉が入ってるんで。コンビニの唐揚げもやっぱ美味しいですね」
「料理好きなんでしょ? 唯から聞いたけど。コンビニ弁当とか食べることあるんだ」
「父が生きていた頃に。小さい時は自炊にも限界があったので」
「き、気まず……」
「いえ、気にしないでください」
「気にするんだけどな……」
弥生の顔が引きつり、視線が泳いだ。
「あーっと、そっちの、例の人はどう? 先週、秋宮にも色々言ったわけだけどさ。そっちの反応とか」
例の人、というとヘイのことだろう。
「大したものはなかったですね。本人はパソコンやらカメラの設定やらで忙しそうだったんで」
「は? なんて?」
「なんか動画サイトで配信始めてました。収益化がどうとうとか言ってましたね」
「…………」
弥生が口端と眉を全力でひん曲げていた。
拓斗にしても何言っているのか良くわからなかったが、土曜の夜に三十分ほどパソコンのカメラに向かって話しかけていたのだ。
三十分ほどで収益化ができるのかどうか知らないが、ヘイはあの美貌と声だ。
「なにそれめんどくさー……報告しないわけにはいけないけど、折葉さんになんて言えばいいんだ……? あのおっさんに配信なんか言って通じるわけないし……」
ぶつぶつと独り言を呟いた後、弥生は大きくため息をついた。
「仲良くやってるなら何よりだけどさ。……変なことしないでね」
「えぇ。日々の学校生活で忙しいですから」
拓斗は頷き、
「さすが、拓斗先輩。聞き分けが、いい、ね」
二人の背後で寝ていた女生徒が体を起こした。
「起きたか。もう大丈夫なのか?」
翠だ。
「ん、一先ずは」
「……浅羽翠。そこで寝てるとはと思ってたけど、盗み聞き? いい趣味してんじゃんね」
「ここは、生徒会の場所。足を踏み入れてるのは、氷見弥生、あなたのほうだ、よ?」
ばちり、と二人の視線がぶつかり合う。
……冷静に考えると、敵対組織、ということになるのか?
唯の身柄を巡る組織の二人。
それも、近日中に決戦をするとか行っていた。
普通に翠がいるのを承知で、弥生の同席を促したが、まずかっただろうか。
そう思い、どう声を掛けるか考え、
「唯が来るまで、だから。余計なことはしないよ」
「……なら、私も、大人しく、しとく」
「というか……まとも動けてんの? 熱中症?」
「ふふふ、昨日楽しみで、眠れなかった上に、空腹でカロリー切れてたちくらみしてた……」
「子供じゃん……秋宮、スポーツドリンクとかあげたら?」
「おぉ、了解です」
「どういう反応?」
意外と穏便で、拓斗は驚いていた。
「ふふふ……行事中に、暴れたり、しない、よ?」
「当然でしょ」
「失礼しました。ほら、翠」
「ういー。ご飯も、たべたーい。私の分もあるよ、ね?」
「もちろん」
背後の机に、重箱を起き、用意してあったスポーツドリンクを翠に渡す。
翠が目前に並べられた弁当と飲み物をもきゅもきゅ、と速いペースで口に運び、頬が膨らんでいく。
「ハムスター?」
「意外と食べる時は食べるですよね」
「実は、病弱というわけではないから、ね。燃費問題、で、すぐ倒れるだ、け」
「それを病弱って言うんでしょ」
「確かに。良い指摘ですね、氷見先輩」
「こいつはこいつで天然ボケなんだよなぁ……」
拓斗が真面目に頷き、弥生が呆れ、翠が食べ進めていく。
そんな中、ダッシュで飛び込んできたのが唯だった。
「みんな! 悪くない顔をしているわね!」
ジャージの前を開けた体操服姿の彼女は額に白の鉢巻を巻いた気合の入ったスタイル。
彼女は三人の前で腕を組み、
「聞いて欲しいのだけれど! ちょっと大変なことになって!」
「どうしたんですか」
「というか私を呼んだのと関係ある?」
「唯先輩は、今日も元気、だね」
「一斉にありがとう! どうかしたわ! あるわ! なんならいつもよりハイテンションよ!」
会話が繋がっていない気がして拓斗は戸惑ったが、自分たちの言葉に順番に答えているだけだと気づく。
加えて宣言通り、いつもより声が数段大きい。
「部活委員会対抗リレー、あれ私と拓斗で出ようとしてたでしょう!? 五人参加だから、私が四人分走るってことで!」
「ありましたね」
「唯が四人分走るのってリレーなわけ?」
「実際、普通に運営実行委員会にダメって言われたわ! 去年私が助っ人で暴れすぎたからって!」
「紗緒里先生に、確認した、って言ってなかった、け?」
拓斗は生徒会顧問である、今年三十歳になったとか嘆いていた女性教師を思い出す。
「ふっ―――あれは紗緒里先生が適当こいてたことが判明したわ!」
「つまり……」
「五人のリレーに二人で参加するのは今年はダメってことね!」
「当たり前じゃん。むしろなんで去年は通ってたのか」
「今年の実行委員長の
「……ん? いや、ちょっと待ってよ唯」
嫌な予感がしたであろう弥生が頬を引きつらせる。
だが、唯はお構いなしに満面の笑みだった。
「珍しく翠が参加して生徒会で三人! 適当こいてた紗緒里先生は責任をとって私の予備のジャージ着せて走ってもらうことになったからこれで四人!」
「ふ、ふふ……アラサー女性がやるには、あまりにも酷な罰ゲームだ、ね」
「あとは弥生に出てもらったら解決!」
「いや、なんで私!? 私、別に生徒会じゃないんだけど!? それはありなわけ!?」
「今回はちゃんと確認をとったわ! 人数足りないのは事実だから、一人分の穴埋めならセーフってことで!」
「なんでそんなところだけフレキシブルなの……!? 私は出る気ないし……!」
立ち上がって吠える弥生。
そして唯は、身をかがめて、弥生に対して上目遣いで、こてんと首をかわいらしく傾け、両手を合わせた。
「お願いっ、弥生。弥生しか頼れる相手がいないのっ」
「くっ……!」
「おぉ、なるほど、まさに例のアレであるがゆえの魔性というわけか……」
「いや、あれはたぶん、氷見弥生が、ちょろいだ、け」
「っ……仕方、ないなぁっ。今回だけだかんね!」
「さっすが私の親友!」
「横紙破りはもう止めなさいよ」
「そこは本当に反省することにするわ」
「急に真顔になんないでよ怖いなぁ」
「弥生も参加してくれたんだから、絶対勝つわよ!」
「いや、でも浅羽がいて勝てるの? この子死にかけだけど」
「あまく、見ないで欲しい……ね……!」
のそりと翠が立ち上がって、その薄い胸を貼った。
……薄いとか華奢ならヘイもそうだだけど、翠は心配になる細さだよなぁ。
「先輩の弁当を貰って、この浅羽翠、二分半の全力稼働が可能……!」
「燃費悪っ」
「いいわね、拓斗。私ともお弁当分けっ子しましょ!」
「いいですよ。でも、唐揚げは翠が全部食べちゃいましたけど」
「翠ーっ!」
「や、やば。拓斗先輩、唯先輩が、キレ、た」
「俺には助けられなさそうだ。ほら、手を出すなって最近良く言われてるし」
「あんたの冗談、だいぶ笑えないんだけど」
「拓斗の冗談はいつもそんなんよ! それじゃあ楽しむわよ! 翠をしばいた後で!」
「あぅ」
00年代くらいのエロゲーみたいな話にしたかったのでタイトルをちょっと変えました。