黒の契約者/カーマ   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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15、お仕舞い

 

 焼け野原になってしまった市街地からは遠く、雑居ビルの屋上で拓斗は双眼鏡を構えていた。

 遠くでは、瑠璃と翡翠がぶつかりあっているが、あれが自分の知り合いだとは信じがたい。

 

「世界は広いな……」

 

 嘆息しつつ、拓斗はポッケからスマートフォンを取り出した。

 背面には中国語の文字が描かれた符が貼ってある。

 月から貰った深界の中からでも外と通話ができるものだった。

 アプリを操作し、通話ボタンをタップ。

 相手はすぐに出た。

 

『あら、拓斗。どうしたのかしら、珍しい』

 

「こんばんわ、唯さん。今、よかったですか?」

 

『ちょっと待ってね』

 

 電話の向こうから、少しの間足音や物音があり、さらにそのあとに衣擦れらしき音があった。

 

『よし、もういいわ』

 

「……すみません、タイミング悪かったですかね」

 

『そんなことないわよ。ちょうどお風呂上りだったの。今部屋に戻って―――全部脱いだから、もう安心ね』

 

「………………電波、悪いですかね。なんか日本語がおかしかったような気がしたんですが」

 

『あ、言ってなかったかしら。私、部屋では裸族だから。落ち着かないのよね』

 

「……」

 

 一瞬、想像しかけた。

 

『あ、今想像したかしら? 拓斗も男の子ねぇ』

 

「表情が妙じゃが、大丈夫かの、タク」

 

「ごほんごほん!」

 

 唯からのからかいに加え、ヘイからも突っ込まれて拓斗は焦った。

 ヘイには目線で気にするなと示しつつ、

 

「勘弁してください。ちょっと触れにくいのでスルーしますけど、ちょっと話がありまして」

 

『まぁ。本当に珍しいわね。いいわよ?』

 

「話というか、聞きたいことなんですけど」

 

 拓斗は一度息を整えた。

 

「唯さんって、天才って言われるような人じゃないですか」

 

『確かによく言われるわ。あまり嬉しいわけじゃないけど』

 

「でも、頑張ればもっと上を目指せる人でもあると思うんですよ」

 

『それもよく言われるわね。部活の助っ人とかで。これもあまり良い気はしないわ』

 

「すみません。でも聞いておきたくて」

 

『ふぅん。……いいでしょう、他ならぬ拓斗だもの。話を続けて?』

 

「ども。先輩は、自分の才覚をどう思っているのか、知りたくて。もっと何か新しいことをしたいのか、それとも、ずっと今まで通りの日常がいいのか」

 

『進路相談? ……そうねぇ』

 

 うーん、と唯は声を上げ、

 

『よくわかんないわ』

 

「………………」

 

『あ、今ちょっとがっかりした?』

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

『ふふふ、でも正直なところなのよ。確かに私は、人より色々なことができる。才能っていうのがある方だと思う。色々スカウトされるしね。でもね、私は、自分がどんな自分になりたいのかよくわからないのよね』

 

「やりたいことを好きにやっている印象でしたけど」 

 

『目の前にあるものは楽しめるけど、もっと未来の自分がどうこうってのはピンと来ないのよね。だから、私のモットーは目の前にある今、その全てを楽しむ、なのよ。今を積み重ねていけば、いつか未来に届くと思って』

 

「積み重ねた……今が、未来に……」

 

『良い言葉でしょう。卒業式のスピーチで使うから、初めて聞いたふりをしてね? ともあれ、私は目の前にあるものが一番大事。だから、新しくても今まで通りでも、どっちでもいいのよね。その時にあるものに向き合いたい……ほら、一期一会ってやつね』

 

 電話の向こう、唯は楽しげに笑っていた。

 

『こんなのでいいかしら? 正直、拓斗が何を求めているのかわからないけれど』

 

「いえ、参考になりました。……あぁ、もう一つだけいいです?」

 

『えぇ、どうぞ』

 

「どっちでもいいって言ってましたけど、そのどっちを他人が勝手に選んで、強制させられたら? あなたの未来が、他人の手にゆだねられていたら?」

 

『それは……それは、実におもしろい問いね。考えたことなかったわ』

 

 一拍置かれた。

 

『余計なお世話って、パンチしちゃうかも』

 

「―――ですよね。うん、そうだ。そういうものですね」

 

 叶うのならば、今すぐにでも笑い出したい気分だった。

 ずっと感じていた違和感が晴れていくのを感じる。

 

『あら、お気に召す答えだったかしら』

 

「はい。すごく。さすがは唯先輩です」

 

『ふぅん。……拓斗、ちょっとテレビ通話にしてくれる?』

 

「えっ」

 

 言われ、スマホの画面を見たら表示が切り替わる。

 画面いっぱいに唯が映った。

 風呂上がりで赤く染まった頬やまだ湿度を保った髪、さらには本当に服を着ていないのか胸元の谷間が画面の端に垣間見えてしまっている。

 

「ちょ、唯さん?」

 

 慌てて、拓斗もアプリを操作し、テレビ通話に設定。

 

『ふむ』

 

 画面越しの彼女と目が合い、

 

『良い顔をしているじゃない、拓斗』

 

 唯が目を細め、くしゃりと破顔した。

 

『それじゃ、何がなんだか知らないけど、頑張ってね。おやすみ』

 

 通話が切れる。

 良い顔と、彼女は言った。

 ……初めてだな、それは。

 自分の頬を触っていると、

 

「準備は出来たかの?」

 

 隣にヘイが並ぶ。

 

「あぁ、覚悟を決めたよ。ヘイも付き合ってくれるんだよな?」

 

「もちろんじゃ」

 

 そして、改めて見据える瑠璃と翡翠。

 とんでもバトルを繰り広げているが、

 

「……なぁ、ヘイ。今更の疑問があるんだが」

 

「なんじゃ」

 

「≪特異点≫はともかく、氷見先輩や翠じゃなくてもよかったのか? 俺みたいなただの普通のガキとかじゃなくて」

 

≪真我≫は本能に近いレベルで≪契約者≫を求める。

 それは良いとしても、相手が自分でもよかったのだろうか。

 弥生と翠の戦いを見てしまうと、今更ながらそんなことを思い浮かべ、

 

「無粋なことを言うでない」

 

 軽く肘で小突かれた。

 

「≪特異点≫と同じじゃ。なぜ妾が興味を持たないか、覚えておるか?」

 

「……どうせ、死ぬから」

 

「そうじゃ。あの二人も同じじゃよ。≪万葉≫も≪クラスセブン≫も。それ以外のどんな才覚を持った者もな」

 

 人は生まれて、生きて、死ぬ。

 ヘイが守っている世の理。

 

「じゃから、そこら辺は妾はどーでもいいんじゃよな。百年かそこからでどうせ死ぬんじゃし。妾が大事にするところは別じゃ」

 

「どこなんだ?」

 

 ヘイがニコリと笑い、

 

「ズバリ――――一(・)緒(・)に(・)美(・)味(・)し(・)く(・)ご(・)飯(・)を(・)食(・)べ(・)て(・)く(・)れ(・)る(・)か(・)、じゃな」

 

「……………………そこ?」

 

 拓斗は思っていなかった解答に首を傾ける。

 

「なんというか、普通じゃないか?」

 

「何を言うか。一番大事じゃろ。生きるために殺すのは自然の摂理じゃが、料理はその行為に幸福を伴わせてくれる。無情の理に情を抱かせるんじゃよ。ほれ、料理には愛情とよく言うじゃろ?」

 

「そんなもんか」

 

 視点が上位すぎてピンとこない。

 確かに、出会って殺されて、その後ラーメンを食べに行ったが。

 

「……確かに、あのラーメンは美味かった」

 

「かかか。であろ? ちなみに、普通、自分を殺した童女と飯なんぞ一緒に食べんぞ?」

 

「正直俺も気が動転していたからな」

 

「だが、一緒に食べたのが大事じゃ。その後も、一緒に色々食べたり作ってくれたりしたし。あとほれ、熱烈な告白もしてもらったしのぉ」

 

「むず痒い」

 

 どうせ殺されるならヘイがいい―――それは、今でも変わらない。

 隣の童女に、目を奪われたのだ。

≪真我≫が≪契約者≫を求めるように。

 拓斗もまた、ヘイを望んだのだから。

 

「一緒に御飯、か。……そういえば唯さんも似たようなこと言って

いたよ」

 

「ほぉ? それは妾もやる気が出るというものじゃな」

 

 そして二人はビルの縁へを足を掛け、

 

「行こうか、ヘイ」

 

「行こうかの、タク」

 

 二人は手を繋いだ。

 拓斗が言葉を紡ぎ、

 

「黄昏を目指しながら、旅の意味を問う」

 

 ヘイが続き、

 

「涙と共に踏み出し、微笑みと共に至る果てに約束を」

 

 二人は言葉を重ね、

 

「―――――終わりには無為なれど、その軌跡に価値を見出さん」

 

 黒炎が柱となって二人を包みこんだ。

 

 

 

 

●

 

 

 

 翡翠と瑠璃の間に、その黒は飛来してきた。

 

「!?」

 

 驚愕する弥生と翠の目に映るのは、真っ黒な炎の塊。

 疑似エーテルの創造と時間逆行による疲労も忘れ、その黒に注視せざるを得ない。

 続く言葉にさらに驚愕を深めた。

 

『第二真器形成』

 

 黒い炎が人の姿として収束していく。

 

『―――終告鎧ムイ』

 

 それは純黒の全身鎧だった。

 二メートルはある人影は、黒一色であり、あらゆる光を吸い込む色は空間に浮かぶ欠落のようでもあった。

 

「……拓斗、先輩?」

 

「秋宮……?」

 

「翠、氷見先輩。戦いを終えてください」

 

「何を……邪魔をするなって話はされてたでしょ」

 

「そう、だよ拓斗先輩。やりすぎると、面倒だって、さ」

 

「それでも止めさせてもらおう。……二人の話を聞いて、俺はずっと違和感を覚えていた」

 

「急に自分語り? それどころじゃないんけど」

 

「いいえ、聞いてもらいます。それくらいの権利と力はある。散々言われたい放題したんだから」

 

「……ちっ。そう言われると弱いじゃん」

 

「別に長い話でもないです。氷見先輩や翠から話を……えぇ、要約すると余計な手出しをするなという話をされたわけですが」

 

「あ、れ。先輩から、皮肉が出るなん、て。怒って、る……?」

 

「ある意味な。二人とあと二人の上司や母親からも色々言われて、違和感があった。それが何なのかずっとわからなかったけど。ようやく答えが出たんだよ。ずっと、唯(・)さ(・)ん(・)の(・)意(・)思(・)は(・)無(・)視(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)っ(・)て(・)こ(・)と(・)だ(・)」

 

「―――ふざけんな!」

 

 叫びは稲光と共に飛んで来た。

 体から瑠璃色のスパークを発する弥生が、表情を歪めながら吠える。

 

「それを私が気にしなかったとでも!? あの子の可能性を狭めてでも、唯を守るって決めたんだ!」

 

「唯さんがそれを求めていないとしても?」

 

「素人は引っ込んでてよ! ≪特異点≫の危険度はそんな話じゃない!」

 

「そこは、氷見弥生に、同感か、な。≪言の海≫の方針としては、自然だと思うけ、ど」

 

「いいや。そうだとしても、本人の納得がないものを勝手に決めることは、おかしいだろう。―――そう、納得の問題だよ。俺はそこを重要とする」

 

 拓斗は死に際に父の浮かべた笑顔の意味を求め続けている。

 その理由はいくらでも想像できても、しかし、受け入れるに値するものが見つかっていないのだ。

 ずっと死を想い続けているのは、納得ができないから。

 

「唯さんが言っていた。自分の未来が他人に委ねられていたら、パンチしたくなるって」

 

「……!」

 

 弥生が目を見開き、絶句し、

 

「うわぁ、本人に聞いちゃっ、た?」

 

 翠が呆れ気味に頬を引きつらせる。

 

「そういうのを、そっちの人たちは、絶対内容にしてたんだと思うけど、ね?」

 

「悪いとは思うが、確認せずにはいられなかった。唯さんの答えを聞いた上で、この場に立つことにした」

 

 拓斗は周囲の焼け野原を見渡した。

 繁華街が丸ごと消滅しているが、その外周の町は残っている。

 比較的背の低いビルや住宅街等。

 

『おるな』

 

 半透明の体ではなく、鎧の中で一つとなったヘイの声が頭の中に響く。

 同時に、外周の街並みから強力な生命力を感じた。

 一つや二つではない。

 

「……こんなに、いるか」

 

 ざっと数えるだけでも三十。

 弥生や翠ほどの強さではないにしても、それだけの数がこの戦いを見ていたのだ。

 唯を、手に入れるために。

 

『好都合じゃろ』

 

 ヘイは笑っていた。

 いつも通りに余裕たっぷりに、けれどいつもよりはしゃいでいる。

 

『妾も長いが、これは初めてじゃ。テンションが上がる』

 

「―――聞いてもらおうか」

 

 拓斗は声を張った。

 

「空衣唯は、俺とヘイ、終焉の真我とその契約者が保護する。いかなる勢力組織も、彼女の未来を誘導し決定してはならない。彼女を引き入れたいのなら、彼女に直接頼み込んで勧誘しろ。彼女が、彼女の意思で道を選べるように」

 

 そして、

 

「もしも、彼女の意思を蔑ろにし、彼女を傷つけようとするなら――――」

 

 一拍置き、

 

「『――――我々が終焉を齎そう』」

 

 声は、拓斗とヘイのものが重なっている。

 それは宣戦布告だった。

 空衣唯を世界中の全てが手に入れたがっている。

 そのすべてに対して、拓斗は喧嘩を売っていたのだ。

 

「冗談じゃない……! そんな勝手なことを言われて大人しくしてられるか! 私は唯を守るって言ったはずだ!」

 

「ふふ、ふ。さすがに先輩でも、不遜だ、ね。そんなこと、させない、よ?」

 

『かかか。さすがにこの二人は臆さんのぅ。人類の極点域二人を相手取るのは久しい、気合いを入れるがよいぞ、タク』

 

「あぁ、わかってる」

 

 拓斗は手の中にサイハテを生み出し、軽く一振り。

 黒い火を舞わせ

 

「『さぁ、終わらせよう』」

 

 宣告を重ねた。

 

 

 

●

 

 

 

 弥生は怒りと悔しさで胸が溢れていた。

 自分のやっていることが唯の可能性に蓋をすることなのは分かっていた。

 唯自身が多くのことを楽しむことができる性格であることも分かっている。

 だが、それでも≪特異点≫としての危険性から彼女を守ると決めたのだ。

 ……例え、恨まれたとしても……!

 いつか全てが明るみになった時、糾弾されても構わない。

 幼い頃から象法師としての使命しかなかった人生において、たった一人の友人なのだから。

 

「それを……ただ真我と契約しただけの素人が……!」

 

 折葉が拓斗のことを危険視していた理由がこれだ。

 同時に、どこの組織も手を出しにくかった理由でもある。

≪真我≫は≪契約者≫を求める。

 相手が象法師であろうとなかろうと関係ない。

 そして契約してしまえば、本来象法師が何年、何十年もかけてやっと身につけられる力を手に入れてしまう。

 精神的に未熟であったり、邪悪だったりすれば大変なことになってしまう。

 実際に、終焉の真我という極めて強大な存在の契約者となった拓斗は、自分や翠でさえ手こずっていたハンク・ジョーンズを倒してしまっていた。

 その上、鎧を纏い、力をさらに強めた。

 

「邪魔をするな……!」

 

 誓ったのだ。

 

「友達を、守るんだ……!」

 

 嘶く稲妻がその証明。 

 刃に乗せ、≪武御雷≫をぶっ放した。

 

 

 

● 

 

 

 

 翠には悲しさと気まずさがあった。

 今の拓斗の危険度は言うまでもない。

 だが、その上で思い出すのは、拓斗を部屋に招いた時、彼に頼みごとをしたことだ。

 一つは手を出すな、だったがもう一つは口にできなかった。

 ……自分と唯が消えても、元気でやっていて、ね、なんて。

 勝手な話だ。

 申し訳なくて言えなかった。

 三人に居場所を、翠自身が壊して、拓斗一人残してしまうなんて。

 生徒会は翠にとっても大事な場所だったのだ。

 でも、連合に生み出された作品としての使命を捨てることもできない。

 

「まった、く。いつも、受け身なの、に」

 

 純黒の鎧を纏う先輩に対し思わず苦笑する。

 趣味が死に方の妄想という変人ではあるが、終焉の真我との相性が良いことには驚かない。

 それでいて、存外ノリがいいのだ。

 

「もしも――」

 

 自分と弥生を倒し、唯を守る力があるとい証明できるのならば。

 

「やってみて、よ。拓斗先輩」

 

 微笑み、翠は疑似エーテルを解き放った。

 

 

 

●

 

 

 

 そして、拓斗の心は凪いでいた。

 世界に、弥生に、翠に喧嘩を売っているのを分かっている。

 好き勝手しているのも分かっている。

 これから先、本当に全てから唯を守れるかという不安だってある。

 それでも、心は穏やかだった。

 だって、

 

『案ずるな、タク。妾がおる』

 

 心も体も溶け合ったヘイがいるから。

 

『どうせ死ぬ。それはお主もそうじゃ。契約している限り、妾もそうかもしれん』

 

 だけど。

 

『それは約束された休日じゃ。どうせ、いつか死ぬのじゃから―――共に走り抜けようぞ』

 

「あぁ……!」

 

 左右から迫る瑠璃の雷霆と翡翠の虚無。

 対し、握った剣を地面に突き刺し、

 

「―――――≪真我顕象:涅槃寂静≫」

 

 何もかも、純黒の炎が全てを飲み込む。

 時さえ巻き戻す稲妻も。

 存在するはずのない存在も。

 そこにあるのならば、終わりがある。

 故に、万物は終焉から逃れられない。

 黒炎が周囲数十メートルに展開され、三人を飲み込んだ終焉の結界は弥生と翠の放った攻撃を終わらせ、生存に必要な象力以外さえも失わせ、

 

「『これにてお仕舞い』」

 

 黒炎が晴れた時、立っていたのは、終焉を支配する者だけだった。

 

 

 




次回最終話ということで


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