うすほそ人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「拓斗、昨日の夜、何かあったのかしら?」
「…………いえ」
セーラー服姿の女生徒が拓斗の前でパソコンを触りながらも、拓斗の顔を覗き込んでいる。
長いポニーテールの黒髪、右の前髪を三つ編みにして耳にかけている長身の少女。
生徒会会長、
成績良好、運動神経抜群、文武両道、才色兼備を体現する学園一の才女。
「その、ちょっと寝不足なだけです」
「へぇ、あなたが夜更かしなんて珍しいわ。やっぱり何かあった?」
確信を込めた笑みを浮かべた彼女はそのあと苦笑する。
「問い詰めるつもりじゃないのだけれど。顔色も悪いし、普段よりぼーっとしてるみたいだから心配になっただけなのよ。不快にさせたらごめんなさいね」
「あーっと、いえ、俺もすいません」
右手を立てる彼女に、拓斗も軽く頭を下げる。
拓斗にとって先輩である唯は普段からお世話になっている人だ。
生徒会長である唯に対し、拓斗は生徒会の庶務。
同じ生徒会といっても拓斗の仕事は大半が雑務かお茶淹れくらい。
社交的でも目立つタイプでもない拓斗にとって学園生活が退屈しないのは彼女が生徒会として引っ張ってくれるから。
……唯さんを心配させると、申し訳なくなるんだよな。
「ほんと、大したことはないんですよ、えぇ」
ただまぁ、と前置きし、
「昨日、自称神様と出会いまして」
「まぁ」
拓斗のスマホと空のパソコンから同時に通知音がなった。
チャットアプリを確認する。
送り主は『会計兼書記:
『詐欺』
短く、それだけのメッセージがあった。
唯に視線を戻すと、彼女も頷いている。
「えぇ。そういうこという人は詐欺に決まっているわ。闇バイトとかも怖いしね。巻き込まれてないのかしら」
「絡まれたんですけど、なんとか逃げました。ただ、ちょっとなれない相手だったので疲れちゃったって感じです」
「それは大変だったわね。先生方にも報告しておきましょう。そういう事件は増えているみたいだし」
また、通知がなった。
『私のせいか?』
翠がそんなメッセージを送ってくるのは、
……昨日の夜、街に出たのは翠の頼みだったからなぁ。
浅羽翠、生徒会に所属する一年生の後輩であり、会計と書記を兼任している。
だが、姿はない。
もともと病弱で、学校は休みがち、来ても保健室登校。
拓斗も出会ってから半年ほどだが、数度しか顔を合わせていないくらい。
それでもパソコンやらネットワークに非常に詳しく、彼女が入学した時点で唯がヘッドハンティングし、生徒会に入っている。
生徒会室内にはペット用のそれを改造したらしいカメラが配置されており、彼女はこちらの言動を把握し、チャットアプリでやり取りもできる。
そんな彼女はかなりのゲーマーであり、
「あ、そうだったわね。確か、拓斗がゲームの購入を頼まれていたわね」
『店舗特典付きの限定版。通販ではどうしても手に入れることができなかったから、拓斗先輩に頼んだんだが。そのせいで……』
「いや、大丈夫だよ翠」
顔の見えない後輩へと語りかける。
だが、
『唯先輩、いざという時は頼む。最近、どうも事故が多いしな』
「任せて。これでも闇バイトや怪しい商売に巻き込まれかけた子を助けて大元を潰したことは一度や二度でもないわ」
「あれ、あんまり信頼がないか……?」
「だって、拓斗。あなた、よくわかっていないとしても、結構ノリで行動することあるでしょ」
「…………そんなことないですよ?」
●
「どうなってんだこれ?」
赤い空と黒い月。
ぶった切った蛇の化け物。
いつの間にか消えた怪我と、拓斗自身の変身。
わからないことが重なっていたが、そろそろ限界を迎えそうになってきている。
「ご苦労じゃ、タク。今日はここまでじゃの」
背中で半透明になって浮ていたヘイが、実体を取り戻して拓斗の前に立った。
「混乱しておるか?」
「かなり」
「で、あろな。諸々説明をするが、お主、家は? 家族はおらんと言っておったよな」
「一人暮らしだが……」
「結構。であれば場所と時間を気にする必要もなさそうじゃ。お主の家に行って、話をする。それでもよいか?」
「………………わかった」
少し悩んだが、他にどうしていいのかもわからない。
……今はヘイに身を任せるしかない、か。
「では」
ヘイが指を鳴らす。
すると、
「ん」
全身が何かを通り抜けるような感覚。
直後、世界が戻っていた。
拓斗とヘイは噴水の前に立っており、周囲には大勢の人がいる。
駅のアナウンス、電車や車の音、人々の話し声が一斉に耳に飛び込んできた。
空は見慣れた黒であり、月も白い。
当然現れたであろう拓斗とヘイに視線を向ける者はいなかった。
「行こうかの。近いのかえ?」
「電車で二十分くらいはかかる。そこから十分ほど歩くかな。いや、何日か前に地下の水道管が破裂したとかなんとかで路線が復旧工事中だから、いくらか乗り換えが必要になって電車はもう少しかかるか」
「タクシーで行く、良いな? 金は妾が出すゆえ」
「そりゃまぁ」
「あぁ、それと大事なことを聞いておかんとおかんかった」
「なんだ?」
「お主の家の近くにコンビニはあるか?」
「はぁ?」
「季節限定のホットスナックとスイートと缶チューハイを買いたいんじゃ。話のツマミにもな」
●
ヘイは宣言通り、拓斗の家の近くのコンビニで期間限定三種を購入していた。
どう考えても成人ではない見た目を店員がスルーしていたが大丈夫なのだろうか。
そうして家へとたどり着き、ヘイがコンビニ袋片手に首を傾けた。
「一人暮らしと言っておらんかったか?」
「あぁ」
「その割にはでかい上に極道者の家みたいじゃのう」
「よく言われる」
拓斗の家は平屋の日本家屋だ。
塀に囲まれ、小さいが池を持つ庭園もある広いもの。
誰がどう見ても高校生の一人暮らしには見合わないものだ。
「家族がおらんのでは?」
「いない。母さんは俺が生まれてすぐ、父は小学生のころに、そのあと引き取ってくれた父方の祖父は中学の時に無くなった。疎遠だった母方の祖母も高校入学の少し前に亡くなって、その遺産としてこの家やらを譲り受けたんだよ」
「天涯孤独というわけか」
「そんなとこだよ」
拓斗はヘイを伴って、正門に入る。
石畳の道を通り、引き戸式の玄関ドアの前に立ち、拓斗は鍵穴の上に設置された指紋認証器に指を置いた。
「ん?」
ヘイが首を傾けている間に、ドアが開く。
玄関に入れば、当然真っ暗だが、拓斗は二度、手を鳴らした。
『おかえりなさいませ。エアコンを機動します。お湯張りを開始します』
玄関に置かれたホームスピーカーから電子音声が鳴り、玄関の明かりが灯り、廊下の奥にある風呂場から通知音が響いた。
「ちょっと待てぃ」
「どうした?」
「なんで天涯孤独の高校生が一人寂しく住んでる日本家屋が完全スマートホーム化しておる?」
「別に寂しくはないんだが……後輩にそういうのが詳しいのがいるから教えてもらった。元々俺が移住した時、水回りやエアコンやら、キッチンやらはリノベーションしたしな」
「風情がないのぅ。とりあえず、手を鳴らして諸々起動させるの癪に障るから止めたほうがいいぞえ」
「そうか? 後輩はすごく押していたんだが……」
文字上でやたらプッシュしていた翠を思い出す。
なにはともあれ、ヘイをリビングキッチンへと案内する。
外観とは異なり、リノベーション済みのフローリング張りだ。
「ふむ。綺麗だが、物が少ないのぅ」
リビング側にはテレビとローテーブル、いくつかの小物置き場くらいしかない。
「置くものがないからな」
「まぁよい。今は妾が季節限定という魅力の商品を置くとしよう」
「テーブルに置いてくれると助かる」
「当然じゃろ」
ローテーブルの前にあぐらをかいてビニール袋の中を広げだしたヘイを横目に、自分はキッチンの方に向かい、食器棚からコップを手に取り、ウォーターサーバーで水を注ぐ。
……これも日本家屋には不釣り合いか? 便利なんだが。
「かかか。期間限定の旨辛チキンに、ドラゴンフルーツチューハイに異常デカ盛りティラミスじゃ。深夜に食べるこういうのが染みるんじゃよな。お主も飲むか?」
「未成年だ」
「真面目じゃの。時に、旨辛という名称、色んなところで無限に聞くがこれどういう味なんじゃろな。店によって旨さの種類違いすぎないかの」
「……確かに? 基本的には牛豚鳥エキスとかのどれかと香辛料の組み合わせじゃないか?」
「くそ真面目じゃのう」
かかか、とヘイは笑い、
「では、諸々説明をするとしようかの」
彼女は右の片膝を立て、そこに右腕を起く。
「時に、趣味がほとんどない言うておったが。アニメとか漫画とか見るか? ソシャゲとか。映画とか小説でもよいが」
「ほとんど見ない。ソシャゲの類なら後輩から招待コード貰って登録して少しやることはあるが、色々有りすぎてよくわかっていない」
「あぁ、勧誘キャンペーン……いいように使われとるのぅ。なるほど、あいわかった。では最低限の専門用語でなるべく簡単な説明コースと行こうかの」
ケアが手厚い。
「簡潔に言えば―――妾は神である」
●
自らを神と自称する少女に、拓斗はただ頷いた。
「なるほど?」
「リアクションが薄いのぅ。もっと何かないのか?」
「そうは言われてもな。普段ならそんなことを言っている相手がいたら無視をするが……」
少し前のことを思い出す。
心臓をつぶされたと思ったらもとに戻っていたり謎世界で幽霊になって一緒に蛇倒したり。
拓斗の常識を越えたものであることには変わりない。
「今は、あんたの話を聞こう」
「ふむ、良い心がけじゃ」
ヘイはチューハイ缶を傾け、
「厳密にいえば神というのも違う。精霊、と言ってもよい。ある概念を象徴し、それにおいては万能である。概ね不老不死であり、数万年の時を過ごしながら、人間とは距離を起き、時に関わってきた。そういうものじゃ」
「……?」
「つまり、神のようなもので良い。妾たちのことを『
「『真我』」
聞き慣れない言葉だ。
大半何言ってるかわからなかったが、
「不老不死?」
「ほぼ、じゃが。どれだけ生きているのか自分でもわからん。時間の感覚が違うし、ちょいちょい数百年単位で休眠しているが。身なりは童女だが大人のレディであり―――お主、ババアのくせに現代文化に詳しすぎない? と思ったか?」
「ババアとか関係なく詳しすぎると思うんだが。詳しいというか、庶民的?」
QR決済とかタクシーとかスマートホームとか。
コンビニの季節限定商品に食いつくとか。
不老不死の神様という言葉には似合わない親近感。
「ここ百年くらいは文明の発展が著しくてたまらんからの。流行は追っておるだけじゃ。まぁ、そこは余談じゃ。ともあれ、妾のような『真我』はこの世界に結構な数おる。知っている人間は僅かではあるが。妾たち『真我』は強い力を持つが、強すぎる力ゆえに人の世に関わることはできんのよな」
「さっき思い切り殺されたが?」
「それは後で。『真我』は世に関われないゆえ、時折その権能、力を用いて特別なものを作ることがあり、人の手に渡ることがある。それは『
「魔法のランプみたいな?」
「そういう認識で良い。で、その『神遺物』を手にした人間や『神遺物』そのものは、時にある性質を持つことがある」
それは、
「不死じゃ」
彼女が缶を傾ける。
それはもう空になっていて、
「酒は飲めばなくなる。飯は食えばなくなる。ならば、人は?」
「…………殺せば、死ぬ?」
「生まれれば、死ぬというべきかの。『神遺物』は持ち主に不死の特性を与えることがある」
「あんたみたいな、えっと、『真我』みたいにか?」
「否。妾たちは形而上学的な現象に近く……ま、ここらへんは細かいこというとややこいでの。とかく『神遺物』は不死不滅の存在という認識があればよい。よいか?」
「あぁ」
「よし」
そこで彼女は大盛りティラミスの蓋を開ける。
通常販売の倍量はあるという謳い文句。
「大盛りは良い。長寿もな。だが、不滅はならん。世の断りに反する」
だから、とヘイはスプーンを手に取った。
「そういった『神遺物』を見つけ出し、破壊するのが妾の仕事というわけじゃ」
つまり、『真我』という凄い存在がいる。
神様のごとき彼ら彼女らは『神遺物』なるものを作り、それが世の理とやらに背く。
だから、ヘイがそれを見つけて壊す。
……これくらいなら、理解できるか?
腕を組み、首を傾け、頭を捻りながらも整理すればさほど難しくないような気もする。
つまり、ヘイは警察のようなものだろう。
だが、そうなる時になるのは、
「なんでヘイがそんな取締みたいなことを?」
「それが妾の存在意義であるからのぅ」
ティラミスをコンビニの安っぽいプラスチックスプーンで口に運びつつ、彼女は言った。
「『終焉』、それが妾の『真我』としての権能じゃ。つまり、終わること、消えること、滅びることを司る――――当然、死もな」
●
彼女の発した言葉に、拓斗は息を呑んだ。
終焉、終わり、消え、滅びる、死。
拓斗にとっては無視できない言葉。
「不滅である『神遺物』も、妾なら殺せる。が、問題もある。そこでお主の話が出てくるのじゃ、タク」
「……」
「お主、というよりお主の立場が必要でのぅ。さっきも言ったが、妾のような『真我』は人の世には関われん。不死の存在を認めぬのと同じ世の摂理じゃ」
「さっき思い切り……」
「そう! 思いっきり殺したが、ちゃんと生き返らせたであろ? あれでだいぶギリギリじゃ。天丼じゃの。それに関しての保証は後々やるから、今は一旦脇においておくとして」
丁寧に前に立てた両手を横に置くというジェスチャーまでされた。
「『真我』が人の世に関わる場合、人間を媒介とすることで間接的に干渉が可能とされる。その人間のことを『
「それが、俺ということか」
「然り。色々段階があるが、今んとこは妾がお主に憑依して、妾の権能の一端を振るうことができるわけじゃ」
それが、あの黒い剣ということだろう。
あれがなければ双頭蛇が倒せなかったわけだし。
……ん?
ふと、疑問が湧いてきた。
ヘイは『神遺物』とやらを壊すのが仕事。
それはいい。
だとしたら、
「あの蛇が『神遺物』だったのか?」
「良い質問じゃ」
ヘイの口元が弧を描く。
「答えは否である」
そして、
「『神遺物』から生じた下っ端じゃ。つまり、この街でまだ『神遺物』は野放しであるわけじゃの」
「そうなると、どうなる?」
「さてのぅ。まだなんとも言えんが……」
肩をすくめた彼女が、テーブルの上に広がっていたコンビニのゴミをかき集めた。
がさり、と腕でひと纏めにし、ビニール袋の中にまとめて放り込む。
無造作に、大雑把に。
大した感慨もなく。
文字通り、ゴミとして。
「こんな風に、いっぱい死ぬかものぅ」