うすほそ人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
自らの前に群がってくる蛇を前にして、拓斗がまず感じたのは、感じたことのない奇妙な感覚だった。
恐怖や不安のようなものが無いわけではなかったが、この場のそれは明確に異なる。
ぞわぞわ、と。
言語化しにくい痒さが首の裏を駆け巡り、
「っ!」
背後へと軽く跳んだ。
『ほぅ?』
ヘイが感心したような声を上げたが、拓斗はそれに構っていられなかった。
「っと、おぉ!?」
咄嗟の後退のはずが、十数メートル近くの高さまで跳躍していたからだ。
体のバランスを崩しそうになるが、四肢の黒い布が動きを補正し、ビルの壁面を蹴って、屋上に着地。
「……なんだ今の?」
『<<契約者>>としての恩恵である身体強化じゃな。まぁこれはぶっちゃけおまけなんじゃが。トラックに轢かれても怪我どころか、正面から受け止められるくらいには馬力が出るようになっておる。残念じゃったな、転生して異世界に行くのは無理そうじゃぞ? ……って、アニメは見んかったか?』
「いや、後輩に無趣味すぎると勧めらて見たことはあるよ」
翠はソーシャルゲームだけではなくアニメも好きなのだ。
転生とやらのアニメを見はしたが、
「あまり楽しめなかった」
『その心は?』
「転生する時の死因が、大体交通事故で物足りなかった」
『前代未聞のクレーマーじゃのぅ』
呆れの言葉を受けるのと同時に、再び謎の感覚が足元から来た。
反射的に再び跳躍。
その直後、
「!」
大双頭蛇がビルの屋上を突き破って来た。
それに対し驚きながらも地面に着地し、
「またかっ――」
再度のむず痒さ。
それに突き動かされるまま、背後に黒剣を振るい、
「シャア!?」
飛びかかってきた小双頭蛇を両断した。
斬った感覚もほとんどない。
豆腐を包丁で斬るような感覚。
振るった腕の軌跡に、黒い粒子が残像として残る。
「……ビギナーズラックってやつか?」
『どっちの意味でじゃ? どっちにしても、そうではないであろうがの』
続く数体の蛇もまた牙をむき出しにして拓斗へと迫る。
その度に奇妙な感覚が働き、体を突き動かした。
蛇たちの攻撃を避け、同時に振るった剣は容易く蛇を両断する。
其の上で、
「いでっ」
何度か蛇の尾や体当たりが命中していた。
……思ったほどの痛みでもない、か?
超常の蛇に攻撃されたにしては大した痛みではない。
喧嘩で普通に殴られるのとさほどの違いはない。
これが、ヘイの『契約者』である恩恵ということだろう。
一先ず小型の双頭蛇は倒しきる。
『ふーむ、なるほどのぉ』
背後で頷いているヘイも気になるが、
「っ……!」
過去一の感覚が拓斗と駆け抜けた。
全力で背後に飛ぶと一気に数十メートル道路を移動。
地面を削りながら見た先にあったのは、体をドリルのように回転させながら大型の双頭蛇が突っが込んでくる様だった。
コンクリートの道路が抉れ、大蛇が地面へと穿孔していく。
「そんなのもありか」
『鉱山用のドリルみたいなもんじゃのう』
もう一体いたはずの大双頭蛇も視界におらず、地面が断続的に揺れている。
地面の下を潜って移動し、飛び出す機を伺っているのだ。
……結構な知性があるのか? どうしたものか。
『一つ分かったの。さっきからお主が感じている妙な感覚についてじゃが、自分の死を感知しておるの』
「どういうことだ?」
『死に至るような攻撃の気配を感じておるのじゃろう。牙でがぶりと首を噛まれたら死ぬ……かどうかはわからんが、失血死の可能性はあるし、毒とかあっても不思議ではないの。だが、尾で叩かれるくらいじゃ死にはしないから感知が働かず普通に攻撃を受けていたというわけじゃ』
「死の感知……なるほど。『契約者』に応じて、力が発現するっていのはそういうことか」
ずっと、死に方の想像をしていた拓斗らしいといえば拓斗らしい。
納得していたが、背後のヘイは思案気に拓斗の周囲に漂う黒い粒子を見ていた。
『ふむ……死に対する擬似的な未来予知かの。一先ず、≪幻死≫とでも呼ぶかの。うむ、良いのが出たな』
「それはいいが、ドリルの蛇はどうする?」
『うんむ。ではここで新しいレクチャーじゃ。≪真我≫、≪神遺物≫とその眷属はどちらも≪象力≫というもので構成されておる。意味を象る力、という意味じゃ。妾のような不思議存在共通の、大前提のエネルギーと思っておけば良い』
話を聞きながらも拓斗は死の悪寒―――≪幻死≫を感じ、回避に専念する。
小型の双頭蛇程度は適当に切り捨てながら、耳だけはヘイの説明に向けていた。
『例えば、妾の力は終焉であり、お主の剣は【触れたものを終わらせ、殺す】という意味を持つ。対してあの蛇たちは、細かいことは知らんが、妾の的である以上【終わらない、死なない】という意味を持っているわけじゃな。つまり、矛盾というわけじゃ。その矛盾を解決するのが象力なんじゃな』
「つまり……その象力が強いほうが、自分の意味を押し通せる?」
『正解じゃ。小さいのであればこちらの象力が勝っているから簡単に殺せる。が、大蛇の方は簡単というわけではなさそうじゃのぅ』
「最初の時みたいになんか斬撃飛ばして倒せないのか?」
『いけなくもないが、あれはそれこそ効率が悪いからの。漠然とした、意味の薄い死の象力を無理矢理ぶつけてただけじゃ。初回契約時のオーバーフローで火力は出たが、契約が安定した今ではやらないほうが良い』
最初の数週間だけ無料のサブスクみたいな話だが、
「……≪契約者≫ある俺が明確な意味を込めれば、象力が高まる、ということか? 同じ食材を使っても、できる料理は料理人次第みたいな」
『理解が早いのぅ、完璧じゃ。例えも好ましい。イタリアンとフレンチ、中華に和食、ターキッシュ、エスニック、創作なんちゃらと、ジャンルで話が全く変わってくるであろ?』
終焉という食材がある。
それに対する解釈、調理の工程、工数は契約者に委ねられ、
だから拓斗は、自分なりの調理をしなければならないということだ。
「俺が象力を高めれば蛇は倒せるか?」
『その象力次第じゃの。だが、≪真我≫の象力を明確な形にすることを≪真我顕象≫と呼ぶ。≪幻死≫はその手前のパッシブという感じじゃから、顕象までいけば一人前というところじゃな。試してみると良い』
「なるほど、やってみよう。死のイメージなら、明確な自信がある」
●
……さて、どうなるかの。
剣を構える拓斗の背で、ヘイは思う。
≪真我顕象≫。
≪真我≫と契約した≪契約者≫が発現する超常の力。
軽く試してみろとは言ったものの、本来はそう簡単にできる力でもなかった。
互いの相性にもよるが訓練に集中して数日、ないし数週間かかる場合もある。
……幻死でも十分なんじゃが。
それは顕象のそれではない。
拓斗の周囲に漂う漆黒の粒子、ヘイの力が定まらない状態で未だ漂っている。
≪真我顕象≫が成立すれば、この粒子は消えるのだ。
だから幻死は単なるおまけに過ぎない。
≪契約者≫としての能力はいくつか段階があるものの、顕象はその第一歩。
「ふぅー……」
目を伏せ、息を整える拓斗の精神状況は、悪くない。
魂魄レベルで融合し、文字通りの背後霊となっている現状、今の彼の感情の動きが伝わってくる。
適度な緊張と恐怖。
死を魅入ってしまった少年は、しかし死に対しての恐れを失っていない。
感情の起伏が薄いところはあるが、精神状況だけなら一人前の戦士のそれだった。
存外、喧嘩慣れでもしているのだろうか。
大型の双頭蛇二体の危険度は、ヘイから見ると大したことはないが、≪契約者≫二日目、顕象の未覚醒には少しだけレベルが高い。
これくらいならヘイがどうとでもフォローするのが可能故、一度試させているが、駄目だったらそれでも仕方がない。
……少なくとも、顕象が使えんと本番の≪神遺物≫とは戦わせられんしの。
丁寧なレベルアップが、契約者を育てるコツだ。
そんなことを思っていたら、
「―――よし、整った」
『うん?』
漆黒の粒子が、姿を変えた。
●
拓斗は、正直ヘイの話の大部分を理解しきれていない。
耳慣れない言葉が多すぎて、飲み込めないのだ。
だが、大事なことは二つと判断し、それに絞る。
一つは、≪真我顕象≫とかいうのが必要なこと。
もう一つは、そのためには拓斗自信がどう死を解釈するか、にかかっているということだった。
……それさえ、分かるのなら良い。
それに集中すれば良いのだ。
死に対する解釈。
その答えは、すぐに出た。
『おぉ』
周囲に漂っていた粒子が刀身に集まっていき、一つの形を得ていく。
それは、
『炎、かえ』
色は漆黒を保ったまま、炎の形となって刀身に宿っている。
案外出来た、と拓斗は思い、即座に体を反転させた。
「シィィィィ―――!」
背後の地面から双頭蛇が、地面を突き破って突進してきたのだ。
≪幻死≫の感覚が、拓斗を突き動かす。
だが、今度は大きく飛び退かない。
死の気配が漂う範囲、そのギリギリで体を留まらせる。
真横を回転する双頭蛇が通り過ぎた。
「っ……!」
強烈な≪幻死≫だけではなく、物理的な風圧が拓斗に叩きつけられる。
それを踏ん張り、
「オォ……!」
炎を纏う黒剣を、蛇の体に叩き込んだ。
双頭蛇の胴体に食い込んだ刃には重みがあった。
不死と不死殺しの象力が一瞬拮抗し、
「シィィ……!?」
不死殺しが不死を押し通し、黒炎の刃として胴体を切り裂いた。
掻っ捌かれた腹に、黒い炎が迸る。
拓斗が黒剣を振り抜き終わり、呼吸が荒くなる。
一歩間違えれば訪れていた死に鼓動は速度を増し、
「はぁっ……はぁっ……―――っ!」
真下に幻死を得た。
飛び上がるよりも先に、大双頭蛇が足元から飛び出してくる。
「あっぶね……!」
『危機一髪、感知系はあるとやっぱ便利じゃのぅ』
呑気なヘイの言葉を聞いていられる余裕はなかった。
拓斗は両足を前後に広げ、それを蛇の開いた顎につっかえさせていた。
そのまま双頭蛇は伸び上がり、急速に上昇していく。
強烈な重圧、視界の端で真上にスライドする風景。
慣れない環境に、拓斗は一瞬動揺しかけ、
『タク、落ち着けぃ』
「――――」
ヘイの言葉で冷静さを取り戻す。
「っ……あぁ!」
両足の力をいれたまま、黒炎を纏った剣は真横へ振り上げる。
「シィィ!?」
片方の蛇が食らいつこうとしていたのを、幻死で感じていたからだ。
大蛇の顎に黒炎が走り、
「シィィ―――!?」
足元の頭も含めて、どちらの頭も悶えて大蛇全体が揺れた。
「うおっ、とっ、わっ、ちょっ」
拓斗も慌てながら頭から飛び降り、何度かビルを蹴りつけて地面に着地する。
「…………びっくりした」
『それで済むのも大概じゃがの』
ヘイが苦笑し、
「シィィ……!」
大双頭蛇が再び、拓斗の前に鎌首を持ち上げていた。
右の頭が拓斗を睨みつけ、左の頭が炎を振り払おうと首を振っている。
「全く、≪契約者≫ってのは大変なんだな」
『後悔しておるか?』
「―――いいや」
答えながら、拓斗は頭上の双頭蛇を見上げる。
頭だけで拓斗よりも巨大だ。
現実では絶対に見ないようなもの。
それが不死身の身で動き回っている。
だが、
「死は、もう遠い」
≪幻死≫は感じない。
双頭蛇がゆっくりと頭を動かし、
「――――≪真我顕象:
終焉の契約者は自らが得た力の名を口にした。
どちらの頭も、拓斗の前に倒れ臥した。
左の頭は黒炎に包まれ、
『存外、えげつないのが来たのぅ』
右の頭の口からもまた黒炎が漏れている。
死の炎が、左の頭から伝って内側から焼いていたのだ。
それによって双頭蛇は象力を失い、死んでいる。
「焼死は、火傷よりもその炎による酸欠が死因になりやすいと聞く」
『故に、死ぬまで消えず、相手の内側をも焼く炎というわけか』
終焉の象力は剣に纏い、斬痕に残る。
そこからさらに広がって、相手の体を包み、さらには内側まで。
終わりの炎は不死を決して逃さない。
「ふぅ……これで、いいのか?」
ヘイの言っていた一人前とやらは実現し、周囲の双頭蛇の類も掃討した。
『カカカ、完璧じゃ。期待以上とも言える』
じゃが、とヘイは首を傾けた。
『なんで炎だったんじゃ?』
「あぁ、それなら単純だ」
拓斗は全く表情を変えずに答えた。
「父さんの死因は焼死だったからな」
『妾が相手じゃなかったらくっそ気まずいのぅ』
≪真我顕象:
秋宮拓斗がヘイの象力に意味を与えた力。
終告剣に纏わせ、斬りつけた相手に黒炎を宿らせる。
終わる、死ぬという象力の具現化であるため、相手が死ぬまで消えることはない。
肉体の表面から呼吸器等を伝って肉体の内部へと広がっていく。
そのため、生物の対して非常に強力(元々生命に対しては問答無用ではあるが)
拓斗にとってトラウマである、父の死因から生じている。
感想評価入れていただけると幸いです