うすほそ人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「
家に帰ったらメイドがいた時、どんな反応が正しいのだろうか。
拓斗は困惑した。
カチューシャをはめた銀の長髪の女性。
ところどころ中華風のアレンジされたメイド服。
顔以外の真っ白な肌の露出はないが、胸の膨らみや腰回りの細さからスタイルの良さが伺える。
女性にしては背が高く、拓斗とそれほど変わらなさそうだが、年齢は二十代半ばに見えた。
そんな人が、玄関のドアを開けたら待ち構えていたのだ。
驚かないのが無理がある。
数秒、固まり、
「………………ヘイが言っていた、ハウスクリーニング……?」
「えぇ、その認識で構いません。ヘイ様に呼ばれ、参った次第です。拓斗様」
ロングスカートの裾をつまみ、綺麗なお辞儀。
「あー、そのヘイは……?」
「おぉ、タク。帰ってきたのか、おかえり」
廊下にひょっこりとヘイが顔を出してくる。
見知った顔に少し安心だった。
「ヘイ。彼女は……」
「うむ、昼に電話した件じゃ。とりあえず、リビングで茶でも飲みながら話さんか? 月が良い茶を持ってきてくれてのぅ。上質の中国茶じゃ、興味あるじゃろ?」
「それは……確かに」
動画サイトで中国で淹れる茶が、日本と似ているが違うというのを見たことがある。
よく聞く烏龍茶や茉莉花茶が本場のそれは別物であるとか。
「ふふふ、ヘイ様から頼まれていますのでいくらかお持ちいたしました。秋宮様が気に入るであろうと」
「これ、月。余計なことを言うでない」
●
「おぉ……」
喉を流れ落ち、鼻に昇った香りに拓斗は思わず息を吐いた。
ローテーブルには茶盤という中国茶用の調理台と鮮やかな色の入った急須があり、拓斗とヘイの手には同じデザインの、小さな湯呑み。
それにお茶請けとして月餅という中国の饅頭のようなお菓子。
月の淹れてくれたのは烏龍茶だった。
馴染みのある茶ではあるが、
「これは凄いな……コンビニで買うようなものとは全く違う」
「であろ、であろ。コーヒーや紅茶ともまた違うものがあるんじゃな」
称賛する拓斗にヘイは頬を緩ませながら
「確かに。それに茶盤があると、かなり雰囲気も出ている」
「本来であればもっとお湯を大量に用いて器を温めたりし、茶盤に湯を捨てたりするのですが、日本の家ですと汚しかねませんからね。今回は台所で下準備をした簡略版にて失礼いたします」
「いえ、ありがとうございます月さん。結構なお点前で……というのは変でしょうか」
「構いませんよ。それに秋宮様、私に敬称や敬語は不要でございます。ヘイ様の≪契約者≫であるならば我が主人であるのも同義。気軽にお願いいたします」
「はぁ……」
そうは言われても、ヘイとは違って明らかに年上の女性だ。
急にフランクにしろと言われても、性格的に難しいところはある。
「何じゃタク。照れておるのか? まぁ月は美人じゃし、高校生には刺激が強いかのぅ」
「いや、そういうわけではないけど。美人というなら、ヘイも大概じゃないか?」
背丈は小中学生で通りそうだが、その美貌は他の追随を許さない。
唯や月も美人ではあるが、また次元が違うものだ。
「まぁ、良いことをおっしゃいますね拓斗様」
「かかか、照れるの」
全く照れてなさそうなヘイは湯呑みを呷る。
テーブルの向こう、片膝を立てた姿はどうにも絵になり、拓斗の目を奪う。
見慣れたリビングが急に神聖な場所になってしまったかのようだ。
そのままずっと眺めていられてそうになるが、視線をヘイの右後ろにするとメイド服姿の月が正座をして控えていた。
「月……で、いいのか?」
「えぇ、どうぞ。どうされましたか、秋宮様」
「気になっていたんだが。月も≪真我≫なのか?」
明らかに、月は普通の人間ではないだろう。
まともな人間はメイド服を着て、初対面の高校生にへりくだったりしない。
少なくとも拓斗の常識ではそうだ。
だから問い、
「くすっ」
月は、上品に口元に手を当てて、小さく笑う。
「いえ、失礼致しました。私がそのような風に言われるとは光栄に存じますが、私はただの人間でございます。≪象法師≫ではありますが」
「しょーほーし?」
「象力の説明はしたであろ? それを用いた術法を使う人間のことじゃ。広義でいえば、妾と契約したお主もそれになるの」
「なるほど……?」
「ま、そこは良いとして」
ヘイは月餅を口に運びつつ、
「五十年くらい前かのぅ、『神遺物』を追う中で月の祖母を妾が助けての。それに恩義を感じた月の一族が、その後妾に金や生活を融通してくれているわけじゃな。妾の資金や服なんかも月が用意してくれたものじゃ」
「私の家は香港を中心とした貿易会社を経営しておりまして、日本との関係も密になっております。私も、香港と日本のハーフでございます。幼少の頃からヘイ様にはお世話になっているのです」
「ちょっと前までは妾より小さかったが、今では立派になってしまってのぅ。諸々頼り切りじゃ」
「なんでチャイナドレスが普段着だったのか疑問だったが、そういうことだったのか?」
「えぇ。私の趣味で御座います」
ドヤ顔だった。
「なるほど……月のお祖母さんは随分とりっぱだったんだな」
「ま、『神遺物』絡みの一件が、当時の香港における抗争と密接に絡み合って、妾が介入した結果、アレは上手くやり、組織をまとめ上げ――――」
そこまで言って、ヘイは動きを止めた。
こほん、と一度咳払いをし、
「うむ。まぁ、才女であった」
「今、抗争とか聞こえた気がしたんだが」
「気のせいじゃ」
「組織とかも」
「気のせいでございますよ」
「……気のせいか」
そういういうことにしておこう。
「賢明な判断じゃ。なんにしても、この家の管理や掃除なんかを月がやってくれるでな。腕は確かだから安心せい」
「正直、全く手が回ってなかったから助かるんだが……月は本当にいいのか?」
「もちろんでございます。拓斗様とヘイ様はお二人の使命に集中してくださいませ」
「使命か……」
日常生活では使わない重い言葉だ。
噛み締めつつ、月餅を口に運び、
「美味い……」
「であろであろ」
お茶によく合う上品なこし餡入りだった。
「お代わりもありますよ。中がカスタードのものも」
拓斗はヘイと一緒にお代わりを頼んだ。
その上で、
「そろそろ本丸を叩こうかの」
彼女は言った。
「本丸って……あの蛇たちのか?」
「然り」
黒い少女が頷く。
「≪緑青の鱗≫という≪神遺物≫じゃな、あれは」
「ろくしょう……
「だいぶ汚かったがの。青銅の色じゃが、そこは良い。それの保有者を倒し、≪神遺物≫を破壊するのじゃ」
「小さいのもデカいのも色々いたが、本体がいるんだよな? どうやって見つけるんだ?」
「居場所はもうわかっておる」
「なに?」
ならどうして、今までそこに行かなかったのか、と口に出そうとして、考えを改める。
……俺のせいか。
自分は素人なのだ。
昨日のようにヘイとの力の練習が必要で、そのために後回しにしていたのなら当然とも言える。
「ヘイ様。秋宮様はヘイ様と出会って象法師と関わったと聞きます。≪神遺物≫との戦いに赴くには些か早計では……」
「問題ない。タクは既に顕象を可能としておる。それも、かなり実戦向きじゃ」
「――――」
月の瞳が見開かれ、拓斗に向けられた。
驚きが籠った視線を向けられたこと自体に拓斗は驚いたが、それも一瞬のことだった。
「失礼いたしました。元よりヘイ様がお考えであれば、私の愚考なぞ不要であったというもの」
「そこまでへりくだらんでもいいんじゃがの。ま、そういうわけじゃ、拓斗。準備を頼む」
「準備って……何かあったか?」
「決まっておろう」
大真面目に、ヘイは言った。
「夕飯じゃ、戦場には腹八分目で望むのが妾の流儀じゃからな。で、今夜は何を作ってれるのかの? 楽しみじゃが」
●
夕飯のメインは麻婆豆腐だった。
お茶と同じく、月が用意をしてくれた香辛料を用い、見様見真似ではあるもの四川風のそれを調理した。
「麻と辣がたまらんのぅ」
「お見事でございます、秋宮様。調理は秋宮様に任せろというヘイ様のお言葉も納得でございます」
ハーフとはいえ中国人を満足させられたのならばよかった。
……いや、香港出身っていうなら四川ってめちゃくちゃ遠いんじゃないか?
広大な大陸と多様な中華料理に思いを馳せつつ、拓斗とヘイは腹八分目となって家を出た。
「いってらっしゃいませ、ヘイ様、秋宮様」
「うむ、いってくる」
「……いってきます」
他人にその言葉を使うのも、さらにはその相手がメイドなのも不思議な感じだった。
それでも嫌ではなかったと思う。
またもやタクシーに乗って、数十分。
辿り着いたのは、
「病院か?」
街の郊外にある、拓斗は来たことがない病院だった。
入院施設は整っているらしく、四階建ての建物が視界に広がっている。
もうすぐ深夜であるから人気もなく、電気も一部の部屋しかついていない。
周囲は林になっており、不死身の化物の本拠地と言われるとそう見えなくもない不気味な雰囲気ではある。
「それで……どうするんだ?」
ヘイに問えば、
「こっちじゃよ、タク」
彼女は病院の方を見ていなかった。
ヘイが示した先は、道路の向かい側。
「あれは……?」
「なんじゃ、知らんのか」
拓斗も知ってはいる。
だが、想定外の場所だったのだ。
「二十四時間営業のファミレスじゃ。今日日珍しいのぅ」
●
ドアをくぐれば入店の電子音が店内に鳴り響く。
やる気のないアルバイトの接客の声が伽藍とした店内に続いた。
客はほとんどいない。
店の奥、病院が見える窓際のテーブルに一人だけ。
「ゆくぞ、タク」
「あ、あぁ」
戸惑いながらも拓斗はヘイの後に続いた。
向かう先は一人だけの客のテーブルだ。
新聞を広げ、顔は見えないが古びたジャケット姿の男。
机の上にはなにもない。
男の向かいの席に腰掛けたヘイは、机の上を見て顔をしかめた。
「認識阻害で、お冷さえもらわずに居座っておるのか? 無作法よな」
「はっ」
ヘイの苦言に男は吹き出しながら、新聞を脇に置く。
初老の白人だ。
最近でこそコンビニやチェーン店で東南アジア周辺のアルバイトを見るが、このタイプの外国人は珍しい。
色褪せた金髪には白髪が混ざっており、男はくしゃりと笑う。
「悪いがアンタみたいに食を楽しむ趣味はないからな。不死身がものを食べることに意味はあるか?」
流暢な日本語だった。
「潤いじゃよ、潤い。タク、何か頼むか?」
「え? あー……その、なんだ? ヘイは頼むのか」
「ドリンクバーとポテトとかにしとくかのぅ。深夜のファミレスのこういうのは、無性に食べたくなるからに」
「……じゃあ俺もドリンクバーで」
戸惑う拓斗を他所に、注文用のタブレットを操作し、言った通りのものを注文する。
「しばし待て」
「あぁ、どうぞ」
「タク、ドリンクバーへ出陣じゃ。そこのと一緒に待っていたいなら、妾が取ってくるが」
「い、行くよ」
肩をすくめる男を横目、拓斗とヘイはドリンクバーに向かう。
「タク」
「なんだ? 俺は今、わりと混乱しているんだが」
「そう気張るでない。気楽にの。時にタクはドリンクバーで飲み物を混ぜるタイプか?」
「………………しない」
「妾はする」
楽しそうにヘイは炭酸飲料を三種類ほど混ぜていた。
拓斗は珈琲を淹れておく。
男の下に戻る。
席につくと彼は口を開き
「さて――」
「待て。ポテトが来てからにせい」
「……」
数分、気まずい時間が流れた。
男は店の外を眺め、ヘイはミックスジュースを楽しみ、拓斗は困惑していた。
「お待たせしました―」
「あぁ、感謝する」
その後、ポテトが到着し、
「良いか、終焉」
「うむ、良かろう」
ポテトをつまみながら、ヘイは頷いた。
釈然としない表情を隠さない男は、それでも口を開いた。
「俺は、ハンク・ジョーンズ。アメリカ人だ」
男、ハンクは普通の男に見えた。
洋画の画面端にでもいそうな人物。
どう見ても、不死身の蛇の化物の親玉には見えない。
だが、
「言うまでもないが≪青緑の鱗≫の保有者だ」
「分かっておる。妾のこともわかるな?」
「あぁ。終焉の真我、約束の黒だろう。知らないわけがない」
忌々しげにハンクは言い、視線が拓斗に移る。
「≪
ひどい言い草だと思ったが、無理もない。
拓斗は完全な素人で、全く状況を理解していないのだろう。
ヘイに導かれるままに付いてきているだけ。
少なくとも拓斗は、事前に聞いているような危険な人物には見えなかった。
「無作法な上に失礼よな。我が≪契約者≫である。それ以上の言葉が必要かの」
「……いいや。止めておこう」
ハンクは鼻を鳴らし、数秒黙った。
そして、
「終焉、そしてその≪契約者≫」
彼は言った。
「取引をしないか?」
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