黒の契約者/カーマ   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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8、蛇の果て

 

 

「燃え、果てろ……!」

 

 激情が、拓斗の仲で燃え上がる。

 握る剣に宿った黒き炎を殺到する双頭蛇へと振り抜いた。

 ごうっ、と風が巻き起こる音と共に黒炎が双頭蛇を飲み込む。

 彼の怒りによって象力は高められ、数十匹の蛇を一瞬で蒸発させ、

 

『跳べ、タク』

 

 ヘイに囁かれた通りに、拓斗は全力で跳躍した。

 一息に十数メートル上昇し、直後、地面を砕いて出現した無数の双頭蛇がファミレス跡を飲み込んだ。

 数十センチ程度の通常と変わらないサイズの蛇が寄り集まって巨大な削岩機のようになっていた。

 蛇嫌いでも集合体恐怖症というわけではない拓斗だが、それでも思わず眉をしかめる光景だ。

 

「どれだけいるんだ?」

 

『どれだけいても関係ないじゃろ』

 

 拓斗の愚痴に対し、ヘイはどこか楽しげでさえあった。

 

『終わりをもたらそう、我が契約者。お主にはそれができるのじゃからな』

 

「あぁ……!」

 

 吠え、拓斗は終告剣を連続して振るう。

 斬撃に乗った黒炎が飛び、双頭蛇の群れを燃やし断つ。

 その上で向かう先は病院だ。

 双頭蛇の軍勢を終わらせながら、拓斗とヘイは前進した。

 

 

●

 

 

≪青銅の鱗≫の特筆するべき点はほんの僅かな生命の象力を餌に稼働するということである。

 奪われた本人が気づかない程度の活力で鱗は育ち、蛇となり、ただ存在しているだけでその象力を増幅させ、大きくなる。

 内包象力が増えれば、その象力からまた蛇を生み出すことが可能であり、ねずみ算式に増殖することができるし、共食いをすれば大型の蛇を生み出すこともできる。

 そして、生まれた蛇もまた不死不滅の象力を持つため、基本的に不死身である。

 この街に特異点がどこに潜んでいるかわからないし、ただでさえ敵対組織の人間も同じ目的で潜んでいるのだから、派手なことはしなかったが。

 数週間の潜伏により、数千匹の双頭蛇を育むことができた。

 面倒は面倒ではあるが、他の象法師との戦いになっても物量と不死性で圧殺できるように。

 無数にして不滅。

 それが≪青銅の鱗≫という≪神遺物≫。

 ハンク・ジョーンズはその力を用い、四百年以上生きながらえてきた怪物である。

 そして、

 

「化物が……!」

 

 不死身の男は、終焉を前に戦慄を隠せなかった。

 双頭蛇の軍勢をまるで意に介さない。

 人間大サイズのものであっても、並の象法師では殺し切るのが難しいほどの生命力が秘めている。大型を倒すのなら一線級の達人やそこそこの大人数の部隊を必要とするだろう。

 だが、≪終焉の真我≫とその≪契約者≫を前にすれば一瞬で終わりを齎される。

 

「分かってはいたが、こうも理不尽とはな……」

 

 ハンクは病院の屋上に一人経っているが、眼下には黒炎が縦横無尽に駆け、蛇たちを殺し尽くしている。

 不滅殺しの真我、約束の黒。

 死と決別したはずの不死者にとっては、文字通りの死刑執行人。

 まともに相対すれば決して勝てず、全力で逃げても逃げられない。

 彼女が終わらせられなかった不死者は歴史上数限られていた。

 ……本来であれば、察知した瞬間にこの街を離れるべきだった。

 普段のハンクならばそうしただろう。

 だが、特異点がいて、まだ見つけられていなかったせいでそれができなかった。

 特異点とは、それほどまでに甘い蜜なのだ。

 首元に死神の鎌が掛かっていると分かっていても、手を伸ばすことを辞められない。

 理性を超越した、象法師としての本能。

 特異点に興味を示さないヘイが、そもそも例外中の例外なのだ。

 終焉の象徴を前に、できることはない。

 本来は。

 

「――――今ならば」

 

 ハンクは拓斗を睥睨する。

 死神の鎌を突きつけられて尚、逃げなかった理由。

 それが、あの少年。

 剣を握り、四肢に黒衣を巻いた姿。

 

「≪契約者(カーマ)≫に囚われた上に、あの段階ならば、まだ……勝ちうる」

 

 蛇の知る限り、黒が獲物を逃したのは三度。

 二千六百年前、黒から逃れ続け、霊薬を求めた古代メソポタミアの『英雄』。

 二千三百年前の中華を制覇し、一度は黒を降した『皇帝』。

 二百年前の欧州にて相対し、歴史上唯一黒が逃したままの『伯爵』。

 そのどれもが―――――彼女は≪契約者≫と共にいたのだから。

 

 

 

●

 

 

 

「なんだ……?」

 

 ファミレスから道路を越え、病院へとたどり着き、拓斗を迎えたのはこれまでとは違うものだった。

 蛇たちの濁流ではない。

 病院の前に、無数の超小型の双頭蛇が宙に浮かんでいる。

 二つの頭をY字に伸ばし、数十匹が等間隔で列を成していた。

 ……どういう儀式だ?

 拓斗は戸惑い、

 

『ふむ……これは、良くないかもの』

 

 その背後でヘイが言葉を漏らした。

 直後、全ての蛇の首が突然に両断された。

 頭という頭が地面に落ち、真っ赤な血が流れ出す。

 

「……………………ホラー映画ってこういう感じか?」

 

『ホラーはホラーでもオカルトなやつじゃのぅ』

 

 普段慣れないジャンルの光景に戸惑う拓斗だったが、それでもまだ終わっていなかった。

 流れた血たちが中空を走り、複雑な魔法陣を九つ作り出し、

 

『■■■■■■――――!!』

 

 九つの頭を持つ巨大な蛇が出現した。

 それまでいた大型の蛇よりも胴が二周りは太く、全長も長い。

 九つの頭はそれぞれが違う性質を持っている。

 燃えているもの、凍っているもの、ぐずぐずに腐っているもの、毒々しい粘液を鱗の隙間から溢れさせているもの、鱗が全て鋭い刃になっているもの、ダイヤモンドのように輝くもの、巨大な牙が生えているもの、単眼のもの、頭に天使のような輪が浮かんでいるものがいた。

 それぞれの頭が、巨大な顎を開き、咆哮する。

 空気の振るえを拓斗は体感しつつ、

 

『生贄の象法じゃな』

 

 ヘイの囁きを聞いた。

 

『生命の象力をリソースとして大きな力を得る象法は昔からよくあってのぅ。ジョーンズも長生きしとる分、そのあたりの象法に長けておるんじゃな』

 

「あいつら不死身じゃなかったのか? それでその生贄とやらは成立するのか」

 

『本来不死身のはずのものが自ら命を断つという代償行為によってただでさえ強力な生贄の象法をさらにブーストしておるというわけじゃな』

 

「……ふざけた話だ。命は便利な燃料か?」

 

『かかっ、全くじゃ。来るぞ』

 

 多頭蛇の内、天輪を持つそれが吠える。

 浮かぶ天使の輪が拡大し、

 

『■■■■ーーー!』

 

 絶叫。

 同時に、

 

「……!?」

 

 強烈な重圧が拓斗を襲い、動き止められる。

 重力が数十倍になったかのような感覚。拓斗を中心に半径数メートルが陥没していた。

 

『ちと体を借りる』

 

 その中でヘイの言葉と共に体が勝手に動いた。

 荷重に逆らわず、体を回しながら沈み込んだのだ。

 握る剣の切っ先を空に掲げ、突き出した。

 その最中、黒炎が収束し、刀身の形となって伸び、

 

『お終いじゃ』 

 

 荷重が消滅した。

 

「なにがおきーーーっ!」

 

 疑問を口にしていた最中に≪幻死≫を感じた。

 ほとんど全方位であり、唯一の逃げ道であった右斜め前へと跳躍。

 一瞬前まで拓斗がいた場所に、炎や氷、猛毒らしき粘液等が殺到した。そのことに戦慄する暇もなく、再び感じた死の感覚に従い終告剣を振るう。

 

「っ!」

 

 巨大な牙を持つ頭だ。

 拓斗の身長ほどもあり、サーベルタイガーのようなそれと黒剣がぶつかり合い、数秒の後に大きく弾かれて飛ばされた。

 宙にある間、再び四肢が勝手に動いてバランスを整えて着地。

 病院の敷地の外側、道路まで戻っていた。周りに九頭蛇以外の姿はない。

 

「…………凄いのが出てきたな」

 

『じゃのう、大丈夫か?』

 

 心配さを滲ませた声に、拓斗は大きく息を吸い、吐き出す。

 

「あぁ。それに、象力というものが、少しだけ分かってきた」

 

『ほう? それは楽しみじゃな。頑張ると良い、お主が反応できない攻撃は妾が対処する。明日筋肉痛が酷いじゃろうが、我慢せいよ』

 

「それくらいなら、問題ない……!」

 

 拓斗は再度、前へと飛び込んだ。

 九つの頭は、それぞれに違う能力を発揮し、拓斗を狙う。

 これまでの蛇たちよりも生贄の象法とやらで強化されているせいか、斬りつけても簡単には倒せない。

 その上で、

 ……鍵は、象力の出力だ。

 意味を象る力、と説明された時はぴんと来なかったが、これまでの戦闘でおぼろげながらも体感で理解出来つつある。

 ヘイの終焉という象力は、極めて強力だ。

 相手が何であろうと問答無用で終わらせることができる。

 だが、それでも大型の双頭蛇はそれなりの量の黒炎を打ち込む必要があったし、今しがた巨大な牙とも弾かれあった。

 その差が、象力の出力だと拓斗は考える。

 つまり、九頭蛇は頭の数の分だけ、使える能力がある。

 だが、

 

「相手の攻撃がなんであろうと、象力で押し勝てばいい……!」

 

 その出力の目安が、終焉の炎、≪真我顕象:燎燼玄竟≫。

 先ほどヘイが荷重を撃ち抜いたのを真似して、黒炎を刀身に収束させる。

 

「■■……!」

 

 全身の鱗が刃のように伸びた頭、それが大気を斬り裂きながら拓斗へと迫る。

 

「燎燼玄竟……!」

 

 意識を高めるためにその名を叫び、黒い剣に黒い炎が猛り、

 

「■■!?」

 

 刃鱗の頭を、唐竹に叩き切った。

 蛇の断末魔が闇夜に響き渡り、

 

『正しいの、タク』

 

 満足げなヘイの言葉が耳に届く。

 

『妾が司る終焉は、文字通りに森羅万象を終わらせる。故に、彼我の性質を無視ができる』

 

 続いて突進してきた蛇の頭を剣の腹で受け止め、

 

「燃えろ……!」

 

「■■……!?」

 

 その接触地点から黒炎をぶちまけた。

 金剛石のような見た目は、その通りの強度を本来有していた。

 だが、その炎には関係ない。

 どれだけ硬かろうと、その意味そのものを燃やすのだから。

 

『日は昇り、沈む。時は流れ、過ぎる。命は生まれ、死ぬ。存在しているのなら、必ず終わりがある―――』

 

 歌うように紡がれた言葉を聞きながら、蛇頭を受け止めていた剣の腹、その裏から拳を叩きつける。

 強烈な衝撃波が発生し、黒炎が拡散、金剛の蛇頭を飲み込んだ。

 だが、それを見届けることなく、拓斗は再度黒剣を振るう。

 強烈な閃光が、光線となって放たれていた。

 

「■■■……!」

 

 単眼の蛇頭、その一つ目から光線が放たれているのだ。

 着弾の速度は早く、拓斗の五感では目に終えない。

 だが、

 

「死は感じるぞ」

 

 幻死頼りに、掲げた左手に黒炎を纏わせた。

 丁度その手に光線が着弾するが、黒い炎が手を守り切る。

 

『全てを燃やし終わらせる炎は絶対の剣にして絶対の盾じゃ。象力さえ高めてしまえば、何ものにも阻まれはしない。その炎は、あらゆる全てに絶対的な相性有利を得る』

 

 さらに続けて炎、氷、腐敗、猛毒の蛇らがそれぞれの特性を口から息吹きとして放つが、拓斗は幻死を察知し、周囲に黒炎を球体状に展開。

 四種の象力を受け止め、防ぎ切る。

 

『さらにいえば≪真我≫としての妾の象力は特殊での。大体、妾の一の出力で、他者の数百から千くらいまでなら終わらせられる。向こうが千を万出そうとしても、こっちも一から十にすれば問題ない』

 

 全方位に展開したため、蛇たちの息吹きを防いでも余剰が生まれた。

 ヘイの説明の通り、終焉の象力の特性により、瞬間的な象力の出力規模は数十倍の差があっても黒炎が勝る。

 ゆえに拓斗は黒剣にそれを乗せる。

 イメージするのはヘイと出会った最初の夜。

 何も理解しないまま、半ばトランス状態の時、拓斗は黒い斬撃を飛ばして双頭の蛇を終わらせた。

 それを、今度は意識して使う。

 剣を腰だめに構え、

 

「終わり、燃え――」

 

 繰り返してきた言葉。

 一言目で終焉の力が生まれ、二言目で炎となる。

 それだけでは足りない。

 だから付け足した。

 

「―――果てろ」

 

 振るう。

 最果ての名を持ち、終わりを告げる意味を象る剣を。

 炎は線となり、瞬いた。

 空間を焦がし断つように伸びた焦熱斬撃は蛇の首、四本を横切った。

 腐敗、粘液、単眼、天輪の蛇頭の首が断ち切れる。

 

『見事』

 

 耳に届くヘイの賛辞。

 同時に感じる死の幻影。

 今度はヘイに動かされるのでも、逃げを選ぶこともなかった。

 

「終わり、果て」

 

 黒が宿り、刃に纏い、

 

『■■■……!』

 

 氷結頭が巨大な顎を広げ飛び込んできた。

 幻死を頼りにタイミングを取り、黒剣を氷に突き刺し、

 

「―――燃えろ」

 

 その地点から黒炎が火柱となって空に伸びる。

 氷の頭は溶ける前に、灰すら残さず消滅。 

 消え去った頭の中から拓斗は飛び上がる。

 

『■■!』

 

 残った二体の頭が吐き出してくる炎と猛毒の粘液を幻死読みで回避。

 刀身の黒炎収束を解除し、斬撃波として飛ばした。

 最早、残った蛇頭たちが耐えられるはずもなく、首が切り飛ばされた。

 ……よし!

 

『ようやった。実に愛いぞ』

 

 目に見えて強大な敵の撃破とヘイの言葉に拓斗は内心達成感を得る。

 未だハンクを倒し終えたわけではないが、それでも大物を撃破したということは事実。

 蛇たちの残滓の中、力を抜き、

 

「――――!」

 

 死の幻影が、拓斗の全身を駆け巡る。

 これまでになかった気配の濃さに、体が一瞬硬直し、

 

「おいおい、もう少し気を抜いたってよかっただろ、少年」

 

 目の前に、蛇の男がいた。

 

 

 

●

 

 

 

 ハンク・ジョーンズの外見は、ファミリーレストランの時とは大きく異なっていた。

 全身に青銅の鱗が張り付いて覆われており、肩や肘、股間部の色が濃くなるようなデザイン。

 アメリカのコミックのヒーローのような全身タイツ。顔も目の周りが濃い色で覆われている。

 両手には、蛇のようにくねくねと曲がった刀身を持つ剣。

 ハンクが現れたのは、拓斗が倒した九頭蛇の死体の中からだった。

 巨大な体の中に潜み、拓斗たちが九頭蛇を倒し、油断した瞬間に殺す。

 それしかハンクに選択肢はなかった。

 能力の性質上、どんな象法を組み、どんな蛇を作り出したとしても、終焉の炎には及ばない。

 白兵戦ならばと思ったが、時折ヘイの方に行動の主導権が有り、その際には歴戦の戦士の動きだった。

 だから、不意打ちだった。

 恥も外聞も捨てた行為ではあるが、恥も外聞もないからこそ生きながらえ続けてきたのだ。

 

「っ……!」

 

 驚愕しながらも、剣を構えようとする少年。

 ハンクが想像するよりもずっと反応がいい。戦闘を見る限り、何かしらの感知能力があるとハンクは気づいていた。

 具体的な仕組みはわからなかったが、精度は高い。

 それでも、不意は打てる。

 剣が届くならば、殺せる。

 少年もまた生きているのだから。

 

「≪契約者≫を許したのが死因だったな、終焉―――!」

 

 拓斗が何かをするよりも、ハンクの動きは速かった。

 蛇剣でほんの少し、傷つけるだけでいい。

 その剣には与えた傷に膨大な生命の象力を流し込む術法が刻まれている。

 生命力というのは、薬にも毒にもなる。

 不老不死ならばともかく、定命の者に過剰に流し込むと肉体が耐えきれずに死滅するのだ。

 青銅の蛇が持つ猛毒。

 獲物に食らいつく蛇のように男は瞬発し、少年へと刃を放ち、

 

『断じて否』

 

 剣は拓斗へと到達していた。

 だが、その呪いが刻まれた切っ先はほんの僅かに届いてない。

 少年の背後、半透明のアストラル体として控えていたヘイ、彼女が肩越しに伸ばした右の掌で受け止めていたのだ。

 実体を失くした象力だけの姿には、象力を宿した攻撃ならば通る。

 蛇の呪いは確かに彼女に届き、ほんの僅かに突き刺さっていた。

 だが、

 

『その呪いは妾には効果が薄いのぅ』

 

「貴様……!」

 

 ハンクが目を見開いたのと同時、終焉の≪真我≫の掌には、黒炎が発生。

 それによって蛇剣が炎上し、急速に象力が消滅していく。

 そして、

 

『終わらせるかの、タク』

 

「ッ、果てろ……!」

 

 炎の一刀が、青銅の蛇に終焉を与えた。

 

 

 

●

 

 

 

 剣を振り抜き、吹き飛んだハンクを確認するより先に、拓斗は声を上げた。

 

「ヘイ、大丈夫か!?」

 

 最後、九頭蛇の死体から出現したハンクに対し、拓斗は完全に反応が遅れた。

 その奇襲にも追いつけず、完全に思考が止まってしまったのだ。

 強烈な死の幻覚は感じていたが、間に合わなかったところを助けてくれたのはヘイだった。

 

『安心せい。言うたじゃろ、やつの呪いは妾には効きにくいからのぅ。お主に当たっていたら危なかったが』

 

「……俺だったら、どうなってたんだ?」

 

『ふむ。何もしてなかったら、細胞が過剰代謝と成長を起こして全身が風船みたいに膨らんでから破裂してたかの』

 

「…………………………本当に助かった」

 

 色々な死を妄想してきた拓斗だったが、そんな死に方は御免だった。

 

「あのオッサンは?」

 

『妾たちの勝ちじゃ。≪青銅の鱗≫、確かに終わらせた』

 

 吹き飛んだ男は、全身タイツみたいなスーツからファミレスの時の古びたジャケット姿に戻っている。

 地に伏し、動きはない。

 

「俺が、殺したのか」

 

『いや、死んではおらん』

 

「あ? 不老不死を殺すのがヘイの目的じゃなかったのか?」

 

『確かに不老不死を殺すのもそうじゃが、今回は『神遺物』の持ち主じゃ。ならその『神遺物』を壊せばいいだけであるからな』

 

「そう、か。……妙な話だが、人を殺さずに済んでほっとしている自分がいる」

 

 ……虫の良い話か?

 命を、死を軽んじ冒涜することを拓斗は許せなかった。

 だから、終焉の力を振るった。

 その果てにハンクの命を終わらせると思っていた。

 だが、殺さずに済んで安心しているというのは覚悟が足りなかったのだろうか。

 

『妙ではない』

 

 ヘイの言葉は、変わらず優しい。

 

『正しい感覚じゃよ。これで何も感じなかったり、物足りなかったりする方が問題じゃ。『神遺物』と保有者の生命の繋がりはものよるんじゃが、今回はラッキーだったの』

 

「そんなもんか。……だったら、いいんだが」

 

 拓斗は息を吐き、

 

「それで、『神遺物』とやらは壊したんだろ? あの人はどうするんだ?」

 

『ふむ。それに関しては』

 

 言葉の途中、ヘイが空を見上げ、

 

『―――来たの』

 

 稲妻が、ハンクの体へと降り注いだ。

 

 

 

 

●

 

 

 

 それは瑠璃色の落雷だった。

 赤い空を斬り裂くように落ちる。

 拓斗が思わず目を背け、再度見た時には、男の傍らで膝をつく少女がいた。

 黒い男物のスーツ、小麦色の肌、右耳に五つのピアス、ところどころ濃い青に染められた黒髪を短いポニーテールにしている。

 彼女の両手には短い日本刀のような武器がそれぞれ握られている。

 ような、というのは拓斗が知る刀とはディティールが違い、妙に機械的かつ未来的な外見をしている。加えて、通常の刀よりも反りが深く、大きく湾曲していた。

 右の刀は、ハンクの左肩に突き刺さっている。

 周囲、瑠璃の色の火花を纏わせた少女を拓斗は知っていた。

 

「…………氷見、先輩?」

 

 今日、昼放課にも顔を合わせた少女。

 拓斗の友人であり先輩の唯の親友。

 

「秋宮」

 

 彼女は拓斗の名を呼び、普段と変わらぬ無表情を浮かべていた。

 弥生の視線は拓斗から、その背後にいる半透明のヘイに移る。

 

「終焉の真我」

 

『然り。……瑠璃の稲妻。聞いたことがあるの、最年少で≪万葉≫へと至った天才。お主のことか?』

 

「そう」

 

 弥生は頷き、立ち上がった。

 

「宮内庁象法部実務機関≪言ノ海(ことのうみ)≫所属、≪万葉≫の≪千速降(ちはやぶり)≫、氷見弥生」

 

 




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