うすほそ人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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9、君が落ち込んでいるのなら

 

「……?」

 

 彼女が口にした言葉は、名前しか拓斗にわからなかった。

 聞き慣れない言葉。強いて言えば、宮内庁という単語はニュースで聞いたことあるような気もするが詳しくもない。

 

「……あー」

 

 弥生もまた、どこか居心地が悪そうな表情で拓斗を見た後、その背後のヘイへと視線を戻す。

 

「終焉、あなたに話があるんだけど」

 

『ふむ』

 

 頷いた彼女が足先を地面に着けると共に、半透明だった姿が実体化した。

 

「聞こうかの」

 

「ども。この人、ハンク・ジョーンズは第一級指名手配。できるなら、≪言の海≫で確保をしたいんだけど」

 

「構わんよ。ただし、こやつの持っていた≪緑青の鱗≫は破壊した。妾たちが壊したから欠片も残っておらん。そこは勘弁願おうか」

 

「ん。そこはこっちもわかってる。……じゃあ、貰っていく」

 

 弥生がスーツの内ポケットから手錠を取り出す。

 それをハンクの体に落とすと、

 

「お、おお……?」

 

 その手錠の鎖が伸びハンクの体全体に巻き付いて拘束した。

 手錠の輪っかの部分もガチャガチャと音を立てて変形し、拘束を補強していた。

 

「近代化が著しいのぅ」

 

「近代化とかいうレベルか……? SFとかそういうジャンルにいないか……?」

 

「……秋宮」

 

「あ、はい」

 

「色々とさ、聞きたいこととあると思うんだけど」

 

「それはまぁ……」

 

「ただ、今その元気ある?」

 

 言われて、拓斗は自分の体を省み、

 

「っ……」

 

 指摘され、急激な疲労を自覚した。

 膝から崩れ落ちかけ、

 

「おっと」

 

 ヘイが抱きとめる。

 小さな彼女の体だが拓斗の体を支えていても、問題は無さそうだ。

 問題があるのは拓斗の方。

 

「……元気、ないかもしれません」

 

 さっきまでは問題なかったのに、全身が鉛のように重い。

 汗がにじみ、呼吸が乱れる。

 

「無理もないの。かなりの象力を使った、しっかり休む必要がある。氷見、じゃったな? そちらから聞くということは、タクとの話は別日でよいな?」

 

「うん、それでいい。こっちもジョーンズの拘束で色々あるから」

 

「結構。タク、そういうわけじゃから今日は帰るぞ」

 

「あ、あぁ……氷見先輩、その……すみません」

 

「いいから。良く休んで」

 

 そして、今すぐにでも気絶しそうな中、拓斗は弥生の表情が変わるのを見た。

 学校ではいつも無表情か仏頂面の先輩。

 そんな彼女が、可愛らしくはにかんでいたのだ。

 

「お疲れ様。君は凄いことをしたね」

 

 

 

●

 

 

 

 次の日、拓斗は学校を休んだ。

 ヘイに抱えられるように家に帰り、そのまま泥のように丸一日眠っていたのだ。

 学校への連絡は月がやってくれていたらしい。

 地味に拓斗は皆勤賞だったが、それもまた仕方がない。

 それだけのことがあった。

 一日休んで学校に行くも、体は重さは少し残っている。

 

「はぁ……」

 

 昼、生徒会室で拓斗は思いため息を吐いた。

 氷見に会いに行こうと思ったが、彼女の方が欠席。

 唯に聞いても、珍しくもないとのことだった。

 遅刻早退の常習犯なのは本当らしい。

 見た目も相まって良くない噂は多かったが、

 ……今となっては、何をしているのか察することがあるな。

 深界で見えたスーツ姿とメカメカしい刀。

 ヘイと月が言っていた日本の象法師組織か何かの一員なのだろう。

 

「拓斗、今日は随分と疲れた顔をしているわねぇ」

 

「むっ……」

 

 そんな風に悶々と考えていたからだろう、正面で重箱を広げていた唯が箸を止めていた。

 翠は会話に参加していない。

 ゲームのイベントだとか発売日だとかで、こちらの会話に参加してこないことはよくあった。

 そうなると、食事に集中する唯の前で、学園の備品でできる死に方を想像するだけだったのだが、珍しく彼女の方から話しかけてきた。

 

「珍しい顔だわ。達成感と疲労と困惑、あと不安も入り混じっている感じ? 昨日休んでいる間に何かあったのかしら。お弁当にしても、あなたが作ったわけではないでしょ?」

 

「それは……」

 

 唯の指摘は正しい。

 普段であれば拓斗が自分で弁当を作っているが、今朝は昨日の疲労が残っていた。

 だから、月が作ってくれたものだ。

 焼き魚、卵焼き、ほうれん草のおひたし、きんぴらごぼう、かまぼこにきゅうりの浅漬、俵型に揃えられた白米に乗った黒ごまと梅干しという、見事な幕の内弁当。見た目通りの腕前と言うべきか、味付けは拓斗が感心するようなもの。

 だが、家に香港から来た美人メイドがいると説明するのは憚れる。

 

「……色々有りまして。そのうち話します」

 

「そう、それなら待ちましょうか」

 

 朗らかに笑う彼女に対し、嘘は通じない。

 空衣唯は異常に勘が鋭いのだ。

 エスパーとか読心術といっても良いかもしれない。

 言いたくないことは偽るのではなく、言いたくないと伝えなければいけない。

 そうすれば待ってくれる。彼女はそういう人だった。

 

「ま、出会った頃に比べれば良い顔だと思うし、心配しないでおこうかしら」

 

「懐かしいですね」

 

 唯との出会いは強烈だった。

 拓斗がこの学校に入学してから二週間ほど後。

 当時、高校生活が始まった拓斗は友達を作ることが出来なかった。

 なにせ、全く笑わないし、愛想も無い。

 自分から主張することもなかったから、いじめられることはなくても距離は空けられていた。

 そもそも拓斗自身、父方の祖父と母方の祖母を立て続けに亡くしており、精神的にも落ち込んでいる状況だったのだ。

 明るくなれ、というのも難しい。

 

「入学直後の自己紹介で家族が死んだ話をすると、距離を距離を取られました」

 

「あなた、普通にするけどその話、すごーく気まずいからね?」

 

 ヘイにも同じことを言われたが、

 ……家族が死にすぎたので、感覚がおかしくなってるんだよな。

 

「あと、趣味が死に方の想像っていうのも変を通り越して不気味よ」

 

「自覚はしています。言うべきでもなかった」

 

 死の妄想についても、隠してはいなかった。

 自分から言いふらしはしなかったが、聞かれたら答えてはいた。

 そのせいで、距離を取られて、一瞬で孤立したわけだが。

 痛いし不気味な新入生がいるという噂が立っていたらしい。

 そんな拓斗の前に、彼女が現れたのだ。

 

「暗い顔をしているわね、でしたっけ」

 

「えぇ。ひどい顔をしていたわ」

 

 放課後、ホームルームが終わった直後、拓斗のクラスの前にまで乗り込んできた彼女は、一直線に拓斗の前に仁王立ちしてそう言ったのだ。

 それから、

 

「続けて、生徒会に勧誘されたのも意味がわからない状況でした」

 

「だって、仕方ないでしょう」

 

 唯はにっこりと笑った。

 

「新入生にこの世の終わりみたいな顔をしている子がいたのよ? 元気付けたいと思っただけ、普通でしょう」

 

「普通は距離を取る、が選択肢だと思いますけどね」

 

 だが、彼女だけが言う普通のおかげで、拓斗の学園生活は大きく変わった。

 少なくとも、虚無や空虚という言葉とは無縁の日々だった。

 彼女に連れ回され、人並みの、或いはより賑やかな日々を送ることが出来た。

 

「私の誘いに対して、一呼吸の後に受け入れる君も大概だったわ」

 

 唯は懐かしそうに目を細め、微笑む。

 そうだった。

 別に断る理由がなかったからだ。

 やりたいことがなかったから、ただ頷いただけ。

 拓斗も、できるのなら笑いたい気分だったが、表情筋は動いてくれない。

 そういう時、少しだけ拓斗は申し訳なくなる。

 一緒に笑い合うことができるのなら、どれだけの楽しいのだろうか。

 

「私は結構驚いてたのだけれどね」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。私のやりたいことを助けてくれる人は沢山いるけど、一緒に付き合ってくれる人は珍しいから」

 

 どこか苦笑気味に笑う彼女は、部屋を見渡した。

 文武両道才色兼備の完璧超人。

 生徒会のほとんどの仕事を一人でこなし、拓斗に回ってくるのは些細な雑務。

 翠はパソコン関連で手伝ってはいるものの、学校にほとんど顔を出さないのでできることは限られている。

 ……唯さん一人でも、全然生徒会回りそうだもんなぁ。

 

「拓斗はほら、なんだかんだ付き合いはいいから」

 

「前も言ってましたけど、そうですかね」

 

「えぇ、そうよ。生徒会に入ったのもそうだし、最近もそういうので疲れているんじゃないの?」

 

「……」

 

 否定できなかった。

 ヘイとの関係は、完全な成り行きというか彼女に流されていたことは自覚している。

 ただ、

 

「俺は、俺の都合で動いてますよ。少なくとも、言われたから生徒会に入っているわけじゃないです」

 

 誘われて、断らなかったのはその理由がないからだったけれど。

 それからずっと彼女の隣にいるのは理由がある。

 ヘイとのこともそう。

 唯だってそう。

 死ばかり見ていた自分にとって、今を楽しむことに全力な彼女は眩しかった。

 それに、彼女はいつも拓斗の様子を伺い、見守ってくれていたのだから。

 感謝しているのだ。

 

「……なるほど」

 

「あら、何か納得できたの? 不安がちょっとだけ減ったわね」

 

「そうですね」

 

 唯の言っていた達成感、疲労、困惑、不安。

 達成感と疲労はヘイの目的を終えられたこと。

 困惑と不安は氷見弥生が象法師であり、どんな人物であるかということだった。

 わからないことはある。

 だが、明確なことがあった。

 弥生は唯の親友だ。

 元々顔見知りという程度の関係値だが、そのことは知っていたのだ。

 だったら、弥生と親友であることを選んだ唯を信じよう。

 ……実態がどうであれ、少なくとも気持ちは楽になるな。

 

「ありがとうござます、唯さん」

 

「いいのよ。拓斗も、私に付き合ってくれてありがとね」

  

「先輩に付き合って、なにかしている気はしないですけどね。精々一緒に弁当を食べるくらいで」

 

「ぷっ……くすくす」

 

 何がおもしろかったのか、唯は口元に手を当てながら、笑い声を漏らした。

 肩を震わせ、

 

「十分すぎるわよ、拓斗」

 

 再び箸を手にしながら彼女は微笑んだ。

 

「一人ぼっちじゃなくて、誰かと一緒にご飯を食べられる。それって、素敵なことだと思わない?」

 

 

 

●

 

 

 

「秋宮、着いてきて来んない?」

 

 放課後、学校の校門を出た所で弥生が拓斗を待ち構えていた。

 そのことに拓斗は驚きつつ、

 

「わかりました」

 

「話はっや。……いいけどね」

 

 弥生が頭の動きで同行を促し、拓斗は彼女の後に続く。

 

「…………≪真我≫は? 今どこに、一緒に来る?」

 

「電話して聞いてみます」

 

「電話?」

 

「えぇ。普通にスマホで」

 

「≪真我≫もスマホ持ちの時代かぁ……」

 

 どこか遠い目をする弥生を横目に、彼女に電話を掛ける。

 すぐに繋がった。

 

『なんじゃ、タク』

 

「氷見先輩が会いきてくれたんだが、ヘイも話を聞くかって」

 

『ぅんむ。若人の話は嫌いではないが、遠慮しておこうかの。その娘も、妾がいては話しにくいであろうし、タクも悪いようにされんであろう。妾は部屋の模様替えでもしておくとする』

 

「何? 模様替え?』

 

『じゃの。通販で頼んでおいたものが今夜から色々届くが、気にせんでおくれ』

 

「通販?」

 

『妾の借りてる部屋をな? 妾好みにちと変えようかと思うんじゃ。模様替えじゃな』

 

「模様変えかぁ……」

 

 ……ううん?

 そう聞いてふとした疑問が生まれたが、今は一旦脇においておく。

 

「わかった。好きにしてくれ。俺は先輩の話しを聞いてくる」

 

『夕食はどうする?』

 

「夕食は……あー、氷見先輩。夕飯ってキャンセルしておいたほうが良いですかね?」

 

「…………いや、そこまで遅くならないと思うけどさ」

 

「あざす。ヘイ、帰って食べるよ」

 

『了解した。では、楽しんでまいれ』

 

 通話が切れる。

 氷見を見ると、呆れ気味の半目を向けた後、ため息を吐いた。

 

「君は…………契約者(カーマ)ってこういうこと……?」

 

 

 

 

●

 

 

 

 彼女が案内してくれたのは市の図書館だった。

 拓斗が初めてヘイと共に蛇を倒した駅の広場からほど近い。

 図書館の地下、貸出禁止の古い本や大型の辞典、図鑑等が並んでいる図書棚の奥を進み、

 

「こっち」

 

 エレベーターに乗る。

 弥生が操作パネルに手を当て、視線もパネルに向け、

 

「≪千速降≫氷見弥生」

 

 はっきりとした口調でそう名乗り、電子音が鳴った後にエレベーターが動き出す。

 その光景を見ていると弥生の視線もこちらに向き、彼女は肩をすくめた。

 

「声紋と指紋と音声スキャン」

 

「はぁ」

 

 反応に困った。

 図書館は特別新しくも古くもなかったが、地下は随分とハイテクらしい。

 その後、エレベーターが止まり、降りた先は、

 

「ん……?」

 

 広いラウンジだった。

 カウンターやソファ、テーブル、自動販売機、ウォーターサーバー、電子レンジの類まである。

 カウンターの方には酒や珈琲、お茶等の様々な種類が置かれており、ツマミになるようなお菓子さえある。

 

「適当に座って……どした?」

 

「いえ、セキュリティが随分ハイテクだったので、そういう感じのところに連れて行かれるのかと」

 

「ハイテクって、ラボとか?」

 

「そういう?」

 

「そっちは別の階にあるけど、話しにくいから」

 

「……なるほど」

 

 あるにはあるらしい。

 

「飲み物色々あるけど、なんか飲む? ジュースとかは自販機から出せるよ。お金もいらないし。珈琲なら作り置きされてるやつあるけど」

 

「では珈琲をお願いします」

 

「おーけー」

 

 とりあえずテーブルに腰掛けると彼女がマグカップの珈琲を差し出してくれた。

 弥生自身はカウンターのお菓子棚から棒付きキャンディを手に取り、自動販売機から炭酸ジュースを手に入れていた。

 そして、テーブルで向かい合う。

 弥生は棒付きキャンディの包み紙を剥がし、口に放り込みつつ、

 

「……どこから話したもんかな」

 

 困ったように彼女が眉を下げた。

 

「≪真我≫から、なにか聞いてるわけ?」

 

「いえ、特に何も。あのジョーンズを倒すために必要なことだけ聞いたくらいですね」

 

 かいつまんで、拓斗が知る単語を弥生に聞かせた。

 彼女が何を話してくれるのかは分からないが、自分が知っていることは開示しておくべきだと思ったからだ。

 

「ふぅん……わかった。まずは私の話からする」

 

 彼女がキャンディを掲げ、

 

「私たちは≪言の海≫。宮内庁に属する秘密の組織って感じかな。象法師に関連する問題を解決し、国民を守るのが仕事」

 

「なるほど」

 

「ピンと来てる?」

 

「いえ、全く。ただ、図書館の地下の秘密の基地はそれっぽいですね」

 

「確かに」

 

 弥生が小さく笑う。

 

「秋宮は最近関わったみたいだけど、象法師はこの世界に結構いて、問題を起こすことが多い。私の家は代々象法師で、≪言の海≫の人間なんだよ」

 

「なんかかっこいい感じの二つ名もそういう?」

 

「それは……こほん。秋宮に言われるとちょっと恥ずいから、今は忘れておいて」

 

「わかりました」

 

「話が早いなぁ」

 

 飴を舐める彼女は困ったように天を仰ぐ。

 

「ほんとは、偶然関わっちゃった一般人相手のマニュアルがあるんだけど、秋宮は≪真我≫の≪契約者≫で、あのハンク・ジョーンズも倒してくれたわけだから、色々例外になるんだよね。もうちょっと反応が欲しいんだけど」

 

「すみません。そういう性分で……」

 

「え、あ、ごめん。私失礼なこと言ったわ。うちの組織、同年代の男子とか全然いないから、こういう話、どう進めればいいかわかんなくて……」

 

 弥生がわたわたと慌てだす。

 意外と可愛らしいところがあるらしい。

 

「なんか余計なこと考えてる?」

 

「いえ」

 

 鋭い視線を向けられたが拓斗は受け流す。

 しばらく睨まれたが、彼女は嘆息し、飴を口に含む。

 

「……とりあえず、単刀直入に、大事な話だけをする」

 

「はい」

 

「≪特異点≫のことは知ってるんだよね」

 

「非常に重要な存在であるということだけ。ヘイは興味がないですけど」

 

「さすが≪終焉の真我≫……そんなのは彼女くらいでしょ。私たちは、そういうわけにもいかない」

 

 ガリッ、と弥生は飴を噛みしめる。

 

「私たち≪言の海≫は≪特異点≫を保護し、守り続けてる。ジョーンズとかもそうだし、他にも≪特異点≫を狙っている連中がいる」

 

 だから、と彼女は言葉を続けた。

 

「……秋宮には、私たちを手伝って欲しい。少なくとも、君が私たちの敵になることを選んでほしくない」

 

「どういう……?」

 

 ……変な言い方、じゃないか?

 奇妙な違和感を感じたが、それよりも早く、弥生の言葉は続いた。

 

「≪特異点≫の名前は、空(・)衣(・)唯(・)」

 

「――――」

 

 拓斗の目が見開かれる。

 

「私の親友で、あんたの先輩が≪特異点≫で、あらゆる象法師が、あの子を狙っている」

 

 




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