うすほそ人外のじゃロリに殺した責任を取ってもらう 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「……?」
彼女が口にした言葉は、名前しか拓斗にわからなかった。
聞き慣れない言葉。強いて言えば、宮内庁という単語はニュースで聞いたことあるような気もするが詳しくもない。
「……あー」
弥生もまた、どこか居心地が悪そうな表情で拓斗を見た後、その背後のヘイへと視線を戻す。
「終焉、あなたに話があるんだけど」
『ふむ』
頷いた彼女が足先を地面に着けると共に、半透明だった姿が実体化した。
「聞こうかの」
「ども。この人、ハンク・ジョーンズは第一級指名手配。できるなら、≪言の海≫で確保をしたいんだけど」
「構わんよ。ただし、こやつの持っていた≪緑青の鱗≫は破壊した。妾たちが壊したから欠片も残っておらん。そこは勘弁願おうか」
「ん。そこはこっちもわかってる。……じゃあ、貰っていく」
弥生がスーツの内ポケットから手錠を取り出す。
それをハンクの体に落とすと、
「お、おお……?」
その手錠の鎖が伸びハンクの体全体に巻き付いて拘束した。
手錠の輪っかの部分もガチャガチャと音を立てて変形し、拘束を補強していた。
「近代化が著しいのぅ」
「近代化とかいうレベルか……? SFとかそういうジャンルにいないか……?」
「……秋宮」
「あ、はい」
「色々とさ、聞きたいこととあると思うんだけど」
「それはまぁ……」
「ただ、今その元気ある?」
言われて、拓斗は自分の体を省み、
「っ……」
指摘され、急激な疲労を自覚した。
膝から崩れ落ちかけ、
「おっと」
ヘイが抱きとめる。
小さな彼女の体だが拓斗の体を支えていても、問題は無さそうだ。
問題があるのは拓斗の方。
「……元気、ないかもしれません」
さっきまでは問題なかったのに、全身が鉛のように重い。
汗がにじみ、呼吸が乱れる。
「無理もないの。かなりの象力を使った、しっかり休む必要がある。氷見、じゃったな? そちらから聞くということは、タクとの話は別日でよいな?」
「うん、それでいい。こっちもジョーンズの拘束で色々あるから」
「結構。タク、そういうわけじゃから今日は帰るぞ」
「あ、あぁ……氷見先輩、その……すみません」
「いいから。良く休んで」
そして、今すぐにでも気絶しそうな中、拓斗は弥生の表情が変わるのを見た。
学校ではいつも無表情か仏頂面の先輩。
そんな彼女が、可愛らしくはにかんでいたのだ。
「お疲れ様。君は凄いことをしたね」
●
次の日、拓斗は学校を休んだ。
ヘイに抱えられるように家に帰り、そのまま泥のように丸一日眠っていたのだ。
学校への連絡は月がやってくれていたらしい。
地味に拓斗は皆勤賞だったが、それもまた仕方がない。
それだけのことがあった。
一日休んで学校に行くも、体は重さは少し残っている。
「はぁ……」
昼、生徒会室で拓斗は思いため息を吐いた。
氷見に会いに行こうと思ったが、彼女の方が欠席。
唯に聞いても、珍しくもないとのことだった。
遅刻早退の常習犯なのは本当らしい。
見た目も相まって良くない噂は多かったが、
……今となっては、何をしているのか察することがあるな。
深界で見えたスーツ姿とメカメカしい刀。
ヘイと月が言っていた日本の象法師組織か何かの一員なのだろう。
「拓斗、今日は随分と疲れた顔をしているわねぇ」
「むっ……」
そんな風に悶々と考えていたからだろう、正面で重箱を広げていた唯が箸を止めていた。
翠は会話に参加していない。
ゲームのイベントだとか発売日だとかで、こちらの会話に参加してこないことはよくあった。
そうなると、食事に集中する唯の前で、学園の備品でできる死に方を想像するだけだったのだが、珍しく彼女の方から話しかけてきた。
「珍しい顔だわ。達成感と疲労と困惑、あと不安も入り混じっている感じ? 昨日休んでいる間に何かあったのかしら。お弁当にしても、あなたが作ったわけではないでしょ?」
「それは……」
唯の指摘は正しい。
普段であれば拓斗が自分で弁当を作っているが、今朝は昨日の疲労が残っていた。
だから、月が作ってくれたものだ。
焼き魚、卵焼き、ほうれん草のおひたし、きんぴらごぼう、かまぼこにきゅうりの浅漬、俵型に揃えられた白米に乗った黒ごまと梅干しという、見事な幕の内弁当。見た目通りの腕前と言うべきか、味付けは拓斗が感心するようなもの。
だが、家に香港から来た美人メイドがいると説明するのは憚れる。
「……色々有りまして。そのうち話します」
「そう、それなら待ちましょうか」
朗らかに笑う彼女に対し、嘘は通じない。
空衣唯は異常に勘が鋭いのだ。
エスパーとか読心術といっても良いかもしれない。
言いたくないことは偽るのではなく、言いたくないと伝えなければいけない。
そうすれば待ってくれる。彼女はそういう人だった。
「ま、出会った頃に比べれば良い顔だと思うし、心配しないでおこうかしら」
「懐かしいですね」
唯との出会いは強烈だった。
拓斗がこの学校に入学してから二週間ほど後。
当時、高校生活が始まった拓斗は友達を作ることが出来なかった。
なにせ、全く笑わないし、愛想も無い。
自分から主張することもなかったから、いじめられることはなくても距離は空けられていた。
そもそも拓斗自身、父方の祖父と母方の祖母を立て続けに亡くしており、精神的にも落ち込んでいる状況だったのだ。
明るくなれ、というのも難しい。
「入学直後の自己紹介で家族が死んだ話をすると、距離を距離を取られました」
「あなた、普通にするけどその話、すごーく気まずいからね?」
ヘイにも同じことを言われたが、
……家族が死にすぎたので、感覚がおかしくなってるんだよな。
「あと、趣味が死に方の想像っていうのも変を通り越して不気味よ」
「自覚はしています。言うべきでもなかった」
死の妄想についても、隠してはいなかった。
自分から言いふらしはしなかったが、聞かれたら答えてはいた。
そのせいで、距離を取られて、一瞬で孤立したわけだが。
痛いし不気味な新入生がいるという噂が立っていたらしい。
そんな拓斗の前に、彼女が現れたのだ。
「暗い顔をしているわね、でしたっけ」
「えぇ。ひどい顔をしていたわ」
放課後、ホームルームが終わった直後、拓斗のクラスの前にまで乗り込んできた彼女は、一直線に拓斗の前に仁王立ちしてそう言ったのだ。
それから、
「続けて、生徒会に勧誘されたのも意味がわからない状況でした」
「だって、仕方ないでしょう」
唯はにっこりと笑った。
「新入生にこの世の終わりみたいな顔をしている子がいたのよ? 元気付けたいと思っただけ、普通でしょう」
「普通は距離を取る、が選択肢だと思いますけどね」
だが、彼女だけが言う普通のおかげで、拓斗の学園生活は大きく変わった。
少なくとも、虚無や空虚という言葉とは無縁の日々だった。
彼女に連れ回され、人並みの、或いはより賑やかな日々を送ることが出来た。
「私の誘いに対して、一呼吸の後に受け入れる君も大概だったわ」
唯は懐かしそうに目を細め、微笑む。
そうだった。
別に断る理由がなかったからだ。
やりたいことがなかったから、ただ頷いただけ。
拓斗も、できるのなら笑いたい気分だったが、表情筋は動いてくれない。
そういう時、少しだけ拓斗は申し訳なくなる。
一緒に笑い合うことができるのなら、どれだけの楽しいのだろうか。
「私は結構驚いてたのだけれどね」
「そうなんですか?」
「えぇ。私のやりたいことを助けてくれる人は沢山いるけど、一緒に付き合ってくれる人は珍しいから」
どこか苦笑気味に笑う彼女は、部屋を見渡した。
文武両道才色兼備の完璧超人。
生徒会のほとんどの仕事を一人でこなし、拓斗に回ってくるのは些細な雑務。
翠はパソコン関連で手伝ってはいるものの、学校にほとんど顔を出さないのでできることは限られている。
……唯さん一人でも、全然生徒会回りそうだもんなぁ。
「拓斗はほら、なんだかんだ付き合いはいいから」
「前も言ってましたけど、そうですかね」
「えぇ、そうよ。生徒会に入ったのもそうだし、最近もそういうので疲れているんじゃないの?」
「……」
否定できなかった。
ヘイとの関係は、完全な成り行きというか彼女に流されていたことは自覚している。
ただ、
「俺は、俺の都合で動いてますよ。少なくとも、言われたから生徒会に入っているわけじゃないです」
誘われて、断らなかったのはその理由がないからだったけれど。
それからずっと彼女の隣にいるのは理由がある。
ヘイとのこともそう。
唯だってそう。
死ばかり見ていた自分にとって、今を楽しむことに全力な彼女は眩しかった。
それに、彼女はいつも拓斗の様子を伺い、見守ってくれていたのだから。
感謝しているのだ。
「……なるほど」
「あら、何か納得できたの? 不安がちょっとだけ減ったわね」
「そうですね」
唯の言っていた達成感、疲労、困惑、不安。
達成感と疲労はヘイの目的を終えられたこと。
困惑と不安は氷見弥生が象法師であり、どんな人物であるかということだった。
わからないことはある。
だが、明確なことがあった。
弥生は唯の親友だ。
元々顔見知りという程度の関係値だが、そのことは知っていたのだ。
だったら、弥生と親友であることを選んだ唯を信じよう。
……実態がどうであれ、少なくとも気持ちは楽になるな。
「ありがとうござます、唯さん」
「いいのよ。拓斗も、私に付き合ってくれてありがとね」
「先輩に付き合って、なにかしている気はしないですけどね。精々一緒に弁当を食べるくらいで」
「ぷっ……くすくす」
何がおもしろかったのか、唯は口元に手を当てながら、笑い声を漏らした。
肩を震わせ、
「十分すぎるわよ、拓斗」
再び箸を手にしながら彼女は微笑んだ。
「一人ぼっちじゃなくて、誰かと一緒にご飯を食べられる。それって、素敵なことだと思わない?」
●
「秋宮、着いてきて来んない?」
放課後、学校の校門を出た所で弥生が拓斗を待ち構えていた。
そのことに拓斗は驚きつつ、
「わかりました」
「話はっや。……いいけどね」
弥生が頭の動きで同行を促し、拓斗は彼女の後に続く。
「…………≪真我≫は? 今どこに、一緒に来る?」
「電話して聞いてみます」
「電話?」
「えぇ。普通にスマホで」
「≪真我≫もスマホ持ちの時代かぁ……」
どこか遠い目をする弥生を横目に、彼女に電話を掛ける。
すぐに繋がった。
『なんじゃ、タク』
「氷見先輩が会いきてくれたんだが、ヘイも話を聞くかって」
『ぅんむ。若人の話は嫌いではないが、遠慮しておこうかの。その娘も、妾がいては話しにくいであろうし、タクも悪いようにされんであろう。妾は部屋の模様替えでもしておくとする』
「何? 模様替え?』
『じゃの。通販で頼んでおいたものが今夜から色々届くが、気にせんでおくれ』
「通販?」
『妾の借りてる部屋をな? 妾好みにちと変えようかと思うんじゃ。模様替えじゃな』
「模様変えかぁ……」
……ううん?
そう聞いてふとした疑問が生まれたが、今は一旦脇においておく。
「わかった。好きにしてくれ。俺は先輩の話しを聞いてくる」
『夕食はどうする?』
「夕食は……あー、氷見先輩。夕飯ってキャンセルしておいたほうが良いですかね?」
「…………いや、そこまで遅くならないと思うけどさ」
「あざす。ヘイ、帰って食べるよ」
『了解した。では、楽しんでまいれ』
通話が切れる。
氷見を見ると、呆れ気味の半目を向けた後、ため息を吐いた。
「君は…………
●
彼女が案内してくれたのは市の図書館だった。
拓斗が初めてヘイと共に蛇を倒した駅の広場からほど近い。
図書館の地下、貸出禁止の古い本や大型の辞典、図鑑等が並んでいる図書棚の奥を進み、
「こっち」
エレベーターに乗る。
弥生が操作パネルに手を当て、視線もパネルに向け、
「≪千速降≫氷見弥生」
はっきりとした口調でそう名乗り、電子音が鳴った後にエレベーターが動き出す。
その光景を見ていると弥生の視線もこちらに向き、彼女は肩をすくめた。
「声紋と指紋と音声スキャン」
「はぁ」
反応に困った。
図書館は特別新しくも古くもなかったが、地下は随分とハイテクらしい。
その後、エレベーターが止まり、降りた先は、
「ん……?」
広いラウンジだった。
カウンターやソファ、テーブル、自動販売機、ウォーターサーバー、電子レンジの類まである。
カウンターの方には酒や珈琲、お茶等の様々な種類が置かれており、ツマミになるようなお菓子さえある。
「適当に座って……どした?」
「いえ、セキュリティが随分ハイテクだったので、そういう感じのところに連れて行かれるのかと」
「ハイテクって、ラボとか?」
「そういう?」
「そっちは別の階にあるけど、話しにくいから」
「……なるほど」
あるにはあるらしい。
「飲み物色々あるけど、なんか飲む? ジュースとかは自販機から出せるよ。お金もいらないし。珈琲なら作り置きされてるやつあるけど」
「では珈琲をお願いします」
「おーけー」
とりあえずテーブルに腰掛けると彼女がマグカップの珈琲を差し出してくれた。
弥生自身はカウンターのお菓子棚から棒付きキャンディを手に取り、自動販売機から炭酸ジュースを手に入れていた。
そして、テーブルで向かい合う。
弥生は棒付きキャンディの包み紙を剥がし、口に放り込みつつ、
「……どこから話したもんかな」
困ったように彼女が眉を下げた。
「≪真我≫から、なにか聞いてるわけ?」
「いえ、特に何も。あのジョーンズを倒すために必要なことだけ聞いたくらいですね」
かいつまんで、拓斗が知る単語を弥生に聞かせた。
彼女が何を話してくれるのかは分からないが、自分が知っていることは開示しておくべきだと思ったからだ。
「ふぅん……わかった。まずは私の話からする」
彼女がキャンディを掲げ、
「私たちは≪言の海≫。宮内庁に属する秘密の組織って感じかな。象法師に関連する問題を解決し、国民を守るのが仕事」
「なるほど」
「ピンと来てる?」
「いえ、全く。ただ、図書館の地下の秘密の基地はそれっぽいですね」
「確かに」
弥生が小さく笑う。
「秋宮は最近関わったみたいだけど、象法師はこの世界に結構いて、問題を起こすことが多い。私の家は代々象法師で、≪言の海≫の人間なんだよ」
「なんかかっこいい感じの二つ名もそういう?」
「それは……こほん。秋宮に言われるとちょっと恥ずいから、今は忘れておいて」
「わかりました」
「話が早いなぁ」
飴を舐める彼女は困ったように天を仰ぐ。
「ほんとは、偶然関わっちゃった一般人相手のマニュアルがあるんだけど、秋宮は≪真我≫の≪契約者≫で、あのハンク・ジョーンズも倒してくれたわけだから、色々例外になるんだよね。もうちょっと反応が欲しいんだけど」
「すみません。そういう性分で……」
「え、あ、ごめん。私失礼なこと言ったわ。うちの組織、同年代の男子とか全然いないから、こういう話、どう進めればいいかわかんなくて……」
弥生がわたわたと慌てだす。
意外と可愛らしいところがあるらしい。
「なんか余計なこと考えてる?」
「いえ」
鋭い視線を向けられたが拓斗は受け流す。
しばらく睨まれたが、彼女は嘆息し、飴を口に含む。
「……とりあえず、単刀直入に、大事な話だけをする」
「はい」
「≪特異点≫のことは知ってるんだよね」
「非常に重要な存在であるということだけ。ヘイは興味がないですけど」
「さすが≪終焉の真我≫……そんなのは彼女くらいでしょ。私たちは、そういうわけにもいかない」
ガリッ、と弥生は飴を噛みしめる。
「私たち≪言の海≫は≪特異点≫を保護し、守り続けてる。ジョーンズとかもそうだし、他にも≪特異点≫を狙っている連中がいる」
だから、と彼女は言葉を続けた。
「……秋宮には、私たちを手伝って欲しい。少なくとも、君が私たちの敵になることを選んでほしくない」
「どういう……?」
……変な言い方、じゃないか?
奇妙な違和感を感じたが、それよりも早く、弥生の言葉は続いた。
「≪特異点≫の名前は、
「――――」
拓斗の目が見開かれる。
「私の親友で、あんたの先輩が≪特異点≫で、あらゆる象法師が、あの子を狙っている」
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