恭子は床を蹴った。
一直線に出口へ向かう。
「止めろ!」
研究員達が動いた。
だが。
「邪魔!」
恭子は一人の腕を掴む。
投げ飛ばす。
さらに机を蹴り飛ばした。
機材が倒れる。
研究室が騒然となる。
「警備を呼べ!」
「侵入者だ!」
「げ、ちょっと待ちなさい! 侵入者扱い!?」
「侵入者だろう」
後ろ。
プルトンだった。
二本の剣。
左右で構えが違う。
右は正眼。
左は逆手。
研究者の構えじゃない。
「……嘘でしょ」
恭子の頬を汗が伝う。
「何よそれ」
「護身術だ」
「護身術のレベル超えてるんだけど!?」
プルトンはゆっくり歩く。
一歩。
また一歩。
空気が変わった。
研究員達も下がる。
誰も声を出さない。
恭子は記録チップを握りしめた。
(まずい。これ……戦闘始まるやつ?)
プルトンは止まらない。
一歩。
また一歩。
「返したまえ」
「嫌」
「返したまえ」
「嫌」
「……そうか」
次の瞬間だった。
「え?」
消えた。
目の前にいたはずのプルトンの姿がない。
横。
「しまっ——」
金属音。
恭子は反射的に身を引いた。
髪の毛が数本宙を舞う。
「うっそ!?」
壁。
ほんの数秒前まで恭子の首があった場所。
二本の剣が深々と突き刺さっていた。
「今の避けるのか」
「いやいやいや!」
恭子は慌てて距離を取る。
「研究者の動きじゃないでしょ!」
「研究者だからな」
「意味わかんない!」
プルトンは剣を抜く。
まるで何事もなかったかのように。
「研究には護身が必要だ」
「護身で首飛ばしに来る人初めて見たわ!」
研究員達は完全に壁際へ避難していた。
「プルトン様が本気だ……」
「まずいぞ……」
「施設が……」
「施設?」
恭子は嫌な予感がした。
次の瞬間。
床が砕けた。
「え?」
プルトンの踏み込みだった。
床が陥没する。
「ええ!?」
次の瞬間には目の前。
二本の剣が恭子へ向かう。
恭子は咄嗟に身を捻った。
頬の横を刃が通り過ぎる。
さらに左。
逆手の一撃。
「うわ!」
しゃがむ。
頭上を剣が通過した。
後方の機材が真っ二つになる。
「ちょっと待ちなさい!」
恭子は後退する。
「研究者じゃないでしょあんた!」
「研究者だ」
「嘘つき!」
プルトンは追撃する。
一歩。
踏み込み。
右。
左。
斬撃の速度がさらに上がる。
恭子は避けるだけで精一杯だった。
(まずい。普通に強い!)
壁際。
逃げ場がなくなる。
プルトンが構えた。
「返したまえ」
「嫌!」
恭子は横にあった机を蹴り飛ばした。
機材。
書類。
研究器具。
全部まとめて宙を舞う。
プルトンの視界が一瞬塞がれる。
「今!」
恭子は飛び込んだ。
腹部。
膝。
肘。
さらに回し蹴り。
プルトンの体が吹き飛ぶ。
壁へ激突。
研究員達が慌てて駆け寄った。
「プルトン様!」
「大丈夫ですか!?」
恭子は息を整える。
(よし、今のうち!)
記録チップを握りしめる。
レイクローディ発動。
恭子の姿が消えた。
プルトンは壁に手をつきながら立ち上がる。
「……逃がしたか」
口元から血が流れる。
だが。
その目はまだ死んでいなかった。
恭子は人気のない場所に隠れた。
時空転移装置に元の時間と座標を入力する。
(急いでここから出ないと)
恭子は装置を起動した。
体が光に包まれ、亜空間に飛ぶ。
巨大な円柱空間。
無数の発光ライン。
タイムトラベラー達が行き交っていた。
その時だった。
警報。
亜空間全域に赤い光が走る。
『緊急時空警報』
『時空災害発生』
『地球紀元前3000年付近に大規模干渉を確認』
「……え?」
恭子は振り返った。
遠く。
ガイアコット側の空間が赤く染まり始める。
「嘘でしょ」
恭子は顔色を変えた。
(おいおいおいおい!)
ガイアコット周辺の空間が歪み始めた。
通過していた時空艇が大きく揺れる。
「うわっ!」
「何だ!?」
「乱流だ!」
亜空間全体が騒然となる。
空間が波打つ。
発光ラインが乱れた。
ガイアコット付近で時空乱流が発生していた。
原因は不明。
だが、その規模は明らかに異常だった。
「嘘でしょ……」
恭子はガイアコット側を見つめた。
赤い光は次第に遠ざかっていった。
しばらくすると、亜空間の発光ラインも徐々に安定を取り戻していく。
「びっくりした……」
恭子は大きく息を吐いた。
そして。
前方。
出口ゲート。
青い光が広がる。
超広域銀河警察惑星ポリシア。
「帰ってきた……」
恭子は出口へ飛び込んだ。
瞬間。
景色が切り替わる。
巨大な警察施設。
無数の宇宙船。
行き交う警備隊。
ポリシアの日常だった。
「いた」
恭子は一直線に歩き出した。
目的地は一つ。
デビルキング執務室。
扉が開く。
「今戻ったわ」
「帰ったか」
デビルキングは椅子に座ったまま言った。
「どうだった?」
「大変だった」
恭子は記録チップを机へ置いた。
「これ」
デビルキングの目が動く。
「……ほう」
精神転移。
電子人格。
未来観測。
時空転移実験。
被験体P。
恭子は腕を組む。
「プルトン。黒よ。しかも剣まで持ち出してきた。研究者やめて傭兵になった方がいいと思う」
デビルキングはチップを手に取った。
「……なるほどな」
「何その反応。驚かないの?」
「いや」
デビルキングは資料を閉じた。
「むしろ繋がった」
「は?」
「プルトン。やはり君の予想通りだ」
「予想?」
「奴は時間へ干渉している」
恭子は目を細めた。
「やっぱりタイムトラベラーだったの?」
「断定はできん。だが、限りなく黒だ」
デビルキングはしばらく黙っていた。
資料。
記録チップ。
そして恭子。
何かを整理しているようだった。
「……一つ聞く」
「何?」
「ガイアコットで異常はあったか」
「異常?」
恭子は少し考える。
「最後に変なのがあった」
「変?」
「亜空間が赤くなった。警報も鳴ってた。ガイアコット側だけ時空乱流が起きてたわ」
その瞬間、デビルキングの表情が止まる。
「……何だと」
「だから赤く——」
「時空乱流が発生したと言ったのか」
恭子は少し引いた。
「な、何よ」
「そんなにまずいの?」
デビルキングは立ち上がった。
「時刻は」
「え?」
「発生時間だ」
「いや知らないわよ! こっち戻るの必死だったんだから!」
デビルキングは端末を操作する。
無数の画面。
座標。
時刻。
時空ログ。
そして。
画面が止まる。
「……そういうことか」
「何よ」
「やっと全部繋がった」
「だから何が!」
デビルキングは画面から目を離さない。
「君は歴史の中心を通過していた」
「は?」
恭子は眉をひそめた。
「一番まずい時間って?」
デビルキングは画面から目を離さない。
「ガイアコット崩壊直前だ」
「……は?」
「王宮、寝室、アルテウス誕生」
恭子は固まった。
「待って、待って待って。生まれた瞬間?」
「正確にはその少し後だ」
デビルキングは画面を切り替える。
時空波形。
座標。
異常な乱流記録。
「そして、その直後。タイムクラッシャー事件が発生する。怪獣出現、プルトン死亡、核爆発、ガイアコット消滅」
「……………………」
恭子は黙った。
「……。いやいやいや。ちょっと待ちなさい。私そんな所にいたの!?」
「いた。しかもかなり近い」
「何それ怖っ!」
デビルキングは腕を組んだ。
「時空乱流が起きた理由も説明がつく。歴史の重要地点、アルテウス誕生、国家崩壊、核爆発。複数の大事件が短時間で重なった。……なるほど」
「なるほどじゃない!」
恭子は机を叩いた。
「あと数分遅かったら私巻き込まれてたってこと!?」
「もしも巻き込まれて君を失うようなことになれば……」
世界は崩壊するであろう。
「ちょっと何なのよ!」
デビルキングは答えなかった。
デビルキングもまた、全てを知っているわけではなかった。