断罪の徘徊者   作:牛倉弥兵衛

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ヴァストリム編:眠れる演算殿

――記録:惑星ヴァストリム

 

惑星ヴァストリム。

軌道上から見えるのは褐色と黒のまだらだけだった。

海はない。雲も薄い。

地表を風に削られた岩脈が走っている。

砂嵐が長い尾を引いている。

星そのものが何かを隠すために目を閉じているように見えた。

 

降下軌道に入ると景色はさらに単調になる。

黒い岩山が折れた背骨の列のように地平線へ続いている。

谷間には砂が溜まっている。

風がそれを剥がし、また積む。

音はない。

粒子が装甲を叩く細い振動だけがこちらの存在を知らせてくる。

 

不毛の惑星。

記録上もそう断じられている。

 

だが――地下は別だ。

 

この星の基盤岩のさらに下。

地図には載らない深度に、かつて銀河でも指折りの“演算殿(アーカイヴ・サンクチュアリ)”が築かれていた。

外から見れば何もない。

入口の座標すら正規の航路図には残っていない。

あるのは古い通信断片と、異常に几帳面な欠損の連なりだけだ。

消されたのではない。

最初から“残さない”ように設計された空白だった。

 

そこでは膨大な記録が保管されていた。

同時に記憶そのものが演算対象にされた。

数字でも言語でもない“古い数学”。

心の揺らぎを式へ落とす。

選択の偏りを再現する。

未来に似たものを生成する。

そのための実験場だった。

 

アルセリアの《記憶の森》。

カルナ=ミールの記録構造体。

 

前者は原初の共鳴モデルとして生まれた。

後者はそのモデルを継いで築かれた。

二つの遺構の基盤にはどちらもアナ・スタインの署名入りの術式が据えられている。Stein-Protocolだ。

 

アルセリアからの帰投後、ユノは二つの任務ログを突き合わせた。

構造体の制御言語を層ごとに剥がしていく作業が続いた。

Stein-Protocolのさらに下層で、共通して一つの署名が見つかった。

 

《VASTRIM-BASELINE/観測制御アルゴリズム》

 

“観測”を制御する。

署名というより封印だ。

開け方を知る者だけが次の層へ降りられる。

 

署名は残っていた。

だが作者の名はない。

時代の欄は切り取られている。

参照先はすべて死んでいる。

それでも形式が同じだった。

癖が同じだった。

発想の骨組みが同じだった。

 

――出所を辿れば必然的にこの惑星の地下に行き着く。

 

砂嵐の向こう。黒い岩山の影。

何もない地表の下で、何かがまだ“待っている”ような気配だけがある。

 

〈星間特務班《シグマ=レコード》任務ログ:オラクル・ダスク〉

 

任務番号:SD-03 / 対象:惑星ヴァストリム・演算殿跡

目的:

 ① 観測制御アルゴリズムのオリジナル記録の確認

 ② 記憶災害への関与の有無を調査

 ③ 必要に応じた関連構造の断絶または封印

 

構成員:

 隊長   アシェル=ヴェルグ

 解析担当 ユノ=スレイト

 技術担当 ザイ=ノーヴァ

 情報担当 レア=ミーネ

 

備考:

 現地文明はすでに滅亡。演算殿は自律防衛機構の稼働の可能性あり。

 記録倫理基準により、オリジナルアルゴリズムの持ち出しは禁止。閲覧のみ推奨。

 

砂漠の星、地下への扉

 

母艦《オラクル・ダスク》を離れた降下艇が砂の舞う大地に脚を下ろす。

 

視界一面に褐色の砂と黒い岩。

空はどんよりと灰色だった。

陽光さえ砂塵に薄まっている。

 

「……見事なまでに何もないんだね」

 

ユノがハッチを降りながらため息まじりに言う。

 

「廃墟の星よりはマシだろ」

 

ザイがヘルム越しに鼻を鳴らす。

 

「建物があれば、どう壊れたか気になってくる。

 何もなければ、最初から何もなかったって思い込める」

 

「実際は“何かあった”から来てるんですけどね、私たち」

 

レアが肩をすくめる。

 

アシェルはすでに地面にかがみ込んでいた。

硬い砂を指で払う。

その下から金属光沢のあるパネルが顔を出した。

 

「ここが演算殿の上部ハッチ。

 ……ユノ」

 

「はい。座標も一致。間違いなく“そこ”だね」

 

ユノが端末をタップする。

 

「表面の電子鍵はもう死んじゃってる。

 でも下の層でまだかすかな電源反応。

 ザイ、物理的に開けてもらっていい?」

 

「任せろ」

 

ザイが前に出る。

パネルの継ぎ目に専用ツールを差し込み、内部に圧をかける。

ごりりと嫌な音を立ててロックが外れた。

 

「……開くぞ」

 

パネルがゆっくりとスライドする。

下へと続く暗いシャフトが現れた。

吹き上がってくる空気はひどく冷たい。

かすかに鉄と油の匂いが混じっている。

 

「また地下か~、最近多いですねえ」

 

レアが苦笑する。

 

「記録屋は基本地下が好きなんだよ」

 

ユノがさらっと言う。

 

「光の届かないところで、こっそり世界をいじるのが性に合ってるんだろうね」

 

「お前、わりと辛辣な自己紹介するよな」

 

ザイのぼやきにアシェルは口の端だけをわずかに上げた。

 

「行くぞ。

 カルナ=ミールとアルセリア、その両方を繋いでる“基礎”がここに眠ってる」

 

演算殿ロビー:眠っているのは本当に“機械”だけか

 

シャフトを降り切ると広い円形ロビーに出た。

 

天井は高い。

壁には蜂の巣のように無数のスロットが並んでいる。

カルナ=ミールの記録構造体を思わせる風景だった。

だがこちらはもっと荒削りで無骨だ。

 

面取りの甘い金属板。継ぎ目の残る溶接痕。規格の揃わない固定具。

スロットの縁には擦れた傷がいくつも走っている。

何度も抜き差しされた手順だけが静かに刻まれていた。

配線は整列させず束ねて壁の溝へ押し込まれている。

ところどころで覆いが欠け、鈍い導体が覗いていた。

 

それでも空間は静謐だった。

粗さがあるぶん飾り気のない沈黙がよく響く。

美しく保存するための殿堂ではない。

ただ“格納”し、“持ちこたえる”ために造られた箱。

そんな気配が冷たい空気の層になって漂っていた。

 

「電源は……かろうじて生きてる感じだね」

 

ユノが端末をかざす。

 

「ただしメイン演算核はスリープ状態。

 補助系統だけが、未だに“誰かが来るのを待ってる”」

 

「誰が来る予定だったんだろうな」

 

ザイが天井を見上げる。

 

「観測者。もしくは次の“実験材料”……だったり?」

 

レアが軽く肩をすくめた。

 

アシェルはロビー中央の床に刻まれた紋章に視線を落とした。

 

円の中に三つの目。

ひとつは開き、ひとつは閉じている。

もうひとつは半分だけ開いている。

 

「……妙な図形だね、それ」

 

ユノが眉をひそめる。

 

「“観測の窓”だろう」

 

アシェルが静かに言う。

 

「全部開けば世界は壊れる。

 全部閉じれば世界は凍る。

 だから半分だけ開ける――調和と調節の考え方だ」

 

「そのバランス調整をアルゴリズムにしたのが、ここってわけか」

 

ザイが腕を組む。

 

「隊長、中央制御室へのアクセスルートは?」

 

レアが問う。

 

「ユノ」

 

「はい。……ロビー奥の、この扉の先。

 ただ、アクセスに必要な認証がちょっと変わってて――」

 

ユノが扉脇のコンソールに触れる。

黒く沈黙していたパネルに薄く光の線が浮かび上がる。

 

《問一:あなたは誰ですか》

 

「……質問?」

 

レアが首をかしげる。

 

「古いタイプの“問答認証”だな」

 

アシェルが呟く。

 

「決まった暗号じゃない。答えの“性質”を読んで判断するタイプだ」

 

「めんどくせえ……」

 

ザイが小声で言う。

 

ユノは少し考えてからキーを叩いた。

 

《銀河アーカイブ・外部監査官》

 

数秒の沈黙。

やがてパネルに次の文字が浮かぶ。

 

《不正確です。あなたは観測する者ですか/される者ですか》

 

「二択が来たね。まあ歩み寄りといえばそう言えるかも」

 

ユノが苦笑する。

 

「“観測する側だ”って答えたら、アウトな気がしますねぇ」

 

レアがぼそっと言う。

 

「なんとなくですけど」

 

「“される側”ってのも違う気がするな」

 

ザイが扉を軽く叩く。

 

「どっちもヤな感じだ」

 

アシェルはしばらく黙ってパネルを見つめていた。

 

「……両方だ、って答えたらどうだ?」

 

「両方?」

 

「俺たちは記録を“見る”側だ。だが同時に記録されてもいる。

 カルナ=ミールも、アルセリアもそうだった。

 観測と被観測の区別そのものが崩れつつある」

 

「なるほど」

 

ユノは少しだけ目を細め、文字を打ち込んだ。

 

《どちらでもあり、どちらでもありません。

 私たちは観測し、同時に観測される者です》

 

パネルがかすかに震えた。

そして淡く光る。

 

《回答を受理しました。問二へ進みます》

 

「よし、一段階突破」

 

ザイが息を吐く。

 

三つの問い

 

《問二:あなたは、何を残しますか》

 

今度の問いはさらに曖昧だった。

 

「何を、ねぇ……」

 

レアが腕を組む。

 

「データ、とか記録、とか答えたくなるけど」

 

ユノが端末を弄びながら言う。

 

「この手のシステム、たぶんそれじゃ“浅い”んだよね」

 

「記録は結果だ。

 ここが聞きたいのは、もう少し根っこの部分だろう」

 

アシェルがゆっくりと言う。

 

「……選択、じゃないか?」

 

「選択?」

 

「カルナ=ミールでは『終わり方をどうするか』って選択が放棄された。

 アルセリアでは『どの記憶を見せるか』って選択が偏った。

 どちらも結果として“記憶災害”に繋がった」

 

アシェルはロビーの紋章を思い出していた。

開いた目。閉じた目。半開きの目。

 

「結局、記録そのものよりも

 “どの窓を開けるか”って選択の方が未来に残る」

 

ユノはしばらく考え込んだ。

それからコトリとキーを叩く。

 

《私たちは、選択を残します。

 すべてを保存することも、すべてを消すこともせず、

 選び直す余地そのものを、未来に残します》

 

少し長めの沈黙。

パネルが先ほどよりもはっきりと光った。

 

《回答を受理しました。問三へ進みます》

 

「二問クリア。次がラストかな」

 

レアが小さく息を吐く。

 

《問三:あなたは、終わりを信じますか》

 

今度の問いには、誰もすぐに答えを返せなかった。

 

「終わり、ねぇ……」

 

ザイが後頭部を掻く。

 

「仕事柄、“終わりお願いします”って呼ばれること多いですけどね、私たち」

 

レアが苦い笑いを漏らす。

 

ユノがちらりとアシェルを見た。

 

「隊長。これは多分……隊長が答えた方がいい質問だと思う」

 

「……だろうな」

 

アシェルはパネルの前に一歩進んだ。

 

終わりを信じるか。

記憶の終わり。物語の終わり。人の人生の終わり。

 

(俺は“終わらせる”ことに執着して、ここにいる)

(星草商会の記録部では、“できるだけ残す”ことが仕事だった)

 

二つの時代が頭の中でぶつかる。

 

「終わりは――」

 

アシェルは息を整えるように一拍置いた。

 

「“信じる”ものじゃない。

 終わりって言葉は、いつも後ろから追いついてくる。振り返ったときに結果へ貼られる札だ。

 今この瞬間にあるのは手続きだけだ。――完了させるか、放り出すか」

 

視線がキーに戻る。

 

「だから俺が信じるのは“終わり”じゃない。

 ――“終わらせようとする意志”だ。

 そして完了のあとにも息は続く。なら――始めようとする意志がいる」

 

ユノが静かに息を呑む。

 

アシェルはそのままキーに言葉を刻んでいく。

 

《私は“終わり”を信じません。

 終わりは、後から結果に名付けられる呼び名だからです。

 私が信じるのは、完了させようとする意志と、

 完了のあとに――また始めようとする意志です。》

 

打ち込み終えた指を離す。

パネルが眩いほどの光を放った。

 

《すべての問答を完了しました。

 観測者よ、演算殿・中央核への入場を許可します》

 

ロビー奥の重い扉が軋むような音を立てて開き始める。

 

「……お見事、隊長」

 

ユノが少しからかうように笑う。

 

「こういうときだけ、やけに哲学的だよね」

 

「仕事だからな」

 

アシェルは淡々と答える。

 

「普段は?」

 

「仕事じゃないから、黙ってる」

 

ザイとレアが同時に吹き出した。

 

中央核:眠れる演算機の夢

 

扉の向こうは巨大な円筒状の空間だった。

 

中心を一本の光柱が天井から床まで貫いている。

その周囲を高さの違うリング状の足場が取り巻いていた。

 

「ここが、ヴァストリムの演算核……」

 

ユノが無意識に声を潜める。

 

「メイン演算ユニットは完全にスリープ。

 でも問答システムだけは独立して稼働してたみたいだね」

 

「でかいのに、肝心なとこは寝てるってわけか。しかしセキュリティは生きている……封印って言葉がドンピシャだな」

 

ザイが光柱を見上げる。

 

ユノが端末の表示を切り替える。

 

「任務ログの備考にあった自律防衛機構って、あの問答認証のことだったみたいだね。

 武装の反応はどこにもないよ」

 

レアは足場の柵にもたれ、中央の光をじっと見つめていた。

 

「……何か、見えません?」

 

「何が?」

 

アシェルが目を細める。

 

「光の中。

 遠くで、誰かが机に向かってるような――そんな感じ」

 

……確かに見えた。

光柱の中心にぼんやりとした影がある。

 

机。

積み上げられた資料。

その前でペンを走らせる人の輪郭。

 

「ユノ。演算核への“観測窓”を開けることは?」

 

「できるけど……中身を覗き過ぎると、向こうもこっちを見るようになるよ」

 

「それでもいい」

 

アシェルは光柱に歩み寄った。

 

「見ないまま帰るわけにはいかない。

 カルナ=ミールとアルセリアの“根”にあるものが、ここに眠ってる」

 

ユノが黙って頷く。

 

「じゃあ、最低限だけ。

 “誰の”記録かを見るところまでにしようか」

 

ユノが端末に術式を走らせる。

光柱の明度がわずかに落ちた。

代わりに中心の影が少しずつ輪郭を取り戻していく。

 

長い髪を後ろでまとめている。

資料を無造作に積み上げる癖。

顔のライン。目元。手つき――

 

「……アナ、ですか?」

 

レアが息を呑む。

 

「似てるが、違う」

 

アシェルは静かに首を振った。

 

よく似ている。

だがその目はアナ・スタインほど鋭くない。

代わりにどこか楽しげな光を宿している。

世界を面白がっているような光だった。

 

光の中の人物が顔を上げた。

こちらを見た、ような気がした。

 

声は届かない。

だがその口元が確かに動いた。

 

――“観測の窓を狭めろ”

 

光の中に文字が浮かび上がる。

 

《基底設計者:ヴァストリム連合・研究主任 エリアス=ロウ

 協力者:ANA STEIN(外部記録顧問)》

 

「アナは、ここでは“協力者”の立場……。

 ここで観測制御の考え方に触れて、それをStein-Protocolの下に敷いたのかもしれないね」

 

ユノが呟く。

 

「つまり、ここにいるのが“観測制御アルゴリズム”の本来の作者か」

 

ザイが腕を組む。

 

「なら、カルナ=ミールやアルセリアでの“暴走”は

 このエリアスってやつのせいか?」

 

「いや」

 

アシェルは光柱から目を離さなかった。

 

「ここにあるのは“制御”だ。

 観測しすぎて世界が壊れないように、窓を狭くするための仕組み。

 それをどう使うかは後の世代次第だ」

 

レアが端末に表示された古いログを読み上げる。

 

「……ありました。

 “本アルゴリズムは、過剰観測を抑制するためのものであり、

 記録の隠蔽や改竄を目的とする利用を禁止する”」

 

「倫理規定、ちゃんと書いてあるね」

 

ユノが肩をすくめる。

 

レアが続けた。

 

「それを無視したのがカルナ=ミールの連中であり、

 アルセリアでバランスを崩した運用者ってわけですね」

 

「つまり」

 

ザイがまとめるように言った。

 

「ここは“謎の黒幕の秘密基地”じゃなくて、“まともな研究所の遺跡”ってことか」

 

「あぁ」

 

アシェルはうなずいた。

 

「ただ、この“まともな基盤”を

 誰かが歪んだ形で再利用しているのは間違いない」

 

ユノが新たなログを指差す。

 

「隊長、これ。

 ここ二十年あまりの間に行われた、“外部からの不正アクセス”記録がある」

 

「不正アクセス?」

 

「ここ、ずっと放置されてるはずだよね?

 でも銀河標準暦09000以降、何度か遠隔接続の形跡がある。

 署名はマスクされてるけど、共通して使われているコードネームがある」

 

レアが画面を読み上げる。

 

「《第三観測会》……」

 

「嫌な名前だな」

 

ザイが顔をしかめる。

 

「“第一”でも“第二”でもなく、いきなり第三ってとこがまた」

 

「たぶん、自分たちを“外側の観測者”と位置づけてるんだろうね」

 

ユノが分析する。

 

「世界を見ている存在をさらに外から見る、っていう思想だよ」

 

「そういう連中が観測制御アルゴリズムをかすめ取って、

 カルナ=ミールやアルセリアに干渉した可能性が高い」

 

アシェルは静かに言った。

 

光柱の中の“設計者”エリアス=ロウはもうこちらを見ていなかった。

机に向かい、ひたすら数式と術式を書き続けている。

 

「……隊長」

 

ユノが少し迷った様子で口を開く。

 

「この演算核、どうする?

 第三観測会に二度と触らせないように、完全に落としてしまおうか?」

 

アシェルは少しだけ考えた。

 

カルナ=ミールでは“終わらせられなかった”構造体を断罪した。

アルセリアでは“押し込め過ぎた”記憶の棚を組み替えた。

 

「ここは――残す」

 

「残す?」

 

ザイが目を丸くする。

 

「ここは“バグった構造”じゃない。

 まともに設計された、基準となる記録装置だ。

 これを消したら、第三観測会が“歪んだコピー”だけを握ったままになる」

 

アシェルは光柱に背を向けた。

 

「ここには“正しいマニュアル”が残ってる。

 いざという時、誰かがここを見に来られるようにした方がいい」

 

「その“誰か”に第三観測会が含まれてなきゃいいですけど」

 

レアが苦笑する。

 

「だから、接続ルートだけは断つ」

 

アシェルが応える。

 

「外部からの遠隔接続を全部切って、

 現地に来ない限り触れない“孤立した聖堂”にする、ってことだね」

 

ユノがうなずく。

 

「そうだ」

 

アシェルは頷いた。

 

「ここは“鍵の保管庫”として眠らせる。

 外からこじ開けられないようにして、

 それでもいつか必要になった誰かが辿り着けるように」

 

「了解。

 “断罪”じゃなくて“隔離と保全”だね」

 

ユノが術式を走らせる。

光柱の周囲に見えない“膜”が張られていく。

 

「外部接続ライン、全部カット。

 演算核は最低限の自律維持モードに移行。

 ……うん、これでよほどの物好きがここまで来ない限り触れないよ」

 

ザイがにやりと笑う。

 

「物好きって、主に俺たちみたいな連中のことだろ」

 

「まぁ、将来ここに来る物好きのためにログを一枚残しておきましょう」

 

レアが端末に一文を打ち込む。

 

《ここに眠るものは“制御”であり、“暴走”ではない。

 鍵が歪んだときは、鍵穴の形を見に来い。

 ――星間特務班《シグマ=レコード》》

 

「……ちょっと格好つけすぎじゃないか?」

 

ザイの突っ込みにレアは肩をすくめた。

 

「ログくらい格好つけてもいいでしょ。誰が読むかもわからないんですし」

 

レアがいたずらっぽく笑う。

 

アシェルは何も言わなかった。

ただ最後にもう一度だけ光柱を振り返る。

 

光の中で設計者エリアス=ロウが手を止めたように見えた。

こちらを向き、軽く手を振ったような――そんな気がした。

 

「……行くぞ」

 

アシェルは演算殿を後にした。

 

星を離れて、見えない相手へ

 

降下艇は再び砂塵の空を抜け、軌道の《オラクル・ダスク》へと上がっていく。

 

窓の外で褐色と黒のまだらの星が小さくなっていく。

 

「ふぅ……今回はいつもより“戦い少なめ、頭使う系”だったね」

 

ユノがシートにもたれてぐっと伸びをする。

 

「たまにはいいだろ」

 

ザイが笑う。

 

「毎回撃ち合いしてたら、俺の予備バッテリーがいくつあっても足りねぇ」

 

「私はどちらかというと、今日みたいなの好きですよ」

 

レアが端末で何かを打ちながら言う。

 

「問答認証に古い研究ログ。

 “この世界はどう見えるべきか”って、設計者たちの考え方が透けて見える感じ」

 

「俺は……そうでもない」

 

アシェルがぽつりと言った。

 

「今日は、楽しくなかった?」

 

ユノが首をかしげる。

 

「楽しい楽しくないで言えば、こういうのは嫌いじゃない。

 ただ――」

 

アシェルは窓の外の星を見つめる。

 

「“まともに作られたもの”を見ると、少しムカつくんだ」

 

「ムカつく?」

 

「ちゃんと考えて、ちゃんと制限も書いて。

 それでも後の世代がそれを好き勝手に使った結果を、俺たちが片づけてる。

 ……なんというか、理不尽だろ」

 

レアがふっと笑う。

 

「星草商会の記録部にいた頃と、あんまり変わってませんね、隊長」

 

「そうか?」

 

「“ちゃんと書いておいたのに、誰も読まない”ってよく怒ってたって、噂で聞きました」

 

ユノとザイが一斉に「うわ」と声を上げる。

 

「誰から仕入れた、その噂」

 

「企業秘密です」

 

レアがいたずらっぽく微笑む。

 

アシェルはため息とも笑いともつかない息をひとつ吐いた。

 

「……第三観測会、か」

 

ユノが真顔に戻る。

 

「ヴァストリムの演算殿に遠隔アクセスして、

 観測制御アルゴリズムを持ち出したかもしれない連中」

 

レアが口に手を当てて独りごちる。

 

「カルナ=ミールの歪んだループも、

 アルセリアの偏った記憶の見せ方も、

 “窓のいじり方”を知ってる奴らの手口と考えると筋が通りますね」

 

ユノが端末にアルセリアのログを呼び出す。

 

「アルセリアの泉の平和共鳴用フィルタと戦争記憶封印シンク。

 あれ、コアの設計にはない後から積まれた層だったよね。

 森の影は“誰かが決めた”って言ってた。

 その“誰か”が誰なのかは、あのときは確かめてないよ」

 

ザイが腕を組む。

 

「次は、その“第三観測会”を探すのが仕事か」

 

「探せるかどうかはわからない」

 

アシェルが首を振る。

 

「でも、今のところ――」

 

アシェルは指を折って数える。

 

「カルナ=ミール。

 アルセリア。

 ヴァストリム。

 これだけの点があれば、どこかで線になる」

 

「その線のどこかに“アナ・スタイン”も乗ってるんでしょうね」

 

レアの言葉にアシェルは答えなかった。

 

ユノが窓の外を見やる。

 

「協力者として、か。

 黒幕として、じゃなく」

 

アシェルも窓の外を流れる星を見る。

彼の中でアナは相変わらず“観測し続ける側”の人間だった。

断罪する側でも、終わらせる側でもない。

 

軌道上で待つ《オラクル・ダスク》の艦影が窓の外に大きくなっていく。

降下艇が格納庫に滑り込む。

固定アームが噛み合い、振動が足元に伝わった。

 

「――《オラクル・ダスク》より管制へ。

 任務SD-03、ヴァストリム演算殿調査、完了。

 新たな関係組織候補《第三観測会》の存在を確認。

 詳細は帰投後のブリーフィングにて」

 

通信を送り、アシェルは目を閉じる。

 

演算殿での三つの問いが頭の中で再生される。

 

“あなたは誰ですか”

“何を残しますか”

“終わりを信じますか”

 

(俺は、まだ答えの途中だ)

 

心の中でそう呟き、アシェルは静かに息を整えた。

 

断罪は続く。

観測もまた続いていく。

 

第三話 ヴァストリム編:眠れる演算殿 了

 

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