断罪の徘徊者   作:牛倉弥兵衛

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廃星イグゼリア編:無記の縁

――記録:廃星《イグゼリア》

 

かつて惑星イグゼリアには入植都市があった。

豊富な鉱物資源と安定した衛星軌道。

「第二の交易拠点」として期待された星だ。

 

入植から六年で撤退命令が出た。

公的な記録に残る理由は「複合的環境要因」の一行だけだ。

星はそのまま災害指定に回された。

 

放棄通達には詳細調査報告書が添付されていたはずだった。

銀河アーカイブにその報告書はない。

入植者の欄には「全員退避済み」とある。

退避先の記録はない。

何人がどこへ移されたのか、どこにも書かれていない。

 

残っているのは巡回船《ミレサス》の最終寄港記録だけだ。

《ミレサス》は未登録宙域ノード:C-0-R3へ向かい、その航跡ごと途絶えた。

記録上の扱いは遭難。

遭難と判断した根拠は書かれていない。

 

〈星間特務班《シグマ=レコード》任務ログ:オラクル・ダスク〉

 

任務番号:SD-05 / 対象:廃星《イグゼリア》

目的:

 ① 《ミレサス》最終寄港地における積荷記録および残骸の調査

 ② 実験体No.77 / 対観測存在に関する記録の収集

 ③ 未登録宙域ノード:C-0-R3への航路の断片を特定

 

構成員:

 隊長   アシェル=ヴェルグ

 解析担当 ユノ=スレイト

 技術担当 ザイ=ノーヴァ

 情報担当 レア=ミーネ

 

備考:

 当該案件は第三観測会および星草商会内部研究部門の越権行為と関連の可能性あり。

 必要に応じて、記録構造の断絶または一時封印を検討。

 ノード:C-0-R3の位置は《ミレサス》航路解析による推定。

 二地点を同時に追跡し、記録欠落のパターンを観測する。

 任務ログは重層バックアップ系を併用。欠落発生時の比較データを取得。

 

分かたれる任務

 

イグゼリア軌道上。

ブリーフィングルームの卓に航跡図が浮かんでいる。

窓の外の星はどこか煤けた青をしていた。

 

「……あれが、廃星か」

 

ザイが腕を組んで見下ろす。

 

「大気はまだ生きてる。けど、都市の灯りはゼロだね」

 

ユノが淡々とデータを読み上げる。

 

「植民地が捨てられてから、もう何十年も経ってるもの」

 

レアが肩をすくめた。

 

「誰も住んでなければ灯りも消える。記録だっていつか色あせる」

 

「記録が色あせるのと、“抜け落ちる”のは別だ」

 

アシェルは航跡図に目を落とした。

 

「イグゼリアは《ミレサス》の最後の寄港地。

 そこから未登録宙域ノード:C-0-R3へ飛び、そこで途絶えている」

 

「で、今回は二カ所を同時に追うんだよね」

 

ユノが言うと、アシェルは頷く。

 

「ああ。

 地上班は俺とザイでイグゼリアに降りる。

 軌道上でユノとレアが《ミレサス》の航跡をなぞって、C-0-R3近傍にプローブを飛ばす」

 

「アーカイブへの照会も、軌道の方が回線が太いですね」

 

「そうだ。

 地上からは繋がらん」

 

「同時にやる意味って、記録の“穴”を見るため?」

 

「イグゼリア側で何かが起これば、C-0-R3側にどんな揺らぎが出るか。

 逆も同じだ」

 

「二点観測で、“抜け落ちるところ”を測るってわけか」

 

ザイがぼそりと言う。

 

「なんか観測屋っぽくなってきたね、うちの班」

 

ユノが少し楽しそうに笑った。

 

レアが少しだけ不安そうに口を開く。

 

「……もし、その“穴”に、私たちの記憶ごと落ちたらどうします?」

 

「その時は、その穴の縁まで、また探しに行くしかない」

 

アシェルは淡々と答えた。

 

ユノが呆れた口調で言う。

 

「落ちた本人が覚えてないものを、どうやって探すのさ」

 

「それを考えるのが、解析班の仕事だろ」

 

「ひどいなぁ」

 

ユノは苦笑しながらも、目は真剣だった。

 

「地上班は降下艇へ。出るぞ」

 

アシェルが席を立った。

 

廃星の都市

 

地上班の降下艇がかつての入植都市の跡に降り立つ。

 

崩れたドーム。

ひび割れた舗装路。

転がる看板にかろうじて「WELCOME」の文字が残っていた。

 

「……絵に描いたような廃コロニーだな」

 

ザイがヘルム越しに小さく息を吐く。

 

「災害指定の星だ」

 

アシェルは看板の文字を見た。

 

「書類の上では、こうなっているのが正しい」

 

「書類通りってのも、気味が悪いもんだな」

 

「生命反応は?」とアシェル。

 

「微生物レベルがちょろちょろ。知的生物はゼロだ」

 

ザイが即答する。

 

「ただ――」

 

「ただ?」

 

「人が暮らしてた痕跡の割に“生活感”が薄い。

 家具の残骸も落書きもガラクタもほとんどねえ」

 

アシェルは周囲を見回した。

 

砂に半分埋もれた床。

転がっているのは無機質な機材やコンテナの破片ばかりだ。

 

「……確かに、生活の匂いがしないな」

 

「植民期間が短かったか、

 あるいは出て行くときに、妙に“きれいに片付けた”かだな」

 

「六年だ」

 

アシェルは砂に埋もれた床を見た。

 

「六年住んだ街は、こうはならない」

 

「じゃあ、片付けた方か」

 

「誰が片付けたかは書いてない。

 どこへ運んだかも書いてない」

 

「ハンガーは?」

 

アシェルが問う。

 

「都市の外れ。こっちから見て北東だね」

 

ユノの声がヘルムに響いた。

ナビゲーション用の簡易ルートが視界に重なる。

 

「じゃ、さっさと行くか」

 

ザイが先に歩き出す。

静まり返った都市を抜け、二人はハンガーへ向かった。

 

砂埃の向こうで巨大なシャッターが口を開けたまま固まっている。

 

外縁からの観測

 

その頃、軌道上の《オラクル・ダスク》。

 

ユノとレアは管制室のコンソールに並んでいた。

 

「じゃ、外縁班も始めようか」

 

ユノが無人プローブの起動を確認する。

 

「ノード:C-0-R3の正確な座標は不明。

 《ミレサス》の航跡そのものも途中で切れてる」

 

ユノが軌跡の末端を指でなぞる。

 

「イグゼリアを出て、C-0-R3へ向かう途中まで。

 その先はない」

 

「そこから先はどうするの?」

 

レアが軌跡の先を目で追う。

 

「切れた向きに線を伸ばして、重力のゆがみと突き合わせる。

 “窪み”が一箇所出た。

 そこへプローブを飛ばすよ」

 

「アーカイブ側にも当たってみました」

 

レアが別のウィンドウを開く。

 

「この宙域、星図では『測距データ欠損帯』として処理されてます。

 欠損帯の指定は銀河標準暦08960。

 ミレサスが消えるより、六十年以上前です」

 

「先に空白があって、そこへ船が入ったのか」

 

レアが頷く。

 

「そう読めます。

 誰が欠損帯に指定したのかは、書かれていません」

 

「書かれてないものを書くのが、うちの本業でしょ?」

 

ユノが笑う。

 

「“記録に残らない”って単語が一番怖い、って言ってたよね」

 

「撤回はしないけど……怖いものは怖いよね」

 

小型プローブが艦のドックから滑り出る。

推進光が閃き、ゆっくりと《オラクル・ダスク》から離れていく。

 

「センサーパックは通常ログに加えて、

 “同期遅延バックアップ”も積んでる。

 何かにログを書き換えられても、ちょっと遅れて走ってる“影”が残るはず」

 

「記録の影の、そのまた影ね」

 

「そうそう。意地でも掴んでやろう、ってやつ」

 

ユノはモニターを睨む。

 

黒い空間の中にやがて“何もないはずの場所”が近づいてくる。

 

重力波も電磁波も粒子密度も銀河標準と大差ない。

ただ――その位置に「ここだ」とタグを打とうとすると。

 

「……あれ?」

 

ユノが眉をひそめた。

 

「どうしたの?」

 

レアが覗き込む。

 

「プローブが自分の位置情報を一瞬“空白”にするんだよ。

 座標ラベルを書き込もうとした瞬間にね」

 

モニターのログに奇妙な穴があった。

連続して並んでいた数字の列が一拍だけ途切れている。

その先でまた再開している。

 

欠損部分にノイズすら乗っていない。

 

「ノイズじゃない……“記録されてない”」

 

ユノは唇を噛む。

 

「補助ログの方は?」

 

端末をいじりつつレアが尋ねる。

 

「……同じ。

 本来なら時刻だけは残るはずなんだけど、その時間帯まるごと“なかったこと”になってる」

 

「じゃあやっぱり、ここが“記録の滑り落ちる縁”なんだ……」

 

ユノがゆっくりと息を吐いた。

 

「仮に名前つけちゃおうか。――《無記の海》。

 記録にも記憶にも定着しない層。“外側”に広がるやつ」

 

レアがその言葉を繰り返す。

 

「無記の、海……」

 

「今は仮称。でも、“海”って言った方が、境目の曖昧さは伝わる気がするでしょ?」

 

「波打ち際みたいに、行ったり来たりしてるのかもね」

 

「イグゼリアと、C-0-R3の間をね」

 

ユノは視線を地上班用の通信窓に切り替えた。

 

「……隊長たちのとこにも、変な揺らぎが出てないといいけど」

 

抜け落ちる時間

 

イグゼリア、ハンガー跡。

 

錆びたレール。

天井から垂れ下がるケーブル。

中央には宇宙船一隻分のスペースがぽっかりと空いていた。

 

「ここが……《ミレサス》のドックだった場所、ってわけだな」

 

ザイが周囲をスキャンする。

 

「金属片も残骸もなし。

 ここで吹き飛んだ痕はねえ。キレイに出ていったって感じだ」

 

アシェルは床のマーキングをしゃがんでなぞった。

 

出港時刻、荷重限界、燃料積載率。

いくつもの数字が上書きされ、消され、また重ねられている。

 

「これを見ろ。《ミレサス》って名前だけ、インクが薄い」

 

「インク?」

 

「壁のメモだ」

 

アシェルはかすかに残った手書きの文字を指差した。

 

《77コンテナ 優先積載/対観測指定》

 

「……実験体No.77、ってやつか」

 

ザイが低く言う。

 

「黒檀部門のログでは、ミレサスの積荷欄は未記載だった」

 

アシェルは壁から目を離さない。

 

「正式な欄は空だ。

 落書きの方に残ってる」

 

「書かなかったんじゃなくて、書けなかったのかもな」

 

「どちらでも同じだ。

 残ったのはこっちだ」

 

「ログの方は当たったぜ」

 

ザイが端末を差し出した。

 

「ハンガーの出入りデータだ。

 《XR-12》《CALMIA》《M-TRUNK-3》……その中に、《MIRESAS》」

 

「あったな」

 

アシェルは端末を受け取り、乗員の欄を探した。

 

十四名。

名前と所属だけが並んでいる。

黒檀部門のディスクで見た名簿と同じ順序だった。

 

「名簿はここにもあるな」

 

「その先がねえんだろ」

 

「ない」

 

アシェルは一人ずつ目で追った。

 

三行目。

《航法補佐 ケイル=ドラン》

所属欄の後ろに手書きの追記がある。

《積荷立会》

 

最後の行まで読んでから顔を上げた。

 

「ケイル=ドラン。

 一人だけ、字が足されてる」

 

「立会記録は?」

 

「ねえな」

 

ザイが端末を振ってみせる。

 

「立ち会った人間の名前はある。

 何に立ち会ったかはどこにもねえ」

 

「壁と同じだ。

 欄は空で、手書きだけが残る」

 

ザイが端末に目を戻す。

 

「問題は、その後だ」

 

指でスクロールする。

 

《出港確認:MIRESAS》《ハンガー安全確認》

――その先に続くはずの詳細ログが途切れていた。

 

「時刻スタンプごと、すっぱりねえ」

 

アシェルは画面を見つめる。

 

「削除ログは?」

 

「そっちも空だ。上書きした形跡も、改竄した形跡もない。

 最初から“書かれてない”みたいになってる」

 

「これで遭難扱いになったのか。

 事故の記録も救難信号の記録もないと、レアが言っていた。

 書かれていないものを根拠にして、遭難だと決めた誰かがいる」

 

そのとき、ヘルムにユノの声が飛び込んだ。

 

『地上班、こちら軌道上。そっち、変なこと起きてない?』

 

「変なことしか起きてない」

 

アシェルが即答する。

 

『そっちもかぁ』

 

ユノが小さく笑って、すぐ真面目な声に戻った。

 

『C-0-R3近くに出したプローブが、ときどき位置情報を“忘れる”の。

 その瞬間、こっちのログに、“白紙の時間”ができる』

 

「こちらも似たようなものだ。出港記録の一部が、“最初から存在しない行”になってる」

 

『……無記、だね』

 

ユノがぽつりと言う。

 

『記録されなかった時間。記録しようとしても滑り落ちる空間。

 さっき仮に、《無記の海》って呼び始めた』

 

『隊長。そっちの欠落、時刻を控えておいて。

 こっちも控える。

 あとで重ねてみたいんだよ』

 

「控える」

 

『ハンガーのログの方も、こちらへ送ってください』

 

レアの声が割り込んだ。

 

『時刻が飛んでるのか、行がないのか。

 分けて見ておきたいので』

 

「送る」

 

通信が切れた。

また何の音もなくなる。

 

「海、か」

 

アシェルはハンガーの天井――その向こうの空を見上げた。

 

「だとしたら、ここはその“濡れ縁”ってとこかもな」

 

門の内側

 

ハンガーの奥にひとつだけ生きている扉があった。

 

他のシャッターが錆び付いて動かないのに対し、

その扉だけはかすかにランプが灯っている。

 

「ユノ」

 

『うん、その裏に局所シールド反応。

 対観測指定コンテナ用の保管室だと思う』

 

「開けられるか」

 

『ちょっと待って――……はい、ロック解除』

 

扉横のインジケーターが緑に変わる。

 

「お先にどうぞ、隊長」

 

ザイが短く手で示す。

 

中は小さな貨物室だった。

空になったコンテナラックがいくつか並び、中央だけがぽっかり空いている。

 

「ここに、77番コンテナがあったってわけか」

 

ザイが枠に体を寄せる。

 

「……空気の密度が違う」

 

アシェルは一歩踏み込んだ。

 

外の廃墟とは何かが違う。

音が半拍遅れて返ってくる。

 

「隊長?」

 

ザイの声が少し遠く聞こえる。

 

ヘルムのHUDに警告がちらついた。

 

《センサー同期エラー/ローカルタイムスタンプ不整合》

 

「ユノ」

 

『見えてる。

 貨物室の中、隊長の位置情報が、数秒単位で“揺れてる”』

 

「揺れてる?」

 

『居たはずの座標から、ふっと消えて、

 すぐ近くに“戻ってくる”みたいなログになってる。

 もちろん隊長は動いてないはずだけど』

 

「動いてはいない」

 

アシェルは静かに答えた。

 

……動いてはいない“はず”だった。

 

視線を巡らせた。

一瞬だけ自分が“その場にいなかった”ような感覚があった。

記憶の連続がわずかに切れている。

 

ザイは敷居の手前から動かなかった。

 

「……隊長。そこから先は、ひとりで行った方がいいかもな」

 

「理由は?」

 

「二人とも“抜けた”ら、誰もログを見てる奴がいなくなる」

 

ザイの声はいつになく冷静だった。

 

「プローブは位置を忘れただけで済んだ。

 中身が入ってねえからだ」

 

彼はアシェルの背を見た。

 

「人間が忘れたら、それは行方不明ってことになる」

 

「誰かひとりは外で“見てる側”に残っといた方がいい。

 中に突っ込むのは隊長だ。

 記録いじりは俺より隊長の方が性に合ってる」

 

「お前は、外から見ている方が得意だと?」

 

「やばくなったら、力ずくで引きずり出す役には自信がある」

 

ザイがにやっと笑う。

 

「万が一、隊長が“帰ってこなくなった”ときは、ここごとブチ抜いてでも引っ張り戻す」

 

アシェルは短く息を吐いた。

 

「……頼んだ」

 

彼はもう一歩奥へ踏み込む。

 

濡れ縁

 

空になったコンテナラックの中央にひとつだけプレートが残っていた。

 

《No.77/対観測存在/搬出済》

 

その下に続くはずの詳細はきれいに空白だ。

 

「ユノ。プレートを送る」

 

ヘルムカメラの映像を転送する。

 

『受信。……上半分までは読めるね、“No.77/対観測存在/搬出済”』

 

「下は?」

 

『“何も書かれていない”という記録だけ残ってる。

 実際に何も書かれてないのか、書かれてるけど滑り落ちてるのかは判別不能』

 

アシェルはラックの前に立つ。

 

ここに対観測存在と呼ばれるものがいっとき“いた”。

今はどこにもいない。

 

観測から逃れることを目的にした存在。

そういう推測だけが黒檀部門のログに書かれていた。

推測を書いた人間も確かめてはいない。

 

C-0-R3近傍ではプローブの位置情報がときどき白紙になる。

ここでは自分自身の記憶にわずかな“抜け”が生じている。

 

(これが、《無記の海》の縁か)

 

そこに“何かがいる”という感覚はほとんどなかった。

むしろ、何もいない、何もない、何も起こっていない――

その“何もなさ”だけが異様に濃い。

 

「……アシェル」

 

ふと、イレーナの声が頭をよぎった気がした。

ネヴェリス=リーフで聞いた言葉。

 

『必要な場所だけで刃を振るえ』

 

「刃を振るう相手が、ここにはいない」

 

アシェルは小さく呟く。

 

「あるのは、“刃が届かない場所”への穴だけだ」

 

『隊長』

 

ユノの声がかすかに震えて届く。

 

『今、こっちの時間ログが……三秒分抜けた。

 隊長の生体反応は連続してるのに、データ上の時刻だけが飛んでる』

 

「三秒、か」

 

その三秒のあいだ自分が何をしていたのか思い出せない。

「思い出せない」という事実だけがはっきりしている。

 

(俺の抜けた分は、どこにも書かれていない)

(書かれていないことと、起きていないことは別だ)

 

「今は、ここまでにしておく」

 

アシェルは貨物室を一歩出た。

 

ザイがすぐ目の前にいた。

その顔を見た瞬間に切れていた時間の輪郭が少しだけ埋まる。

 

「抜けたか?」

 

「少しだけな」

 

アシェルは頷いた。

 

「そっちからは、どう見えた」

 

「隊長はそこに立ってた。

 ずっと立ってた。

 目を離してねえ」

 

ザイが敷居を指す。

 

「だからこっちのログには何も残ってねえよ。

 立ってる人間を見てただけだ」

 

「でも、完全な“無”じゃない。

 外で見てるやつがいたおかげで、輪郭くらいは残ってる」

 

「じゃあ今回は、“海辺まで行った”くらいにしとこうぜ」

 

ザイが肩をすくめた。

 

無記の海の名前

 

《オラクル・ダスク》に戻ると、四人はブリーフィングルームに集まった。

 

卓の上にはイグゼリアの貨物室の簡易ホログラムと、

C-0-R3近傍のプローブ軌跡が並んで浮かんでいる。

 

「こっちが地上で隊長のまわりに出た“抜け”。

 んで、こっちが外縁でプローブの位置情報が白紙になった“抜け”」

 

ユノが二つのグラフを重ね合わせる。

 

「時間を同期させると――こう」

 

二つの穴がほぼ同じタイミングで現れていた。

完全な一致ではない。

だが誤差を考えれば十分すぎる相関だ。

 

「イグゼリアの貨物室と、C-0-R3の窪みは、同じ“外側”につながってる可能性が高い、ってことですね」

 

レアが言う。

 

「そこが、《無記の海》の“海岸線”ってところか」

 

ザイが顎を撫でる。

 

「まだ仮説だ」

 

アシェルは腕を組んだまま動かない。

 

「ただ、“記録されなかった時間”“書き込もうとして滑り落ちる空間”。

 それを何かしらのモデルとして扱う必要はある」

 

「その二つ、形が違います」

 

レアが別の表を出す。

 

「ハンガーのログの方は、さっきのグラフには乗りません。

 出港記録の欠落は、時刻が飛んでるんじゃなくて、行そのものがありません。

 立会記録も同じです」

 

「抜けた時間と、書かれなかった記録か」

 

「いまのところ、二種類です」

 

「後者の方は、人の手が入ってるよ」

 

ユノが黒檀部門のログを呼び出す。

 

「No.77の実験には星草商会の研究部門が協力させられてる。

 使われてるアルゴリズムはヴァストリムの演算制御系だよ。

 エリアス=ロウが窓を狭めるために書いたやつ」

 

「窓を狭めるための式で、記録の外側を作ったってことか」

 

ザイが顔をしかめる。

 

「狭めすぎれば閉じる。

 閉じたものは、最初からなかったことになる」

 

アシェルは低く言った。

 

「あの倫理規定に、そこまでは書かれていなかった」

 

「これから先、第三観測会だのNo.77だのと殴り合うんだろ。

 その“外側”ってやつに知らん顔はできねえってことだな」

 

ザイの言葉にユノが頷いた。

 

「ユノ。航路はどうなった」

 

「プローブが白紙になった地点。

 あそこが入口だと思う」

 

ユノが軌跡の末端に印を打つ。

 

「ミレサスの切れた向きと、窪みの位置。

 二つが同じ線の上に乗ってるよ。

 断片としては、これで足りる」

 

「船は出せるか」

 

「出せる。

 ただ、入ったら中でどれだけ抜けるかはわからない」

 

「わからないままでいい」

 

アシェルは打たれたばかりの印を見た。

 

「ミレサスが十四人を乗せてどこへ着いたのか。

 それを確かめに行く」

 

ユノが印の隣に空の欄を作った。

 

「行く先に名前がないと、ログが書けないんだよね」

 

「名前をつけるって、大事なんだよ。

 “無記の海”ってラベルを貼った瞬間、

 そこに“何かがある”って認めることになるからね」

 

アシェルが小さく息を吐く。

ホログラムの脇に新しい項目を開いた。

 

《分類:外縁記録層/仮称:無記の海》

 

「ここに、こう書いておく。いつか誰かが、このラベルを見たときに――」

 

「『あの時代の連中、こうやって外側を見てたんだな』って笑うかもね」

 

ユノが先回りして言った。

 

「そのときは、俺たちも“観測される側”だ」

 

アシェルは少しだけ口元を緩める。

 

「終わりを告げる側も、いつかは誰かに告げられる。

 そのとき、俺たちの記録が無記の海に落ちてないことを祈るだけだ」

 

「レア。この項目、写しを一部作っておけ」

 

「どこへ出すんです?」

 

「黒檀部門だ」

 

レアが少し目を丸くする。

 

「約束したんですか」

 

「考えておくと言った」

 

アシェルは卓から目を離さない。

 

「自分の職場がどんな病気で倒れかけたのか知っておきたいそうだ。

 だったら、病気の名前がついた時点で渡しておく方が早い」

 

「四十二枚にはなりませんね」

 

「まだ一行だからな」

 

「一行でいいんですか」

 

「相関のグラフと、欠落が二種類あることも付けろ」

 

アシェルは二つを指した。

 

「俺の三秒は外す」

 

「なぜです」

 

「あれは記録じゃない。

 俺が思い出せないだけだ」

 

「――《オラクル・ダスク》より管制へ。

 任務SD-05、廃星イグゼリア調査、完了。

 未登録宙域ノード:C-0-R3近傍において記録欠落現象を確認。

 外縁記録層《無記の海》として仮登録する。

 次の宛先は、未登録宙域ノード:C-0-R3。

 航路データの更新を要請する」

 

通信を送りながら、アシェルはもう一度ホログラムを見た。

 

窓の外にまだ煤けた青のイグゼリアが浮かんでいた。

その向こうに黒が広がっている。

座標にもログにも定着しない場所だ。

名付けられたばかりの“海”が静かに揺らいでいる。

 

第五話 廃星イグゼリア編:無記の縁 了

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