主人公に全てを託して死ぬタイプのヒロインにTS転生したっぽいし、きっちり役割を果たすぞ! 作:匿名退場予定
鏡を見ると、今日も女の子がいる。黒い髪に白っぽい肌の女の子。雪みたいな肌というよりは、血の気が失せてる、の方が近いかな。
頬に触れてみると、すべすべしていて指がするりと滑った。
いえーい、とピースをしてみる。鏡の中の女の子も同じように動いた。
それはそうだ、これは俺なんだから。
「……これの中身が男だってのも、まあまあ詐欺だよ、ね」
ぽつりと呟く声も、か細い女の子のもので、意図せず辿々しく喋ってしまう。
既にわかるとは思うけど、前世では男だった。それが、ドジをして死んだと思ったら女の子に生まれ変わっていた。いわゆるTS転生ってやつ。
この身体での生活にも随分慣れたんだけどね。鏡を見ると、たまに不思議な気分になる。別人がまるでそこにいるみたいだから。
にっこりと微笑んでみようとするけど……口角が上がらなさすぎるんだよね。アルカイックスマイルしてる?
もうちょっと愛想よくできないかなあ。頭の中では、こんなにもにこにこしているのに。どうにも表情筋は固いみたい。ほっぺはぷにぷにしてるのにね。
まあいいか。そろそろ行かないと。
制服の袖に腕を通す。スカートの裾を整えると、鏡の中にはどこからどう見ても女子高生がいた。
やっぱり、不思議な気持ち。自分という存在に別のテクスチャを被せてるみたい。
こういう格好をするのに、いまだに少し罪悪感がある。
別に何も悪いことしてないんだけど。心の男が反発してんのかもね。なかなか慣れないもんだ。
よし、確認終わり。
鞄を手に取って玄関へ向かう。靴を履いて扉を開けると、その先に一人の男の子がいた。
「おはよ、エレーナ」
「……おはよ、れーくん」
俺より少し背が高くて、ちょっと地味めな少年。印象としては気弱そうに見える、ある意味では特別な男の子。
こちらを見たれーくんが、少しばかり口許をもごもごとさせてから、話し始めた。
「……制服、似合ってるね」
「そう?」
「うん」
へえ。そういうこと、言っちゃうんだ。少しだけびっくりした。
こっちも、まじまじとれーくんの制服を眺める。うーん、結構いい感じじゃない?
「れーくんも、似合ってるよ」
「……ありがと」
おっと?
褒め返されると、ちょっと照れるんだ。可愛いなあ。こういう反応をされると、こう保護欲的なものがそそられると言いますか。
父性ってやつかな。れーくん、パパだよ。
にしても、こういう反応をされると自分がどう見られているのかってのがよくわかるね。ふふふ。
ほんの少しだけ、頬が緩んだ。たぶん、見られてもわかんないぐらいだけど。
れーくんの隣に並んで、歩き出す。
見慣れた道だけど、今日は行き先が違う。なんせ、今日から高校生だから。
制服も学校も、新しくなる。
こうしてれーくんと並んで歩くのは、いつもどおりだけどね。
「エレーナ、どうかしたの?」
「……ん、なに?」
呼ばれて顔を向けると、れーくんがこちらを見ていた。
「なんか笑ってたから」
ふうん、気づくんだ。
「え、そう?」
「うん。珍しいし、そういうの」
そこまで珍しいかなあ。
俺としては結構笑っているつもりなんだけど。やっぱり、外にはあんまり出ていないんだ。
――薄気味悪い人形姫
――名前をつけてやったのに
――不一致なんて、不良品もいいところだろう
……いけない、変な記憶を思い出しそうになって、咄嗟にそれを押し込めた。
「……大丈夫?」
「ん?うん」
不安そうにれーくんが顔を覗き込んできた。あれ、顔にでてしまったかな。
「そっか、ならいいけど」
れーくんはホッとしたように胸を撫で下ろしている。
「なんなの、れーくん」
「……エレーナは、なんか気を抜いたらどっか行きそうだから」
「なにそれ」
変なれーくん、と軽く笑う……つもりだったけど、やっぱりぎこちない。
……にしても、気を抜いたらどっか行きそうか。よくわかるね、れーくんは。
実際、そのうち俺は――君の前からいなくなるし。
エレーナ・マエルストロム・リーデル。この仰々しい名前が、今世の俺。尚且つ、前世で結構好きだった漫画の登場人物の名前でもある。
現代異能バトル学園もの、みたいな作品で。学校で起こるあれこれに首を突っ込んでいるうちに、やがて大事になっていく……という感じの話。
エレーナはその作品のヒロインなんだけど、それだけじゃなくて。主人公にすべてを託して、死ぬタイプのヒロインなんだよな。
いや、あそこの場面が本当によくて。
前世ではめちゃんこ泣いた。あの別れがあるから、その後の展開がまたよくてさあ。
……すみません、オタクが出てしまいました。
「エレーナ、ぼーっとしてる?」
顔を覗き込まれて、そちらを見る。……ちょっと近い。
「なんでもないって」
「そっか」
れーくんはそう答えたものの、まだ少し気にしているようで、不安そうに瞳を揺らしている。
よしよししたくなる気持ちをぐっと堪えた。
如月玲――それがれーくんの名前。
エレーナがすべてを託す相手であり、俺の好きだった物語の主人公。
つまり、俺は最期にこの子へ後を任せて、感動的に散っていくわけだ。
転生したと思ったら既に詰んでるんかい、とは思ったけどもね?
でも、せっかく好きな作品のキャラになったんだ。
――だったら、その役をきっちり果たしてみたい!
子供の頃にやったヒーローごっこみたいな感じでさ。あんなに好きだった場面を、今度は自分で再現できるし。
……まあ、ごっこで済まないところはあるけどね。俺だって、最初はなんで死なないといけないんだとかぐだぐだ思ったりはしたけども。
それでも、こいつのためならちょっとぐらい死んでやってもいいか、とは思っている。
――れーくんは、いいやつだから。
にしても、原作主人公がこうして至近距離にいるんだよな。なんか、ちょっと感慨深い
ちょっとツーショットとか撮ってもいいかな。
「……やっぱり、何か考えてる?」
「れーくんと写真撮りたいなって」
「写真?」
「制服、新しくなったし。記念に、ね」
「ああ、うん。いいよ」
言ってみるもんだなー。はい、チーズ……っと。
主人公くんとの写真だ、いえい。
遺影でもあるね、なんちゃって。
こういうのを一つずつ楽しみながら、そのときが来たらきっちり役割を果たしたいよね。
学校にも通うし、遊ぶし、うまいもんも食べる。ずっと死ぬ日のことばかり考えて過ごすなんて、もったいないから。
目指せ、原作再現余生生活。
俺がいなくなった後は、メインヒロインちゃんと頑張って力を合わせるんだぞ!
「エレーナ、楽しそうだね」
「そう?でもほら、今日から学校だから」
そう返すと、れーくんも小さく笑った。
「うん。楽しみだね」
新生活は楽しまないと。
何せ今日から、俺の知っている物語が始まるのだから。
ちなみに、本来なら俺とれーくんが初めて出会うのも今日だけども。
料理番組みたいに言うとあれだ。
あらかじめ仲良くなっていた主人公くんがこちらになります、なんちゃって。