異世界を知った悪役令嬢、転生者を捕まえます 作:生ハムおじさん
その日の私、サラ・ハダールは、貴族のために用意されている牢へと足を運んでいた。何故ならば、ここの牢獄に捕らえられている人物に用があった。
「では案内の者と共に移動してください」
面会受付の騎士に受付を済ませ、護衛の騎士と共に用事のある人物の元へ向かう。中に入るととても牢とは思えない光景が目に飛び込んできた。内部は上質な素材で作られており、窓は大きくはないが日の光を多く取り入れることのできる様になっていた。私のイメージしている薄暗くじめじめしていて不衛生な環境とは正反対の場所だった。
「こちらになります」
案内兼護衛の騎士が短く話しかけてきた。
暫らく歩き続け、お目当ての牢の前へと辿り着いていた。
「私はこちらに待機しております」
と、いつでも守れる位置で騎士は待機し始めた。けれども会話を聞かれるのは面倒だ。
「大丈夫よ、少し恥ずかしい話になりますから。それに来た道は覚えておりますので安心してください」
騎士が完全にこの場を離れたことを確認し、私は中の人物の様子を伺う。そこには碌な手入れもされていないピンクブロンドの少女が、中央の床に膝を抱えながら座っており、虚ろな瞳を床に落としていた。こちらに気づいていない様子なので私から声をかけてみた。
「ごきげんよう」
「っ、えっ! ……こ、公爵令嬢が……な、なんで、ここに...…!」
彼女はこちらに気付き、震えた声を上げた。
「お久しぶりですわ。元聖女ナアマ・レヴァナ様。いや、今はただのナアマ様でしたか」
なぜ彼女が「元」聖女で牢に入っているのか。それは重大な冤罪事件を企てたから。
平民でありながら治癒の加護を持っていた彼女は、教会により教育を受けるために王都に建立する貴族と一握りの平民が通う学園へやって来た。
だが彼女は学園内で高位貴族たちを誘惑し、混乱を招いた。そして誘惑した者の婚約者たちから「嫌がらせを受けた」と男子生徒たちに吹聴し、無実の令嬢たちの評判を貶めた。
最後に彼女は、学園の卒業パーティで誘惑された者たちと共に、第一王子エサウ殿下の婚約者であった公爵令嬢を無実の罪で断罪し、婚約破棄をする始末。しかし用いた証拠の全てが嘘の証拠である事を私、サラ・ハダールにその場で暴かれた。彼らはその場で拘束され処分を受けた。
彼らを誘導して事件を起こしたとして、聖女ナアマが首謀者とされた。
教会は「聖女として相応しくない」と彼女は判断した。聖女の称号の剥奪。そして破門という処罰を受け、罪人という身分にまで落ちたナアマさん。信じるものを全て失い、怯え切っている彼女に、私は優しい声色で話しかけた。
「そう怯えないでくださいませ、ナアマ様。今日はあなたにお話があって来たのですから」
「は、話って何よっ。どうせ碌なものじゃないんでしょ!」
「フフ、いえ、貴女にとって悪くない提案を持って参りましたのよ。けれど、この提案は貴女の命に大きく関わるお話です。だからこそ見張りの騎士に席を外していただいたのですわ」
「......どういう事。」
怯えと疑問を織り交ぜた表情で鉄格子の周囲を見渡し騎士がいないことを確認するナアマさん。普通なら居るはずの騎士がいないことを確認した彼女は、私の方へ目線を向けてきた。
「話をお聞きになる気になったようですわね」
彼女は無言で頷き返してくる。
「それでは前置きは省略いたします。あなたの死刑が決まりましたわ」
「……はッ?! どういう事よそれ! 何で!」
「どうしてと言われましても、貴女の行った行為は国を巻き込んでの大きな災いになるようなことでしたのよ。王子を誘惑し、婚約者であった私の排斥を行い、その後釜に収まり王妃になる。そういう目論見でしたのよね?その行いが死罪に値する。それだけです」
「それはッ! そうだったかもしれないけど...。でもこんなことになるなんて思わなかったのよ!」
「ここで貴女の過去の行いについて是非を問うつもりはありませんわ。もうすでに終わった事ですもの。私のお話は未来についてですわ」
「未来……?」
彼女は怪訝そうな顔をこちらに向ける。
「このままだと貴女はそう遠くない内に処刑されるでしょう。破門された者は通常の罪人より扱いがひどくなると聞きます。公開処刑でもする事となれば、おそらく貴女は落とし首といった苦しみを与えない人道的な刑ではなく、磔といった長時間見せしめにされる刑となるでしょう。破門された貴女が平民達からどの様な事をされるか見当もつきません」
「そ、そんな......。どうにかならないの?! あたし死にたくない!」
どの様なことが起きるのかを想像したのか、青ざめた表情で私に懇願するナアマさん
「そしてここからが私の提案の話になります」
ナアマさんは真剣な顔で私の話を聞き始めた。
「ナアマ様、私に協力していただくのならここから出して差し上げますわ」
「ほんと!?......でも協力って何させるつもりよ?」
彼女は一瞬喜びの感情に支配されていたが、すぐにこちらの真意を探ってきた。彼女が疑うのも無理はない。
なぜ冤罪をかけてきたナアマさんを牢から出すのか。それは彼女の力の冤罪程度で失うべきではないから。彼女は高位貴族たち、そして未来の王となるはずだった第一王子を籠絡し、操ることが出来た。私はその力に注目していた。
彼女の人を魅了する才を記録し、技術として確立すれば、他国に訓練を施した彼女の様な間者を送り込み、混乱を起こすことも可能になる。全ては魅力的な彼女の誘惑技術を独占するため。
「私は貴女の力を後世に残すために参りました。協力していただけるとお約束いただけるのなら牢から出して差し上げます」
「そんなこと言われても...…そもそもあんた、あたしをここから出せるの?」
「今は時間がありませんわ。今ここで協力するかどうか決めていただきます。」
彼女の疑問は解決済みだ。既に私の考えを父、現公爵家当主にも伝え、協力を取り付ける根回しも済んでいる。
彼女を牢から出す手立てとしてはこちらで用意していた容姿の似た犯罪者と入れ替え、自死に見せかけ処刑前に口をふさぐ。このような筋書きを用意した。彼女は計画を聞き、しばしの熟考後
「...…わかったわよ。あんたに協力する」
ナアマさんは覚悟を決めた表情で返事を返した。早速、私は筋書通りに彼女の替え玉と引き換えにナアマさんを牢から連れ出した。かくして私は元聖女のナアマさんを自領まで連れ帰ることに成功した。
後日、風の噂で元聖女が獄中で自死したと耳にした。これで元聖女ナアマ・レヴァナは正式に死人となった。まさか本物の聖女が生きているなんて普通の者は考えもしないだろう。